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part 17


 果たして秋河は勝利を確信していた。

努力では越えられない壁、絶対的な天才を相手に戦って、それでも勝つための必勝の策がそれだったのだ。

技術も才能も知識も一切関係ない。


死なぬ兵士による圧殺、飽和攻撃。


 もう一つだけ切り札を用意していたが、そんなものは必要ないとコクピットで腕を組んだ秋河はその表情に笑みを浮かべた。


 果たして、ヒーロはどのような苦悶の声を上げ、どのように恨み言を叫び、どのように砕け散ってくれるのだろうか。

秋河は期待に胸を弾ませ、その声を聴こうと耳を傾けた。

 しかし。


「はは」


 ヒーロの口から漏れた声は、秋河の期待通りにならなかった。


「あっはっは!」


 笑い声である。それからヒーロは不敵に告げる。


「秋河、やっぱお前負けるぜ」


 秋河の目の前で、それは言葉よりも先に実証されようとしていた。


「人数だ? 俺は仲間を数で見た事はねぇよ!」


 双剣と小銃。そんなものだけで、次々と秋河の操る機装たちは翻弄されていた。


「倒れない? 俺は武器も装甲も、脚まで失くしたのに倒れなかった奴を知ってるよ!」


 近づくだけで次々と切り払われるそれは、まさに暴力の嵐だった。


「最適化? 俺は自分よりずっと強ぇ奴に、それでも正面から立ち向かった奴を知ってるよ!」


 迫る鉄腕も、高速の刃も、ヒーロは退かずに正面から突破した。


「俺は奴らの隣に立っていられるような、そんな俺でいてぇんだ! こんな所で負けて、あいつらにどんな顔して会えば良い!」


 秋河は攻撃指令や回避指令、連携の変更などを試すが、どれも効果を成さない。


「とどのつまり、秋河! お前、このまま続けりゃあ……」


 脚部を切断された機装は当たり前だが這う事しかできず、腕を切断された機装は攻撃ができない。


「最後はお前ひとりになるぜ?」


 ヒーロの刃は止まらない。その身には秋河の操る機装が届かない。


「そうすりゃ、正真正銘の一対一だ!」

「お……の、れ……!」


 秋河は心の底から湧き上がる感情を抑え込むと、冷静に考える。確かにヒーロの言う通り、このままパターン化した攻撃を続けても数が減って不利なのはこちらである。

勝負を仕掛けるなら、まだ手持ちの機装が残っている内に動くのが最善だ。


「くそ、くそぉぉぉ! 一色翼ぁぁぁ!」

「おら! こいよ! もうお前が動かねぇと俺には届かねぇよ!」


 ヒーロも秋河の状況を察し、挑発する。そして今まで動かなかった黒衣の機装が動いた。

ゆらりと懐から長剣を抜き放ち、それとは反対の手にハンドカノンを構える。

 最適化された連携と攻撃を無視し、全ての機装がヒーロに殺到した。それに混じるように黒衣が揺れる。


「お前の全てを否定する! 正面から戦って、そのまま死ぬが良い!」

「それでも俺は、秋河! お前を信じる!」


 土壇場で交差した言葉。

秋河は、このタイミングで自分の何を信じるというのか引っ掛かりを覚える。だが、それでも振り上げた剣は止まらない。

ヒーロの頭部目がけて、他の機装に自分を守らせるようにしながら、ハンドカノンによる威嚇射撃を交えながら、その刃がヒーロに迫る。

 同時にヒーロの視線が迫る剣を捉え、その双剣が閃いた。


「一色翼! これで終わりだぁぁ!」

「秋河ぁぁ!」


 そしてその瞬間、ヒーロの背後。地面が膨れ上がり、突如としてそこから一機の機装が地上に飛び出した。


「くははは! バカが!」


 秋河の手元でアイコンの色が変わる。

ラヴズゴブリン、とモニターに表示されたアイコンがアクティブ状態を示す明るい色に変化した。


「死ぬが良い!」


 その機装は真っ黒い小さな樽に手足をつけたような見た目で、自らの身体に手をかけると胴体が観音開きに開いた。

内部にはぎっしりと小振りの刃が詰まっており、ヒーロの背後を完全に捉えると一斉に刃の群れが射出された。


「実に愚か! 勝ったのは俺だ!」


 最初から黒衣の機装も含めて、全てダミーであった。


黒衣の機装は秋河が操作してはいたものの、その黒衣の中は骨組みしかない空洞で、胸部を刺されても撃墜にならなかったのはそういった理由からである。

 秋河は今度こそ勝利を確信して、そして、ヒーロの言葉を聞いてしまった。


「勝った、と思ったろ? 信じてたぜ秋河」

「なに……?」


 秋河の想定では、ヒーロの双剣は黒衣の機装を貫き、その間に放った刃が命中するはずだった。

だがヒーロはまるで知っていたかのように最初から背後を見ており、秋河の刃が放たれるよりも先に双剣を振り抜いていた。


「お前は信用できない奴だが、どんな手を使っても、何が何でも勝つ。それだけは信じられた。だから、必ずここで背後をとると信じてたよ」

「な、な、な……」


 秋河の頭部に双剣が突き刺さり、その次にヒーロの頭部へ刃が突き刺さるのを秋河は見た。


「バカな、バカな! そんな、こんな事が、あああああああ!」


 秋河の大絶叫が響き、秋河とヒーロは互いにその場に膝をついて倒れた。

 秋河は自分の頭上に現れる表示を目にしてしまう。


 撃墜。


 そして、その後にほんの僅かに遅れて、ヒーロの頭上にその表示は現れる。


 撃墜。


「はは……。秋河、どうだ。全力を出した気分は……。俺も全力だったぞ。そうだな、少なくとも……俺は、楽しかったぜ」


 ど、と鈍い音が鳴ったのは操縦桿に叩き付けられた秋河の拳の音だった。



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