貴族令嬢とアークという少年
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side レイナジージャ
お父様とパーティー会場に入りました。黄金に輝くシャンデリア、とても大きな会場なのに、何処を見ても品のある内装です。当たり前の事ですが、中には沢山の貴族の方々がいます。全てが顔見知りですね⋯⋯狭い貴族の世界ですもの、見るメンバーは何時もと変わらないわ。
少し来るのが遅れたかしら?
生演奏による優雅な音楽が流れ、オペラ歌手まで用意されている。領主様の気合いの入れようが伝わってくるというものよ。
それもあの規格外の子供のため。そしてその子を何とか取り込もうと大人達は画策していると言うわけ。
「レイナ。私は向こうでお話をしてくる。くれぐれも粗相はするな! それとお前が確実にアークを射止めて来なさい」
「頑張りますわ。お父様」
既に粗相しちゃいました⋯⋯お父様に何て言えば良いのかな? 言えるわけないわよ! 冷や汗が止まらない。喉がカラカラするぅ。
「ごきげんよう。レイナさん」
「あら。ナージさんごきげんよう」
一人の女の子が話しかけてきた。彼女は私と同じ男爵家で、パーティーで会うといつも話しかけに来てくれる友人だ。
「気持ちはわかりますわ。私達の誰かがアーク様を射止めなくてはなりませんものね」
「そ、そうですわね。おほほ」
私が暗い表情をしていた理由を、ナージさんは勝手に思い違いをしたらしい。
それもその筈よ。会場にいる女の子は、皆同じようなことを言われてこの場にいるのだから。姿もわからない平民の男性に、自分からアプローチをしなければならない。それがどんなに醜悪な見た目をしていても⋯⋯
「アーク様ってどんな方なのかしら⋯⋯やっぱり変態禿げデブマッチョなんですかね⋯⋯」
「それは⋯⋯」
ナージさんの想像する男性像は、さっきまでの私と同じみたいね。年頃の余ってる女性を集めるならわかるけど、まだこれからという私達のような幼い子供を集める理由がわからない。いや、きっと変態に違いないと思っているでしょうね。
最悪の想定をして心構えをしておけば、後は何が来ても怖くない。いえ、やっぱり怖いわよね。落ち込んだって仕方ない。
それで全員が暗い顔をしていると言うわけ。
きっと皆変態オヤジを想像しているんだろうな⋯⋯そういう私も想像していたわよ。
武勇伝とセットで聞かされれば、まさか相手が子供だなんて思わないもの。当然そのような想像くらいしちゃうわよね!
「ナージさん。アーク様はかなりの良物件なのですよ」
「え?レイナさんはもうお会いになりましたの?」
「ええ⋯⋯相手がアーク様と知らず、私はとんだ粗相をしてしまいました。お父様には内緒ですの。秘密にして下さい」
「何があったのかわかりませんが、ご愁傷さまと言わせていただきます」
「あの時の私を殴ってやりたい⋯⋯こんなチャンスなかなかあるものじゃないのに」
「そんなに? レイナさんにしては珍しいですわね。てっきり学園で良い殿方のハートを掴むために、ここは一歩引くものだと思っておりました」
その時、会場に流れる音楽が変わった。きっと本日の主賓が会場へお越しになるのね。
パーティー会場には赤い絨毯の階段があり、それが二階へと続いて舞台のようになっている。アーク様は今その舞台袖に到着されている筈だ。
大人達も背筋を伸ばし、拍手で迎える準備を始めた。まずは爵位の高い人から挨拶をしに行く筈なので、散っていた子供達も親元へ一度戻った。
そして領主様に連れられたアーク様が二階の舞台に出て来た瞬間、全員の女の子達の目が猛禽類のように怪しく輝く。
本来なら私もそうだった筈⋯⋯アーク様はまるで王子のような豪華な衣装に身を包んでいて、その財力は一目見ればわかってしまう。見た目も将来かっこよくなるだろうし、変態禿げデブマッチョを想像していた子達には衝撃的だったでしょう。
「皆よく集まってくれた。“かねてより”計画していたこのパーティーだけど、無事に開催出来て嬉しく思う」
領主様が口を開くと、全員がその話に耳を傾ける。わざとらしく“かねてより”なんて言いながら、このパーティーが開かれると言われたのは昨日のこと。
「今日は皆に是非とも紹介したい人がいる。イグラムを襲う魔物の手から我々を救い、銀閃という異名を持つ彼だ!」
領主様がアーク様を前に押し出した。その姿を見てどよめきが広がったが、半分は演技だと思うわ。
「彼の名はアーク。強力なCランク魔獣を次々に打ち倒し、ドラグスを襲った迷宮のスタンピードを一人で食い止めた英雄だ。そして今回、彼は我々の窮地を救ってくれた!」
それは若干演技臭い口調で語られる。領主様はもう少し精進した方が良いかもですわね。
「君達は朝焼けの空に咲いた光の花を見ただろうか?」
「み、見ました!」
「あれは凄かった」
「まさに天からの救いのようであった!」
まるで示し合わせていたかのようだ。きっとそういう手筈だったのでしょう。
「あれはこのアーク君の魔法だ。あれで数千の魔物が地に帰ることとなった。我々は彼に感謝してもしきれないだろう⋯⋯だが何もしないと言うわけにもいかない! ささやかだが今日はアーク君にも“かねてより”計画していたパーティーに参加してほしくてね。料理は沢山用意させてもらった。どうか自由に楽しんでくれると嬉しい」
「有難うございます」
アーク様が領主様に優雅なお辞儀をする。その所作は焼き付けのものではなく、実に堂に入った態度だった。それに見惚れている女の子が何人もいる。
「これは僅かばかりだが、感謝として受け取ってくれ」
そして領主様が家臣に何かを運ばせてくる。最初それが何かわからなかったけど⋯⋯あ、あれは白金貨!?
私は頭が真っ白になった。白金貨は一枚で100万ゴールド、貴族の家の者だからと言っても、あんな大金は子供がお目にかかれる物ではない。それがパッと見で二十枚以上も台座の上に積まれているのだ。
あの人にはそれだけの価値があるってことなの!? もしあの人を手に入れれば、きっとお父様もお喜びになるわね。
「謹んで拝領させていただきます」
アーク様が恭しくそれを受け取った。そんな大金を持ち歩かせるわけにもいかないので、一度台座ごと下げられる。
普通あの額を見れば冷静ではいられない筈なのに、アーク様には驚くに値しない金額だって言うのかしら?
見れば見る程わからなくなりそう。不思議な方ね⋯⋯もっとアーク様のことを知りたいわ。
「おっと、あまり形式ばってもいけないな。アーク君には不慣れだろう? 堅苦しい挨拶は要らない。年齢の近い者同士で楽しむと良い」
そう言って領主様とアーク様が階段を下りて来た。
「そういうことみたいだから、ほれ! レイナも早く行ってきなさい」
「は、はい。頑張ります」
アーク様に近寄ろうとしたけど、その周りは既に人だかりになっていた。
本来なら親を交えて挨拶から始まるけど、領主様がそれを無しにしたのだ。皆が我先にと群がって、これは一筋縄ではいかないわね。アーク様まで辿り着けそうもないわ。
「アーク様。私はメイビル家の⋯⋯」
「私はアイシャルメイ。アイシャとお呼び下さいませ」
「私はミーナリア。ミーナって呼んで」
「私はメルフィア。メーって呼んでくれると嬉しいです」
「私は⋯⋯」
「わ、私は⋯⋯」
皆が皆同時に喋るから、アーク様も苦笑いになっている。三、四歳の子も沢山いるけど、やっぱり年長組を押し退けて前に出ることが出来ないでいた。もはや半泣きになっている。
可哀想だけど貴族の世界は弱肉強食よ。皆覚えてもらうことに必死なんだからね!
その点、私は一歩リードしているかもしれない。良い覚えじゃないのが悔しいけど。
「おっと」
皆に取り囲まれていたアーク様が、一瞬で消えたように移動した。後方で押されて転びそうになっていた女の子を受け止めて、そっと立たせてあげている。
「大丈夫? 痛いとこない?」
「アーク様! 申し訳ございません⋯⋯」
「怪我が無いなら良かったよ。よしよし」
その子は四歳くらいで体格もかなり小さかった。でも私は知っている⋯⋯その子実は六歳だからね!?
アーク様に微笑まれながら頭を撫でられて、顔が真っ赤になってしまっている。
あんな手があったなんて、油断出来ない子ね!?
「皆も危ないから落ち着いて。ルーメ、アイシャ、ミーナ、メー、シャルン、フィー、小さい子を見てあげて」
「「「「は、はいぃ!」」」」
凄い⋯⋯何であんなに一瞬でそれだけの名前を覚えることが出来たの!? もうアーク様が平民になんて見えなくなっている。何処かの王子様だと言われても信じちゃうよ。
それからはとても楽しく時間が過ぎていく。私もあれだけのことをしたと言うのに、皆と同じように笑ってくれた。嬉しくて顔が熱くなる。こんな人は貴族の中にはいないよね。
貴族は家の財力や力、派閥を考えなければいけないけど、アーク様にはそれが関係ないんだ。だからこんなに楽しいのかな? 小さな子も優しいお兄ちゃんと遊んでいるかのような素が出ているよ。
貴族としては駄目なことでも、それを咎める人はいない。アーク様が気にしていないから、一緒にいても楽でいられるみたいだ。
「レイナ顔が赤いよ? 疲れちゃった?」
「へ、平気ですわ」
「そう。無理しないでね」
「気にかけていただき、ありがとう存じます」
「レイナらしくないなぁ」
うぅ。ほっといてよ! やっぱりほっとかないで!
皆で美味しく色々な物を口に入れる。パーティーでこれだけしっかりと料理を食べたのは初めてよ。
貴族にとっての結婚とは、家と家の繋がりを強化したりするビジネス的なもの。だから普通なら私の所の領地は何が盛んで何をしていてって話になるけど、アーク様は貴族じゃないから話題にしても意味がない。
共通の趣味も見つからないから料理の話になり、食べて感想を言ったりする。
それがとても当然で当たり前のように感じた。私も難しいことは考えずに、そういう普通の話がしたかったんだなって思ってしまった。だからアーク様との会話は楽しかったんだ。興味が無いとまでは言わないけど、そんな強制された話題になんて価値は無かったんだわ。
アーク様が小さな子の口についたソースを拭いてあげている。あの子やっぱり侮れない⋯⋯
「アーク様良いわね。さすがレイナが気にしていただけあるわ」
「でもアーク様を狙う敵が多いです。ナージさんもお話出来ました?」
「まだ少しです。アーク様はどんな子がタイプなのかしら?」
「わかりません。アーク様は恋愛とかまだ考えてないんじゃないかしら? 平民ですし」
「それもそうね。今日は忘れられないように頑張るわ」
「私も頑張ります」
ナージさんもアーク様が気に入ったみたい。何人か完全に堕ちてないかしら? 私も⋯⋯ま、まだよ! プロポーズされるまでは惚れちゃ駄目なんだってお母様が言っていたわ!
料理がかなり少なくなったわね。誰も食べていない筈の鳥の丸焼きとか⋯⋯デザート類も何処へいったのかな?




