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part 10



 正午を僅かに過ぎ、決勝戦の試合会場には既に観客が集まっていた。


「ナッツ。今回はお前を試合に出そうと考えている」


 早めに会場に到着した家鴨高校は、案内された控え室に集まっていた。


「あー……。やっとですかー? そっすかー……」


 ナッツは興味のなさそうな顔で秋河に返答した。その反応に秋河は驚いて聞き返す。


「どうしたんだ? あんなに出たがってたじゃないか」

「んいやぁー……。だって、どうせ不戦勝ですよね? エントリーだけしたって、戦えないんじゃ意味ないですよー」

「そうとは限らんだろう。一色翼がここに来れば、試合は始まってしまうんだ」

「あー無理無理。無理ですよぉ。ヒーロくんがここに? 間に合うわけないですよ。どんだけ遠くに閉じ込めてやったと思ってんですかぁ? 何十人も雇ったし、あんなの出てこれるわけないですよぅ」


 ぷぅっと頬を膨らませるナッツに苦笑しながら、秋河はまぁまぁと宥める。


「仕方ないだろう? お前を試合に出した場合、それはそれで問題があってだな……」


 言いかけると、大会の運営スタッフが控え室に現れた。


「あぁ、何か御用ですか? あるいは、かもめ高校が棄権した、とか?」


 にんまりと笑って秋河が先に声をかけると、運営スタッフは首を振る。そして一言、簡単に告げる。


 試合の準備を始めてよろしいですか?


「……なんだと?」


 思わず低い声を発した秋河、すぐに取り繕って訊ねた。


「失礼。まるで、かもめ高校が会場で我々を待っているかのような、そんな風に聞こえたもので。あぁいや、あまりに現れないものだから、棄権したのではないかと邪推していたのですよ」


 ははは、と声だけで笑うと、不思議そうな顔でスタッフは答える。かもめ高校は既に到着している、と。


「っ……!」


 今度こそ言葉を失った秋河は、寸での所で拳を壁に叩き付けそうになって我慢した。


「やってくれるな……。やってくれたな。一色翼……!」

「やたー! 試合だ試合ー! 機装に乗っちゃうぞー? ミーコ! 試合できるって!」

「……(把握)……(準備)」


 小躍りして喜ぶナッツを視界に入れながら、秋河は悪態をついてから機装の用意に取り掛かる。

ケースから取り出し、最終確認。


「でもでもでも、どうやって来たんでしょーねぇ?」


 どうやって、なんて秋河にはどうでも良かったが、喜んでる様が不愉快だったため適当にナッツの額に掌底を叩き付ける。そしてくるりと反転。


「仕方があるまい。こちらも試合になる事を想定し、一色翼を確実に殺す武器を用意してきた。楽に勝つ事はできなかったが、だからとて勝ちは揺らがん」


 控え室のドアを勢いよく開くと、制服の裾がはためいた。


「くっく……。さぁ行くぞ。蹂躙してくれる!」


 威勢よく秋河は会場に向かった。

 が、しかし。会場に並んだコクピットの前に立った時、秋河は予想外の光景に驚く。

五機二列に並ぶコクピットはいつもの事だし、こちら側と反対側の列に相手高校がやって来る。何もおかしい事などなかったのだが、秋河の目の前に立ちはだかったのは二人の高校生だった。


「なに……? い、一体何がどうして……」


 適当な言葉が出てこないほどに秋河は狼狽する。

かもめ高校はヒーロのワンマンチームで、他に部員らしい部員はいなかったはずである。しかし、そこには二人。それもフードを目深に被った、おそらく男女が立っていた。


「誰だ……? だ、誰が、どうやって!」


 焦った秋河の言葉が口を突いて出る。と、二人の男女はフードを脱ぎ捨てた。秋河を睨みつけるように肩を並べ、腕を組んで仁王立ち。


「……弐ノ神龍也。訳あってヒーロに助太刀する」

「結城アオイ。友達のため、戦いに来ました」


 少女と大男のアンバランスなコンビが秋河の前に現れる。


「ば……バカな! 貴様らは既に……」


 冷や汗すら浮かべる秋河は、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「既に、敗退しているはず! 何をトチ狂ってこんな所に!」


 しかしその疑問に答えたのは二人ではなく、その後ろに控えた面々だった。半眼に薄笑いを浮かべたトドロキが前に出る。


「残念でしたね。彼らが敗退したのは、継実高校と聖アルバトロス女学院としてに過ぎません」


 そして続く言葉に秋河は血の気が引いた。


「我が校には、他校との交流のため、交換生徒という制度があるのです。弐ノ神さんは一時的に我が校で受け入れ、その後に我が校のアオイさんと共に、かもめ高校へ転校しました」


 トドロキが言うと、その後ろから音もなく車椅子の少年が前に出る。


「アルバ女学院の制度に、男性禁止の文言がなかったのが肝だ。ま、厳正な審査があるみたいだし? 普通は申請しても通らないそうだけど……。今回はちょっと、ね」


 わざとらしく、とぼけた表情を作ってから続ける。


「えぇ? 何で弐ノ神を一度アルバ女学院に入れたかって? そりゃ一日でかもめ高校への転校手続きと入部手続きを終わらせる必要があったからね。いやぁ、お金持ちってすごいねぇ。こんなの、いくら策を用意していようと想定外。と、思うがどうだろう」


 秋河はそこで、ようやく弐ノ神とアオイがかもめ高校の制服を着ている事に気が付く。


 やられた。


 その悔しさにくらりと頭を揺らした所で、秋河は肝心の男がいない事にも気が付いた。それによって少しだけ余裕を取り戻し、口を開いた。


「……で、肝心の一色翼がいないようだが?」


 まだ大丈夫だった。あの男さえいなければ二人くらい簡単に倒す自信があった。やはりあの男をここに連れてくるだけの事まではできなかったのだ。

 そう、秋河が安堵すると、弐ノ神が言う。


「あいつは来る」

「いないようだが?」


 今度はアオイが秋河に言う。


「必ず来ます」

「つまり、いないのだろう?」


 秋河は内心で拳を握って喜ぶ。

電光掲示板の時刻を見れば、もう今にも試合開始の数分前である。

 そう、今いないという事は、結局は間に合わなかった。当然である。数十人から成る暴力的な人間を金で雇って配置している。万が一に脱出できても、一体どれだけの距離があると思っているのか。この勝負、勝った。


 しかし、その思いは車椅子に乗った一之瀬に遮られる。


「え? なんて? あぁ、そうそう。面倒だから会場に。大丈夫だって。一直線だし。うん、うん。時間ないから直接来てよ。え? だからそうじゃなくて、来いって言ってんの」


 仕方ないなぁと言いながら、一之瀬は携帯電話を懐にしまう。


「ん、家鴨高校の部長さん。そういやキミは初めてだったね」


 のんきな声に秋河は思わず反応して答える。


「あぁ。全くの初対面だな。失礼だが、どなたかお聞きしても?」


 しかし一之瀬は笑って片手を振った。


「そうじゃない」


 そして言葉を紡ぐ。


「僕たちは何度もやってるんだけどさ。キミ、初めてだろ? あいつと戦うの」


 その時、会場ステージに繋がるドアが弾き飛んだ。

どうやらバイクがドアに体当たりしたらしい。エンジンと排気の轟音をまき散らしながら、バイクはステージ前まで制止する係員を無視してやってきた。


「気を付けなよ。あいつは、負けないんだ」


 バイクに乗る三上が降りると、その背後からもう一人の高校生が降りる。

ヘルメットを外し、堂々とステージに上る。そして、秋河を正面から見て指を突き付けた。


「待たせたなぁっ! 秋河ぁ!」


「一色、翼……!」

「やるじゃねぇか! ここまで含めて、全部お前の全力。お前の力って話だったよなぁ!」


 ヒーロは口元に笑みを浮かべたまま、しかしはっきりと言った。


「なら、こっからは俺の力を見せてやるよ!」


 言うと同時に、試合開始時間のブザーが会場に鳴り響いた。









「部長?」

「……(部長)」

「なんだ」

「部長、大丈夫ですか?」

「……(心配)」

「大丈夫だ……」

「あの、これ……。ミーコと一緒に作ったんです」

「……(贈呈)」

「なんだこれ。……ヘアゴム? この飾りは悪魔か?」

「その、部長は髪が長いから……長いのが綺麗だから……」

「……(綺麗)」

「あぁ。そうか。確かに長いな。使わせてもらおう」

「あ、あの、部長」

「今度はなんだ」

「ナッツとミーコは、ちゃんと部長の味方ですから。部長は、絶対絶対、絶対に一人じゃないんです。ナッツ達じゃ頼りないかも知れないけど、でも、あの……それでも、ナッツたちは部長と一緒に戦いますから」

「……(同意)……(肯定)」

「……そうか」

「ナッツたちが、部長を守りますから!」

「……(絶対)……(約束)」

「どうしたんだ? 急にそんな」

「だって、だって! あいつらいっぱいいるのに……部長の側に、ナッツ達しかいないから……。でもナッツもミーコも、あいつらみたいにできないから……。だ、だから!」

「……(同意)」

「なんだ。そんな事を思っていたのか」

「そんなって……」

「なるほど? 連中はたくさんいるな。友達が多そうだ。さぞ仲良し円満にやっているのだろう。賑やかなのだろう。で、だからどうしたと?」

「だって……」

「……(困惑)」

「いつ俺が友人の良し悪しを数で語った。お前たちに勝るような武器も、友も。この世にはないと言うのに」

「ぶちょぉお……」

「……(嬉々)」

「さぁ、想定外の事にこそ驚いたが、何の変更もない。奴らに我々が何者なのかを教えてやるのみだ。蹂躙し、殺戮し、破壊の限りを尽くす。全てを木っ端微塵に粉砕しろ! 絶望が何色をしているのか、奴らの目に刻み込んでやれ!」



 秋河は長髪をポニーテールの形にまとめると、制服のブレザーとスカートを翻してコクピットに乗り込んだ。


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