旅立ち
慌ただしい旅立ちだが、導師にはよくあることで町の者も教会の治癒師たちも慣れていた。
ショウは出発の前日一日で、ゴルドさんから旅の賄いのコツを聞き、町を駆け回って食材を集めていた。ジーナからクロイワトカゲも分けてもらう。余ったら余ったでいいし、おそらく途中で狩りもするだろう。
もしかして食材は増えて帰ってくるかもしれないけどね、とショウはにやにやした。この旅のメンバーで狩りをしないことはないだろう。そうだ、湖沼の食材も買ってこなくては。
「ゴルド、湖沼で買ってきてほしいものはある?」
「む、そうだな、沼ナマズなど、湖沼の魚があると嬉しいが。時間があったらでいいぞ」
「わかった。ジーナは?」
「子どもが心配するんじゃないよ、そんなこと。湖沼ではね、沼ブドウが子どもにはおすすめさ。おやつなんかも見ておいで」
「うん。沼ブドウの干したやつは前にもらったことある」
「それそれ。お小遣いはあるのかい?」
「だてにスライム狩ってないからね」
ショウは胸を張った。
「そうだね、無駄遣いするんじゃないよ」
「はーい」
最後に菓子屋に寄っておしまいだ。お菓子なんてバカにするけど、いざ食べ始めるとたくさん食べるんだ、大人の男の人ってさ。たくさん買ってちゃっかりと経費に含めたのは言うまでもない。
そうして予定通りの日程で旅だった。
「野宿が多くなるの?」
ショウは御者席にレオンと並んで座った。御者は交代でする。
「野宿の方が多いが、せっかくだから小さい町にも寄って、治癒の仕事もしていくかって導師は言ってたぞ。そうしたらショウも賄いはしないですむが、治癒師の仕事が忙しくなるな」
「賄いは慣れてるからいいんだけどね。他の町に行くのは楽しみだね」
岩洞に行くときはたいてい野宿だから、大きな天幕を張ってみんなで寝るのも楽しいのだが、お風呂がないのはつらかった。いや、大きな桶を持っていけば水は魔法で出せるから、いいんじゃないかな。ショウは心のメモに「風呂桶」と書き込んだ。ショウのポーチは小さいから入らないが、誰かが持ってくれるかもしれないし。
北の町から東に向かって街道沿いを下っていく。この旅は朝が早い。魔石のコンロを使って温かいお茶を入れたら、食べるのはパンと果物だけだ。早いうちに出て、お昼過ぎには止まる。そうして、遅い昼ご飯を食べたら狩人たち4人はさっそく狩りに出る。
それをショウはちょっとあきれて見送るのだった。
「セイン様、本当はもう少し距離を稼げるのでは?」
「無理をすれば、馬車でも10日ほどでつくだろうよ。しかし、ポーションで治らなかった傷に、時間はあまり関係ないだろう? いざ向こうについたときに、こちらが疲れきっている方が問題だ」
「そうですねえ」
「それよりファルコもいないことだし、ほら」
導師は両手を広げた。まるで浮気のようだなとおかしくなりながら、ショウは導師にふわっと抱きしめられた。
「もう持ち上げられなくなったなあ。大きくなった」
そうしてショウを堪能すると、満足して離してくれた。
「夕食の時間まで時間があるから、ちょっと周りでスライム狩ってくるね!」
「お小遣いなど十分に稼いでいるだろうに。私は馬車の傍にいるから、目の届くところにいるのだよ」
「わかった」
旅の楽しみと言ったらスライム狩りだ。町のそばの岩山でも日々スライムは発生しているが、毎日年少組が狩っているからか数はそれほど多くない。それにショウも13になって、そろそろもっと年下の子どもに譲らなくちゃいけないことも出てきた。
だからこうして人の手の入っていないところで狩りをするのはよいお小遣い稼ぎなのだ。
そしてファルコに教わって剣も上達したが、未だに棒を使ってスライムを狩っている。導師はのんびりとショウを眺めた。人を癒すことに情熱が衰えたことはないが、こうして昼間から何もせずにかわいい子どもをのんびり眺めていられるこの時間はかけがえのないものだ。
ちんまりと座ってスライムを棒でつついていた子どもは三年間でするすると背は大きくなったが、まだまだその頬はプックリとしてあどけない。少し遠く離れたショウの顔までは見えないが、そのかわいらしさを思い出して導師はにっこりとした。いや待て、少し離れすぎではないか。
その懸念は当たった。馬車の置いてあるところは街道沿いの開けた場所だ。しかし、いつの間にか草原によくいる黄褐色のハネオオトカゲがショウの傍に寄っているではないか! しかもショウのからだの半分ほどもあるものが二匹!
導師はあわてて横に置いていた剣を持って駆け付けようとしたが、トカゲに気づいたショウはすっと立ち上がると、腰にさした剣を抜き、ザシュッ、ザシュッと一太刀ずつで倒してしまった。
導師がたどり着いたときは、ショウはにこにこして解体しようとしていた。
「ハネオオトカゲ。熟成しなくていいから、今晩さっそく食べられるよ!」
「ショウ……」
「セイン様?」
お前はまったく、食べることについては本当にためらいがない。ファルコの三年間の剣の訓練も、しっかり実を結んでいた。本来なら、もっと周りを見ろと叱るべきところなのだが……。
「そうだな。私は火にあぶって食べるのが好きだ」
「もものところを串に刺して、下味をつけておこう」
そう言ってせっせと解体して夕ご飯の下準備をするショウをさて、今度は私が護衛しようか。一人前の狩人に対するそれが礼儀だろう。導師は剣を腰にさし、ゆったりと周りに目をやった。




