いつの日か
ミネルヴァのメモリは、奇跡的に無事だった。だがボディは完全に破壊されており、同程度のものを購入して復元するのは資金面が難しかった。そもそも、まだローンを完済していなかったのだ。
保証期間内ではあったがさすがに修理は難しいと言われ、交渉の結果、返済額は減らしてもらえた。型落ちのボディなら少し働けば買えそうだったので、その額を貯めるのが当面の目標だ。
『新型のAIを買う方が早いんじゃないの? コスト面でも安くすむわ』
「俺はお前とやっていきたいんだよ。これからも」
ミネルヴァは今PCに接続して、モニター上に投影されたイメージ映像として現れている。無事に会話ができるようになったときは、つい涙ぐんでしまった。
『アバターなら、一緒に生配信できるわ。それじゃ駄目なの?』
「背中が寂しいんだよ」
『あらあら』
モニター上のミネルヴァの姿は、今までと同じだ。二つのカメラアイに銀鈍色の身体。
ずっとそばにいた、相棒のままだ。
「ミネルヴァ。ありがとうな」
『なぁに?』
「お前がいたから、豊浦を助けるまで諦めずにいられた」
『まあ、またその話なの? 何度目かしら』
ミネルヴァが笑う。釣られて、穣も笑った。
ミネルヴァのボディを手に入れるため、どんな風に稼ごうか。フレイザー社の案件をこなすのもいい報酬になるし、ダンジョンで手に入れたアイテムも最近は目利きができるようになって、高値で田中に買い取ってもらえるものを持ってこられるようになった。今の穣には、選択肢がいくつもある。
『ミノル』
ミネルヴァが、しんみりと言った。
『あなたはずっと、つらそうな顔で前だけを見ていた。これからは、周りのこともたくさん見て、寄り道をしてもいいんじゃないかしら』
「寄り道、か」
ダンジョンはただの場所でしかなかった。生配信は、目的のための手段でしかなかった。
楽しいと思ったことは、一度もない。
――豊浦さんを発見したり、三十六階への階段を見つけられたら、また盛り上がるんじゃないかって期待もあったりするんですよ。売名で便乗商法ですね――
――ま、私はもう探索の方は引退してもいいと思ってたしね。今の研究も悪くないわ。だって、およそ地球の人類が見たことも聞いたこともないものを調べ尽くして、思いもよらない結果を導き出せるのよ。ものすごく楽しいわ――
「ダンジョンは、まだ奥が深いんだよな」
豊浦の証言で、三十六階の階段が無事に発見された。ウロボロスは撃退に留めているので、タイムループ現象は変化していない。
新たな階層が発見されたことで、ダンジョン配信にも再び注目が集まっている。探索者たちも活気づいていて、連日ダンジョンは賑わっている。
ダンジョンに夢を賭ける者たちは、これからも現れるのだろう。
「……いいのかな」
自分も、そんな思いであの場所を巡っても。
『あなたがどんな思いでどこへ行こうとも、私は一緒にいるわ』
ミネルヴァの声は、優しい。
『今までと同じでこれからも、私があなたを守るから』
「ああ……俺もだ」
正直なところ、ウグイスやミラーのようにダンジョンの楽しみを理解することはできていない。この先できるかどうかも、わからない。
けれど、できるかどうかと挑み続けるのは、悪くはないと思えるのだ。
ミネルヴァと話を続けながら、穣は荷物のチェックを済ませた。PCの電源を切り、寝支度を始める。
明日も、穣はダンジョンに入る。今までのように。今までとは違う思いで。
何があるのだろう。何を見つけるのだろう。
近い将来三十六階が民間にも開放されたとき、どんな気持ちで穣は階段を降りるのだろう。
そのときには、傍らに銀鈍色の相棒がいてほしい。
「……よし、がんばるか」
呟いて、穣は微笑んだ。




