平原へ
一方、13歳の冬を北の森で迎えたショウは、導師と共に平原に向かうことになっていた。しかし、ショウだけをファルコが行かせるわけがない。
ショウが行くならと、ファルコも護衛としてついていくことになった。当然、レオンとハルもついていくことになる。
「導師。滞在が長くなるようなら、ファルコとレオンは夏の狩りの前に返してくれ」
「承知した。平原に滞在しているだけなら護衛はいらぬからな」
導師とガイウスがそう話を決めているが、
「俺たち抜きにして決めないでくれ」
ファルコが文句を言っている。
「なら、長引けば平原にとどまるつもりか」
ガイウスの詰問にファルコはぐっと詰まった。自分が町に必要とされていることは十分わかっていることだ。ファルコは助けを求めるようにショウのほうを見た。しかしショウは無情だった。
「ファルコ。自分で決めて」
ショウだってファルコと一緒にいたい。しかし、平原はライラが飽きて飛び出すほど魔物がいないという話も聞いている。スライムさえめったに見ないのだとか。
そんななか、ショウと一緒にいても、狩りの時期になれば北の町の皆は無事岩洞で戦っているだろうかと心配することになるのはファルコなのだ。
なんとなく夏の狩りに参加していた三年前とはファルコはもう違うはずだ。ファルコは少しだけうつむいて、顔を上げた。本当は心の底では決まっていたのだ。
「夏の狩りの前には戻ってくる」
「ショウが帰れなくても?」
ガイウスは手厳しい。
「……ああ」
「よく言った!」
ガイウスはファルコの肩をぎゅっとつかんだ。
「俺も」
「私も」
レオンとハルも頷いた。
もちろん、夏の前に帰ってこれればいい。だが、もう自分たちは、一人一人が自分のすべきことを判断できるくらいには成長したのだ。この依頼は、基本的には導師とショウのものだ。ショウと導師を送り届けたら、ファルコ達はすることもない。
「まあ、長引かないよう祈ろうよ」
まずはとにかくようすを見に行こう。
そうして平原に出かけることになったショウたちであった。平原は中央の山脈を挟んで深森の真南にある。岩洞へは二週間かかるが、平原までは三週間かかるのだ。ということは、その旅の食事の手配はどうするか。それもショウの仕事であると自任している。
「ねえ、ゴルド、平原に行くには食べ物は何を持って行ったらいい?」
「俺は行ったことはないが、平原に近くなるにつれて、深森の領内でも魔物が減る傾向にあるからな。まず肉類は持っていった方が無難だろうな。もっとも、買うという手もあるからな」
普段狩りの獲物しか食べていないショウは驚いた。そうだ、確かに北の町でも狩人でなければ店で肉を買うし、何なら狩人でも店で買う。ファルコとレオンはショウが喜ぶから肉を持って帰るが、そもそも肉を持って帰らない狩人も多いのだった。
「ただし、平原内に入ったら、狩りの獲物はぐっと減るし、小さいものしかいなくなる。狩りをすることそのものが難しいかもしれないな」
「じゃあ、泊まるのも町かな」
「そもそも、平原はかなりの部分が農地に利用されてるだろ。そこでキャンプするわけにもいかないだろう。ライラはなんて言ってたか……」
ゴルドが思い出そうと頭をひねっている。そこにジーナが通りかかった。
「あんた、アレだよ、そこら辺の農家で、『納屋でいいから泊めてくれないか』って言うんだよ。どこの家にも大きい物置や納屋があるんだってねえ」
「なるほど。それか、庭にキャンプさせてくださいって言うかだね」
「まあ、そんなことしなくても、導師やあんたの黄色い帯を見たら文句なしに泊めてくれるだろうけどねえ」
治癒師はどこの町でも歓迎される。だから、確かに泊めてくれるかもしれない。しかし、湖沼に行った時はキャンプか宿の二択だったのだ。
「まあ、いくら泊めてくれるって言ったって、負担には違いないだろ。導師はあんまりそれをよしとしないタイプだからねえ」
ということは、やっぱり宿屋が中心になるか。
「ハルを迎えに行った時くらいでいいかな。獲物がないなら、お肉は慎重に使わなきゃ」
「ショウ、あんた」
ジーナはあきれたように両手を広げた。
「導師は依頼されていくんだから、道中の料金は向こうもちだろ。そんなに節約ばかり考えるんじゃないよ」
確かにそうだ。ショウは一緒にいたハルと顔を見合わせて笑った。
「それよりも平原を楽しんでおいでよ。ショウやハルやファルコみたいな人ばかりなんだろ。見てみたいねえ」
この世界では移動が大変なので、旅はあまり盛んではないのだ。ただ狩人と商人だけが、必要に応じて移動する。
しかし、ジーナのように楽しんで来いと言う人ばかりではない。夕方、ショウのうちに珍しくアウラが訪ねてきた。アルフィをつれて。
「珍しいね、二人一緒に訪ねてくるなんて」
驚いたショウだったが、二人一緒が珍しいのではなく、わざわざショウの家まで訪ねてくるのが珍しいということだ。
「ほんとは一人でよかったんだけど、夕方だからって心配してアルフィが勝手についてきたの」
「用心にこしたことはないだろ。それにショウの家って来たことなかったし」
にこやかなアルフィと対照的にアウラは憮然としている。まっすぐに向けられるアルフィからの好意に、相変わらず慣れないけれど、嬉しさもちょっと隠しきれないアウラだった。
「そんなことはいいのよ。ねえ、ショウ、せっかく平原に行って、今回は少し長めに滞在してくるんでしょ?」
「うん。治癒師を増やすお手伝いって言ってたけど」
「それならやっぱり短期間では無理よねえ。それならね」
アウラは生き生きと顔を輝かせた。
「平原の中央ではなく、南西部の町から導師に依頼が来たって父さんにきいたの。そこの店とはたまに取引があるんだけど、そこに北の町の革製品と衣類を卸してきてくれないかしら」
「え、いいけど」
「もちろん、紹介状も書くわ。でも、売れるか売れないかじゃなくてね、なんというか、ハルが来てから、この町の服も刺繍が入ったりしてだいぶ流行が変わったでしょ? それに平原の女の子たちがどう反応するか知りたいのよ」
つまり、商品を卸すだけでなく、売っているところを見てほしいということだろうか。
「それならハルに頼んだらいいよ」
「ハルに? そういえばそうね」
「え、私?」
いいことを聞いたと顔をぱあっと明るくするアウラだったが、ハルは戸惑っている。確かにハルはただくっついていくだけのつもりだった。さて、追加の服売りの仕事はどうなるのか。
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