す⋯⋯す⋯⋯
四十一階層は、真っ黒な奈落のあるダンジョンだった。地面の代わりに薄い透明なボードが沢山浮かんでいて、落ちればどうなるかわからない。
空には星が瞬いていて、こんな状況じゃなければゆっくりと見ていたい程綺麗だった。
普通なら慎重に進まなきゃいけないところなんだろうけど、僕達は今空を飛んで進んでいる。
僕達に足場なんて関係ないからね。
四十階層のボスは、天使のような大きな魔物だったんだ。顔はカエルみたいだったんだけど、翼が背中に生えて空を飛んだ。
一瞬でビビに倒されたんだけどね⋯⋯
ボス部屋に飛び込んだビビは、本来の姿になり赤いドレスに身を包んでいた。
子供姿のビビが赤い霧に包まれると、二秒くらいで大人のビビになる。
ライトメイルは外して、靴は赤いハイヒール。ドレスは貴族のパーティーで見るような、デザインの凝った美しい物なんだ。
瞳は血のような赤に変わり、魔力も全て解放されている。
本気のビビを見るとゾクゾクするね⋯⋯やっぱり人間と魔物じゃ根本的にスペックが違うんだよ。
普通なら戦えそうに見えない服装だけど、これはビビが血晶魔法で創り出した物になる。
長いスカートの部分も、薄く赤黒いロンググローブも、頭に咲く薔薇の花も、全て武器や防具に変える事が出来るんだ。
ビビは最近家に帰ると、早着替え変身の練習をしていたんだよ。僕もその横で早着替えの練習をしたんだ。今の僕は三秒で赤いメイド服が着れます。
──ズガアアン!!
背後で薄いボードが叩き割られる音が聞こえてきた。
「駄目だアーク。直線だ⋯⋯来るぞ!」
「む〜⋯⋯“フレイムランス”!! 連射連射連射!」
鬼の形相で追ってくるヨコチンさんを、急に軌道を変えたり魔法攻撃したりしながらやり過ごしていた。
魔法は弾かれてしまうけど、多少目眩しにはなる。
「ちょこざいなぁああ!! 殺す殺す殺すすすすすああぁぁぁあああ!!!!」
いくら気をつけていても、ヨコチンさんの“縮地”は凄く洗練されていた。
自我の感じられない虚ろな目をしているのに、体に染み付いた体術がとてつもないキレを生んでいる。
「避けきれない!」
「ぐがあああ! “黒虎闘気咆哮砲”!!」
「「!」」
ヨコチンさんが僕達の前に先回りをして、体術の上級スキルを撃ち放った。
黒い闘気が虎の頭を摸し、開いた口から絶大な威力の砲撃が飛んでくる。
「“オーロラカーテン”!!」
「馬鹿! 避けろアーク!」
ビビが僕の腕を掴んで急上昇した。
僕の発動したオーロラカーテンは、黒虎闘気咆哮砲に容易く貫かれる。
「滅茶苦茶な威力だ⋯⋯」
「ありがとうビビ」
「アーク⋯⋯この階層の魔物が」
ビビの見つめる先には竜が⋯⋯いや、違う⋯⋯あれはワイバーンだね。初めて見たよ。
そのワイバーンは、さっきのヨコチンさんが放ったスキルでバラバラに消し飛んだ。
僕のオーロラカーテンを貫いて尚あの威力⋯⋯油断してるとやられる⋯⋯
「休んでる暇は無いぞ。四十五階層までは同じようなフィールドだろうからな」
「うん。それに⋯⋯」
「ああ。更にデカくなってきたな」
ヨコチンさんの体の膨張が止まらない。それなのに、スピードが衰えないんだよ⋯⋯力も上がり、どんどん人間離れしていってる。
「ヨコチンさん! 貴方には帰りを待ってる人がいます! 絶対に助けますからね!!」
「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!! 殺させろ!! 今直ぐお前達を殺したいぃいい!!」
「嫌です!」
僕だって死にたくないんですよ。誰一人死んで欲しくはない!
「ああぁぁぁああああ!!!!」
ヨコチンさんの背中が盛り上がり始め、皮膚を貫いて二本の腕が生えてきた。
あれが元人間だなんて、誰も信じてはくれないだろう⋯⋯
「相手にしている余裕は無いぞ? はああ! “ディスティニーエンド”!」
ビビが遠くの進行方向に見えたワイバーンに、フレイガースの時に見せた必殺の魔法を放つ。
あれは範囲殲滅出来る強力な魔法で、赤い霧に包まれた魔物は為す術もなく死に絶える。
体中から赤い花を咲かせ、根が内部を侵食するのだ。
こんな時、ドラシーがいてくれたらなぁ。仕方ないけどさ⋯⋯
ヨコチンさんと距離を取るために、僕とビビはワイバーンの群れに飛び込んだ。
「朧の夜桜! 行くよ!」
ワイバーンの間を縫うように飛び、すれ違いざまに首を落とす。
きっとムーディスさん契約する前だったら、ここまでの事は出来なかったかもしれない⋯⋯
「ぐくぅ⋯⋯」
「アーク!?」
「平気⋯⋯」
ワイバーンは僕に沢山の力をくれた。多分今僕は魂魄レベルが急上昇しているよ⋯⋯
死体は体だけ収納していった。頭が死に絶えるまで待っていたら、ヨコチンさんに直ぐ追いつかれちゃうよ。
「扉だ!」
「飛び込むよ!」
ワイバーンの群れの先で、四十二階層への扉を見つける。
「通さねええ!! 死ねえええ!」
「くっ!」
「大丈夫だよ! ビビ、そのまま!」
僕はビビの腕を掴み、ヨコチンさんの手前でファイアボールを使う。
爆炎で目隠しをして、股下を潜って扉へ触る。
視界が暗転し、四十二階層へ辿り着いた。
「全く⋯⋯無茶をする」
呆れ顔のビビ⋯⋯一応上手くいったからお咎めなし。
「早く行くよ。四十三階層へ」
「そうだな⋯⋯後にしよう」
え? お咎めなしだよね? 忘れてくれると嬉しいな。
僕はビビに抱き上げられて、飛びながら吸血をされる。
「美味しくなったな。アーク」
「んむ⋯⋯」
ビビは優しく微笑むと、いきなり唇を重ねてくる。
家を建てた時以来だったんだ。そのまま見つめられて、何だかちょっとドキドキした。
ちゅーされたからかな? なんだか顔が熱い⋯⋯
この状態のビビは、いつもよりも遠慮が無くなると言うかなんと言うか⋯⋯
「ビビ、好き」
「な、なんだいきなり⋯⋯」
「好き」
ちょっと言いたくなっただけなんだ。不思議な気分だなぁ⋯⋯
僕の言葉を聞いて、ビビの顔が真っ赤になる。やっぱり何時ものビビでした。
ドキドキするって心地良いな。
ビビは自分を落ち着けるように一度深呼吸をする。
「あの三人にとって、あの男は全てだと言っていた。私にとってのアークと同じなんだ。だから、私もあの男を救ってやりたいと思う」
「あはは。ビビなら理由が無くても助けると思う」
「それは⋯⋯私を買い被り過ぎじゃないか?」
「ビビは、ビビが思っている以上に優しいよ」
「どうだろうな⋯⋯」
ビビが困った顔をする。でもきっとそうだよ⋯⋯僕はそう思う。
扉の方から雄叫びが聞こえてきた。きっとヨコチンさんがこの階層へ来たんだね。
「⋯⋯私とアークの時間を邪魔するな⋯⋯」
「二人でいる時間は沢山あるよ?」
「全然足りない。私はアークがす⋯⋯す⋯⋯」
「す?」
「⋯⋯」
やっぱり何時ものビビでした。
す⋯⋯すぅ⋯⋯寿司( ✧Д✧) カッ
時すでにお寿司ぃ(ºωº э)З




