part 18
ぷしゅう、とコクピットが開くと秋河は決勝の会場に降り立った。反対側からヒーロが歩いて来るのを見る。
「やれやれ……。どうやら、お前は本当に天才らしいな。化け物と言っては化け物に失礼だ。お前こそ、本当の化け物だよ」
首を振ると、ヒーロが苦笑しながら秋河の前に立つ。
「それを言うなら、お前は魔王とでも呼んでやるよ。なんだ最後のアレ。他校の機装まで出しやがって」
む、と唇を尖らせる秋河。
「おい。今をときめき花も恥じらう女子高生に向かって、魔王とはなんだ。貴様はもっとデリカシーを学ぶべきだな。どうやら天才とはいえ、紳士ではないらしい」
「お前を相手に紳士でいたら、何を飲まされるかわかったもんじゃないからな」
「……いや、まさかあんなあからさまな一杯を飲むとは思ってなくてだな……。だが豆は本当に良いものを使ったのだ。試合が終わった以上、もはや敵というわけでなし。詫びというわけではないが、確かに不必要に強い薬を使った。今度はちゃんとした一杯を出そう」
「いらん」
「なんだと! 俺の純粋な好意だぞ!」
片足を床に叩き付けて怒りを見せた秋河に、ヒーロは溜息をひとつ吐いてから手を差し出した。秋河はその手を見てから訊ねる。
「なんのつもりだ」
「握手だよ」
「……良いのか?」
「あぁ。お前の戦い方は好きじゃないが、それでも俺なりに学ぶ事はあった。敬意ははらう」
「そうか……」
秋河は口角を上げると、その手を握った。
「我々は決して友人ではない。だが、今はもう敵でもない。なら、これから友人になる事もまた、できるのではないか?」
「は、そりゃお前次第だろ。……まぁ、何か困った事があったら助けてやるよ」
聞いた秋河は目を丸くし、それから心から笑顔を浮かべた。
「本当か? 約束してくれ。お前が困った時には俺が助けよう。だから、俺が困った時にはお前のやり方で構わないから、助けてくれ」
そしてヒーロは照れ臭そうにして答える。
「わかったよ、約束だ。あと……ヒーロで良い。いつまでもフルネームとか、お前とか、そんなの……呼びづらいだろ」
「おぉ……おぉ! ヒーロ!」
そして秋河はヒーロの手を両手で握った。
「感謝する。あぁそうとも。ありがとう、ヒーロ」
「な、何だよ急に馴れ馴れしいな……」
「どうした? 女は苦手か? くっくっく……そうだな。俺が調べた限り、お前は女の友達などいないし、ナッツから聞いた分でもアルバトロスの連中とは微妙に壁があったらしいしな。そうかそうか。なに、気にするな。俺はそんなお前をバカになどしないさ」
「そうじゃねぇよ。なんだよ、友達くらいいるよ。……っていうか、お前よく自分が女として見られてると思えるよな。女らしさをどこに捨ててきたんだよ」
「どうした? 見栄など張らんで良いんだぞ?」
「あぁもう、こいつこんなうぜぇ奴だったのか」
そして、秋河はのどの奥で笑うと、ヒーロに言った。
「まさか、我々が勝ったというのに協力してもらえるとは……。お前は良い奴だな」
瞬間、ヒーロは聞き間違えか、秋河の言い間違えを疑った。だが秋河の表情が邪悪に歪むのを見て、思わず会場の試合モニターに目を移す。
「なんだ……。やっぱり、気づいていなかったのか」
モニターには、最後に生き残っていた選手が映っていた。
「あいつだけ、撃墜の表示が出てなかっただろ?」
仮想空間では、真っ二つに引き裂かれたナッツの機装が映っている。
ヒーロは周囲を見渡すが、ナッツの姿は見えない。家鴨高校のコクピットには、一機だけ閉じたままのものがあった。
もう一度モニターを見ると、二つになったナッツの機装の下半分。腹部の装甲が盛り上がり、そしてそこから装甲を突き破るようにして、超小型の機装が現れた。
「あ……あれ……って……」
「うむ。最後に俺がお前に見せたものと同様のものだ。ナッツの機装はデータでの構築を行った機装の、その中に本体を置いたものでな。操作できるのは常にどちらか一方なのだが、本来の用途としてもっと別の……と、聞いているか?」
「ま、待て待て……。指揮官機を撃墜されたら終わりだろうが……?」
「ふむ? 何か勘違いしているようだな。今回の指揮官機は、ナッツで登録してあるぞ」
そして、モニターの中でナッツが小さい両腕を上げて万歳のポーズ。
同時に、試合終了のブザーが会場に響いた。
優勝、家鴨高校。
秋河はヒーロの手を握ったまま、意地汚い笑みを貼り付かせて言う。
「でーわぁぁ? 次は全国大会なのだが、我々だけでは心もとないのだ。非常に困っているのだ。一色翼……いや、ヒーロよ。先ほど、見事な手段で他校の生徒を出場させたヒーロよ。当然、先の約束を忘れてはいまい? 我々を助けてくれるのだよなぁ?」
ヒーロの苦虫を噛み潰した表情に、秋河は何の遠慮もしていなかった。
決勝戦から数日経って、ヒーロは携帯電話の着信に気が付いた。
それは放課後の下校時間で、見覚えのない電話番号にヒーロは応答する。
すると、どこかで聞いた声が耳に飛び込んできた。
「あ! 出ましたよ! 部長部長! はいどーぞ!」
きんきんと頭に響く甲高い声と、その次に正直言ってあまり聞き慣れたくない声。
「ヒーロか。すまないな。ちょっと困っているのだ」
「なんだよ。全国大会ならでねーし、お前らの悪事にも協力はしねーからな」
どうやって自分の電話番号を、とも思ったがヒーロは話の続きを促す。
「いや、全国大会まではまだ時間がある。そうではなくて、その全国大会に出られんかも知れないのだ」
思ったより深刻そうな問題に、ヒーロの表情は真剣なものになる。
「どうしたんだ? 誰か怪我でもしたのか?」
「いや、その……何というかだな……」
歯切れの悪い秋河。
「良いから言ってみろ。本当にどうしようもならないなら、その時は少しくらい助けてやるから」
肩を落として言うと、秋河の声のトーンが僅かに上がる。
「おぉ! 心強い!」
「それで? 何が原因だ」
「んむ……。実は、我が校の生徒会長殿がな……。我が部を不正行為によって優勝を勝ち取ったとして、糾弾しているのだ……」
「……あー……。そうか。それで?」
「あぁ。もちろん、断固として抗議した。完全な名誉棄損行為だ。しかし、生徒会長殿は部費を減らすだの何だのと、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立ててな。仕方ないから報復に痛い目を見てもらったんだが、あのクソ女め。まだ懲りないと見える」
「…………」
ヒーロは目頭を押さえて、眉間の皺を揉んだ。
「で、だ。とうとう奴は我が部を強制的に廃部か活動停止に追い込もうとしているらしい。と言うか、このままではそうなりかねん。あそこまでやったのに、まだ我々に盾突こうなど逆に大したものだ。あぁいや、そうではなく、とにかくそういった形で、生徒会長殿の横暴に困り果てている」
秋河の話には色々と思う所があったが、一つ一つ指摘していては話が進まないとヒーロは判断する。
もっとも大切なのは、果たして何故自分に電話がかかってきたか、という事である。
「で、俺にどうしろと? ……正直、生徒会長さんが何か間違っているようには聞こえないし、お前らの自業自得としか思えないんだが……。それでもひとまず置いておいて、俺ができる事なんてないだろ。そんなの」
「それが、あるのだ!」
秋河の興奮した声が響く。
「くっくっく……あの女、見たままの通りだが、男の経験が全くない。そこでヒーロ。お前に女を紹介してやろう。どうせ恋人などいないだろう? 丁度良いじゃないか。あれはお前みたいな男に弱いと考えられる。ちょっと上手い事言えば、ころりだ。その上で、上手い事何とか我々の有利になるよう誘導しろ」
あまりに素直な物言いに、呆れながらもヒーロは返事だけは言葉にする。
「やんねーよ」
「な、何だと! えぇいくそ、わからん奴だな! 何も本気で付き合う必要はないんだぞ? ちょっと遊ぶだけで良いんだ。あれは都合の良い女になれる。そういうタイプだ。アホな男に引っ掛かる典型的なアホ女だぞ? お前も男子高校生なら、そういうのが一人か二人いれば丁度良いくらいで……」
「じゃあな」
「あ、待て! おま……」
そこでヒーロは通話を切ってしまう。
アホな奴とは果たして誰の事かと秋河を思い浮かべ、だがしかしこのまま本当に出場できなくなってしまうのもなとヒーロは頭を捻った。
問題は、秋河らの完全な自業自得な事である。何をしでかしたのか知らないが、どうせ真っ当な事はしていないだろう。
「ううーん……」
心情的には助けてやりたい気持ちもあるが、おそらく事情を詳しく知れば知るほど協力したくなくなってしまう気がした。
「こ、困ったな……」
ヒーロはまさか今しがたの提案に乗る気などなかったが、それでも一応は心配する程度に家鴨高校の状況に考えを巡らせた。
「あの野郎! 切りやがった!」
家鴨高校、機装部室にて秋河は携帯電話をソファーに投げ捨てた。
「やぁー……そりゃそうですよ。あんな言い方したら、ヒーロくんはそうなりますよー」
ナッツの声に苛立ったように鼻を鳴らすと、秋河はソファーにどっかりと腰を落とした。
ぎぃぎぃとスプリングが鳴き、手を組んだ姿勢で秋河は考える。ソファーの端にはミーコが無言で座っており、スプリングに合わせて縦にゆらゆら揺れた。
「どうする……。こうなれば、あまり使える手は少ないぞ? 忌々しい。全国大会に向けた準備だってしたいと言うのに……」
はぁ、と溜め息を吐きながら秋河はナッツを見た。
「何だったか……。以前、お前が言っていたよな……。それに懸けるなど最終手段なんだが、それしかないのか?」
「あー、体育祭ですか?」
家鴨高校の体育祭において、クラス対抗に続くメインイベント。部活対抗競技。これで勝利すると、優勝した部には何らかの要望が叶えられる特権が発生する。
去年は水泳部が優勝し、部費の増額とプール設備の改善が認可されていた。
「あれは学校でみんな楽しみにしてますし、目立ちますからねー。あれで、全国大会に行かせろー! って皆の前で言えば、多分その場の盛り上がった雰囲気で生徒会長も断れないと思います。学校側も全国大会に行く部活は宣伝に使えるから、それで万事解決だとナッツは思います」
「むぅぅーしかしなぁ……」
秋河は頭を抱えた。機装に乗っているならまだしも、あるいはナッツだけならまだしも、ミーコも秋河も運動で結果を出せるタイプでは全くなかった。
「仕方がない……」
秋河は投げ出していた携帯電話をとると、番号を入力した。
弐ノ神は着信音を聞いて手に取ったが、見覚えのない番号に首を捻った。しかし出てみなければ相手もわからないと、通話ボタンを押す。
まさか押した直後に後悔するとは思っていなかったが、電話の向こうでは数日前に聞いた声。
「やぁ。弐ノ神……だったかな? 実は君らのような脳みそが筋肉でできているヤンキー共に、折り入って頼みたい事があるのだ。近々ある我が校の体育祭に、ぜひ我が部の名義で参加して欲しくて……」
「断る」
弐ノ神は通話を切った。しかし、その数秒後には再び着信。
「なんだ」
「切るな切るな。全く。何故こうも話が通じない」
「すまないな。病院なんだ」
「あ、待てお前は……」
躊躇なく切ってしまうが、しかし即座にまたも着信。
「なんだ……」
「知っているぞ? 一之瀬は既に退院しているだろう。そのお前が何故病院にいる」
「……お前こそ何で知ってるんだ」
「それは今は良い。それよりもだな……」
「断る」
「えぇいくそ!」
弐ノ神が電話を切ると、隣にいた三上と視線が合った。
「弐ノ神サン、今のって?」
「あぁ……」
なんと説明するか少し考えてから、弐ノ神は答えた。
「いやな奴からの電話だ」
電話の音が鳴ると、アオイは見知らぬ番号に小首を傾げた。
誰かが携帯電話の番号を変え、新しく電話してきたのだろうか。と、そこまで考えてからアオイは通話ボタンを押した。
「くくく……結城アオイだな? 俺がわか……」
アオイは即座に電話の音量を下げると、その先を聞かないようにしてしまう。そしてテーブルの上に置くと、数秒ばかし放置して考えた。
一体、何の用があって自分に。
疑問を解消すべく、アオイは思い切って音量を上げてみる。と、今度は聞き慣れた声が聞こえる。
「おーい! おーい! きーてるー?」
「なんだ、ルミちゃんか」
何となくほっとして電話に応答すると、アオイは訊ねる。
「何? どうしたの?」
「いやーあのさー、今度うちの学校に遊びにきてよ」
何となく嫌な予感がしたアオイは、警戒しつつも話を聞いてみる。
「……一応聞くけど、なんで?」
「えー? そりゃサプライズって事でどーお? あ、他のみんなも誘ってさ、みんなで来てよ! 楽しいよー!」
「……ルミちゃんが言うからには、きっと少なくともルミちゃんは楽しいんだろうけど……。なんかなぁ……ルミちゃんが言うと怪しいなぁ」
「え、え! そんな事ないよ! ちょーっとだけ疲れるかも知れないけど、動きやすい恰好で来てね!」
アオイは決勝戦が終わった直後の事を思い出す。
何事もなかったように聖アルバトロス女学院の輪の中に入ろうとした所を、何とか全員に謝罪するように言い含めて形だけでも謝らせたのだが、当人は全く何が良くなかったのか理解していなかった。
「う、うーん……」
あからさまに良くない事に巻き込まれそうな気配に、アオイは曖昧な返事で応えた。
秋河は一通り運動のできそうな者に声をかけると、あまりの集まりの悪さに肩を落とした。
どいつもこいつも、ちょっと跳んだり走ったりする程度の競技に参加しろと言うだけなのに手伝おうという気がまるでない。
「くそ……。やはり、真っ当な方法を取ろうとしたのが間違いだったか。せっかくこの俺が勝ち方を選んでやろうと声をかけたというのに……!」
秋河は足音荒く立ち上がると、窓から運動部の練習風景を眺めた。
「やはりここは、我々の流儀で勝利を得るとしよう……」
くくく、と笑った秋河は早速何ができるか思い描く。
今年の夏は暑いし、食中毒が起きても不思議じゃないだろう。などと、ゆっくり口角が歪む。
「では諸君! 我々の全力を以て戦おうではないか!」
秋河は邪悪に笑った。




