リクの力
それからすぐに町の教会というところに連れて行かれ、試しの儀をというのを受けさせられたリクは、
「この子は魔力量も充分だし、癒しの適性も高い。できるなら治癒師への道を進むべきですな」
と言われ、ポカンとしてしまった。
「なあサイラス、癒しの力や、魔力は、農業になんか役に立つのか」
その質問に帰ってきた答えは否だった。
「何の役にもたたん。が、せっかく力があるんだから、湖沼に行って魔術師になるという手もあるし、教会に通って治癒師になるという手もあるぞ」
「なんにせよ治癒の勉強には来てもらわなければなりませんがね」
治癒の適性が高い者は、兼業でもいいから必ず治癒の勉強をし、何かあったら治癒の仕事をしなければならないのだそうだ。
「いつでも頼まれたら無償で治癒を行う。その代わり人々は教会に寄付をし、治癒師はきちんと手当てをもらう、か。善意をもとにした考え方なのに、なんか合理的だね」
「合理的? そんな風に考えたこともなかったな」
教会からの帰り、二人でそんな風に話しながら町を歩く。町に住んでいる子どもは午後は毎日のように教会に集まり、文字や計算を習うのだという。午前中は皆家の手伝いをし、家業を学んでいく。
「今日は馬車だが、慣れてきたらラクを貸してやるから、馬で町まで行き来するといい」
「でも、手伝いは?」
「ほかの皆と同じだ。午前中にすればいい。うちの仕事は朝が早いからな」
馬に乗って学校に通う。なんだかわくわくする。町の看板は読めるし、字も書けそうな気がするので、どうやら読み書きは最初からできるようだから、きっと主に治癒の勉強をすることになるのだろう。
「もちろん、学校が終わってもあまり遅くならなければ町のやつらと遊んできてもいいんだぞ」
「いまさら友だちとか、いい」
「まあ、そうしてもいいってことだけ覚えておけばいい」
そうやってこの世界のリクの生活が始まった。
まず早起きして、ハクとラクを外に放し、その間に厩の掃除をし、干し草を用意する。牧場には丘から湧きだす大きな水場があって、馬も牛もそこで自由に水を飲んでいるらしい。ここも一日一回は見に行って、不都合がないか確認する。
牛舎は用意されているけれど、冬もそこまで寒くないこのあたりでは、牛は一日中外で過ごす。天気が悪い時には勝手に集まって屋根の下で過ごすらしい。朝になると、乳の張った牛だけが自分から乳を搾ってもらいにやってくる。
そのころになると、大きな馬車が乳しぼりの娘さんや奥さんたちを連れてやってくる。奥さんたちはにぎやかに牛の乳を搾って帰っていく。
絞った乳は、サイラスがバター工場に運んでいく。
サイラスは、丘のやせた土地を放牧場に変えては、それを酪農をやりたい人に譲り渡していくのが仕事だという。
「誰も使えなかった土地が、少しずつ活用できるようになったんだ」
そう自慢げに言うサイラスは、牛の世話が終わると、今手掛けている荒れ地を、牛が歩きやすいように整備しに行く。
リクが知っている酪農とも農業ともまったく違う仕事をしているのだ。
町に行っていない時は、リクはそんなサイラスについて歩く。小さいながら鉈を与えられ、荒れ地の藪などを刈っていても、自分が役立っているような気はまったくしないのだが、それでもサイラスが楽しそうだからいいのかなと思う。
「サイラスはさ、子どもをなくしてから、ずっと偏屈に暮らしていたからねえ」
町の自称親切な人たちが、頼んでもいないのにリクに教えてくれるのだ。
子どもをなくした、ということは、町の人に聞いてもごまかされるのだが、あの屋根裏部屋は、きっとその子どもの部屋だったんだろうな、と思う。リクが後で引き出しを見たら、小さい服から大人の服まで揃っていた。
その子どもの代わりなのかなと思うと少し胸が痛いような気もしたけれど、代わりになってサイラスが元気ならそれでいいと思うくらいには、リクはサイラスに心を預けるようになっていた。
サイラスとあちこち回るのも楽しかったが、意外だったのが治癒の勉強が楽しかったことだ。魂の輝きという考え方を理解するのに随分時間がかかったけれど、一度理解できたらそこからは早かった。何より魔力さえなくならなければ、女神の元からいくらでもエネルギーを持ってこられるというのが愉快だった。
そしてある時気づいたのだ。魂のエネルギーが、植物にも、土にもあるということを。
それに気づいたのは、サイラスと、サイラスが来年から整備しようとしている新しい荒れ地を下見に行った時のことだった。
「なんかここ、暗いね」
「確かに藪の中は日は差さないが」
「そうじゃなくて、こう」
なんと言ったらいいのか、リクは目を細めてよく周りを観察してみた。
「活力がないんだ」
働きすぎて疲れている町の人みたいに。怪我をして弱っている人みたいに。
「ということは、もしかして荒れ地も癒せるのかな」
一人でそうつぶやくと、リクは地面に手を当てた。
「要は女神の元から、土にエネルギーを持ってくればいい」
女神とつながり、そのエネルギーを土地に持ってくることはできた。しかし土地は広く、エネルギーをいくら持ってきてもきりがなかった。
サイラスがふとリクを振り返った時には、リクは倒れていた。
「リク? リク!」
慌てて町の教会まで連れてきてみると、魔力切れだと言われた。
「魔力が切れるほどいったい何をしたんだ、リクは」
「わからないんだ」
「まあ、起きるまではこのまま、起きたら栄養のあるものを食べさせて、魔力切れになるようなことをさせないことだよ」
目を覚ましたリクはサイラスにしこたま怒られ、事情を話すとさらに怒られ、二度と無茶をしないように誓わされた。
だからリクは二度と治癒の力を土に使ったりはしなかった。次の年に、あの荒れ地が緑あふれる場所に変わったことに気づくまでは。
「俺の力は、土地を豊かにすることができるんだ。これがきっと女神の授けてくれた力にちがいない」
「リク」
「お願いだ、サイラス。前みたいに無茶はしない。だから、どこかの荒れ地を俺に預けてくれないか。少しずつ、少しずつなら倒れずに土地を癒せると思うんだ」
「お前……」
しかし、多すぎるエネルギーは偏りを生むことを、そして魔物をひきつけてやまないことをリクは知らなかったし、サイラスにしろ遠い伝承として頭の片隅で理解しているだけで、リクが誤った方向に走り出していることには気がつかなかった。
そしてその影響は確かに出始めていたのだ。ほんの少しだが、魔物の増加という形で。
月木は「転生幼女」、金は「異世界癒し手」、水は「ぶらり旅」でしばらく行きたいです。
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