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part 15

　突き出した刃が鉄腕に弾かれ、すぐさま身を捻って鉄腕を回避。

足元の加速装置の排熱を考慮すると、加速装置を酷使するような高速機動はあまり長く続けてはいられなかった。

「この……！」

　ヒーロは若干の焦りを感じる。

腕が四本あって同等だった敵の、その一本をへし折ってやったのだ。当然、有利に戦えると思っていた。

「スピードが……上がってやがる」

　吐き捨てるように悪態をつくと、ヒーロは一旦距離をとる。

鈍重な怪物はすぐに追っては来れない。加速装置から排熱し、僅かな時間だが足を止める。

　巨大鉄腕による乱打攻撃。それしかないが、非常に強力な攻撃ではあった。

しかし、ヒーロにとって勝てない敵ではなかった。攻撃速度は速いが見えない程ではないし、反応速度も速い方ではあるがヒーロの方が速い。だが、ここにきて鉄腕の速度が上がっていた。

正確には、ヒーロの動きに適応した攻撃と防御が行えるようになっていた。

「そんなに頭を使うタイプだとは思ってなかったけどな……。手負いの獣が、追い詰められて本気になってるって事か」

　腕を切られて怒っているのだろう、とヒーロは結論づける。

「よし……。じゃあ、怪物退治と行くか！」

　二度、三度と深呼吸を繰り返してから、ヒーロは双剣を軽く振って構え直した。加速装置の排熱は終わり、いつでも走り出せる。

「勝負だ！　冬堂！」

　ぎゅ、と短い摩擦音を上げて、加速装置によって正面から弾丸のようにヒーロが飛び出した。

「じ、じあ……あ、あぁぁ……ああああ！」

　その攻撃を掻い潜るように、ヒーロの双剣が閃いた。

「じぃああああ！」

　ミーコの腕が落下した。同時に、ヒーロは双剣の一本をミーコの頭部に投げつける。咄嗟に鉄腕で防御するが、それを狙ったかのように腰からナイフを引き抜き、頭部を守る鉄腕の関節に突き立てた。

「じららら！」

　その一度の攻撃で、ミーコは鉄腕の二本を失ってしまう。残す所は左腕一本のみ。

「もらった！」

　そしてヒーロの巧みな一撃はとうとうミーコの頭部を捉える。しかし、あとほんの少し押し込めば突き刺さる、という所でヒーロは首筋に冷たいものを感じた。

「……っ！」

　ぞ、と血の気が引くような嫌な感覚。はっきりと何がとは言えない、直感的な悪寒。

咄嗟に攻撃を中止したヒーロは、ミーコから全力で離れた。

　しかし離れた所で何が起きるわけでもない。ただの思い過ごし、とヒーロは胸を撫で下ろした。

「気のせいか……。何だよ、何もねぇじゃねえか」

「と、思ったろ？」

　瞬間、ヒーロの数歩先の地面が轟音と共に吹き飛んだ。

「なっ……！」

　爆裂した地面を見て、ヒーロは周囲を見る。しかし、どこに誰がいる様子も見えない。だがヒーロに向けてオープン回線が開かれる。

「くくく……。く、く……くはは！」

　その口元は邪悪に歪んでいた。

「くぁーはっはっは！」

　ヒーロの目の前に腕を組んで笑う秋河の姿が投影された。

「秋河！」

「残念だったな！　既に準備は終わった！　よくぞやったミーコ！　お前の稼いだ時間のおかげで、準備は整った！　さぁ、間に合ってしまったぞ！　一色翼！」

　今しがた地面が吹き飛んだのは、秋河の攻撃である。ヒーロはそこまで察したものの、どことなく違和感が拭えなかった。

「さぁ、踊れ！　あがけ！　爆死せよ！　ミーコの相手をしながら、どこまで避けていられるか見せてもらおうではないか！」

「は！　言ってろ！」

　加速装置を起動させると、ヒーロは駆け出す。

二刀流によるコンビネーション攻撃は十分に効果を発揮している。一本しかない鉄腕で捌き切れるものではない。

「要はその砲撃を避けながら戦えば……」

　と、そこでヒーロは口に出してから疑問に思った。なぜ、今の攻撃が砲弾によるものだとわかったのだろうか。

位置的に砲弾が飛んできた様子を見てはいない。地面が地雷などによって爆発した可能性もあるし、言ってしまえば何も砲弾とは限らない。

だがヒーロには、それが砲撃であるとしか思えなかったのだ。

　一体それが何故なのか、その答えに手をかけながらもヒーロは頭からそれを追い出した。

ミーコは間違いなく強敵であり、余計な事を考えて勝てる相手ではない。今は集中するべきだ。

　そして、ミーコへと白刃が迫る。しかしヒーロのすぐ近く、足元の地面が爆裂する。コンクリート片が飛び散り、ヒーロは体勢を崩した。

「…………？」

　ヒーロを直接狙う事もできた砲弾は、意図したように目の前や足元に着弾している。

もうもうと上がる土煙を見たヒーロは、そこから突撃してくる誰かに警戒して一瞬身を強張らせた。周辺にはミーコしかおらず誰も突撃などしてこないはずなのに、ヒーロにはありありとそれが想像できた。

何度もこのパターンを受け、体に染みついてしまったかのような奇妙な感覚である。

「っじあああ！」

「っと！」

　しかし、ヒーロの思考はミーコの奇声に遮られる。

「どうせ当たんねぇなら！」

　続いた砲撃も直撃に至らない。ヒーロの行動を阻害するだけの目的しか感じられず、ヒーロは砲撃を無視してミーコに剣を向けた。

「っせぇぇぇ！」

「あああ！」

　そして、あっけなくミーコの残った鉄腕が根元から切断された。

「ああああああ！」

　全ての鉄腕を失ったミーコは絶叫するが、何もできない。

それを見たヒーロは相変わらず周辺にしか着弾しない砲撃を無視して、ミーコの頭部を狙った。

「これで、本当に終わりだ」

　ミーコは自身の鉄腕が切り裂かれるのを見た。

頭部を狙うと思われた銀の軌跡は蛇のようにうねり、残った最後の一本を根元から切断したのだ。

鉄塊ではない結合部を寸断された腕は、重低音と共にコンクリート地面に落下し、瓦礫の一部となってしまう。

「ああああああ！」

　所詮は仮想空間の腕である。苦痛を感じて叫んだわけではなかった。

しかし、胸の中にじくじくと突き刺さった記憶が叫ぶ。まだだ、と。

「じじじ……じあああ！」

　守りたい人がいる。

「あああああ！」

　助けたい人がいる。

「ああああああ！」

　その時のミーコは、戦況を判断できるほど冷静ではなかった。しかし、ミーコは鉄腕を失った自分にできる事が何であるか、思考とはまた別の所で理解していた。

「う、あぁ……あああ、ああああ！」

　それは殺意の咆哮でも狂乱の絶叫でもなく、ミーコの心からの悲鳴だった。

一瞬、ほんの一瞬だけの理性、思考力を得ようと頭を抱えて呻き声を上げる。

「うあぁ……あぁぁ！」

　自分がこんな体でなかったなら、友人を守る事ができた。肩を並べて共に戦う事もできた。そう嘆いた事があった。

だからあの日。約束を果たすために、ミーコは秋河にも内緒でこっそりとそれを機装に取り付けたのだ。

「うっ、……」

　激しい頭痛を感じつつ、ミーコはゆらゆらと揺れる視界でそれを見た。

いつから流れていたのか、涙で滲んだ視界はぼやけていて、だがミーコは荒い呼吸でそれを見据える。

コックピット内の床にある真っ赤なペダルは、一歩、二歩と歩いた位置にある。

そのペダルは秋河も知らない機構。おそらく、勝手にこんな物を用意した事で後から怒られるのだろうとミーコは微笑む。

「……（部長）……（御免）」

　ミーコはペダルを踏み込むだけの理性を取り戻すと、勢いよく踏みつけた。

「なんだ……これは……」

　秋河は驚いてモニターの表示を何度も確認する。

「ミーコクレイモア……？」

　そこには、登録した覚えのないアイコンが表示されていた。

次いで、その内容についての説明文が表示される。無駄にキラキラした文章はナッツを思わせるが、秋河は全く何も知らされていなかった。

読み進むと、信じがたい内容の武装であった。

「鉄鋼……散弾、地雷箱……？」

　ミーコを見れば、その両肩に青い発光が見えた。何かが転送、構築されている様子である。

ヒーロはそれが何であれ、ミーコの頭部を破壊しようとしたがその構築はあまりにも早く終了してしまう。

あっという間の出来事で、果たしてそれは巨大な箱であった。

「っ！」

　咄嗟にヒーロは剣を引き戻す。中身を直感的に悟ったらしい。

「秋河てめぇ！」

　ヒーロの激昂。中身を見ずに悟った事にも驚くが、秋河もそれよりも思わず身を乗り出して声を上げる。

「ミーコ！」

　鉄鋼散弾地雷箱。

　ミーコの両肩に出現したそれは、端的に言って巨大な爆弾である。内部には徹甲弾がこれでもかと詰められており、強烈な爆発と同時に散弾として徹甲弾を周辺にばら撒く。

　巨大ではあるが、時限式でもなければ任意で動く種類でも、ましてや敵を感知するものですらない。

それは単に出現と同時に爆発するだけなので、その単純な構造故にデータの構築には時間がかからない。

「だが、これは……」

　そしてこの爆弾は構造上、中心にいるミーコは確実に助からない。

　秋河思わず言いかけた言葉を飲み込み、それからヒーロに告げた。

「さぁヒーロ。我が配下もろともに……爆死せよ」

「あの野郎！　味方を爆弾にしやがった！」

　その男は目の前で起きる惨劇を止めるため、剣を握る手に力を込めた。

「……おい、待て待て、お前何を……」

　初めて一之瀬の焦ったような言葉を聞いた弐ノ神は薄く笑うと、剣を構えた。

「ま、待て弐ノ神！　本気か！　そんな事したら……」

「一之瀬」

　弐ノ神は剣の峰から噴き上がる爆炎を背負い、前だけを見据えた。

「ヒーロが撃墜されたら終わりだ。俺一人で済むなら、そうしなくちゃならねぇ」

　そして黒騎士は飛翔した。

「弐ノ神……。あぁ、そうか。わかったよ。そうだな、だって……」

「その通り。俺は、お前が知る誰よりも、タフな男だからな」

「……なら、最後の命令だ」

　ミーコの両肩が爆裂するよりも先に、弐ノ神の剣は刀身を自壊させながら疾走し、ヒーロとミーコの間に割って入った。

「まもれ」

「当然」

　歯を剥き出して笑った弐ノ神は、ヒーロを背にして勢いよく剣を地面に突き立てる。

失った右足の代わりにしてバランスをとると、ミーコを見据えて腕を組んで仁王立ち。穴だらけの外套がはためいた。

「じじじじじゅららららあああああ！」

　一際大きな奇声が上がると、周囲を巻き込む爆発が起きる。

その自爆攻撃からヒーロを守る盾となった弐ノ神は、最後までそこを動かなかった。