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番外編 無月の城と満月の王 4 +コラムその22





東京は人で満ちている。


渋谷の街はアリ塚を崩した直後のよう。このうんざりするような数の人間にすべて生きてきた歴史があり、人生の目標があり、個別の思想や信条があるのだと、そんな想像をすると気が遠くなってくる。


渋谷の一角にあるオープンカフェ。七沼は改めて目の前の人物を見た。


あらゆる文化と斬新さを受け入れる街であるから、アメコミのTシャツにテンガロンハットまではどうということはない。だがそれでも、肩に乗せたオウムはやや枠の外。東京という無秩序にあっても異彩を放っている。


その人物の指が、二枚の写真をこつこつと叩く。


「こっちがカイ、こっちがルイ」

「正解だ、ではこの5枚では?」

「えーとね、右から順にカイ、カイ、ルイ、カイ、ルイでーす」


酒舟海さかふねかい酒舟累さかふねるい


どちらも男性であり、美男子ではあるがコンビのお笑い芸人である。

芸名は「貝類」。アイドルとお笑いの中間のような存在であり、双子タレントとして人気の絶頂にあった。


「ではこれは?」


七沼が差し出すのは個人的に手に入れた生写真。控え室でメイクを受けているカイである。カツラをかぶる前だったのでウィッグネットで髪を抑えており、メイクはまだ下地だけなので普段の印象と違う。


「カイでーす」

「では次はこれ」


車を運転しているルイを後部座席から撮影した写真、後頭部の一部しか見えていない。


「ルイです。えへへ、全部わかるよ」

「……すばらしい」


ユーヤは心からの称賛を述べる。


石月コガネが「貝類」の二人を見分けられると言い出したのは三日前。七沼は手に入る限りの写真を集めて彼女をテストした。


結果はまさに百発百中。悩む様子もなくかるがると答えていく。その様子に舌を巻く。


「本当に凄い……NECが顔認証システムの研究をしてるなんて話も聞くけど、双子は手に負えないらしい。見分けるコツはあるのかな」

「それはもう、貝類の二人をよーく観察するんです。顔立ちだけじゃなくて、髪質とか、メイクの好みとか、服のセンスとか、あ、あと立ち位置とかも」

「立ち位置……」

「そーです。貝類の二人って必ずカイが右でルイが左でしょ。だから一人でいる時もカイは左を意識してるし、ルイは右を意識してるんです」

「なるほど……興味深いな」


コガネの肩でオウムが鳴く。コガネはポケットからエサを取り出し、手づから与えた。


「ねね、この特技ならテレビに出られるよね」

「ああ、十分にすごいし、話題性があるよ。クイズって感じじゃないから、バラエティ方面の知り合いに話を持ちかけてみる」

「やった!」

「双子を見分ける……シンプルな技だけど極めた姿を見ると感動するな。一種の盲点というか、人間にそんなことが可能だったことの驚きというか」


七沼は舌がもつれがちになりながら喋っている。言葉が渋滞している印象である。驚嘆すべき技を見たとき、七沼はそのように落ち着きがなくなる。


「あれにも応募してみたらどうかな、関西でやってる「鑑定ライトスコープ」」

「あ、何回か応募したんですよ。私、生まれは三重だし」

「そうなの?」

「うん、卵を素早く割る技とか、野球帽を笛にするとか、歌の途中で爆竹を投げ込まれても動じない女とかで応募したんだけど採用されなくて」

「そ、そう……」


この時代、文化爛熟の頃において、テレビにおける素人参加型番組は飽和状態となり、それに憧れる人々は多数存在した。

中には一発芸でテレビに出ようとする人間もおり、石月コガネもその一人である。


型破りで破天荒で、それでいて誰もが注目せざるを得ない一芸を持つ人物。

それに憧れる。七沼がクイズ王に惹きつけられる感情と似たようなものかと、そう理解する。


「とにかく君の技はすごい。いろいろ声をかけてみるけど、きっと朗報を持ってこれると思う」

「えへへ、楽しみにしてまーす」


じりじりと音が鳴る。コガネがカバンから取り出したのは目覚まし時計である。


「あ、やっば、そろそろバイト行かないと」

「ああ、じゃあ今日はこれで」


目覚まし時計を使っているのはアラーム付きの腕時計が買えないからではない。それもまた彼女なりのキャラ付け、ただひたすらに奇抜なことをする、という生き方の表れであるようだ。


「…………」


その姿が渋谷の人混みに消えていく。


七沼が彼女の後ろ姿を見送ると、ふと、目に力が入る。

潤むようでもあり、何かを裁定するようでもある見開かれた目。


取り出すのはメモ帳。中には大量の電話番号が記されている。医師に料理人、エンジニア、伝統工芸の職人、企業経営者に各国語の翻訳家、そして数多くのクイズ戦士たち。

それは問題制作を仕事とする人々が持つ閻魔帳、クイズの裏付けを取るための賢者の名簿である。


七沼は立ち上がって電話ボックスに入る。おもむろに300円ほど投じてからダイヤルを回した。


「……もしもし、突然すいません。七沼ですが。はい、お世話になっております。あ、地酒の方は届きましたか、お口に合ったなら何よりです」


胸がざわめく。


自分はなぜこの電話をかけているのか。


それは本当に必要なことなのか。


石月コガネはクイズ戦士ではないのに。



「実は教授に、伺いたいことが……」





城の外は常に夜である。


天候は吹雪であったり晴れていたりだが、晴れた時にどれほど目を凝らしても月は見えない。


ユーヤは主にホールで時間を過ごした。最初の邂逅の際、満月王が持ってこさせた書籍類は中央ホールにそのまま残されており、今はそれを読んでいるようだ。集中したいからと、カル・キをホールの外に残して一人で閉じこもり、この城のメイドたちも近づかせていない。


(何か……イカサマでも仕込まれるのでしょうか)


ユーヤが不正を好まないのは知っている。しかし敗北の許される勝負ではないのだ。もし自分が何かに気づいても、絶対に顔には出すまいと自戒する。


がちゃ、とドアを開けてユーヤが出てきた。


「もう24時間欲しい、メイドを通して満月王に伝えてくれ」

「はい」


メイドに伝えて十分ほど待つと、呑むとの回答が戻ってきた。カル・キはユーヤのために食事を用意したり、居室を掃除したり、あまりにも時間が余るので寝間着を仕立てたりして時間を過ごす。


「もう24時間、延長したい」


さらなる延長。これもあっさりと承諾された。


満月王がなぜ延長を呑むのかがよく分からないが、どうもこの城では時間の感覚が曖昧になるらしい。都合96時間を過ごしたはずだが、あまりそんな気がしない。


ユーヤの方は扉を締め切って、たまにメイドがペットたちの餌を持ってきても、自分が与えると言って受け取り、あとで空の容器だけが外に出される。食事と睡眠の時は居室に戻るが、それ以外はずっとホールにいた。


(……今、何日目なのでしょうか)


上級メイドであれば暇を見つけては仕事をするものだが、ホールの入口の前でぼおっとしている時間が多かった。どれほど長時間立ち続けても足は痛くならず、また退屈にもならない。


するとユーヤが顔を出す。


「ホールの外にいなくてもいいから、食事の時以外は自由に過ごしてくれ」

「そういうわけには……」

「外に誰かがいると気が散るみたいなんだ、頼むよ」

「……分かりました」


そんなわけで、カル・キは割と自由に城の中を歩き回る。


そして気づいたのは、古めかしい様式ではあるが大乱期を経験していない城だということ。

兵士の詰める場所はどこにもなく、戦争の備えはまったく見られない。この城は軍事基地ではなく、最初から大邸宅として設計された城なのだ。


城には客間の他に、双王についての書籍を集めた図書室、プロの公演にも使えそうな演劇場、それと映写室もある。


「満月王は妖精を好まないとのことでしたが……さすがに藍映精インディジニアはそうもいきませんね」


映写室は完全な円筒形であり、周囲には記録体を収めた棚が並ぶ。双王の出演した映画、祭典など公務の様子を撮影したもの、ポップリップのライブ映像もある。


時間の感覚と同時に、メイドとしての節度も薄れてきていた。何となく記録体の一つを再生してみる。ライブ映像だった。映像の中の双王は若く美しく、玉の汗を飛ばしながら歌う。


「……本当にそっくりですね。あまり、二人の違いを考えたことはありませんでしたが……」


そしてさらに時間が流れる。


9日目か10日目、カル・キが日数を数えるのをやめた頃。


「準備ができた、満月王を呼んでくれ」


そのような言葉が飛び出す。カル・キは数秒、硬直する。


「……? ええと、準備というのは」

「? 勝負だよ、ユギかユゼかクイズ。満月王を」


はっと、カル・キは寝坊に気づいて飛び起きたような顔になり、頭をぶるぶると振る。


「わ、わかりました、すぐお呼びします」

「ああ、頼む」


にわかに城も動き出す。どのメイドも仕事の手を止め、中央ホールに集まって壁沿いにずらりと並んだ。


満月王はやはり以前と同じ、油に濡れたような頭と、毛布のように分厚いマントという姿で現れる。


「満月王、待たせてしまってすまない」

「いえいえ、何ほどでもありません。この城では時間など意味を持たない」


ユーヤと満月王の間には三人のメイド、問題作成を担当していた三人がいる。ユーヤがまず場を仕切る。


「確認しよう。勝負はユギかユゼかクイズ。提示される写真を見て、写っているのがユギかユゼかを当てる。先に三問を外したほうの負けだ。ここまでで何か問題はないか」

「いいえ、何も問題ありません」

「満月王、あなたが勝てば僕は一生、この城で過ごす。僕が勝てば望むままの富ということだったが、別に金はいらない。僕たちを元の場所に戻し、二度と僕たちの前に現れないでほしい、この条件でいいか」

「結構ですとも」


カル・キは満月王の余裕を見て取る。この10日あまりで復習でもしてきたのか、勝利をまったく疑っていないようだ。ユーヤが天文学的な額を要求しても二つ返事で受けただろう。


(……というより、満月王はそもそも勝負の約束を履行する気があるのかどうか……)


ユーヤが勝負に勝っても、満月王が力づくで彼を幽閉しない保証はない。冷静に考えればその可能性の方が高いだろう。


だが、勝負はもはや止められない。


このクイズがどんな展開を見せ、どのように決着するのか。


神ならぬメイドには、ただ見守ることしか許されず――。








コラムその22 寒冷地と動植物


フォゾス白猿国、コゥナのコメント

「ここでは大陸における寒冷地と、そこに住む動物たちについて教えてやろう」


シュネス赤蛇国、アテムのコメント

「シュネスの砂漠も夜は氷点下まで冷えるが、ここでは一年を通して寒い土地の話だな」



・大陸の気候と寒冷地


コゥナ「大陸の南方と北方を比較した場合、北方のほうがやや寒い傾向にある。顕著なのはセレノウだ。セレノウは海水温などの関係もあって、隣国のハイアードより平均して10度ほど寒いぞ」


アテム「高山もだな。大陸中央にあるガガナウル周辺は万年雪に覆われている。このような山岳系はラウ=カンやヤオガミにもある」


コゥナ「それ以外にはセレノウに見られる氷洞ひょうどうだ。山の中腹などに非常に深い洞窟が伸びており、200メーキほど下ると氷点下まで冷えるぞ」


アテム「学者などは深く潜るほど地熱で暑くなるはずだと言っているが、セレノウではなぜか逆の現象が見られる。セレノウの国風ゆえに調査が進んでおらぬが、謎の多い現象だな。一部では地下に氷の巨人がいるとか、氷の国があるとの噂もあるぞ」


コゥナ「氷の巨人か、ハンコもでかいんだろうな」


アテム「なぜそこが気になった?」



・寒冷地の生態系


コゥナ「ガガナウルの属するガルヒラルダ山脈は雪に覆われているが、生物は多種多様だ。シラヒゲヒョウのような肉食獣を頂点として、イテジカ、コオリバト、シモクイザル、イザリヘビなどが生息している」


アテム「イテジカは体液を頭から分泌し、氷の角を形成する。この角は溶かすと甘い飲み物になり、ラウ=カンで薬として珍重される」


コゥナ「コゥナ様が好きなのはヒメモグラだな。雪の中だけにトンネルを掘るモグラで、ペットとして人気があるのだ」


アテム「それに花もある。「無根種ボイナー」と呼ばれる根のない花。雪の上に降り積もるように咲く花が食物連鎖の基礎となっている。この花は寒冷に非常に強く、マイナス25度でも開花できる。ちなみに花の色はほとんどが白か、淡い黄色だ」


コゥナ「この花から蜜を集めて蜂蜜を作るハチもいる。あっさりとしてるがジャリジャリと氷を噛むような小気味よさもあってうまい」


アテム「……蜂蜜の話なのか?」



・まとめ


コゥナ「寒冷地はいくつかあるが、意外と生物は豊かだし、人間には寒さを凌ぐ知恵もある。それなりに住みよい場所だぞ」


アテム「うむ、余もシュネスの高山地帯を観光地化させたいものだ」






ユーヤ「……気候が寒冷になるほど、動物の体が大きくなる法則に名前ってある?」


コゥナ「うん? それはブレンケイニの法則だな、ハイアードの学者が……」


ユーヤ「おお! じゃ、じゃあ寒冷地になるほど生物の体色が薄くなる……」


コゥナ「ルジャードの法則だ、これは我がフォゾスの学者が」


ユーヤ「あるんだ! やっぱりあるんだ名前が!」


コゥナ「急にどーしたんだユーヤよ……」

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― 新着の感想 ―
[一言] クイズの種にもなるからだろうけど、ユーヤは本当に雑学大好きだねえ。
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