街道の黒い影(2)
東門が見えてきた。僕とビビは走ってきた勢いをそのままに、門の出入口に突っ込んで行く。
「何だ!? 止ま⋯⋯」
兵士さんが止めようとしたみたいだけど、冒険者ギルドカードを見せながら通り過ぎた。急いでいるのでごめんなさい。
ギルドカードがあの兵士さんに視認出来たかはわからない。今それだけのスピードで走っているのだから。
門の外には大きな魔導車が一台停まっている。その車体は凸凹になっていて、走行して来れただけでも奇跡のように見えた。
あれが錬金術ギルドに飛び込んで来た人が乗って来た魔導車なんだろう。魔法で焼き焦がされた跡や、ナイフで引っ掻かれたような傷が鋼鉄のボディーに刻まれていた。
「⋯⋯酷い」
それを横目で見ながら僕がつい口に出すと、ビビも魔導車を見て眉を寄せる。
「ああ⋯⋯あれは酷いな。よく辿り着けたと言うところか⋯⋯あの行商人は何台の魔導車で来たんだ? 人数だけでも聞いてきた方が良かったか」
「一人助ければわかるかな? 後から来ると思う冒険者ギルドの人達が、兵士さんから確認してるかもしれないよ?」
「私達が聞いた以上に、あの男が兵士に詳しく説明が出来ていればな⋯⋯でもあの焦り方じゃ期待も出来ないんじゃないか?」
「説明は出来たんじゃないかな?」
「何故そう思う?」
「勘かな」
「説明になってないぞ」
うーん⋯⋯そう言われてもなぁ。
「あの人が錬金術ギルドに走って来たのは、冒険者ギルドが不測の事態を考えて、怪我人のためにポーションを仕入れる可能性があったから。冒険者ギルドから使者が来てから準備するという時間を省くために、先に荷物をまとめさせようとした。でもそれより先に神聖魔法を使う僕が現れる。そして僕の装備を見て、優先させるべきは僕に事情を話すことだと思ったんじゃないかな?」
「そこまで頭が回るやつだったと?」
「勘だけど」
「また勘か、でも私達がすぐに動くとはわからないだろ?」
「出会い頭に僕がヒールを使ったから、助けを求めれば動くような気がしたんじゃない?」
「そういうもんか⋯⋯」
「ただ頭の体操をしただけ。根拠は無いから」
「そうだな。今考えるべきは」
「襲われている人達がどんな状況になっているか」
僕は心配で仕方ないよ。敵の規模もわからないし、商人さん達には生きていて欲しいけど⋯⋯
「私達が到着するまで持ち堪えてくれていればいいんだけどな⋯⋯現場には護衛の冒険者か傭兵が戦っているだろう。こんなデカい魔導車を使える行商人なんだから」
「お金はあっても冒険者を雇わない人もいるからね。黒い奴らってやっぱり奴隷かな?」
「可能性はあるだろうな」
「どっちも助けたいな」
「人なら奴隷のつもりで拘束しよう。明らかに魔物なら倒すんだよな?」
「うん」
会話をしながらも、もうドラグスは遥か後方だ。気は急いてしまうけど、バテないギリギリの速度を維持して走る。
緩やかにカーブする街道を進んでいたら、道は森の中へ伸びていた。大きな魔導車の通った痕跡も確認することが出来る。
「枝が折られている。かなり乱暴に運転してきたんだな」
「そうみたい。死ななきゃ良いくらいに考えてたのかもね」
「⋯⋯む⋯⋯血の匂いがする」
「っ!!」
僕にはわからなかったけど、ビビには血の匂いがわかるらしい。
「方向は間違ってないな」
「急ぐよ」
「ん? ⋯⋯避けろ!」
「っ!」
ビビが叫ぶのと同じく、僕も状況を理解した。
僕は右へ、ビビは左へ方向を変えて飛んだ。上空から風の刃が降ってきたからだ。油断していたらバッサリ斬られていたに違いない。
──ズザザザンッ!
一瞬のうちに地面が深く斬り裂かれた。大柄な大剣使いでも、地面にこんな傷はつけられないだろう。
「はーずしーたぁー?」
気配察知で攻撃をしてきた敵を確認した。その方向から超音波のような耳障りな声も聞こえてくる。
「ビビ」
「あそこか」
どうやら僕達を襲った攻撃は、空から放たれたものらしい。太陽の光に隠れながら、襲撃者はこちらを見下ろしているみたいだ。
その者の腕は翼になっていて、手と足には鋭利な爪が伸びている。
あれは?
「飼い慣らされたハーピーか⋯⋯」
「だれーも〜、とーすなーって〜言われてる〜のー」
「誰にだ?」
「わたーしの〜、ごしゅーじん〜?」
「どうするアーク」
「んー⋯⋯今時間無いのになぁ⋯⋯」
この魔物はテイムされているの? 魔物が足止めしてくるってことは、まだ向こうに生きてる人がいる筈だ。だから直ぐ倒せば間に合うかもしれない。
僕はドラシーに手をかけた。今敵との距離は四十メートルくらいかな。“魔気融合身体強化”を使えば、一息に倒すことが出来ると思う。
グッと手に力を込めてドラシーを引き抜くと、ビビが僕に向けてそっと手を上げる。
「先に行けアーク」
「え? 任せて良いの?」
「二人で時間を無駄にすることはないだろ? それにアークはやらなきゃならないことがある」
「⋯⋯うん⋯⋯わかった。気をつけてね」
ビビがこう言うならお任せしようかな。
ドラシーを鞘へ戻し、ビビへ一度頷いた。
「いかーせる〜わけーないのよ〜?」
僕が走り出すと、ハーピーは風の刃を放って来る。行く手を阻もうとしたのだろうけど、そんな小手先の攻撃なんて気にもならないよ。
──ズバン!
ビビが風の刃の軌道を剣で往なす。その冴え渡る剣の切っ先が、魔法攻撃すらも容易く曲げてしまうのだ。
「アークを追いたいなら私を倒すんだな」
「ころーさなきゃ〜ダメ〜なのに〜」
僕はビビに心の中で感謝をする。絶対に間に合わせてみせるんだ!
「はぁああ」
身体強化と気力操作を発動すると、体を黄金色の光が包み込む。体に力が湧き上がってきて、身体能力が跳ね上がった。
「“ベヒモスモード”」
魔装ベヒモスを装着すると、そのパワーは更に上の次元へ押し上げられる。そして僕は弾丸よりも速い速度で街道を駆け抜けた。
皆! 待っててね!
*
side ビビ
アークの背中があっという間に見えなくなる。大地を踏み砕かんばかりに力を込められた脚が、爆発的な加速を生んでいる。
はっきり言って、あれのスピードに追い付くことはこのハーピーには不可能だろう。
忌々しそうに顔を歪めるハーピー⋯⋯少し気の毒に思わなくもないがな。
「ゆるーさな〜いぃ」
「許さなくて構わないさ。早く殺ろう」
「じゃまああ〜!」
ハーピーが左右の腕を交互に振ると、私の両側面から風の刃が迫ってきた。
いきなり面倒な攻撃をしてきたか⋯⋯
この魔法はハーピーの種族魔法のようなものだ。詠唱も無く最速で放たれる魔法は、魔力を感知出来ていても対応に苦労するのだ。
ただ頭はあまり良くないらしいな。風が自由に使えるなら、もっとやり方があるだろうに。
「ふっ」
上段と下段から、横薙ぎにするべく迫る風の刃。私は背面跳びに似た側宙で、隙間を縫うように避けさせてもらった。
私も対抗させてもらおうか。種族魔法には種族魔法で相手をするに限る。
魔力を赤い霧に変換して、超重量の大型卍手裏剣を作った。それを地面に突き刺して、体を解すように肩を回す。
吸血鬼の力がいくら人間より優れていても、これは重過ぎて容易には投げられないだろう。
だが私は普通とは違う吸血鬼だ。アークの血を毎日もらうことで、通常では有り得ないくらいに強くなっているのだから。
私は束ねた髪を解き、服のボタンなどを外していく。
「なに〜をしてる〜ぅ?」
「気にするな」
まったく耳障りな声だ。頭の中を掻き回してくるようで、精神を逆撫でにされる。私も早くこいつを倒してアークに合流しよう。
頭の中のスイッチを切り替える。魔物の本能を呼び覚ますと、私の瞳は血のような紅色になる。そして体を本来の姿に成長させた。
子供の姿では上手くコントロールが出来なかったんだ。この姿になれば、思うように魔力が操れる。
膨大に膨れ上がっていく魔力に、ハーピーは息を呑んで動揺した。
「っ!! そんなの〜待たな〜い!」
ハーピーが風の刃を放ってきた。きっと直感的に私が危険だと判断したのだろう。それは間違いじゃないが、もう遅い。
──ビシィ!
「うぇ?」
左手だけで無造作に風の刃を受け止めた。ハーピーは目を見開いてこちらを見下ろしている。
こちらも無傷とはいかなかったが、手の平の薄皮を切られた程度の傷だ。
腕を伝って流れてきた血を、ペロリと下から上に舐めていく。
「ふむ。途中で攻撃してくるとは、行儀の悪い娘だな」
「お前〜なん〜だ〜。デカくーなってー」
私は人間から見て十四歳くらいにまで成長を遂げている。実に久しぶりの感覚だ。今はアークに成長を合わせているからな。たまにわからなくなる時があるよ。
アークの隣は居心地が良い。私は人間じゃないと言うのに、アークはそんなの関係無いと態度で示してくれる。
「悪いが時間をかけてられないんだよ。すぐ殺してやるから動くなよ?」
「!」
地面に突き立てておいた超重量の大型卍手裏剣を掴み、それを真っ直ぐに投げつける。ただそれだけのことだけど、速すぎてハーピーには避けることが出来ないだろう。
ハーピーが咄嗟に風を操り障壁を作ったのを見て、私はニヤリと笑う。重く速い超重量の物体に、ハーピーの風なんかで対処出来るわけがないのだから。
強い魔力の種族魔法同士が激突して、一瞬放電現象のようなものが発生した。しかしそれは本当に一瞬のことで、手裏剣の刃がハーピーの腹を浅く斬り裂いた。
「うぅ⋯⋯お、おの〜れ〜」
ハーピーが目を血走しらせて、怒りを露わにした。また私を見下ろそうとしたみたいだが⋯⋯
「いなーい〜! どこ〜だ〜」
──ドスッ!
「悪いな」
「ぅ⋯⋯これ⋯⋯は?」
ハーピーが自分の胸から生えるレイピアを、信じられないと言うように掴んだ。
「あな⋯⋯た⋯⋯とべた〜のねー」
「そうだ」
今の私の背中には、大きな黒い羽がある。ハーピーの注意が全て手裏剣に向かっているうちに、私はハーピーの背後に飛翔したのだ。
「ずーるーい⋯⋯ごふ」
「そうだな」
「わたーしー、ちゃんと⋯⋯たたかった⋯⋯ってー⋯⋯がんばったーってー、ごしゅじん⋯⋯さまにー」
「わかった。ちゃんと伝える」
「ありー⋯⋯がとぉ」
ハーピーの体からガクリと力が抜けた。この先にこのハーピーの飼い主がいるんだな。
私達にとっては敵になるだろう相手も、このハーピーから見れば大事なご主人様だったのだ。ちゃんと伝えてやるからゆっくり休め。
ハーピーの亡骸をゆっくり地面に寝かせてやった。瞼を下ろしてやると、一筋の涙が零れ落ちる。
戦いとはこういうものだ⋯⋯わかっているさ。こっちにも引けない理由があるからな。
「待ってろアーク」
私は羽に魔力を込めて、アークの向かった先に飛び立った。




