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ダンジョン配信の理由  作者: 八谷 響
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ダンジョンの歴史

 自衛隊が探索を行い、二〇二六年ごろのダンジョン周辺は多少安全ではあった。だがモンスターは出るし、一般人の立ち入りは禁止されていた。不思議なことにモンスターは自ら地上に出ようとはしないので、入り口を遠目で伺うことくらいはできたらしい。


 そんな中、民間人の中で特別にダンジョン立ち入りを許可されていたのが、研究者だった。


 このころ、日本には海外から優秀な学者が多数流入していた。ある国の大統領が突然発令した、伝統ある大学への行きすぎた介入が原因だった。留学生のビザを制限し、強制送還も辞さず、反対した大学当局や教授たちもがやり玉に挙がった。結果、母国に見切りをつけた学者たちは自分たちの身の安全とこの先の研究の自由を守るため、こぞって海を渡った。


 日本が特に注目を集めたのは、ダンジョンが出現したためだ。自衛隊が持ち帰り日本の最高峰の研究機関で分析が進められたアイテム類は、未知数の可能性を多く秘めていた。どんな分野の学者であれ、興味を持たずにはいられないほどの。


 そうして、ダンジョンと採掘されるアイテムの研究はすさまじい速さで進んでいった。ガソリンに頼らなくとも車を動かせるようになり、原子炉を停止させても大量の電力が確保できているのは、まさにその時期に相次いで発見された超レアアイテムと、外つ国からの研究者たちのおかげだった。


 ガソリンの代替となったグソール草は、ほんの五グラムほどで乗用車が一〇〇キロ走行できる。スタリウオムは発電のための原料で、今の日本の六割の電力をまかなっている。ダンジョンでは比較的簡単に採取できるものながら、有用性はまさに驚天動地。だがその効用は、優秀な研究者たちの飽くなき探究心なしでは見出せなかったものだった。


『今じゃ小学校の授業でも習うくらいに有名な、ダンジョン発見の歴史ね』


 穣が読んでいた本を、椅子の後ろからミネルヴァがのぞき込んだ。


『急にどうしたの? 次の動画でダンジョン配信の成り立ちでも解説するのかしら?』


「そういうのは山ほどあるだろ」


 穣は、ディスプレイを軽く指で示した。ずらりと並ぶ一覧は、ダンジョンに関する動画のサムネイルばかり。ダンジョン探索だけでなく、ダンジョンに関する豆知識や、採取したアイテムの解説動画、ダンジョンアイテムを利用した掃除の裏技などもある。


「ギルドのサイトで、企業案件の仕事が載っててな。応募したんで下準備だ」


『受かりそう?』


「そのときになって慌てないようにな」


 企業は専業の探索者を雇ってはいるが、フリーランスの人手をほしがることもある。大規模な探索と採取をするためや、未踏破のエリアに入るときなどだ。


『どこの案件なの?』


「フレイザー株式会社だ」


『グソール草の採取会社ね。また採取域を拡張するつもりかしら』


「そんなとこだろう。個人で入るのが難しいエリアに行けるのはありがたい」


 企業の臨時バイトのような扱いなので生放送はできなくなるが、撮影した動画を編集し企業側の検閲を通して許可が出ればアーカイブ配信はできる。報酬も出るし、人数が多い分安全面も確保できる。モニターとして企業の商品を使った動画を配信すれば、それに対しても広告料が入る。


 実はフレイザーは、ダンジョン内配信というジャンルを確立させた日本初の企業だ。その後探索者を雇用して、安全を守るために生配信するというやり方を生み出したのもそうだ。それだけ聞くとさぞ先見の明がある経営者がいたのだろうと思うが、実際のところはそうでもない。


 動画投稿サイトを利用して、一般人でも自分で撮影した動画を自由に配信できるサービスというのは、十年前にはすでに当たり前になっていた。運営側が視聴数の多い動画内に企業広告を出すかわりに、動画の配信者に報酬を出すシステムが誕生したことで、その人気は爆発的に上昇した。高額の収入を得て、カリスマと呼ばれる配信者もいたという。


 だがそんな高みに行ける者は、当然ごく一部。大半は理想と現実の格差に打ちのめされるか、最初から夢など見ずに趣味で楽しむか、あるいはその中間の立ち位置で動画投稿を行っていた。


 ダンジョン内の撮影を行いそれを投稿するというのも、最初はその延長にすぎなかった。


 きっかけは、無茶なものだった。

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