出戻り
昼前に町に戻ってきた一行は、驚いた顔の宿の親父に迎えられたが、それもそのはずで、たまたま外にいて、街道沿いの草原を目にした人でなければ、午前中に何が起きたのかなどまったく知りはしないのだった。
深森一行も疲れた様子で苦笑いするばかりだったが、早めの昼食を願ってたいらげると、すぐに部屋に引っ込んでしまった。
「何があったんだろうな」
首をひねる親父に、その答えは案外早くもたらされた。
「肉だぞ、肉!」
がやがやと宿の食堂に入ってきたのは、肉なんて普段関係のない農夫の人たちだった。
「なんだよ、肉って。狩人のお二人が先週魔物を狩ってけっこう置いてってくれただろうが」
「それがさあ」
もったいぶる男の鼻はぷくっと膨らんでいる。話したくてたまらないようだ。
「なんだ。早く言え!」
「深森の一行が街道に出ようとした時にさ、ちょうどハネオオトカゲが大発生してさ。いやー、身の毛がよだつとはこのことさ」
宿の親父は意外といえば意外なその言葉に、驚いてすぐには反応できなかった。どうせ偶然大きいトカゲでも狩って自慢しに来ただけだろうと思ったのだ。
「大発生って……。その時は家に引っ込んでろって狩人のあんちゃんに言われただろ、あんた」
「確かに回覧が回って来たけど、でもなあ、畑にいたんだぜ? 俺ら。それに、草原のほうを見たらさ、狩人の中に年少さんがいてさ」
「治癒師の嬢ちゃんたちと治癒師見習いの坊主だな」
あのかわいらしくてまじめな子どもたちが草原に取り残されていたら、それは自分でも思わず助けに行ったかもしれないと親父はちょっと納得した。
「けどな、違ったんだ。違ったんだよ!」
「何をそんなに興奮してるんだよ」
ついでに集まってきた町の人たちが、ハネオオトカゲを見た人たちからあちこちで話を聞いている。親父はそれを見ながら、
「集会所じゃねえんだぞ! 何か頼みやがれ!」
と怒鳴り、しかし、
「早く話せよ。気になるだろ」
と男を急かした。
「俺たちが異変に気付いたのは、もうハネオオトカゲが集まってきた後でな。草原のほうが突然明るくなったかと思うと、何かを吹き飛ばすような音がして、それで草原のほうを見るとすげえ数のトカゲがいてさ、飛んでるもんだからまるで砂煙か何かのようで」
それは少し見てみたい気がした宿の親父だったが、先が気になったので黙っていた。
「よく見ると、髪の長い年少さんがとてつもない大きな炎の魔法で飛んでるハネオオトカゲを落としてるのさあ」
「あの子、手伝いに徹してたのは、本業が治癒師じゃなく、魔術師だったからか……」
はきはきしたショウという子と違い、自分から何かをするということはなかったものの、状況をよく見て手伝いに回る、本当にいい子だと思っていたのだ。
「かと思えば落ちたハネオオトカゲに剣をきらめかせてとどめを刺しているのは、髪の短いほうの年少さんさ。後から駆け付けた坊主も、鉈のようなもので加勢してな」
男は興奮して身を乗り出している。
「もちろん、狩人のかっこいいことと言ったらなかった。導師だっけ、あの髪の長い治癒師の人も戦ってたぜ」
「そりゃあ疲れて休みたくもなるわなあ」
宿の親父は休んでいるはずの深森一行のことを思い、思わず二階のほうを見上げた。
「で、倒された魔物を解体してきてるってわけだ。とりあえず第一陣で引き揚げてきて、今は第二陣が解体作業に入ってる」
「そんなにたくさんいたのか」
「ああ。あれが町のほうに来たかもしれないと思ったらぞっとするよな」
その場にいた町の人は改めて深森一行に感謝するのだった。
ショウはさすがに疲れて昼寝をしていたが、一眠りすると元気に起きだしてきた。
本来なら旅行中は、ショウとハルが同室なのだが、疲れていたせいで、うっかりお互い養い親と一緒の部屋で休んでしまったのだ。それだけ安心して寄りかかれる相手ということなのだから、何も問題はないのだが、久しぶりでちょっと気恥ずかしかったことは確かだ。
「いや、魔力は治癒でも使ってるから、それほど大変じゃなかったけれど、剣は久しぶりだったから疲れたなあ」
そう言ってショウはベッドに座ったまま肩を回してみている。
「明日は体が痛いかも」
「まあ、言わないようにしていたが、この一週間剣の訓練をさぼってたから、仕方ないだろ」
ファルコが遠慮なくそう指摘した。
この甘い世話人は、剣のことについてだけは甘くないのだ。
「剣を振ってるのが人に見えない場所があればよかったんだけどね」
「まあな。ショウが治癒師だけでなく、剣を扱えるとなったら、興味本位で教えてくれという人が殺到しただろうしな」
「うん。でも、それよりね、治癒の技があるだけでも目立ってるのに、剣もできるとなったら、近寄りがたいと思われそうで怖かったんだ」
ファルコはそういうショウを見て、ほんの少しだけ首を傾げた。
「怖い?」
「うん。ナイジェルやロビンの背中を押すの、ほんと大変だったんだ。できる人はいいよな、自分にはとてもできないって、そう思われているようで」
ショウは肩をすくめた。終わったことだからもういいのだけれど。
「それなのに剣までできるってばれたら、あいつは特別だから、自分たちとは違うからって遠巻きにされて、全然言うことを聞いてくれないような気がして」
ファルコは肩をすくめると、ショウの頭をそっとぽんぽんと叩いた。
「わからないやつなんてほっとけばいいのに、そうできないのがショウだもんな」
「ちがいますー、女の子らしく見られたいという乙女心ですー」
ショウは照れくさかったのでちょっと唇を尖らせて反論してみた。
「どんなショウでも女の子らしいぞ」
「ファルコはそういうこと、平気で言うから困る」
ショウは思わず赤くなって手をパタパタした。困るけれど、心が温かくなって、元気が出た。
「さ、少し元気になったら、導師の部屋に行かないか」
「うん」
ショウは元気に返事をすると、ベッドからよっと起き上がった。
どうしてもみんなで話し合っておかなければいけないことがあるのだった。




