ハル、動く
ではこれからどうするか。
「ショウとミハールの話を詳しく説明して、魔術院長に納得させ、自制を促す、っていうのが理想だろ」
レオンはこともなげにそう言った。ハルはうつむいた。ハルの話を面白そうに聞いていた教授たちが、次第にあきれたものになっていくさまを思い出したからだ。
「今回はショウもいる。二人を別々に引き離して、話の整合性を確認すれば事実だとわかるだろう。曇りのない気持ちで見れば、だが」
導師はそうは言ったが難しい顔で腕を組んだ。
「だが、それでどうする。フィーアという娘は助かるかもしれない。しかし、すでにおとりといううまいやり方を見つけた魔術師たちが、本当かどうかもわからない話でそれをやめるか。どうやらこの国すべてがおかしな方向に行っているわけでもない。自分の国の子どもでさえ大事にしないというなら、それを裁くのはこの国の者であるべきだろう」
「確かに、俺たちだって他国の者がやってきて狩りのやり方に文句を付けたら腹が立つことは確かだな」
導師の言葉にファルコが答える。
「ライナスには悪いが、私たちにできることはハルを深森に連れていくことだけだ。ただ」
導師は優しくライナスを見た。
「深森の新しい治療法を学びたければいつでも深森に来るがいい。湖沼にもその技術を持つ治癒師がいたほうがいいだろうからな」
「導師……ありがとうございます。必ず行きます」
ライナスは忙しさを言い訳にせず、必ず行こうと誓ったのだった。いつでも深森の治癒師が来てくれるわけではないのだ。湖沼の問題は、湖沼で。人のせいにせず、治癒師は治癒師のできることをしよう。
「では明日はショウの言うとおり、ハルを引き取る挨拶とともに、ハルの成果をなるべく持ち帰って来たいが、まあ期待しないで待っていてくれ。約束は朝いちばんだ。話は午前中で終わるだろう。また買い物でもして、明後日には深森へ旅立とうか」
導師がそうしめて終わろうとした。
「あの」
ハルが声を上げた。
「昨日、私の狩りに参加した回数を知りたいって、そうショウが言っていたけれど」
「そうだが」
「それは」
ハルは喉が詰まってちょっとせきをした。それでもこういった。
「もしかして、狩りには報酬が出るからですか」
「その通りだ。ショウも見習いであっても治癒師としての給料は出ている。魔術師であったなら、見習いであっても狩りに参加すれば何らかの報酬は出るはずだからな、そうだな? ドレッド」
「うむ、正直いくらだったか興味がなかったので覚えてもいないが、成人して独り立ちするころにはかなりのお金がたまっていたと思う」
ドレッドは幼いころから魔力量が多かったので、主に14歳を過ぎてからだが、狩りにはよく参加していたのだ。
「それに気になっていたのだが、学院にいる以上、衣食住だけでなく、多少の手当ても出るだろう。国からの仕送りが全くないものもいるからな。それに、ちょっとした小遣い稼ぎをあっせんする仕組みがあったと思ったが……」
ドレッドの言葉にハルは首を横に振った。
「手当のことは知りません。でも、小遣い稼ぎはしたかったから、暮らしに慣れたころ聞きに行ったんです。そしたら、狩りに参加するくらいの力があるのに、見習いのアルバイトを取るのかと言われて、紹介してもらえなかったんです」
「何ともそれは……」
「今思えば、おかしかったってわかるんです。でも、今までの暮らしと違いすぎて、何が正しいのかわからなかった。自分が間違っているかもと思ったら何も言えなくて、もう、とにかく20歳になるのを待とうって、それだけ考えて暮らしていました」
ハルはそういうとうつむいた。しかし、すぐに顔を上げると、
「でも、私は孤児だったとしても、本当は養い親をもらえて、そしたら多分狩りには出ずに済んで、出たとしてもちゃんと手当てをもらえたはずだったんですよね?」
と聞いた。皆うなずいた。
「それなら、明日私も院長に会いに行きます」
その決意に皆が驚いた。昨日今日のハルを見ている限り、元気になってきてはいたもののそこまでする勇気があるとは思えなかったからだ。
「でもね、院長に会えばつらい思いもよみがえっちゃうよ。もしかしたら、また狩りにでろとか、恩知らずがとか、ひどいこと言われるかもしれないよ」
ショウが心配そうにそう言った。ハルはショウを見てほほ笑んだ。それを見て後ろでレオンがふらふらと立ち上がろうとしてファルコに肘打ちされている。
「一人じゃないもの」
ハルはそういって導師をしっかりと見た。
「怖くなったら、導師の後ろに隠れます。何も言えなくなったら、導師に任せます。つらい思いをするかもしれないけど、帰ったらショウがいて、レオンがいて、つらかったって言ってたくさんおやつをもらって、そして逃げ出したらいいんだもの。そうでしょ、ショウ」
ショウはしっかりとうなずいた。
「そうだよ。これだけ大人がいるんだもの。守ってもらってさっさと逃げ出そう」
他力本願は悪いことではないのだ。
「それではハル、院長に会って言いたいことは何だ」
導師の言葉に、ハルは、
「お世話してもらったお礼です。それから卒業の挨拶」
と答えた。ショウがうんうんとうなずいている。相手がだれであっても、区切りはつけるべきだもの。皆はそんなものいらないという顔をしているが。
「それから狩りの報酬と、卒業資格です。働いたんだもの。報酬が出るなら、もらっておかなくちゃ」
それは全員がうなずいた。
次の日の朝、ついていくというレオンを置いて、導師とハルは二人で学院に出かけて行ったのだった。
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