街道の黒い影(完)
岩砕脚はまともに入れちゃったな。この人なら死ぬ事はないだろうけど。
倒れて転がる男に近づこうとしたら、ドラシーが何かを訴えてくる。
どうしたんだろう? あ、まさか?
『♪︎』
そこには剣が転がっているのだ。氷竜剣なんちゃらって言ってたよね。聖剣だって言ってたけど、これが何?
ドラシーが“毒尾”スキルを使い、聖剣の柄をブスりと突き刺す。
「え? これ吸収出来るの!?」
『⋯⋯』
やってみなくちゃわからないってことかな。特に変化は無いみたいだね。いや、何かが起こっている⋯⋯
聖剣? が、剣先から黒ずんでいくようだ。再生され始めていた鱗も活動を止め、ボロボロと腐れ落ちるように崩れてしまった。
「剣、食べてるの?」
返事をする代わりに、ドラシーに変化が訪れる。薄紫色だった刀身が青紫色になり、真っ黒だった刃の部分に薄らと波紋が浮かび上がる。
見惚れるくらい綺麗な刃だ。ドラシーは明らかに成長したよ。
少し反った両刃の片手剣だったのに、構えて手前側になる部分の刃が無くなってしまった。全部じゃなくて刃先から半分くらいね。
剣の形が変わっちゃったから、鞘も新しく作り直しになるね。バススさんがびっくりしそうだよ。
ドラシーがまた一つ強くなったのは嬉しいけど、また以前より重くなったなぁ。
魔力も少し上がった気がする。僕ももっと強くならないと⋯⋯いつかドラシーを振れなくなりそうだ。
「お、俺の⋯⋯俺の氷竜剣だぞ! ゲブ⋯⋯絶対に許さん⋯⋯」
「ごめんね。ドラシーが食べちゃった」
「巫山戯た剣だな⋯⋯くそ⋯⋯な、なあ⋯⋯見逃してくれ。た、頼むよ」
「⋯⋯」
「欲しい物なら何でもやる。何が欲しい?」
「⋯⋯お兄さんを見逃す程に欲しい物なんて考えつかないよ」
「そ、それなら魔剣や聖剣はどうだ?」
「ドラシーがある」
「酒も女も⋯⋯駄目だよな」
「交渉はギルドマスターのキジャさんと、領主様がしてくれると思うんだ」
「⋯⋯頼む。見逃してくれょ。頼むよぉ」
男の人が必死に僕に土下座をしてくるんだ。でも頭を下げる相手は僕じゃないんだよ。今まで拐った人に頭を下げるべきなんだ。
沢山人も殺しているだろう。この人のせいで、幸せだった場所が無くなっちゃった人だっていっぱいいるんだろうな。
僕は涙が出てきてしまった。急に大切な人が消えたら悲しいよ? 心配で体が震えるんだよ? 今何をしてるんだろう。どうして帰って来てくれないんだろう。お腹空いてないかな? そんな気持ちでいっぱいになっちゃうんだ。
僕はこの人を見逃すわけにはいかない。しっかり捕まえて、出来る限りの人を家に帰してあげるんだから!
「お前は優しいやつだ! 俺の気持ちもわかってくれ。頼む! この通りだ!」
「⋯⋯その頼みは聞けない。ふぅー」
「待て! ゲボ⋯⋯俺はもう動けない! だから! ──!」
「はああ! “震激雷波掌”!!!」
──ズン⋯⋯
男の腹に拳がめり込んだ。衝撃が体の内部を破壊し暴れ回る。
「アガガギアガグゲガガ!!! ⋯⋯」
拳に沢山の気持ちを込めたんだ。奴隷の皆がこれで貴方を許すとは思えないけどね。
ギリギリ死なないように手加減はしたから安心して欲しい。起きたら牢屋だと思うけどさ。
自分の気持ちを落ち着かせるように目を閉じて、魔気融合身体強化を解除する。
最後は圧倒的に勝てちゃったけど、そろそろ魔気融合身体強化のレベルが上がりそうだとは思ってたんだ。でもいきなり三倍の力を体に注いだのは危なかったよね。あれしか手が無かったからなぁ。
一応起きてから服毒されないように体を調べた。何処にもそれらしき毒物は見つからなかったけど、裸にしてピアスも抜いて奥歯も調べる。その途中で見たことの無い硬貨ががががあああ!! 白金貨⋯⋯だって? ありがとうございますありがとうございます。六枚もある〜やったー!
一枚で金貨百枚だから〜⋯⋯ろ、600万ゴールド!? ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。
白金貨の御礼じゃないけど、パンツ返してあげるね。釣り銭は残りの硬貨で大丈夫さ。感謝はいらないよ。
「あ、そうだ。“キュアポイズン”」
キュアポイズンは、体に有害な毒素を分解する魔法だ。だから全身にキュアポイズンをかけちゃえば、毒を持っていたとしても関係ないんだね。最初からこうすれば良かったんだ。
「アーク」
空からビビが降ってきた。びっくりしながら受け止めたんだけど、いつもの小さな姿に戻ったみたい。でも髪留めをしてないから、可愛い女の子に見える。女の子だけど。
普段少年みたいな服を着てるから、パッと見は男の子に見えるんだ。しかもイケメンなクール系美男子だよ? 何か狡いよね?
「ビビお帰り」
「見ててヒヤヒヤした。あまり心配させるな」
そっと地面に降ろしてから、膨れた顔のビビの頭を撫でる。
「僕がいないと寂しいもんね?」
「⋯⋯奴隷はこっちだ。着いて来い」
僕の質問から逃げるように、ビビが体を180度反転させる。
少し頬が赤くなっていた。ビビのお陰で助かったんだ。ビビがいなかったら、倒れた奴隷が森と一緒に消し飛んでたよね。
「僕はビビがいないと寂しいんだけど」
「私もだ⋯⋯」
「え?」
「何でもない! 早く行くぞ!」
気絶した男をビビの魔法で縛り、そのまま引きずって行くことにした。
ビビはターキみたいな難しい縛り方はしないみたいだよ。あれは多分大人になってから勉強する縛り方なんだろうね。
暫く案内されて歩いて行くと、半球状の赤黒いドームが作られていた。ビビが指をパチンと弾くと、そのドームが霞んで消えて無くなる。
「⋯⋯」
「アークが気にする必要は無い⋯⋯」
奴隷の人達は、僕に魔法で手足を貫かれている。無力化するためにやったけど、痛そうにされると心が痛むよ。
まだ完璧に治すわけにはいかない。奴隷魔術で何を命令されているのかわからないからだ。
僕は奴隷全員を見渡した。ビビの魔法で、奴隷達は軽く自由を奪われている。感情が希薄に見える⋯⋯今の自分の状況を理解出来ているのだろうか?
「ちゃんとした処置は出来ませんが、ドラグスへ帰るために足を応急処置します。町へ戻ったら奴隷魔術を解いてもらえるでしょう。もう命令されてやりたくないことを強制させられたりはしません。だから⋯⋯」
だから⋯⋯? 何を言ってあげれば良いの?
僕は何も言えなくなった⋯⋯この人達に帰れる家はあるのだろうか? 大切な人は生きているのだろうか? 何もわからないまま、変な励ましをするべきじゃない⋯⋯
僕の声が届いたのか、ぽつりぽつりと涙を流す人達がいる。もう少し頑張ってね。そんなことしか言えないや⋯⋯僕の出来ることって少ないなぁ。
人数はだいたい三百人くらいいるみたいだから、僕達だけじゃ連れて行くことは出来ないだろう。冒険者さん達の到着を待ちながら、僕とビビは昼食を食べたのだった。
*
大きな切り株の上で、今僕はビビに半分押し倒されている。何時もは朝の訓練が終わってからの一回だったのに、跨られて首を舐められた。それが何かと聞かれれば、勿論ビビの吸血タイムである。
ビビは大人モードで魔力を使ったから、今日はいつもより消耗したのかも。それと、多分これはビビなりの甘え方なんじゃないかと思っているんだ。そう本人に聞いたらきっと否定されるんだろうけど。
ビビは何時もゆっくり血を吸ったあと、傷口をぺろぺろ舐めるんだ。背中を抱いててあげると嬉しいみたいだし、今日は何時もより寂しがっている気がするな。
遠くから冒険者さん達が近づいて来るのがわかった。最後まで油断せずに頑張るかな!
*
「さっきは本当に済まなかった!」
冒険者ギルドに帰った僕に、モウメスが勢いよく頭を下げてくる。謝られる意味がわからなくて、僕は首を傾げてしまった。
「何も謝る必要はありませんよ」
「俺はあの時怒りでどうかしてたんだ。無事に町へ着いて、行商人達の感謝の言葉をもらってやっと気がついた。冷静でいなきゃいけなかったのに⋯⋯」
「目の前で仲間が殺されたんです。この人一発殴りますか?」
僕は今犯人の男を引きずっている。引きずり過ぎて後頭部の髪が無くなってしまった。ポーションで治るかなこれ?
「本当は殺したいが⋯⋯」
「駄目ですよ!! 取り調べもこれからなんですから」
救援に冒険者さん達が団体で来てくれたので、奴隷達は其方にお任せしている。僕とビビは男を引きずって、先に帰って来たというわけだ。
「わかってる。この町の現状はギルドマスターから聞いた。貴族絡みの話は嫌気がさすよ」
「そうですね。これで少しは泣く人が減ると良いなぁ。もっと強くなろう」
「更に強くなるつもりか?」
「まだまだですからね」
「あ、あはは⋯⋯」
モウメスが苦笑いをする。今普通を装っているけど、今日仲間が死んだばかりなんだ。きっとこれから辛い思いを何度もする。
本当は感情的にこの人を殺したいだろう。今直ぐにでも剣に手を伸ばしたい筈だ。
拐われた奴隷を全部取り戻すためには、この人の情報が必要なんだよね。それがわかっているから、殺したいがそれは駄目だと理解はしている筈だ。頭ではわかっていても、心の中では激しく葛藤しているんだろうな⋯⋯
「お互い頑張りましょう」
「ああ。いつか銀閃にも負けないくらい強くなります」
「なら僕は二倍頑張ります!」
「じゃあその二倍頑張ろう」
「ッ!!! じゃあ、じゃあその二倍!」
「っと思ったけど、やっぱり十倍かな」
「な⋯⋯毎日二千時間訓練するつもりですか!?」
「⋯⋯⋯⋯計算が⋯⋯アークの一日は百時間もあるのか?」
モウメスは凄い人ですね! 毎日二千時間も訓練だなんて正気とは思えないよ。僕は分割思考と並列思考で魔法のイメージ訓練をやってるから、全て合わせてやっと百時間を超えることが出来るんだ。無理すればもっといけるけど⋯⋯
魔法も武術も中級レベルになってからは、なかなかレベルが上がらない。でも地道に頑張っていくしかないんだよね。
「そろそろキジャさんの所へ行きますね」
「ああ。数年はこのドラグスで迷宮に入り浸るつもりだ。また会ったらよろしくな」
「はい。ではまた」
迷宮か。あの迷宮の中の人は元気かな? スタンピード以来声が聞こえないんだよ。そう言えば今日の声は誰だったんだろう。声だけとか怖! やめてよねそうゆうの!
二階へ上り、キジャさんの部屋をノックする。
「アークです」
「入れ」
何時もの感じで中に入ると、妙に姿勢の正しいベスちゃんがいた。
「お話中? 後にする?」
「待て待て! そんな変な男を引きずってるアークの話を聞かない訳にいくか! これはアレだ⋯⋯ゴミだ」
「あ!? ゴミとはなんだゴミとは!」
「すまん。生をつけ忘れた」
「やんのかコラ! 呆けマス!」
「それでアークよ。そいつは?」
「無視するな! いっぺん死ね!」
「ぬ!」
キジャさんとベスちゃんがテーブルにあったフォークで火花を散らし始める。とんでもない高度な技術が無駄に繰り広げられた。だけど所詮はフォーク⋯⋯二人の戦いについていけるわけもなく、タコの足みたいにぐにゃぐにゃになってしまった。今度は魔フォーク“ヤンノカコラ”を用意しないと駄目だね。
「アーク。こっちゃ来い。爺が虐めるんだ⋯⋯だから撫でさせてくれ」
ベスちゃんが両手を広げているよ。どうする? 無視しないと話が進まないね。
「この人は、奴隷にするための人間を拐っていた犯人です」
「何じゃと!!」
「ッ!!」
キジャさんは驚愕して目を見開いた。ベスちゃんは無視されたショックで固まった。
「行商人さんを助けに行ったら襲われたんです。すっごく強かったですよ?」
「なるほどな。アークが強いと言う程か⋯⋯向こうでDランクパーティーとCランクパーティーに会わなかったか? 行商人を助けに送り出したんだが」
「⋯⋯」
「会いました。でもモウメス達とはすれ違いになっちゃったみたいですね。途中で会ったモウメスに事情を聞いて、僕のいる場所まで救援に来てくれたのかと思ったら、行商人さんを探しに来たって言ってましたから」
「ああ。そのようだな⋯⋯さっきモウメスと現場で何があったか話をしたよ。パーティーメンバーが二人殺されたそうだな」
「はい⋯⋯止めたんですが、あっという間でした⋯⋯その二人を殺したのもこの人です」
これで仕事は終わった。冒険者ギルドから依頼を受けたわけじゃないけど、何かあればキジャさんに報告するのが一番なんだ。キジャさんは髭もじゃでも、凄く頭が良いんだよ。
「よく捕まえて来てくれたな。アークなら大丈夫だとは思ってたんだ」
キジャさんは朗らかにそう言ってくれた。僕も今回の一件にとりあえずの区切りがついてホッとする。
ビビが拘束を解いて男を転がすと、それを見ていたベスちゃんがビクリと体を強ばらせる。
「おい! クソマス! この男の顔を良く見ろ!」
「あ? 何だってんだ⋯⋯ッ!!!!」
「こいつ氷竜剣のやつだろ!」
「な、何だと!!?」
確かに氷竜剣使ってたね。有名なのかな? それ、ドラシーが食べちゃったんだけど⋯⋯
「これはアークがやったのか!?」
「はい。強かったです」
「当たり前だろう! 元Aランクの冒険者だぞ!」
この人はAランク冒険者だったのか。凄く強いと思ったんだよね⋯⋯確か三十二歳のお兄さんだって言ってたよ。
「アークぅぅ〜」
「ベスちゃん?」
ベスちゃんが僕の体をベタベタ触りだした。傷の確認をしたいみたいなので、されるがままにされる。
「大丈夫だよベスちゃん。僕神聖魔法も使えるから、怪我しても傷残らないよ」
「よく倒せたな。死ななくて良かった⋯⋯」
「ベスちゃん。僕も成長してるんだよ」
だから心配しないでと言うのは無理な話だね。ベスちゃんがいくら強くても、危険な所へ行くのなら僕も心配するからさ。ベスちゃんと軽く抱き合って安心させた。僕も安心するなぁ⋯⋯ベスちゃんは温かいよ。
「まずスキルを封じよう。暴れたら危険だからな⋯⋯領主を呼んで報告をする。ご苦労だった。今日はゆっくり休めアーク」
「はい。お疲れ様でしたキジャさん。ベスちゃんもまたね」
「仕方ない。またねアーク」
んー。何か忘れているような? あ!
「キジャさん」
「どうした?」
「奴隷を三百人くらい保護したので、さっき救援に来てくれた冒険者さん達が連れて歩いて来ている筈です」
「なんだと!? すぐ受け入れの準備しねーと! おらベス手伝え!」
「私はアークの余韻で忙しい。ああ忙しい」
キジャさんの額に青筋が浮かんだところで、僕はそっと退出した。ターキがいればフォローしてくれるんだけど、ターキは何処にいるのかな?
現場に来てくれた冒険者は二十人と少し。あの人数では奴隷の護送にも苦労するだろう。
後はキジャさんが何とかしてくれる筈なので、僕とビビは部屋の外へ退室する。
「毎日毎日大騒ぎな連中だ」
「でも楽しいでしょ?」
「ふふ。まあね」
「ははは。これが冒険者なんだよ」
背後に聞こえる破壊音を聞き流しながら、僕とビビはギルドから帰るのだった。
氷竜剣の人は、名前なんて言うんだろう。また会うことはあるのかな? 奴隷の人達は、何人が元の生活に戻れるだろう? きっと良い話ばかりじゃないだろうけど、この町は優しい人がいっぱいいるから⋯⋯うん、きっと大丈夫だ。
僕はビビの手を握って引っ張って行く。何処へ行けばいいかなー?
「どうした? アーク」
「ビビの髪留め買いに行こうと思って」
「ん? ああ。わかった」
「女性服も買う?」
「着れれば何でもいい」
「それなら女性服でも良いってことだね」
少し微笑みかけてみると、ビビは顔を曇らせた。
「私に似合うだろうか⋯⋯わからないんだ」
「ビビはドレスが似合いそうだよ。きっとお姫様みたいな服が良いんじゃないかな?」
「そんな服じゃ戦えんだろ?」
「ビビだって女の子らしい服着てみたいでしょ?」
「わからない。アークはどう思うんだ?」
「ビビは着たいと思ってる」
「断言するんだな」
「僕にはわかるんだよ」
「そうか」
ペンダントを欲しがった時からそんな気はしてたんだ。ゆったりこういう話をしながら町を歩きたかった。ビビはこんな普通が何よりも好きなんだと思う。




