大事なもの
「お前さん、大丈夫かい、怪我もしてるんだろ?」
「は、はい、大丈夫、ショウがかばってくれたから……」
「なあ、お前さん、急にこんなこと言われたら何かと思うかもしれないが、養い親がいないんなら、うちにどうだい?」
「え、あの」
ハルは戸惑った。
「うちでもいいよ。こんなかわいい女の子なんてさ。うちは男の子だったからねえ」
「うちは女の子だったからね、服もいっぱい残ってるよ」
周りの人から次々と声が上がった。
「これが普通なんだよ、ミハール、本当に落ちたところが悪かったんだな」
レオンがハルの頭をぽんぽんと叩いた。
「悪いが、この子と同郷でね」
レオンはショウを指さすとこういい、
「そのよしみでうちが引き取ることになってるんだ」
「いいさ、仲良しのようだからねえ。一緒ならきっと大丈夫だよ」
周りの人もうんうんとうなずいた。
「それにしても、テリーは愛情深くていい子だったのにねえ。ちょっと変わったかい?」
「最近魔術師の奴らはみんなあんな感じさ。なんだかカリカリして、自分勝手でさあ」
「自分勝手は前からだろ?」
「違いない」
「ははは」
そうして騒動はうやむやに終わってしまったが、ショウは買い物をあきらめる気は毛頭なく、落ち込んだハルを引き連れてあちこち回ったのだった。そしておいしそうなにおいのする食堂に落ち着いた。
「しょうがないなあ」
ショウはやれやれと肩をすくめた。
「フィーアだっけ? けがをしたのはミハルがいなくなったからじゃなくて、魔術院が悪いからでしょ」
「うん。わかってるんだけど」
「犯人を間違っちゃだめだよ。街の人までおかしくなってなくてよかったよ、ほんとに」
「うん」
ほんの少し元気になったようだ。
「ショウ、まあそう言ってやるな。頭ではわかっていても、心が追い付かないんだよ」
「おお、レオン、いいこというねえ」
ショウはまともなことをいうレオンににやりとした。
「なあ、ハル」
「はい」
珍しくファルコが話しかけた。
「俺はショウが大事だ」
「ちょっと、なに?」
ショウがぱたぱたと顔の前で手を振った。うれしいけれども、わかっているけれども照れくさい。
「けどな、ショウの代わりに誰かが傷つけばいいなんて思わない。ショウより小さい子供だったら、なおさらだ」
ショウはうんうんとうなずいた。
「だってさ、ほら」
ファルコはもう少し何か言いたいようだが、なかなか言葉が出てこない。
「俺はショウが大事だから」
もう一回そう言った。ハルは目を大きく見開いて、ファルコをじっと見ている。
「だから、そんな、小さい子を傷つけるような勝手な人間が、ショウにふさわしいとは思えないから。そういうことちゃんと考えるの好きじゃねえんだが」
ファルコはそっと胸の上のほうを押さえた。
「ここに何のわだかまりもない気持ちで、いつでもショウのそばにいたいんだ。だからお前も。ハル」
「はい」
「落ち込んでもいいから、進むべき道は、自分の大事なものに恥じないかどうか、自分のここに相談するんだ」
大事なもの。この世界では何もなかった。ハルの隣に座ったショウが、ハルの手をポンポンと叩いた。
「まずは自分だよ。大人として生きていた自分を誇りにしようよ」
そう言い聞かせるショウに、レオンが厳しい顔でこう聞いた。
「大人として、ってどういうことだ」
ショウもハルも、今のハルのように大人のように働かされていたのなら、それはどんな国だったんだということになる。
「ああ、レオン、心配しないで。故郷の事情は後で話せる時が来たら話すから。ファルコも」
ショウはファルコにも安心させるようにうなずいた。深森の町の養い親も、その周りも、ショウの事情をほとんど聞いてこなかったのだ。今、ショウがここにいる。それでいい、みんなそう思っていたのだ。
おひさまのようなショウ。ハルはそう思った。できるだろうか、自分に。
「まだあと180年くらいあるよ。ゆっくりいこうよ」
ゆっくり。ここから始める。それでも、自分の中には社会人として培った5年間がちゃんと残っている。できなくても、できるようになった5年間が。自分で自分を養ってきた5年間が。
ハルの自信のない大きな目に、光がともった。向かいに座っていたファルコもレオンも、それに気づいた。
その時、料理が運ばれてきた。
「さ、お昼がきたぜ」
「わあ、やっぱり時間をかけた料理はおいしそうだね」
湖沼名物のアカハライワトカゲのシチューだ。黒い体で腹側だけ赤い湖沼特有のオオトカゲだが、トカゲには珍しく肉が固い。しかし、煮込むとほろっと崩れる味わい深い一品となる。レオンはフォークに少しだけ肉を取り分けると、ふうふう冷ました。
「ほら、ぼーっとしてないで、あーん」
「え?」
「あーん」
思わず口を開いたハルに、レオンがその肉を入れる。寮でもよく出たそれは、ここでは味付けも違ってすごく柔らかいとハルは思った。
「おいひい」
「な? じゃ次」
「ええ?」
「レオン、自分で食べさせなよ。困ってるでしょ」
「ショウ、あーん」
「あー、もう、この二人、何とかして!」
両手で頭を押さえて突っ伏すショウに、食堂から笑い声が起きる。
「気持ちはわかるがそろそろお年頃だぜ、ほどほどにしないと嫌われるぜ?」
隣の席から笑いを含んだ声がかかった。気持ちはわかるんだ、とショウがぶつぶつ言っているが、レオンとファルコは嫌われる、という言葉にハッとして姿勢を正した。
「おじさん、ありがとう」
「なに、どこの親もそんなもんよ。そしてお父さんほっといて、って言われるんだよなあ」
「ははは、ですよねえ」
その後は何もなく食事は終わり、午後はゴルドさんに沼ナマズの干物を買った。ハルもお財布を握りしめて、沼ぶどうのほしたやつを買っていた。
そうだ、自分なら働く機会さえあればちゃんと稼げる。大丈夫なんだ。ハルはまるで就職が決まった時のように、明日に向けて期待に胸を膨らませた。




