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勇者 藤崎真子 後編






 何も無い荒野と青空の空間で、金色の通信魔導具はとても綺麗に見える。きっと空の青と流れる雲が映り込んでいるからだと思う。

 真子ちゃんはそれを左手に持つと、手のひらを上に向けて僕達に見やすい高さにしてくれた。


「これはね、このボタンを押すと思い浮かべた相手の通信魔導具へ繋がるようになっているのよ」


「それだけで使えるんですか?」


「うん。ちょっと待っててね。今使ってみるから」


 真子ちゃんが携帯通信魔導具の中央にある宝石を軽く押し込むと、それが明滅を繰り返し始めた。


「これ、呼び出し中のサインね」


「光ってますね」


「相手側は音楽も鳴ってるのよ」


「どんな音楽なんでしょう」


「必殺仕事人⋯⋯って、わからないわよね。それはまた今度にしましょ」


 数十秒後、その魔石から光が伸びてきて上半身だけの人間が現れる。

 気配が無いのにどういうことなんだ? どうやってこの人は出て来たんだろう。


「どうしたのだ藤崎殿。緊急の要件か?」


 上半身だけの人は少し周りを見渡してから、僕達の顔を見て首を傾げる。その後直ぐに真子ちゃんに話しかけた。

 とても豪華な服に頭に大きな冠を被っている人で、玉座に座っているように見える⋯⋯見えちゃうな〜⋯⋯あはは。


「ちょっとね。用はないの。またね」


「え? あ、そうなのか? 何かあれば──」


 ──プツン。


 まだ向こうの人喋ってたんだけど、真子ちゃんが再び魔石を押し込むと消えてしまった。

 良いのかな? かなり偉い人っぽかったのに。


 真子ちゃんって凄くパワフルで圧倒されちゃう。マイペースここに極まるっていうのかな? いきなりあっちこっちに動き出しそうで、何を考えているのかわからない。


「こうやって使うのよ。簡単でしょ? いくつか持ってるからあげるね」


「でも高そうですよ? 僕も欲しいと思いますので、良かったらお金を払いたいと思うんですが」


 タダでこんな高価な物はいただけないよね。ギルドでお金を下ろせば結構持ってるんだから。


「お金は要らないよ。これは私が作ったやつだからお金かかってないんだよ」


「え? でもこれ宝石とかが」


「宝石がザックザク出る迷宮があるの。だから気にしなくて良いのよ」


「⋯⋯ありがとうございます。真子ちゃん」


 そう言われても恐縮しちゃうよ。でも引っ込めそうにないから、苦笑いで受け取った。


「私にまで?」


「勿論よ」


 真子ちゃんがビビの分まで携帯通信魔導具を用意してくれた。見た目がお揃いで嬉しいね。これ勇者様からのプレゼントなんだ〜ってギブ達に自慢出来るよ。


「何かあったら直ぐに連絡するのよ?」


「わかりました。何かあれば直ぐ連絡します⋯⋯でも、何でこんなに気を使ってもらえるのですか?」


 僕達は初対面で、ここまでされるのはおかしいと思った。ビビもきっと同じことを考えている筈だ。


「んー。大人が子供を助けるのは普通なのよ? それにこの世界はただでさえ命が軽い⋯⋯私の住んでいた国には魔物なんていなかったの」


「魔物がいない?」


「うん。悪い人間はいるけど」


「竜もいないのですか? 吸血鬼は?」


「空想上の生き物ね。吸収鬼のコスプレならしたことあるよ」


「空想上? コスプレ?」


「アーク君との話には終わりが無さそうだね!」


 真子ちゃんがそう言って笑った。だって次から次へと知らない言葉が出て来るんだよ? 気になっちゃって仕方ないよ。


「私がアーク君とビビちゃんを見捨てるなんて有り得ないわ。こういうのは損得じゃないの。人としての当たり前なのよ?」


「当たり前ですか?」


「全てに手が届くとは思っていないけど、特に子供が死ぬのは見たくない。時期は不明だけど、これだけ濃厚な死の予感に包まれることは少ないの⋯⋯私と危機が去るまで一緒にいればいいと思うんだけど、それが来月なのか五年後なのかはわからないんだ。一応聞くけど、私と一緒に来てくれない?」


 危機⋯⋯今まで何回か経験はしている。どれ程の危険が迫って来ているのだろう。でもドラグスに帰ればベスちゃんもキジャさんもいるし、父様や母様もいる。それに守りたい人が沢山いる。


 真子ちゃんは僕に断られるとわかっていて聞いてみたんだね。確かに真子ちゃんと一緒に行けば、安全なだけじゃなくて良い訓練にもなるだろうけど⋯⋯でもずっとドラグスを離れるのは難しいな。


「とても良い話だとは思いますが、ドラグスに帰ります」


「だと思った。私の予感も100%じゃないのよ? 偉そうなこと言ってごめんね。でも可能性は限りなく高い⋯⋯多分数年のうちにそれは訪れる」


 ここまで言い切られると⋯⋯でも、ビビと一緒なら大丈夫だよね? きっと何とかなるよ。


「そう言えばドラグスって最近迷宮が出来たって場所よね?」


「はい」


「なるほどね⋯⋯誰が持ち込んだのかしら」


「持ち込んだ?」


「なんでもな〜い。こっちの話し」


 僕は猫耳を弄られた。ちゃんと触られてることがわかる⋯⋯(むし)ろ擽ったいぃ。真子ちゃんのうさ耳も触らせてもらうと、サラサラでふわふわだった。


 絵本に出て来るような勇者様も、話をしてみれば普通の人なんだ。そう思ったら緊張が解けてきたのか、お腹が空いてきたことに気がついた。


 あ、ドラシーも吸収させないとね。


「携帯通信魔導具ありがとうございます。大事に使いますね」


「気にしないで。お話出来る友達が増えるのは嬉しいわ。これからも猫耳でいてくれるわね?」


「「ごめんなさい」」


「ッ!!!」


 ずっと猫耳は駄目だと思う。でも変身魔術には興味があるな。もしかしたら種族限定スキルが手に入るようになるかも? 試してみる価値はありそうだ。もしそうなったらもっと強くなれる気がするよ。


「変身魔術って僕にも使えますか?」


「絶対に無理ってことは無いけど、教えるのに条件があります」


「その条件とは?」


「猫耳メイド喫茶で働くことよ♡」


 僕は言葉を失った⋯⋯変身魔術は覚えたい。でもあそこで働くのは⋯⋯罰ゲームにしか思えない。


「裏方の仕事ですか?」


「勿論メイドよ。二人共きっと似合うわ」


「⋯⋯」

「私もか!?」


「ビビちゃんもよ。とびきり可愛いと思うの。イグラムに滞在中だけで構わないから働いてみない?」


「私に死ねと?」


「生まれ変わると思いなさい」


「あ、アーク⋯⋯」

「ごめん。ビビは猫耳メイド似合うと思う⋯⋯でも僕は──」


「アーク君は私がメイクするから大丈夫。明日からお願いするわね。変身魔術も勿論教えるわ」


「「⋯⋯」」


 僕とビビはその場に崩れ落ちる。あの猫耳メイドさんがやっていた“美味しくな〜れ”を思い出したからだ。

 あれをやる立場になるとは思わなかった。でも断れば変身魔術を教えてもらえない。


「ビビ⋯⋯」

「アーク⋯⋯」


「二人ならきっと人気が出るわ。猫耳カップルメイドとして売り出しましょう。明日から宜しく」


「あ、明日は領主様の屋敷で昼食を食べなければいけないのです」

「それだ! 明日は忙しい!」


「そう。じゃあ明後日からね。楽しみだわ」


「「⋯⋯」」


 明後日の予定は何か無かっただろうか? このままじゃ僕とビビは美味しくなってしまうよ。


「まだイグラムには魔物が攻めて来てます! もしかしたら、戦いに出なければならなくなるかも! 多分きっと!」


「私が掃除しといてあげるから大丈夫よ」


 真子ちゃんのサムズアップが、ベスちゃんと重なって見えたのは僕だけだろうか。きっと逃げ道は存在しないんだね。


「アーク⋯⋯きっとこれが死の予感だったんだ」

「そんな! こんなに早く来るなんて⋯⋯もっと精神耐性スキルを鍛えておくべきだったかな」


 ──ぐぅ〜。


 こんな時でもお腹が空くんだね。僕のお腹の鳴る音を聞いて、真子ちゃんがテーブルと椅子を取り出した。

 テーブルの上には珍しい食べ物が並んでいる。美味しそうな匂いについ涎が口の中に溜まってきた。


「好きなの食べて。牛丼、カツ丼、天丼、親子丼、唐揚げ丼、イクラ丼、海鮮丼、ロコモコ丼、生姜焼き丼、とろろ丼、ネギトロ丼、味噌汁と漬物もあるのよ」


 見たことない食べ物ばかりだった。良い匂いがしてどれも美味しそうだな。僕は綺麗な赤いイクラ丼をもらい、ビビは親子丼を選んだ。

 食べる前にはちゃんと神様にお祈りをする。ドラシーは吸収鯨の額に突き立てておいた。

 今までと比べ物にならない強さの魔物だから、無理はしないでね。

 ドラシーからわかったという気持ちが流れてきた。昔よりかなり意思の疎通が出来るようになってきたな。ゆっくり取り込めば良いからね。


 イクラ丼を初めて食べたんだけど、下のご飯と合わせて食べると凄く美味しかった。理解不能な美味しさだよ。口の中で蕩けていく〜。

 ビビも親子丼を気に入ったみたい。鶏肉も卵も好きだから、好物の出会いに感動しているみたいだ。

 味噌汁も美味しい。さっぱりしているのに深みのある味なんだね。

 真子ちゃんは悩んだ結果ネギトロ丼にしたみたい。


「これは全部真子ちゃんが作ったの?」


「違うよ。友達に頼んで私の分もお願いしてるだけ」


「凄い料理人なんですね」


「家庭料理だけど、それを再現出来るあの子は凄いわ。ドラグスにも支店が出来るかもね。迷宮があるのは魅力的だし、私の猫耳メイド喫茶もドラグスに支店を出そうかしら」


 猫耳メイド喫茶で遊ぶのは楽しいと思う。働きたいとは思わないけど。


 明後日の朝にはお店に行かなくちゃいけないのかぁ。気が重いですにゃん⋯⋯その時までに、魔術の使い方を紙に書いてまとめてくれる約束をした。

 忙しい勇者様の時間を削ってまで用意してくれるんだから、もう逃げ出すわけにはいかないよね。


 ドラシーと吸収鯨の戦いはまだ続いていた。表面の黒い革を取り込んだみたいなんだけど、内側の肉が七色に光っていて凄く綺麗だよ。

 今は魔石を吸収している段階らしい⋯⋯でもちょっと苦しそうに見えた。


 ドラシーは僕と同じで、強くなりたいといつも願っている。だから今も無理しているのかもしれない⋯⋯


「ドラシー大丈夫?」

『⋯⋯』


 柄を握ると、僕にまで力が流れ込んで来た。不意打ち気味な力の流れに慌てながら、急いで力を押さえ込む。


 ⋯⋯そうか。わかった。


 直感的にドラシーと僕が二人で協力しなければならないんだと理解した。

 流れ込む力に逆らわず、全力でドラシーの補助をする。


「ちょっと? 大丈夫なの?」


 真子ちゃんが心配そうに僕を見ている。正直わからないんだよね⋯⋯体に力を溜め込むのは、普段から使う“魔気融合身体強化”で慣れてはいる。だけどこの力は異質だった。


 魔力とも気力とも違う⋯⋯この力はなんだろう。苦しいな⋯⋯制御が難しい⋯⋯


 柄を握る手の平から、段々肌が黒く染まっていく。それは瞬く間に広がって、僕の全身を真っ黒に染めた。


「アーク君!?」


「アーク!」


「大丈夫⋯⋯まだ」


 もう少しだ。頑張ってドラシー。僕ならまだ大丈夫だからね。


 ここまできたら止められないよ。今止めたらドラシーにもダメージがあるに違いない。ドラシーの魔力の最大値が上昇していってるのを感じる。震えて軋みながら、自分を作り変えているんだね。なら僕も生まれ変わるべきだろう。


「くぅ⋯⋯」


「大丈夫なのか? 何が起こっているんだ!?」

「わからない。こんなの初めてだ」


 真子ちゃんが僕に頭からポーションをかけた。何も変化が無いことに焦った顔をしている。


「て、手を離せ。そうすれば⋯⋯」


「待って、大丈夫だから⋯⋯このままで」


 体に激痛が走る⋯⋯限界以上に力を吸い込んだからかもね。魔気融合身体強化を初めて発動した時みたいだよ。体が弾けそうに痛いけど、少し慣れたらまた更に力を吸い込んでいく。


 きっとこの作業は僕にしか出来ないだろうね。無理に力を溜める事に慣れていなければ、直ぐに意識を手放してしまうかも。

 それにしてもこの鯨は本当に凄い力を持っていたんだね。いくら力を取り込んでも溢れてくる。


 ちょっとまずい?


 そう思い始めていた時、体の中に暖かい何かが芽生えた気がした。これは多分新しいスキルだろう。ドラシーだけじゃなくて、僕にまでスキルが与えられるなんて⋯⋯


 ⋯⋯よし。使ってみよう!


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。真子ちゃんとビビが心配そうに僕を見ているね。



「ふー。“精霊体転化”」


 僕は直ぐにそのスキルを使った。カテゴリーは魔気融合身体強化と同列のスキルだ。さっきまで苦しかった体が嘘のように軽くなり始める。


 あれ? 軽すぎる?


 ──ピカッ!


 僕とドラシーが光り輝いた。体が何か人とは違うものへ変化しているように感じた。真っ黒になった肌も元に戻り、ほんのり透けて見えるのは気の所為だろうか?


 ドラシーも進化を遂げることが出来たみたいだ。形が変わらなかったのは嬉しいけど、重さがかなり増したと思う。刃が金色へと変わり、刀身がクリスタルのように透明な水色になった。


 とても綺麗だな⋯⋯頑張った甲斐があったよね!



「ドラシーよく乗り越えたね。凄く綺麗になったよ」

『♪︎』


 ドラシーに宿る魔力がかなり強力になっている。もう立派なA級魔剣に違いない。

 僕は褒めるようにドラシーの柄を撫でると、ドラシーからも嬉しい気持ちが返ってきた。


「アーク、大丈夫か? 気配がかなり変わったぞ?」


「まさか⋯⋯吸収鯨と同じ体になったってこと? さっき精霊体転化って言ってたわよね?」


「えーと、多分それに近いのかもです。このスキルは自然界にある全ての力を吸収出来ます。それを自分の力に変えられるみたいですね⋯⋯魔法も吸収出来ますが、物理攻撃はダメージを受けます。これを上手く使えば⋯⋯」


 そう。これを上手く使えば、魔気融合身体強化を更に高い次元に引き上げることが出来るかも。試してみないとわからないけど、多分間違いなさそうだ。


 でもこの体は燃費が悪そうな。魔力が体から抜け出ていくのがわかる。器から溢れ出ていると言うべきだろうか? 色々試すのはドラグスに帰ってからの方が良いかもね。


 精霊体転化を解いて鯨から下りる。


 吸収鯨は革と魔石だけがドラシーに吸収されたけど、それ以外を残すのも勿体ない。一応収納に放り込む。


「え? 今のって無限収納?」


「はい」


「アーク君って、もしかして転移者?」


 ??? また聞き慣れない言葉だよ?


「転移者って何ですか?」


「違うならいいの。どうやって無限収納を使ってるの?」


「これです」


 二頭の捻れたウロボロスの刻印を見せると、真子ちゃんが納得したように頷いた。


「また珍しい物を持ってるね」


「もらったんです」


「そんなの国家予算を使っても手に入らないよ?」


「貴重な物らしいですね」


「⋯⋯アーク君って不思議な子ねぇ。普段何をしているの?」


「僕は冒険者をしているのですよ。救援要請を受けてイグラムに来ました」


「なるほど⋯⋯それでそんな魔剣とペンダントを持っていたのね。何処かの貴族の護身用には高過ぎると思ってたの。納得した」


「僕は平民です」


「ふぅ〜。色々聞きたいことが出来たわね」


 その後テーブルで紅茶を飲みながら雑談していると、いつの間にか空が夕焼けに染まっていた。

 ケーキも食べさせてくれたので、真子ちゃんは良い人だよ。大好きです。確信ですぅ。


 美味しい夕食までご馳走になって、イグラム観光より面白い時間を過ごせたんだ。真子ちゃんが戦ったSSランクの魔竜の話を聞かせてもらい、そのスケールの大きさに開いた口が塞がらなくなった。

 Aランクの竜を倒すことだって凄いのに、上の更に上、SSランクなんて⋯⋯真子ちゃんはやっぱり勇者様なんだなぁ。


「アーク君はビビちゃんが好き?」


「うん。大好きだよ?」


「あらあら。やっぱりロマンスなのかしら。ビビちゃんはアーク君が好きなの?」


 真子ちゃんが凄く嬉しそうに聞いていた。また伊達メガネを取り出してクイっと指で持ち上げている。


「そういうのは簡単に言わないものだ」


「顔が赤いわ!」


「くぅ⋯⋯」


 真子ちゃんに完全に遊ばれてるね。ビビのこういう姿は珍しいなぁ。魅了が効かない相手だから、ビビもどうしたらいいのかわからないのかな?

 真子ちゃんがビビの頬を指で突っついていた。


「この猫耳はずっとこのままなの?」


「明日には魔術も解けるよ。弱くしたから」


「良かったです」


「明後日にはメイド服用意しておくよ」


「残念ですぅ」

「⋯⋯」


 よく考えれば、メイド服ってスカートなんだよね。やだなぁ。


 初めての勇者様とのお話は、一生忘れられないものになりました。







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