短編 笑顔になれるのは、あなたがいるから
冬の寒さが厳しくなり、家にこもる日が続いた。ディートリヒはエレンと暖炉の前に座り、ゆったりと午後の時間を過ごしていた。
二人でどこかへ出かけるのもいいが、小さな焼き菓子と紅茶を片手に、とりとめのない会話をするのも贅沢で良い。
仕事で溜まった心の疲れが解れて癒されていく。
「ディー、あのね」
秘密の話でもしたいのか、エレンは恥ずかしそうに言う。
頬を赤らめて上目遣いで見つめられたら、ちょっと理性が仕事を放棄しそうになった。エレンの前では常に紳士でありたい。ここは抱きしめる場面ではないと己を律し、続きを待つ。
「ディーの職場に行ったときね、部下の人が竜皇国のことを教えてくれたんだけど」
隣国への対処で出立したときだろう。戦地へ向かう騎士を見送りに、多くの家族が職場に来ていた。ディートリヒは知らなかったが、部下の誰かがエレンに話しかけていたらしい。
エレンはディートリヒから暖炉の炎へ視線を移す。言うべきか迷っている様子だったが、やがて意を決して言った。
「こ……恋人同士でお菓子を食べさせあうのが、最近の流行りなんだって」
むせた。
――なんだそれ。初めて聞いたぞ。
恋愛から隔絶されたところにいた自分が、恋人たちの流行りなど知るよしもないのだが。
背中をさすってくれるエレンに癒されつつ、ディートリヒは呼吸を整えた。
「誰だそんなことを吹きこんだのは。クルトか?」
「ち、違うの。クルトさんじゃなくて、焦茶の岩みたいな竜に乗ってる人。今年、竜騎士になったばかりだって言ってたよ」
「あいつか」
西の砦でディートリヒのコートをエレンに着せるよう助言してきた隊員だ。その節はたいへん世話になったなと心の中で思いを馳せる。
「だからね、これ」
エレンは皿から焼き菓子を一つ取ると、ディートリヒへ向かって差し出した。
「はい、どうぞ」
照れを隠せず、はにかみながら出された菓子を断る理由があるだろうか。
――いや、ない。
たとえエレンが差し出したのが毒だったとしても迷わず食べる。
一口かじって幸せに浸っていたディートリヒには、菓子の味なんて関係なかった。エレンと再会する前の自分なら、食べさせあう行為のどこが楽しいのかと鼻で笑っていただろう。
今なら分かる。
行為そのものに意味があるのではなく、最愛の人が自分のために何かをしてくれたことが重要なのだ。
有益な情報をエレンにもたらした隊員には、後で酒を送っておこうと考えつつ飲みこんだ。
死ぬ気で皇女との結婚を回避したディートリヒに良い思い(ご褒美)をさせようと企画した話
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