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part 14



 秋河は仮想空間内に複数のモニターを表示させ、注視していた。


「機装は殺せる時に殺すのが鉄則……とあれだけ言い含めておいたんだがな」


 スケルトンナッツ、と表示されたアイコンの色が消えるのを認めてから、秋河は別のモニターを手元に引き寄せる。

ミーコゴーレムのアイコンは色が変化していない。

アイコンを選択すると、ミーコの主観から見た映像が表示された。目の前でヒーロが勢いよく剣を振っているのがわかる。


「困ったものだな……。ヒーロはミーコとナッツの二人がかりで殺したかったんだが……。まさかこんな展開になるとは。あのワイヤー女め、あそこまでやるとは思わなかったぞ」


 ミーコ一人でヒーロと戦うのは避けたかった。

秋河は舌打ちしてみるが、自らが援護しに行くつもりはなかった。と言うのも、秋河は動けなかったのだ。


「……いやはや。さすがにこれだけの量となると、シミュレーションしたとは言え笑えるほど遅いな。ミーコには時間稼ぎで充分と伝えはしたが……ああなったミーコがどこまで覚えているか、あまり期待はできんなぁ」


 とある場所に待機した秋河は、試合開始直後から周辺の警戒をナッツとミーコに任せると、武装を転送し始めていた。

弐ノ神が剣をそうしたように、秋河もまたデータによる実体化を行ったのだ。

しかし、例えばナイフ一本なら数秒で構築できるそれは、試合開始から今に至っても完全な構築を終えていなかった。


「こちらの武装展開が終わり次第、ミーコの援護を優先する。……まぁ、もっとも」


 秋河は頬杖をついて戦いの行方を見守る。


「その頃に、どちらかが立ってるとも思えんがな」


 冷淡に言うが、鉄腕と白刃の攻防は激しさを増していた。


「じゅらららら!」

「おおお!」


 ミーコの鉄腕がヒーロ目がけて高速で振り回される。四本全てを駆使し、弱点である頭部を晒している。

だがその猛攻を受けながら頭部を狙う事まではできない。どころか、その連続攻撃だけで並の選手であれば既に粉々になっているはずだった。


「お、おおぉ……らぁっ!」


 ヒーロの剣がミーコの鉄腕を弾き上げた。


「ナッツもミーコも正真正銘の化け物だが、一色翼め。こいつもその領域か」


 秋河が見たのは、目にも止まらぬ殴打の全てを剣で受け流し、その一瞬の隙を見極めると柄で鉄腕を弾き上げてしまうヒーロだった。

その足元には粉のようなコンクリート片が舞っている。受け流されたミーコの鉄腕が、その全てが地面に当たっているためだ。


「じららら!」


 正面から受け止めれば剣ごとへし折れるはずなのだが、微妙な角度をつけて受け流すヒーロにミーコの鉄腕は届かない。今にも触れられる距離にあるのに、決して当たらない。


「だがこのまま続ければ、鉄塊であるミーコが競り勝つ。器用に受け流しているが、刃こぼれの一つもなく捌き続けるなど不可能だ。鉄腕はいくら削れても構わない。ミーコはとにかくヒーロに剣を使わせ続けるだけで良い」


 にやりと秋河が口元を歪めた。と、同時にヒーロが背後に大きく跳躍する。


「大したパワーだが、その図体だ。悪いが距離を取らせてもらうぜ!」


 しかし、秋河は余裕たっぷりに嗤った。


「くははっ、その程度の距離を取った所で無駄だ。そこはまだミーコの射程圏内だぞ?」

「じゅああらららら!」


 瞬間、ミーコの四本の鉄腕が同時に加速装置で撃ち出される。鉄腕の質量に引きずられるようにミーコの体は浮き上がった。

それはまるで目の前の獲物に飛びかかるように、ヒーロへと一瞬で跳躍し、迫った。


「なっ! そんなのアリかよ!」

「くっく……。ミーコは距離をとれば安全、というわけでもない。猛獣を前に、檻の外でもない限り安全圏などないんだよ」


 鼻で笑う秋河の声はヒーロには聞こえないが、ミーコの拳が獲物に噛み付く咢のように広がり、閉じられる。


「そうだ、ゆけミーコ! 噛み砕け!」


 ぐしゃり! と金属が破壊音を上げた。


「じ、じっじじじ……」

「こ、この野郎……やるじゃねぇか……」


 しかし、その鉄腕はヒーロに当たらなかった。

ヒーロが全身を使って支えるようにして突き出した剣がミーコの鉄腕を正面から貫き、突き刺さっていた。

肘の先まで貫通した剣は鉄腕の勢いを止め、その機能を失わせていた。そこに生まれた隙間に体をねじ込み、ヒーロはミーコの一撃を回避してみせていた。


「じああああ!」


 剣の突き刺さった左上腕を無理やり振り回すと、ばきりと剣が折れる。同時にその鉄腕もまた地面に落下した。


「ば、バカな……。あの鉄腕は純粋な質量攻撃だぞ……? そんなチャチな剣一本が貫通するなど、あるわけが……」


 秋河は驚き、続ける言葉を失う。

しかし目の前では実際に、ヒーロの剣が鉄を貫いており、ミーコの鉄腕は数を減らしていた。


「行くぞ、冬堂!」

「じぃあああああ!」


 加速装置を小刻みに使い、ミーコの鉄腕の乱打を紙一重で回避するヒーロ。そしてクロスして背負っていた二本の剣を鞘から抜き放つと、回転を交えつつ舞うように剣を振るう。


「まずい……」


 ぽつりと漏れ出たのは秋河の声である。


「まずい、まずい……!」


 秋河はくるくると身軽に跳び回るヒーロを観察しつつ、手に汗を握った。

 刀剣を使う選手が予備の刀剣を腰や背に用意しておく事は珍しい事ではない。仮に、抜かれる前に背負っていた双剣を砕いたとしても無駄だろう。


先ほど継実高校の黒騎士がやったように新しい武器を転送するのが想像できるし、単なる刀剣の一本二本なら転送の時間もごく短時間で済む。

だからヒーロが新しい剣を取り出した事は驚くような事ではない。


 最大の問題は、ミーコの鉄腕が三本になった事である。


「じららら!」


 ミーコの鉄腕は休む事なく打ち下ろされるが、先ほどヒーロは四本の腕を捌いてみせたばかりである。

四本全てを使って拮抗状態を作っていたのだ。一本減った状態で戦えば、どうなるかなど想像するまでもない。


「ミーコがヒーロに対して有利なのは長期戦だ。短期決着など、こんな展開は想定外だ……。くそ、まだなのか。シミュレーションの時はもっと早い気がしたぞ」


 自身の武装転送が未だに終わらない様子を睨みつつ、秋河は伸びきった体感時間の中で苛立ったように舌打ちした。






 冬堂美衣子は孤独だった。

 体を抑え込まれていないと暴れだすというのは、記憶の限り幼い頃からそうだった。友人など望むべくもなく、孤独な世界を無感情に生きてきた。


 裕福な家庭に産まれた美衣子は、幸いにして生活には困らなかった。

両親は愛情の代わりに金銭を惜しまなかったため、食事をするのも体を洗うのも、専門に人を雇う事ができたのだ。

 美衣子と三歳違いで産まれた弟は美衣子とは違い、錯乱する事も暴れる事もなく、聡明な少年として育った。その事で両親が美衣子に辛く当たった事はないが、両親が美衣子に話しかける事はなくなった。


「……」


 中学校を卒業した美衣子は、両親の意向で高校に通う事になる。美衣子は機装に乗った事が一度もなかったが、気が付くと機装の特待生として、入学試験の一切が免除されていた。

両親が何かしら手を回したのだろうと察しつつも、美衣子は深く考えずに機装部に名前だけを置く事になる。


「……」


 何も言わずに、そして何も思わずに、美衣子は日々を過ごし続ける。

ある時、機装部が人数不足で廃部になりそうだという話が持ち上がるその日まで、美衣子は孤独だった。


「貴様が冬堂か!」


 静寂を切り裂いた人物は、機装部の部長を名乗った。


「おぉ! 殺意で濁った素晴らしい瞳だ! その狂気、我が部で活かそうじゃないか!」

「……」


 美衣子はその日、産まれて初めて力を求められた。


「貴様、特待生にも関わらず一度も部活に来ていないな? 大方、孤独を愛する人種なのだろう。機装はチームワークが必要な競技だからな。仲間など要らん、と言う事なのだろう。だが、しかし!」

「……」


 美衣子はその日、産まれて初めて期待を込めた視線を受けた。


「貴様の孤独など、この俺が破壊してやる! もう穏やかな孤独の世界になど浸らせんぞ。お前が特待生である以上、部が潰れればお前の立場も怪しくなるのは明白なのだ! あぁそうとも。一緒に来い!」

「……」


 美衣子はその日、産まれて初めて孤独ではなくなった。


「お前には、この俺の仲間になってもらうぞ!」

「……」


 美衣子はその日、産まれて初めて友達ができた。


「さぁ、俺について来い! この俺が部長だ! ミーコよ!」

「……(部長)」


 ミーコは初めて機装に乗ったその日。

産まれて初めて、産まれた事に感謝できた。




「あ、あぁぁ……あぁぁぁ!」


 聴こえる絶叫が自分の口から出ているものだと、それすらも理解できなかった。しかしそれでもミーコは鉄腕を振るう。目の前に迫る白刃を破壊し、躍動する敵機を粉砕するために。


「あああああ!」


 狂乱の最中、遠くから誰かの声が聞こえた。

それが敵か味方かもミーコにはわからなかったが、ミーコは殺意と破壊の衝動を全身に漲らせつつも、一つだけ未だに手放していないものがあった。

それは一つの短い記憶で、もはや今のミーコにはその記憶の意味すらもわからなかったが、それでもなお、ミーコの胸の内にそれは在り続けた。





 高校に入学したミーコの記憶において、暴れる自分と殺し合いをしようなどと本気で言い出したのは、その人物以外にはいなかった。


「は? なに、おまえ。あたし暴走気味なんで人とか殺しちゃうーってか? はいはい怖いね恰好良いね」


 オレンジ色の髪色をした女生徒は、機装部に入部届を出しに来たらしかった。


「なにその目。そうやって睨めばみんな怖がるの? うっぜぇ……。バカかよ」


 今時の女子高生、と言うには些か派手で攻撃的な見た目と性格の彼女は、低い声で唸るように夏野と名乗った。


「あー……でもあんた、特待生だっけ? ちょっとだけなら遊んだげるからさ。あんたの好きな、殺し合い? してあげる。どうせあたしが勝つけど」


 彼女の手が拘束具に触れる所までは覚えているが、その後に何がどうなったかの記憶は定かではない。定かではないが、彼女を友達だと呼ぶようになったのはそれからだった。


 彼女をナッツと呼んだのは秋河で、不思議そうな顔で自身のアダ名を何度も繰り返して呟く姿が印象的だったのを、ミーコは覚えている。

 ナッツの態度が徐々に変化していく様子はミーコに理解できなかったが、おそらく秋河が原因だとミーコは考えていた。

人付き合いのできない自分と違い、この人は人心掌握の術を持っているのだろうと。


 だが変化は何もナッツだけではない。ミーコの生活も、世界に初めて色が塗られたように一変した。

 だからミーコはその記憶を、その約束を、決して忘れないと誓った。


「約束しようよ」


 ある日の事、ナッツが唐突に言った。

その日は西日が差し込む放課後で、部室には二人だった。ナッツは何でもない様に、ふと呟いたのだ。


「実はね、ナッツは部長の弱点を知ってるんだ。っていうか、ミーコも知ってると思うけど。部長には致命的な弱点、欠点があるよね」


 それはミーコも気づいていた事だった。


「部長の立てる作戦は必ず、仲間の成功を前提にしてるんだよ」


 その通りだと、ミーコは思った。秋河は様々な作戦を考案するが、一つとして自分たち後輩の二人が失敗した時にどうするか、という点を考えていなかった。


「部長は、ナッツ達を信じてるんだ。信じすぎてるんだよ。できないと思ってないんだ。それが部長の弱点。もしもナッツとミーコのどっちかが失敗すれば、その時点で作戦は失敗。でも部長は、ナッツたちが失敗するなんて全然思ってない」


 その時、ナッツはやれやれと頭を振って、それから笑って見せた。


「だから、約束」


 小指を突き立てると、ミーコの前でゆらゆらと揺らす。


「部長の作戦が失敗しそうな時。つまりナッツか、ミーコか。どっちかが負けそうな時。そのもしもの時が来ても、絶対に、絶対に、最後まで諦めない。ナッツとミーコで部長を守る。命令違反でも、嫌われる事になっても、必ず部長を守る。助ける。だって、ミーコもどうせ部長に助けられたんでしょ?」


 ミーコは小指に頷きで返すと、絶対の約束を誓った。


「今度は部長を助けるんだ!」

 ミーコは鉄腕を振った。







 その時、廃墟を亡霊のように歩くのは黒い騎士だった。

 弐ノ神は失った脚を補うために剣を杖にして進む。ゆっくりと進み、時折転倒しつつ、それでもヒーロの信号を追いかけて歩いた。


「……あの女、無茶苦茶やりやがって……!」


 悪態をつきながら、弐ノ神は明らかに必要以上に破壊された機装で歩く。


「レイジングサマー? だから何だってんだ……。構ってる暇はねぇよ」


 ナッツの機体を胸の上から二つに切り飛ばした弐ノ神は、念のために頭部までしっかりと破壊していた。

頭と胸を失って、ぐったりと動かない機装からはもう何の圧力も感じなかった。


「もう少しだ……」


 加速装置を使えないため、もう弐ノ神は徒歩でしか移動できない。それすらも片足を失っているのだから、通常ならリタイアを申請していただろう。

ナックルガードも装甲も全て切断されており、残った武装は剣一本。それも自壊寸前である。


 行った所で何ができる。


 弐ノ神の胸にふと沸いた思いは、しかしすぐに消える。


「あいつが戦ってんだ。なら、なんで俺が諦める」


 ひび割れたコンクリートに足をとられながらも、弐ノ神はヒーロの位置を目指した。地図で見ればもう目と鼻の先である。


「一之瀬……。俺は、間違ってるか。それとも正しいのか。こんな事に何の得もねぇのに、あいつらがムカつくってだけで、わざわざヒーロの野郎なんかの味方して。何をやってんだよ、俺は」


 独り言のように言うと、聞いていたらしい。一之瀬から通信が繋がる。


「まぁ、そこまでぼろぼろだとね。特に大した事もできないし、それにレイジングサマーまで倒してやったんだ。ここらで引き上げたって誰も文句はないだろうね」


 後頭部に手を当てて、のんびり言う一之瀬。


「そうだな。あいつがせいぜい苦戦するのを眺めてから、そっちに戻るとするさ」


 弐ノ神は苦笑した。



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