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異世界でのんびり癒し手はじめます~毒にも薬にもならないから転生したお話  作者: カヤ
ショウとハル、リク編

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ハルの気持ち

 迷いの消えたナイジェルに、ショウはさらに言った。


「それなら、この機会に、学べるだけのことを学ばなきゃ。さあ、イネスに魔力を通して」


 イネスの手が少し逃げた。


「イネス、ごめんね。でも、お願い。この町のために。ナイジェルのために」


 イネスは顔をそむけたまま、でもおずおずと手を差し伸べたナイジェルに手を握らせた。


「ナイジェル、いい? 人の体は基本的に左右対称なのはわかるね」

「ああ、わかる」

「イネスの左側の記憶は魂が忘れているの。でも右側はそのままでしょう」

「右側。ああ」

「その右側の記憶を、左側に写すよ。よく見てね」


 ナイジェルもショウも目をつぶってイネスの左右の手をそれぞれ握っている。


「右の魂の記憶を、反転させ、左側に重ねる。わかる?」

「……わかる」

「その重ねた記憶に、女神の元からエネルギーを足す。ぶれないように、丁寧に」


 イネスが少し身じろぎする。


「熱いけど、少し我慢してね。さあ、すべての形が整った。食事を取らないで弱っている部分は治せないからね。イネス、ちゃんとご飯を食べてね」


 おどけてそう言ったショウがそっと手を離す。


「完全な魂の形だ……」


 遅れてナイジェルがイネスの手を離す。離された手を、そっとイネスが頬に当てた。その手の上に、涙がぽつりと落ちた。イネスの両手が町長のほうに伸びる。


「お父さん」

「イネス、おお」


 父親に向けたイネスの顔は、傷跡など一つもなかった。町長はイネスをしっかりと抱きしめた。


「顔に、顔に跡が残っているのはうちの娘だけで。少しでも、ほんの少しでも薄くなれば、それだけでもと」

「お父さん……」


 町長だから、自分の娘でも特別扱いはできないと考えていたのだろう。それでも導師に強引に治療をねじ込んできた理由がこれだったということだ。


「娘さん、いや、ショウだったか。年少組と馬鹿にしてすまなかった。昨日の活躍も今日やったこともちゃんと知っていたはずなのに、わが子可愛さに目を曇らせてしまった私を許してほしい」

「いえいえ。大丈夫ですよ。私は治癒師です。当然のことをしただけですから」


 導師がそれでよいというように目を細めた。


「では次の人を見るか。ナイジェル、いいな」

「はい!」


 導師の言葉に、芯の通った返事をしたナイジェルは先ほどとは別人のようだった。


「すげえな」


 それを見ていたリクはそう言うしかなかった。


「怪我をないがしろにして傷跡が残っているおじさんとか、平原には結構いるけど、こんな治療見たことない。もしかしてこれはショウが?」


 はっとしてショウを見たリクに、ハルがうなずいた。


「ショウはね、最初から治癒師を目指していたから。一番最初に、『ひどくて治らない怪我』の実例として見るように言われたのが片足を怪我したレオンだったそうなの」

「レオンって、ハルの養い親だろ」


 まったく怪我をしているようには見えない。


「ひどい怪我で一時は狩人を引退していたそうなの。でも、ショウは魂の輝きをコピーして反転することをすぐに思いついたんだって。やってみたら治った。それを導師が、新しい治癒の技として柔軟に取り入れたんだよ」


 確かに、コピーして反転、重ねるなんて、現代の人でなければ思いつかないだろう。


「俺は、おんなじように治癒を学んでいたのに自分で工夫するとか思いもしなかったよ……」

「私も、魔法を学んだあとで治癒も学び始めたけれど、治癒については自分で工夫しようとは思わなかったと思う」

「治癒については?」

「魔法についてはいろいろ工夫しているからね」


 ハルも自分の得意な分野で工夫している。自分は元日本人として何か工夫をしてきただろうか。リクは考え、情けなくなった。確かに自分は任された荒れ地に、活力を取り戻す努力はしている。しかし、倒れることのないように、ほんの少しずつだ。成果は次の年になるとはっきりわかるし、それがやがて牧場や農地になると思えばやりがいもある仕事だ。


「だけど、地味なんだよなあ」


 そうして少し肩を落とした。


「リク」

「え、何?」


 ハルに呼ばれて、ふと自分の意識がそれていたことに気づいたリクは、焦って返事をした。ハルがそっとため息をついた。


「やっぱりわかってない。ショウがやっているあれを、リクも覚えるんだよ」

「え、え? おれ、治癒師専門じゃないよ?」

「それでもだよ。ナイジェルと同じ。もしサイラスや身近な人がひどいけがをした時、俺は専門じゃないからって言うつもりなの?」

「それは……」


 ぐっと詰まったリクに、ハルは静かに問いかけた。


「リクは何のためにこの町まで来たの? 私たちは、本当は深森のことだけで精一杯で、平原まで来る余裕なんてなかったくらいなのに、頑張ってやってきたんだよ」


 リクはただ、使者となったサイラスに、楽しそうだからついてきただけだった。本業は農民で、治癒の仕事は兼業だからと、治癒の仕事でさえ自分とは関係がない人が学ぶのだろうと思っていた。ロビンとかいう薬師が今日はずっとショウに叱られていて、はたから見ていても情けないと思っていたが、それと同じくらいに情けないのは自分たちなのではないかと、やっと気づいたのだ。


「もちろん、私も普通の治癒だけでなく、今やっている特殊な治癒もできるようになった。でも、私は最初からずっと魔術師としてやってきたから、ショウほど治癒の力はないの。リクはどうなの?」

「俺の力は」


 リクの力は、人を癒す力を、大地を癒すのに使っているにすぎない。


 つまり、治癒師としての力を結局は伸ばしてきたということになる。


 ということは、ショウのように、ナイジェルのように、やろうと思えば治癒師として力を発揮できるということなのだ。


 そして、自分は自分の生活を変えないままで、他の国の治癒師に頼ろうとしていたということになる。


「俺の力も、治癒なんだ」

「そうなんだ」


 ハルは責めなかった。


「もし私が、深森の人たちが困っていたら」


 深森の人たち、と言うハルの目には、少し切なさがあった。


「学べることは全力で学んで、自分の力を尽くそうとすると思う」


 毒にも薬にもならないからです、と、女神に言われたことをリクは覚えている。その時に感じたのは、お前は役に立たないのだと言われた怒りと、やはり自分はその程度なのかというあきらめだった。


 そして、結局はそれを言い訳にして、毒にも薬にもならないように生きてきたのだと思う。


 それが、自分は薬でありたいと願ったショウとそうでなかったリクとの差なのではないか。


「毒にも薬にもならないから……」


 思わず口に出た言葉に、ハルは首を横に振った。


「違うよ。ショウもそう言ってたけど、女神のことはもう忘れてもいいのに」


 頑張れって、そういうことではないのだろうか。リクは疑問に思ってハルのほうを見た。


「湖沼ではそうではなかったけれど、深森の人たちは良くも悪くもどんどんこっちに踏み込んでくる。詮索するとかそういうことじゃなくて、こっちに積極的にかかわろうとするの。そんな中で、日本にいた時みたいに、誰とも適当に距離を取って、深くかかわらないように生きていくことなんてできなかった」


 ハルがその目に思い浮かべていたのは誰だろう。


「大切な人を、大切にしたい。大切な人のいる町も、大切にしたい。平和で何にも問題のない時代なら、何にもしなくてもかまわない。でも、魔物が増えている今、自分にできることはちゃんとやりたいの。それが、守る力なんだと思う」


 そうだ、この一見おとなしく見える人は、守る力が欲しいと言っていたのだ。しかしこの世界には、リクのほしかった生産に役に立つ力なんてなかったし、人を守る魔法だってありはしなかった。


 だから工夫して、治癒の力を大地に使ってみたりしたのだ。


 それはハルも同じだったんだろうと、リクは思った。


 ハルに言われたことが、すぐに自分の中にすとんと落ちたわけではなかった。


 ただ、リクは黙って足を一歩前に踏み出した。


「俺も、治癒に参加させてもらってもいいですか」


 ショウと導師が驚いたように振り向いた。思ってもみなかったという顔だ。


「君も見習い治癒師だったか。ぜひ俺と一緒に学ぼう」


 むしろナイジェルが喜んで招いてくれた。


 リクがすぐにコピーの治癒を覚えて、ナイジェルが少しへこんだのは仕方のないことだったけれども。


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