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part 16



 ミーコの立っていた場所の頭上、空中に表示が浮かび上がった。


 撃墜。


 そして弐ノ神がいた場所にも表示が出現する。


 撃墜。


 ヒーロが静かに振り向くと、先ほどまで容赦なく向けられていた砲撃が止んでいた。


「……秋河。決着をつけようぜ」


 どうせ聞いているのだろう。その一言を省略して言うと、ヒーロに向けて位置情報が送信された。そう遠くはない場所にある。周辺の地図を見ると倒壊したビルの隙間にある開けた空間で、最後の一騎討ちにはうってつけに思えた。


 ヒーロは加速装置を起動させ、駆ける。

おそらく罠の類だろうと予測するも、ヒーロに行かないという選択肢はなかった。


 数分もせずにヒーロは到着する。何の変哲もない場所で、見た限りで罠があるようには見えない。

周辺でドミノ倒しになったビル群は沈黙を保っている。


「秋河! 来てやったぞ!」


 通信で呼びかけると、ビルの隙間からふらふらと一機の機装が現れた。

足首まで黒い外套で覆っており、頭部には捻じくれた角をつけた兜を被っている。異様に身長が高く、それでいて細く、風が吹けば折れてしまいそうな見た目だった。


「ようこそ……。歓迎しよう」


 長身の機装が片手を上げる。


「だが……ヒーロよ。俺の仲間が稼いだ時間は、俺の準備を完全なものにした。……本来ならば、ここにナッツとミーコも揃って出迎える予定だったんだが……やれやれ」


 わざとらしく頭を振る素振りに、ヒーロは剣を構えた。


「行くぞ……秋河」


 そして、疾走。一足飛びに斬りかかるべく、跳躍の一歩目を踏み出した所でヒーロは吹き飛ばされた。

すぐ目の前で地面が爆発したのだ。


「……っ!」


 目の前にいたはずの秋河に、こんな高火力の武装があるとは思えない。ヒーロは横転しつつも立ち上がり、巻き起こった土煙を見通そうと目を凝らした。そして、その土煙を突き破るようにして黄色い塊が飛び出して来るのを見る。


「ん、なぁっ!」


 驚きのあまりに妙な声を上げつつも、ヒーロは目の前に迫るそれを見る。

 それは機装だった。重武装で、全身に砲門を備え、身体の至る所から刃が飛び出した攻撃的な意匠。

加速装置で無理やり姿勢制御を行い、その目的を前線の敵に対する突撃要員とする機装。


「こ、こいつは……!」


 無言で襲い掛かる機装を大きく回避するヒーロ。

この機装は方向転換が得意ではない。それをヒーロは知っていた。そして、次に何が起きるかも知っていた。


「そして、死角から……」


 振り向けば、乳白色の機装が白刃を閃かせて迫っていた。小銃、短機関銃を腰に下げ、肉厚のサーベルを持っただけのシンプルな機装である。

その一撃を上半身だけで躱し、急いでその場から離れる。何故なら、次に来るのは牽制ではない本命。


「で、ここに……」


 今まで立っていた場所に砲弾が炸裂した。


「……おいおい……どうなってんだよ……」


 突如現れた二機の機装ではなく、その機装そのものに驚いたヒーロは顔を上げて周囲を見た。


「お前、やりやがったな……」


 ヒーロはこめかみに汗が伝うのを感じた。前方には秋河の扱う長身のそれを含めて、四機の機装が並んでいた。


「紹介しよう! 親愛なる我が傀儡、アルバトロスガールズだ!」


 そこにいた機装は、聖アルバトロス女学院の機装。いばら、トドロキ、ひまわりの機装だった。


「何が、どうなってやがる。秋河! お前、何をした!」

「んんん。実に素直な質問だ。少しも自分で考えようと思わない姿勢は、教える者にとってはむしろ仄暗い喜びすら感じるな」


 のどの奥で笑った秋河は続ける。


「なぁに。ナッツがとったデータがそのままあったのでな。せっかくだから、こちらでお前用に再調整し、稚拙な連携を最適化させたんだ。……結城アオイだけは残念ながらナッツが触れずデータ不足だったので再現できなかったが……。いやいや、ついさっきようやく終わったのだ。通常の試合ならこんな事はできないだろう。さすがに五人がかりで索敵されては、無抵抗な所を袋叩きにされてしまう。……が、しかし。かもめ高校は一人。加わった二人も連携など期待できない即席チーム。で、あれば時間さえ稼げばこれくらいな」


 トドロキの白い機装がその巨大な大砲を構えた。身体そのものを支えにしているので、あちらこちらと動き回るのは苦手で、巨大な大砲は細かい取り回しが難しい。だがそれを補助するように、いばらとひまわりの機装がヒーロを狙って動き出す。


「大いに驚いてくれて構わんぞ! そいつらは俺が動かしているというより、元の選手を基本にして自立稼働しているのだ。先ほど言った通り、最適化してはいるがな。おそらく不慣れな俺が動かすよりも良い動きをしてくれるはずだろう」

「なるほどな……。さっきの砲撃が直撃しなかったのは、連携を前提にした砲撃しか出来なかったからか」

「ま……そこを言われると弱い。簡単な命令しか実行できないもんでな。だがしかし、三機全て揃ったならばオリジナルの選手よりも……」

「秋河ぁっ!」


 ヒーロの声が秋河の言葉を遮った。


「……お前、負けるぜ」

「……ほう?」


 それ以上の会話は不要とばかりにヒーロは駆け出す。

正面から迫るいばらの機装を横っ跳びに避けると、抜群のタイミングでひまわりの機装が襲い掛かった。その隙に方向転換を終えたいばらの機装が迫り、挟み撃ち。


「秋河! お前、俺より先に何年も機装やってんだろ! ならどうして、こんな簡単な事がわからねぇんだよ!」


 すい、と迫る白刃と銃弾を躱したヒーロはすれ違いざまにひまわりの機装を切りつけた。


「ひまわりはこんな攻撃に当たらねぇ。あいつは自分より連携を優先して立ちまわったりしねぇ。だから予測できない動きになるんだ」


 振り向き、いばらの機装と正面から向かいあう。

加速装置を使って下方に潜り込むと見せかけると、いばらの機装はその白刃を空振り、後方に一歩下がっただけのヒーロを追い切れない。

そしていばらの機装そのものを踏み台に頭上に跳ねると、そのまま落下して剣を突き立てる。


「いばらはフェイントに引っ掛からねぇ。あいつは目の前しか見えてねぇんだ。だから半端な駆け引きやフェイントはむしろ効いたりしない」


 直後に、ヒーロに向けて砲弾が発射される。

いばらの機装もろとも破壊するような弾道は、着弾して土煙を上げる。しかし土煙に混じって飛び出したのはヒーロだった。

そのままトドロキの機装へと迫り、懐に潜ると胸部を切り上げた。


「トドロキならこんな風に近寄らせねぇ。あいつは見かけと違ってビビりだから隠れて撃つんだ。だからあいつの砲撃はどこから狙われたかもわかんねぇ」


 ヒーロは秋河の機装に剣先を向ける。


「生身の人間が乗ってやるのが機装だぜ? 魂のねぇ機装なんか、俺の相手になるかバーカ。舐めてんじゃねぇよ」


 ひゅんひゅんとヒーロの双剣が空気を切り裂き、秋河の黒衣を貫いた。


「ほぉ……ほぉ……? なるほど。いや、驚いた……」


 だが、ヒーロに手応えはない。確かに貫いたものの、まるで布一枚に穴をあけただけで、何を刺した感覚もなかったのだ。


「だが……そうだな。魂なき故の強さ、というのもあるんじゃないか?」


 ヒーロの背後では胸部装甲を失った三機が立ち上がっていた。


「通常ならこれで撃墜だが、何分そいつらは俺の武器でしかない。機能を失わない限り、何度でも立ち上がるぞ?」


 秋河は続ける。


「それと……伝え忘れていたが、アルバトロスガールズの皆さんだけではパーティが寂しいだろう? 我々が保有する戦闘データは、もちろん他にもある。紹介しよう」


 胸部にヒーロの剣が突き立ったまま、秋河は片手を上げた。その背後から、二機の機装がゆっくりと現れる。


「スケルトンナッツとミーコゴーレムだ」


 長身の黄色い骸骨と、四つの腕を持つ鋼の塊がヒーロを見据えて武器を構える。


「パーティタイムだ。楽しんで行ってくれ」


 胸部に刺さった白刃を手で掴むと、引き抜いてから秋河は両腕を広げた。




 秋河は動くミーコとナッツの機装を見て、本来ここにいるはずだった後輩について想いを馳せた。


 始まりはミーコだった。

孤独が好きで周囲と全くコミュニケーションを取らないし、常に殺意を滲ませた目をしているような危険人物。

こんな怪物を仲間に引き込むなど正気の沙汰ではないと思った事は、昨日の事のように思い出せる。


 次に現れたのはナッツだった。

入部希望と言って現れた所までは良かったが、蓋を開ければフレンドリーファイア中毒という意味がわからない変人だった。

初日に先に部室に行かせたら、こちらが到着した時には何故かミーコに馬乗りで殴られていたのを覚えている。


 こんな奴らとやっていられるか、と思った事は数知れない。

今でこそ大切な友人と呼べるが、三人並べば自分が一番の常識人に違いないと秋河は確信していた。


 そして、自身に二人のような才能がない事もまたわかっていた。

本来、ナッツとミーコは小細工の必要がない。正面から戦っても大概の敵には勝てるだろうと思っていた。

それを自分流の戦い方に巻き込んだのは単なるエゴだったのかも知れない。


 ナッツの事を本当に思うなら、継実高校のロケット剣士と戦わせてやるべきだったし、ミーコも活躍の場をたくさん用意してやる事もできた。

その上で勝つ事も、あるいはできただろう。


「そう。全ては俺の我が儘にあいつらを付き合わせたのだ」


 何度、その事に罪悪感を覚えただろうか。勝ち方を選べる側の後輩を、勝ち方を選べない側の自分に合わせたのだ。

ナッツもミーコも、本来は勝ち負けにこだわらない性格である。楽しむための機装をしようと入部したのに、勝つための機装を強要してしまっている。


「いつ、奴らが俺に失望してもおかしくはない」


 故に勝たねばならなかった。勝つための機装を強要しているのだから、それで負けるわけには行かなかった。


「あぁわかっているとも。吐くほど練習を重ねたって、倒れるまで研究したって、俺は届かなかった。だが、だから諦めるなど、どうして許容できる。弱者は永遠に強者に勝てないなど、そんな世界は断じて認めん。仮に弱者が強者になっても、それでは結局強者と弱者の関係は変わらないではないか。弱者が弱者のままでも勝者に成り得る。そうでなければ、力なき者はいつまでも踏み潰されるだけではないか……! そんな事、あって良いわけがない……!」


 前を見れば、そこには力と正義の権化が剣を振っていた。


「お前だけは、俺の……! ……っと、あぁ、そうそう」


 ふと、秋河はヒーロを見て思い出して呟いた。


「無論、今まで俺がとってきた手段については罪悪感もないし、卑怯だとも思ってはいない。アホが強さに溺れて、この俺という弱者に足元をすくわれただけにすぎん。ざまあみろ、だな」


 は、と横目で溜め息を吐き出した。 



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