街道の黒い影(4)
ふと気がつく⋯⋯空に何かを感じたんだ。僕を見守るような何かだったと思う。まさか幽霊じゃないよね? 昼間から勘弁してよ?
こ、怖くなんかないんだからね!?
しかし、それは何かの前触れだったらしい。気配察知に何かが引っかかる。人だと思うけど奴隷じゃ無さそうだ。僕は警戒するように其方の方向に体を向けた。この気配⋯⋯只者じゃない⋯⋯
「どうしたんだ?」
「誰か来ます。警戒を」
僕がそう言うと、流石にCランク冒険者の反応は早かった。行商人さんを守るように武器を構えて、守るように立ち塞がる。
ガチャリガチャリと鎧の音を響かせて、一人のおじさんが現れた。
「何なんだよお前。二度も邪魔すんじゃねえよ」
紺色のフルプレートアーマーを着ているが、兜は装着してはいない。グレーの短い天然パーマで、左耳にはドクロのピアスが刺さっていた。
不気味な雰囲気を纏う男⋯⋯さっき奴隷は全て撃ち抜いた筈だ。森にいた人間は全て僕に倒されたと思っていた。
「聞いてんのか? お前だよチビ助。人の駒を簡単に潰してくれる⋯⋯全員あんなふうにされたら連れて帰れねえだろ?」
「⋯⋯駒?」
「ん? わかんねーのか? 奴隷だよ奴隷。あれは俺の大事な駒だったんだ。回収出来ねえなら仕方ないがな。もう廃棄するしかねえ」
この男は何を言っているの? 人が駒? 廃棄って何?
「だがお前は奴隷に欲しいなぁ。あはは。死ぬまでこき使ってやるからよ」
男が気持ち悪い笑い方をした。それを見た瞬間、後悔するくらいの悪寒が体を襲って来る。
まずい⋯⋯これ以上この人に関わるべきじゃない⋯⋯
「あとの連中は要らね。ここで死ね」
──ドンッ!
男が地面を蹴って飛びかかってきた。色々といきなり過ぎて頭がついていかないよ!
手には青い両手剣が握られていて、とんでもない威圧感を帯びている。
あれは多分魔剣だとは思う。能力はわからないけど、後ろには行商人さん達がいるんだ! 正面から受けるしかない!
僕もドラシーを抜いて、男と同じように飛び出していく。
身体強化と気力操作で二重強化すると、体の底から力が湧き上がってきた。
──ドゴンッ!
僕の剣は完璧な力配分で振り切った筈なのに、力の差で簡単に受け止められてしまった。およそ剣の衝突とは思えない衝撃音が鳴り響く。
「やるじゃねえか」
「ッ!!」
僕は確かに体を二重強化をしている。それなのに弾き返せなかっただけでなく、手加減までされているようだ。全力で押し返そうと力を込めてみても、男は涼しげな顔をするだけだった。
「そらそらどうした!?」
「うぅ⋯⋯」
この圧力はいったいなんだ? まるで巨大な岩を剣で受け止めているみたい。
──ビキビキビキピシィッ!
踏ん張った地面が割れていく。僕は次第に押し込まれて片膝を地面についてしまう。
──ギリギリギリギリ⋯⋯グググ⋯⋯
このままじゃまずい! 押されてドラシーが僕の肩に喰い込んでいく⋯⋯
「ほら。自分の剣に斬られちまうぞ?」
「重い⋯⋯」
ニタニタ嘲笑いながら剣を押し込んでくる。この人は多分僕を斬ろうと思えば斬れた筈なんだ。悔しいけど力の差は認めなくちゃならない。
僕が“魔気融合身体強化”を使おうと気を集中させた瞬間だった。
「はああ!」
「うらあ!」
Cランクパーティーの二人が男に斬り掛かる。でも僕は何か嫌な予感を感じた。手が塞がってるからって不用意過ぎる!
「来ないで! 逃げて!」
「もう遅せぇ! はは!」
男の剣が青く輝き出す。すると、その男の魔剣から氷で造られた竜の頭が二つも飛び出して来た。そしてその顔が迫るトビウオの二人に向くと、妖しく輝きながら顎が開いた。
「“ブルードラゴンブレス”!」
──ゴゴゴゴガガガガ!!
「はわあああ!!」
「ひぎゃあああ!!」
開いた顎から細い竜巻が飛び出していく。それは一瞬のうちに二人を飲み込んだ。
聞いたことの無い悲痛な叫び声⋯⋯痛みよりも恐怖を強く感じたような悲鳴だった。
その悲鳴はすぐに聞こえなくなったんだ。その細い竜巻が消えると、人間の氷像がそこに立っていた。
「あああああ!! ケンズ! ゴヤ!」
モウメスさんが二人に駆け寄ろうとしたその時、その氷像が細かく砕け散る。
「あああ! ああああああああぁぁぁ!!」
もうその二人は足首しか残っていない。モウメスさんは膝立ちになり、それを胸に抱き寄せて涙を流した。
酷い⋯⋯どうしてそんなに呆気なく人を殺せるんだ! 酷い⋯⋯酷いよ⋯⋯
「へっへっへっ。まずは二人〜っと。次は〜」
「こっちを見て」
「ああ?」
僕がいけなかったんだ。様子見をしようと温存した結果がこれだ。
「こっちを向いてよ!」
“魔気融合身体強化”を発動した。吹き荒れる銀色の奔流を身に纏い、何倍にも力を引き上げる。男の魔剣を一気に押し返し、体勢を崩れさせた。
「ぬお!」
男の顔が必死な形相になり、負けまいと腕の力を強くする。そこから僕は逆に剣から力を抜くと、男の体勢は完全に崩れた。その隙をついて、素早く懐に潜り込む。
「“震激雷波掌”!!」
──ズゴガァンッ!
「ぐぅあ!」
「うっ」
男がきりもみしながら吹き飛んで行く。それは僕も同じだった⋯⋯どうやら拳が当たる瞬間に、こちらも男に脇腹を蹴り飛ばされたらしい。
僕は岸壁に叩きつけられた。多分肋骨が何本か折れてしまっているかもしれない。それに無理な力の使い方をしたみたいで、身体中に激痛が走る。
「モウメスさん⋯⋯行商人さん達の避難を⋯⋯」
額から脂汗が出てきた。安全に皆を逃がすためには、僕はどうしたら良いのかな?
「仲間が殺られたんだ! 見てただろう!? 俺にも仇を討たせて欲しい!」
「僕は守りに来たんです!! 全部全部守りに来た! 奴隷も貴方達も全部!」
「だからなんだ! 諦めろってのか!? 巫山戯るな! 俺は⋯⋯」
──バガン!
「ぐぼっ!」
モウメスさんが殴り飛ばされた。殴ったのはトビウオのメンバーの人だった。その顔には涙が流れている。
「モウメス! 俺達のやるべきことを考えろ! 復讐することじゃねーだろうが! 皆を見てみろ!」
そこには固唾を呑んでこちらを見守っている人達がいた。彼等は戦えないのだ⋯⋯だから冒険者を雇ったんだよ。
「だが⋯⋯ゴヤもケンズも、いいヤツらだったんだ⋯⋯」
「わかってる」
「皆でAランクを目指すって約束したんだぞ!?」
「わかってるさ。だが俺達はまだ終わってないだろう! まだ終わっちゃ駄目なんだよ!」
「うぅ⋯⋯あいつらだって目標があったんだよ⋯⋯」
「ああ⋯⋯わかってるよ」
僕は再生スキルで骨折を回復させた。もう向こうはモウメスさん達に任せるしかないんだ。あの男は僕にしかどうすることも出来ないのだから。
「“リジェネーション”」
自分に神聖魔法を使い、男の吹き飛んだ方向に歩き出す。あの男の人はかなりの怪力だった⋯⋯僕は勝てるのだろうか? きっとあの男の人はAランクの魔剣を持っている。
『!!!』
うん⋯⋯そうだよね。きっと僕達なら倒せるさ! 力を貸してよドラシー。錬金術ギルドで頼んできたガストンさんのためにも、自由を奪われた奴隷達のためにも負けられないよ!
戦いってどうしてこうも負けられない理由があるのだろう? 父様、母様、僕は強くなれているのでしょうか?
──ゴゴオォォォオオ!!
気力と魔力を更に高めていく。ドラシーの“魔気融合増幅”スキルで、更に体を強化した。銀色の奔流が吹き荒れて、紫電が地面を焼き焦がす。
また全身が痛いな⋯⋯久しぶりの感覚だよ。
「うらあああ!! 油断してたぜ⋯⋯まさかお前が銀閃だとはな!」
男は口から血を流していた。さっきの“震激雷波掌”がダメージを与えたんだろう。
「おじさんが人を奴隷にしてたってことで良いんだね?」
「俺はまだ三十二だ! おじさんじゃねえよ!」
そうなんだ。おじさんって何歳からなの?
「知らずにすいません。お兄さんなのかな?」
「お前で考えろや!」
「え? まさかお姉さん?」
「んなわけあるか!」
会話をしながら力を体に慣らしていく。過剰な負荷が体を痛めているけど、この人と戦うためには仕方がない。
無理に引き上げた力だけど、この感覚にもそろそろ対応出来そうだ。
「奴隷を生産してたのは俺じゃねえよ」
「そうなの?」
「拐ってたのは俺だがなあ! はっはっはっはっ!」
戦うためのスイッチが、今確かに切り替わったのを感じた。チョコレートを一欠片口に含み、トリガーを引いてドラシーを元の姿に戻す。
「⋯⋯行くよ」
「ああ、勝負だ」
お互いが地を蹴り急接近する。最初の一合の衝突で、爆風が周囲の全てを薙ぎ倒した。
モウメス⋯⋯そっちはお任せします。
男の剣は果てしなく重い。力に頼らず速さと剣術で押すしか無い!
「はあぁああ!」
「おりゃあ!」
──ドン! ズドンッ! ガガガガンッ!
風景が目まぐるしく切り替わり、その戦場は移動しながら大きな被害を撒き散らした。
こんな戦いはしたことが無い。剣を交える度に、地面にクレーターが生産されていく。
「ぐぅ⋯⋯」
「はっは! “ブルードラゴンブレス”!!」
「はああああ!! “ホーミングレーザー”!!」
男の大剣から頭を出した二頭の竜が、全てを凍てつかせんとブレスを放つ。その二本のブレスは絡み合いながら、高速で僕へと迫ってきた。
僕の切り札はホーミングレーザーだ。数千の光のレーザーを収束させて、螺旋状に絡ませながら一本の極太レーザーで対抗する。
──カッ!
「う、うわあああ!」
「ああああああああぁ!!」
激しい魔力の衝突に、僕と男は飲み込まれた。もう熱いのか寒いのかわからない程に、その大きな力が暴れ回る。
気持ち悪い⋯⋯なんて大きな魔力のうねりなんだろう⋯⋯何も考えられな⋯⋯くなる⋯⋯?
「アーク!」
「⋯⋯!」
⋯⋯っ!!
危ない⋯⋯意識を失っていたのかな? 体全部が痛い⋯⋯再生スキル⋯⋯しなくちゃ。
「起きたかアーク!」
「⋯⋯ビビ? 大きくなった?」
「元に戻っただけだ」
「ビビは⋯⋯やっぱり綺麗な目だね」
「そんなの今はどうでもいいだろ?」
周りを見渡すと、全てが更地になっているようだ。あの男は何処だろう? 皆は!?
「皆は大丈夫かな? 奴隷は?」
「安心しろ。奴隷は一箇所にまとめてある。仕込み毒も魅了を使って回収済みだ。戦ってるところを見たが、アークが寝てたのは数秒だぞ?」
良かった。ありがとうビビ。
ビビのお腹に抱き着いてスリスリする。ひんやりすべすべで気持ち良い。
「あの男が見当たらないな⋯⋯倒せたのか?」
「多分倒せて無い。凄く強いんだよ」
気合いを入れなきゃ駄目だよね。敵はまだ近くにいる筈だ。
ビビが僕の流した血を舐めてくる。それを無視して気配察知に意識を集中させた。
あれかな?
僕は直ぐに男を見つける⋯⋯地面の中から腕が生えてきたんだ。
「ごほ⋯⋯がは⋯⋯酷ぇ目にあったぜ⋯⋯ガフ」
「⋯⋯」
男のフルプレートアーマーは、殆ど砕け散って無くなっていた。その下に着ていたタイトな黒いインナースーツも穴あきになっている。
僕の魔装“ベヒモス”は、魔法攻撃に強い耐性があるのかあまり損傷はしていない。
装備の差がダメージの差にもなるんだね。ありがとうバススさん。
「なんだおいチビ。良い女連れてるじゃねえか」
「ん? ビビのこと?」
「ビビって言うのか? 俺の物になれよ」
「⋯⋯断る。私はアークの物だ」
「なんだぁ? お前ショタコンなのか?」
「そうかもな。私はアークと離れる気は無いぞ」
「じゃあそいつが死んだら俺の物になれよ。毎日三食調教付きだぜぇ」
「嫌だな。それにお前には私をどうこう出来んさ」
「嫌がる方が良い時もあるもんさ。直ぐに従順なペットにしてやる」
男は歪んだ笑顔を浮かべた。
もう、僕の頭越しに話さないでもらいたい。少し手足を動かしてみる。
⋯⋯うん、体力はまだあるようだね。魔力回復のポーションだけ飲んでおこう。隙を作ることになるけど、ビビがいるから大丈夫だよね。
*
side モウメス
商人を真ん中にして、冒険者で周りを囲みながら森を歩く。
やっと心が落ち着いてきたな⋯⋯だけどそれが無性に腹立たしい。殺された二人との友情が、そんなものだったのかと言われているようだ。
「モウメス。さっきは済まなかった。俺も同じ気持ちだったんだ⋯⋯でもよ、無理だってわかっちまったんだ。あの銀閃のアークだってあいつに勝てるとは限らねえ⋯⋯そう思ったらよ、俺はお前を止めていた。俺は臆病風に吹かれてお前を止めたのか? 綺麗事言って、自分もお前も騙したんじゃねえかって考えたら、俺はよお⋯⋯」
「ジッティ⋯⋯」
俺がしっかりしなかったばかりに、ジッティを苦しませてしまったんだな。俺も頭ではわかってたんだ⋯⋯ジッティだけのせいじゃない。
大きな爆発音と共に、熱を孕んだ爆風が俺達の背中を襲う。前につんのめりそうになりながらも振り返れば、とてつもない魔力のドームが森を蹂躙しているようだ。
なんだあれは? あんな戦いが本当に人間の戦いだって言うのか!? あんな戦いに俺達がいたんじゃ、間違いなく死んでいたな。悔しいが、アークが俺達を逃がそうとした理由がわかったよ。
「すげえ戦いだな⋯⋯てか、あの大剣⋯⋯ん、あれってもしかすると⋯⋯」
「ジッティは知っているのか?」
「もしかしたら、元Aランク冒険者で有名な氷竜剣のジルクバーンじゃないか?」
「何!? あいつが!?」
「多分な⋯⋯成金貴族の倅だが、実力もかなりのもんだって聞いたことがある」
「貴族かよ⋯⋯あの見下した目はそういうことか」
氷竜剣のジルクバーン⋯⋯か。あいつを倒せるくらいにならないと、きっと理不尽に負けてしまう。
俺達は貴族の理不尽に負けないように、冒険者になるって決めたんだ。沢山金を稼いで強くなって、貴族に奪われたあの故郷を取り戻すんだ!
「強くなりたい⋯⋯なぁ⋯⋯」
「モウメス⋯⋯なろうぜ。強くよ⋯⋯」
「ジッティ⋯⋯」
「強くならなきゃよ、あの二人に怒られちまうぜ?」
「⋯⋯二人の分まで、か」
そうだな⋯⋯強くなろう。そのために俺達は迷宮を目指して来たんじゃないか。
「遠いなぁ」
「違えねぇ」
「やってやるか」
「勿論だ」
ジッティと拳をぶつけ合う。目指す先はAランクだ。それは果てしなく遠いだろう。でもこのまま何もしなければ、ただの負け犬になっちまう。
いつかあのアークにだって追いついてやるさ。だから死ぬんじゃないぞ。まだ借りは返してないんだからな。




