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精霊界の危機(7)





三人称視点



 精霊界全土を震撼させるような化け物の産声に、ただただ全員が戦慄を覚えた。

 信じられない程の大きな魔力が、世界全体を包んでいくかのようだった。


 その莫大な魔力を感じ、四大精霊のイフリート、ウンディーネ、ノーム、シルフまでが表情を引き締める。



「す、凄い魔力にゃ」


 トラは城壁の上に立ち、新しく現れた魔物と距離が近いウンディーネの国を見つめていた。


「ほぅ⋯⋯あれは中々、面白い」


「にゃ!?」


 背後から近づいたムーディスは、獰猛な笑みを浮かべている。


 トラは早くウンディーネの国へ行きたかったが、国全体を覆う結界を超える手段が無い。

 それにヘイズスパイダーが辺りを囲んでいる⋯⋯今自分が飛び出して行っても、皆の足を引っ張ってしまう事がわかっていたのだ。


(悔しいにゃ⋯⋯にゃんでオイラは見ている事しか出来にゃいにゃ⋯⋯いつもいつもそうにゃ。楽しそうに遊ぶ精霊がいても、一緒に遊ぶ事も喋りかける事も出来にゃいにゃ)


 トラは過去を振り返っていた。そんな時、急に体から力が抜けていく感覚に襲われる。


「な、なんにゃ!?」


 フレイガースが揺れ、国が大きく傾いた。あまりにも急な事に、一体の精霊が城壁の上から転がり落ちようとしていた。


「きゃー! 助けてー!」


 トラは即座に走り出し、何とか小さな精霊をキャッチする。


「⋯⋯あ、ありがとう!」


「手が間に合って良かったにゃ」


 周りを見渡すと、ムーディス以外の精霊は全員が倒れているみたいだった。


「にゃんでにゃ? にゃにが起こってるにゃ?」


 フレイガースは落ちるように高度を下げていく。シルフの国も、フレイガースと同じように落ち始めた。


「皆ー! 何かに掴まれ!」

「衝撃が来るぞ!」

「振り落とされるな!」

「何がどうなってるのよ!」


 凄い衝撃と共に、フレイガースはそのまま地面に激突する。


(イフリート様に何かあったのかにゃ? 殆どの精霊が倒れているにゃ!)


 地面に落ちてしまえば、フレイガースにもヘイズスパイダーが入って来てしまう。非戦闘員の多い中で、防衛部隊の殆どの精霊も意識を失っていた。


(なんでみんにゃ起きないにゃ!? このままじゃ⋯⋯)


 恐れていた事態は直ぐに訪れた。ヘイズスパイダーが城壁に取りついて、一気に駆け上がって来るのだ。


(大変にゃ! でも⋯⋯オイラにはにゃにも出来にゃいにゃ⋯⋯)


 戦場は一気に静かになった。殆どの精霊が意識を失ってしまったからだ。

 圧倒的な絶望に、今フレイガースは呑まれようとしている。


「たす⋯⋯けて⋯⋯」

「誰か⋯⋯たすけ⋯⋯」

「嫌だァ! 食べられたくない⋯⋯」

「やだよぉ⋯⋯」



(オイラは⋯⋯オイラはどうすれば良いのにゃ!?)


「たすけ⋯⋯てぇ⋯⋯誰かあ」


 体長三メートルもあるヘイズスパイダーが、小さな水の精霊に糸を巻き付ける。


(駄目にゃ⋯⋯オイラには──)


「死にたくないよぉ!」


 ──ガチン!



 ヘイズスパイダーの口が閉ざされた。もうそこには小さな水の精霊はいない。


「大丈夫かにゃ?」


「! 君は⋯⋯」


 気がつけば、トラの体は動いていた。助けれる助けられないじゃなく、助けたい気持ちがトラを動かした。


「キシャァァアア!!」


「ッ!!」


(怖いにゃ⋯⋯足が震えるにゃ⋯⋯でも!)


 トラはポケットから黒いペンダントを取り出した。これはアークが戦闘前に渡してくれた物で、もしもの時に使ってみてねと言っていたやつだった。


「オイラは戦うにゃ! アーク!」


 それは魔装だった。トラが魔力を流すと、黒い全身甲冑になる。それはまるで一匹のジャガーのようだった。

 これはノームの力とイフリートの力を使い、アークがティーナの装備と一緒に作った魔装。アークは試作品と言ってトラに渡した物になるが、強度も付与された魔術も規格外の物になる。


「オイラだって!」


 四足歩行の黒いジャガーが、一直線にヘイズスパイダーへ走り出した。


(体が軽いにゃ? 力がどんどん湧き上がってくるにゃ!?)


 真っ直ぐ飛び出してきたトラに、ヘイズスパイダーは酸弾を撃ち出す。それに対してトラは、加速にびっくりしていて正面から酸弾を受けてしまった。


「シャァア!?」


 確実に仕留めたと思ったヘイズスパイダーが、無傷のまま突っ切ってくるトラに驚愕していた。それはトラも同じで、全身に薄い膜のようなものがある事を知る。それは簡易版のオーロラカーテンのようなもので、攻撃に反応して自動展開されるようになっていた。

 トラの視界の左上には、敵の魔力量が数値化されて表情されている。


(⋯⋯アークは本当に何者なのにゃ!? これがBランク冒険者ってやつなのかにゃ!)


 今トラの中で、Bランク冒険者のハードルが物凄く上がった瞬間だった。


 現在トラの魔力量は112と表記されている。さっきの自動防御で、60くらいが減っていたのだった。

 トラは飛び上がり、本能のまま爪を振り下ろす。まるで敵がスローモーションになったかのようだった。

 実は思考加速の魔法陣も組み込まれていて、トラから勝手に魔力が吸い出されていた。そして爪からは四本の青い炎の刃が伸び、ヘイズスパイダーは一撃で焼き滅ぼされた。


 トラの魂魄レベルが一気に上がり、自分の魔力量が590にまで上がっていた。

 それにも驚いたが、トラは水精霊を咥えて物陰に隠す。


「ありがとう⋯⋯助けてくれてありがとう」


「無事で良かったにゃ」


 トラはそれだけ言うと、直ぐに次の場所へと走り出した。


 トラには実戦経験がまったくと言って良い程に無かった。しかし、トラには研ぎ澄まされた野生の感のようなものがある。

 そしてこの魔装は凄かったのだ。アークが思いつきで、何でもかんでも魔術を組み込んでしまった。

 普通ならここまですると、素材が耐えきれなくなったりする。アークは知らなかったが、それが良い方向へと進んだと言えるだろう。

 まずアークが使った素材が普通じゃなかったのだ。ノームの力と迷宮深層の化け物の素材を、イフリートの力で溶かし固めた物になる。

 有り得ない強度をもち、普通なら繊細な魔術を刻もうにも難しいところだ。でもアークにはムーディスの力があった。


 トラは次々にヘイズスパイダーを倒していく。時には氷の弾を飛ばし、雷の彷徨を吐き、空すらも自由に駆け回る。

 それは沢山の精霊達が目撃した。トラは知らず知らずのうちに、精霊達から羨望の眼差しを向けられていた。


 今殆どの精霊が動けない中で、トラだけが自由に動けている。これでもう半精霊が何も出来ないと嘲る者はいなくなるだろう。


 トラが巨大なヘイズスパイダーに道を塞がれた時、何もしていないのにその首が落ちた。疑問に思って振り返ると、ムーディスが刀を抜いている。


「お前はトラだったな」


「は、はいですにゃ!」


 ムーディスは精霊界でも雲の上の存在だ。緊張しながらトラが返事をすると、ムーディスはある方向を指す。


「お前はウンディーネの元へ行け。結界が解かれた」


「ッ!!」


「父さんと母さんがいるのだろう? ここは任せておけ」


「ありがとうございますにゃ!」


「ふはは! 期待している」





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