奴隷の皆の気持ち。新たなる出会い
夕陽が更に傾いて、空がグラデーションになっていく。警戒しながら見詰め合う僕達は、お互いに安全な距離を取り合った。
氷竜剣の男の装備が一新されているね。以前はフルプレートの兜無しだったんだ。今は革の服に黒いガントレットと胸部装甲、真紅の魔剣を装備している。
全員の実力は近いと思う。二体二なら勝負はどうなるだろう? 一瞬の油断も出来ないよね⋯⋯特に弓のおじさんの手の内を僕は知らない。
向こうもビビの恐ろしさを知らないと思うけど。
「そう構えなさんな。銀閃のアーク君」
弓おじさんが口を開いた。
僕は視線を弓おじさんに向けたけど、全神経は氷竜剣のお兄さんに向いていた。
何をするかわからない人だ。それにこの人のスピードは速い⋯⋯また斬られたくないもんね。
「私はブローラード・ベルガルシア。ジルクバーン・フォルティーニの監視をしているんだ」
え? 家名を名乗るってことは貴族様なの? それと、
「監視? ブローラードさんはストーカーってやつ?」
「す、⋯⋯ストーカー⋯⋯。た、確かに、行為だけ見ればそうやもしれんな」
「かっはっは! お前のそんな顔初めて見たぜ!」
うぬぬ。僕はどうしたらいいのかな? でも警戒は解くべきじゃないか。あうぅ⋯⋯どうしたらいいでしょうキジャさん⋯⋯ああ、キジャさんならとりあえずゲンコツ振り回しそうだ。ベスちゃんなら? ハンマーを振り回すよね⋯⋯あの二人は似た者同士なんだ。
「私はAランク冒険者なんだ。だから安心⋯⋯ってわけにもいかないかな。このジルクバーンは今魔術で縛られている。犯罪を犯せば死に直結するような魔術だ」
「え? 魔術?」
「ああ。それのせいでジルクバーンにはあまり自由が無い。まあ当然の結果だけどな」
「ケッ。まーそういうこった」
「さっき攻撃して来たじゃん!」
「あんなのは挨拶だろーが!」
「ジルクバーンは黙ってなさい」
「チッ」
「大人しくなった!?」
「うるせーぞおい! それよりあの綺麗なねーちゃんはどうしたんだ?」
綺麗なねーちゃん? それってビビの事だよね。あの時はビビ大人モードだったから、今の姿じゃわからないのかな?
⋯⋯でも説明する必要ない。
「おい! 無視すんな!」
氷竜剣の人はジルクバーンっていうんだ。一応覚えておこう。僕はブローラードさんに視線を向ける。Aランク冒険者って言ってたよね⋯⋯Aランクってことは、Bランクのベルフさんより強いのかな? ベスちゃんには勝てないと思うんだけど、戦ったら僕は勝てるだろうか?
ベルフさんもきっと強いんだよ。多分口下手で損しているだけで、Aランクになれる実力をもっていると思う。
「ベルガルシア家とフォルティーニ家は同じ派閥だった。今は違うがな⋯⋯フォルティーニ家はちょっとやり過ぎたのだよ。そのせいで銀閃のアーク君に捕まったわけだ。舐めてかかるから弱みを握られる⋯⋯まったく嘆かわしい。表向きはジルクバーンが冒険者ギルドへ復帰、困った市民を守るのが仕事だって事になっている」
⋯⋯この人は何を言っているの⋯⋯?
「表向きとかどうでもいいです⋯⋯“ちょっとやり過ぎた”とは聞き捨てなりません。あれだけの人が苦しんだのに“ちょっとやり過ぎた”ですか? 僕は⋯⋯」
僕は最後に奴隷にさせられた人の涙を見たんだよ⋯⋯そんな軽々しく言って欲しくない! 攫われてから全てを失った人はいっぱいいるんだよ? それを“ちょっとやり過ぎた”で済ませて良いものじゃないんだ。優しい家族の団欒とか、取り戻せなくなった家庭だって沢山あるのに!
ブローラードさんは眉間に皺を寄せる。話の腰を折って申し訳ないけど、あの人達のことを考えたら我慢出来なかったんだ。
少し空気が緊張する。今はこんな事言うべきじゃなかったんだ。わかってはいるんだよ⋯⋯一にも二にも戦闘にならないようにしなければいけないのに⋯⋯僕って馬鹿だよね。でも悔しかったから⋯⋯
「君は見た目より随分と大人なようだが、腹芸には向かんな。まだ私達は来たばかりでね、一度冒険者ギルドへ行かせてもらう。行くぞジルクバーン」
「はっ、平民なんて勝手に増えるじゃねーか。あばよ銀閃」
「⋯⋯」
僕は奥歯を噛み締める。
耐えなきゃ⋯⋯我慢、我慢するんだよ。ビビも殺気を放ちながら、去って行く彼等を睨みつける。その二人の背中が見えなくなっても、僕は気が収まらない。
「アーク。気持ちはわかるが、らしくないぞ?」
「ビビ⋯⋯」
「あいつらはそういう教育を受けてきたんだ。生まれた時からな」
「⋯⋯じゃあ僕も家が違えばそうなってたってこと?」
「そうかもしれないけど、違ったかもしれない。私にはわからないな」
「そう。それはやだなー」
「⋯⋯」
ドラシーを鞘へ戻した。これからギルドへ行くと、またあの二人に会うんだろうな。少し気が重いや⋯⋯ジルクバーンには悪い事が出来ない魔術を施してあるって言ってたけど、奴隷にされた人の心を思うとわからなくなる。それにそんな魔術じゃ何の罰にもならないよ? 普通に生活出来るんだから。
父様、母様、僕には難しくてわかりません。
やり場のない悔しさに拳を握っていると、僕の左手がひんやりした手に包まれた。優しげな表情を作るビビの顔を見たら、トゲついた心が少し楽になる。
「ビビの手は魔法でも使ってるのかな?」
「何がだ?」
「ひんやりしているのに、何時も暖かいんだよね」
「何だそれは」
夕陽の色が混ざったビビの瞳は、大きなピンクサファイアのように綺麗だった。
やっぱりあの人は許せない⋯⋯モヤモヤする〜⋯⋯ドラグスに帰ったら、キジャさんとベスちゃんに話を聞こう。
貴族⋯⋯かぁ⋯⋯難しいなぁ。戦いの強さだけじゃどうにもならないの? こんな気持ちになったのは初めてだよ。
「アークはアークだ。私の知るアークという者は、助けを乞う全ての人を守る事が出来るようになる。そんな素晴らしい英雄になるらしいぞ?」
⋯⋯それは⋯⋯そうなれたら良いなって思って⋯⋯
「アークは前だけ向いていれば良いんだ。今は強くなる事だけ考えろ。そうすれば、いずれアークの声は世界に届く。貴族の在り方だって変えることが出来るかもしれない。だから今は夢だけを見ていれば良いんだよ」
僕の声が世界に届く? そうなれば皆優しくなるのかな?
僕には大きな夢がある。だから止まっている暇なんて無かったんだ。ビビが思い出させてくれた⋯⋯きっとビビは誰よりも僕を理解してくれているのかもしれない。
「ビビ。ありがとう⋯⋯」
「ああ。感謝すると良い」
ビビはそう言って微笑んだ。
*
高台からギルドへ向かう途中で、人気のない路地を歩いていた。もう直ぐ太陽が完全に落ちる時間だね。ヘイズスパイダーに備えて、集団で固まる気配が多いな。
僕は気持ちを切り替えました! ビビがね、元気が出るまでいっぱい撫でてくれたんだよ。
だからもう大丈夫です。ビビ大好きです。
一人じゃなくて本当に良かった。僕もまだまだ子供⋯⋯いやいやいやナイナイナイナイナイナイ!
水路をぴょんぴょん飛び越えて行く。何気にちょっと楽しかったんだけど、そろそろ魔導飛行艇を回収しに行こうかな。そんな時だった⋯⋯なにやら変わった気配がある事に気が付き、確認しようと近づいてみる。
悪いものでは無いと思うんだけど⋯⋯
暗がりで蹲っている男性を見かける。そこは細い路地で、屈んでみたり伸び上がってみたりしていた⋯⋯必死に何かをやっているようだけど、もうそろそろ一人でいるのも危険になるんだよ? 行動もおかしいし、いかにも怪しい⋯⋯
ちょっと声をかけてみようかな。コソコソ変な動きをして、いったい何をしているんだろう?
「すいません」
「うにゃっ!」
──ボン!
声をかけると、その男性がいきなり煙に包まれる。背後からいきなり声をかけたのは失敗だった? 爆発したのかと思ってびっくりしたけど、煙の中にはしっかりと気配があった。
「びっくりしたにゃ〜。お尻痛いにゃ」
煙が晴れたと思ったら、中にいたのは大きな猫だった。緑色のシャツに赤いネクタイ、大きなデニムのズボンにサスペンダーを付けているよ。
さっきいた男性は何処へ消えたのだろう。代わりに服を着た三毛猫さんがいるんだけど。
「いきなり声をかけてくる奴があるかにゃ!?」
「ご、ごめんなさい」
「もういいにゃ⋯⋯変身も解けちゃったにゃ」
猫は絶望したかのように打ちひしがれる。その姿が可哀想に見えて、僕は目の前にしゃがみ込む。
「どうしたの? 猫さん」
「オイラはハーフケットシーのトラだにゃ」
「猫なのに?」
「トラだにゃ! そもそもハーフケットシーにゃ! ああ⋯⋯何でこんなことになったのにゃ〜⋯⋯」
大丈夫かな? トラさんはとても困っているみたい。ギルドはそんなに急いでないからトラさんの話を聞いてあげよう。でもハーフって何の?
「困った事があるなら聞きますよ? 何が出来るかわかりませんが」
「話しても解決出来ないにゃ。お前のような子供には無理にゃ」
「こう見えても六歳なんですがね」
「人間の年齢には詳しくないのにゃ⋯⋯でも六歳って子供じゃにゃいのかにゃ? 自信があるのかにゃ?」
「事情を聞いてみないと何とも言えません。ですが力になりたいと思いました」
「にゃんと優しい人間にゃ!」
「⋯⋯毛も触りたいと思いました」
「素直に言えば良いってもんじゃにゃいにゃ! 聞いて欲しいのにゃ⋯⋯」
トラさんが立ち上がった。人間と同じように二足歩行が出来るみたい。凄いな〜。見た目は愛くるしくって撫でたくなるんだ。きっと柔らかい毛質でふわふわなんだろうな。
良く見たらオッドアイになってるみたい。左目が薄いエメラルドグリーンで、右目がアメジストのような色だった。
立つと身長は僕達とそんなに変わらないね。あ、ビビもトラさんを触りたそうにしているよ。
「オイラの住処にしていた向こう側にゃんだけど、蜘蛛がいっぱいで追い出されてしまったのにゃ」
「「向こう側?」」
「オイラはケットシーと闇精霊のハーフだにゃ。だから普段から精霊の住む世界で暮らしていたんにゃけど、蜘蛛の大軍に襲われて逃げたのにゃ⋯⋯いきにゃりのことで向こう側は大パニックにゃ! どうしても精霊界に戻りたいのに、オイラは一人じゃ帰れない半端者なんだにゃぁ⋯⋯早く、今直ぐ戻りたいのににゃぁ⋯⋯」
トラさんは悲しそうな顔をする。故郷が魔物に襲われて戻れなくなれば、不安になるのは仕方ない。でもその蜘蛛ってもしかして⋯⋯
「赤い目が沢山ある白い蜘蛛のこと? ヘイズスパイダーってやつなのかな?」
「それにゃ! 名前はわからにゃいけど、そんな見た目をしていたにゃ!」
「こっちでも蜘蛛が悪さをしてるんだよ。夜にしか出ないんだけど、街の人が困ってるんだ」
「⋯⋯夜は精霊界と人間の世界との境界があやふやになるにゃ。そうすると、少にゃい力でも移動出来るにゃ」
トラさんは懐に手を突っ込むと、円形の薄べったい石を取り出した。それは青く透けていて、中には小さな光が夜空のように輝いていた。
吸い込まれそうなくらいに綺麗な物で、僕とビビは頬がくっつく勢いで覗き込む。
「これは精霊界の水の国へ行くためのアイテムにゃ⋯⋯」
「綺麗だね」
「だな」
「“界開の渡り石”と呼ばれる物にゃんだけど、精霊力が足りなくて使えないのにゃ。でも精霊力を持つ者にゃんて、人間の世界には殆どいないのにゃ⋯⋯」
トラさんは項垂れながら目に涙を溜め込んでいる。
「早く戻りたいにゃあ⋯⋯皆大丈夫かにゃあ⋯⋯」
「トラさん⋯⋯」
トラさんの潤む目を見ていたら、僕も目が潤みそうになった。ついつられそうになっちゃうんだよね。
帰りたい気持ちもわかるなぁ。
「最強種であるハイエルフの中で、更に上位の人にゃらきっと精霊の力を扱える筈にゃ⋯⋯でもそんな人探してる時間が無いにゃ⋯⋯困ったにゃあ」
とうとうトラさんの目から涙が零れる。焦った僕とビビはそんなトラさんを急いで撫でてあげた。
何とかしてあげたいな。僕にならそれが出来るかもしれない。
精霊力があれば界開の渡り石が使えるんだよね? だったら行くしかないよ。その向こう側って所へ行けば、ヘイズスパイダーを元から絶つことが出来るかもしれない。
「ビビ、良いよね?」
「私も精霊界には興味があるな」
「じゃあ決まり。トラさん、精霊力があれば良いんだよね?」
「そう⋯⋯にゃんだけど、オイラにはまだそんな力にゃくて⋯⋯だから──」
「それなら何とかなるかもしれないよ?」
「へ?」
トラさんのつぶらな瞳がキラリと光る。そして僕を見詰めながら首を傾げた。
「精霊力? それがあれば良いんでしょ?」
僕はあのスキルを使うために集中力を高めていく。上手く力を扱えれば良いけど、まだ殆ど試した事が無いんだよね。
一度深呼吸をしてから、二人から数歩後退った。
うん。きっと大丈夫さ。
──“精霊体転化”!!




