治癒師の怒り
「子どもを狩りに連れて行っただけでなく、目を離すとは何事ですか!」
さすがに街の教会に運び込まれたハルの容体を見て、治癒師は青筋を立てた。
狩りをするといっても、狩人と違って魔術師は遠距離攻撃だし、集団戦だ。そもそもけがをしないように戦う。だからこそ、湖沼の治癒師は主に街の人を見るのが仕事で、魔術師の、しかも子どものけがを見たのはこれが最初だった。
「親はどうしました!」
物静かな治癒師が怒りの声を上げる。連れてきた魔術師たちはお互いに顔を見合わせる。この子どもに誰もまったく興味がなかったのだ。だから、懸命に思い出す。そう、確か、
「その、孤児で」
「養い親は!」
「し、知りません」
「では知っている人を連れてきなさい!」
魔術師たちはともかくも学院の院長に連絡した。
「厄介事ばかりを……」
そもそも、魔術院の前に捨てられていた嘘つきの子だ。魔術院においてやっただけでも感謝してほしいくらいなのに。平原の奴らの尻拭いとは、面倒な。
そうため息をつく院長だったが、仕方なしに、執務が終わってから教会を訪れた。
「私が一応この子を預かっていることになっているが」
今まで何時間も何をやっていたのだという言葉を治癒師は飲み込む。
「治療が遅かったために、治りが悪い。何とか右足は治るでしょうが、右腕に不自由さが残るかもしれません」
「立っていられて片手が使えるなら、この子はまだ役に立つだろう」
院長はほっとしてそう言った。このまま厄介者にならなくてよかった。それが伝わる院長の態度に治癒師は衝撃を受けた。心配もない、反省もない。そんなところに子どもを返すわけにはいかない。
「そういうことでしたら、この子どもは魔術院には返しません」
治癒師はそう言った。
「何を言う。私が預かっていると言っている」
「孤児に養い親を与えもせず、年少組の年齢で危険な戦闘に出す。治療が間に合わないほど放置する。魔術院長」
治癒師は魔術院長を静かに見た。
「面倒を見きれないのならば、最初からなぜ街のものに預けなかったのですか」
「それは、膨大な魔力持ちだったからだ。強い魔力持ちは魔術院。当然だろう」
「魔術院に行くかどうかは本人と親が決めることです。魔力があっても別の暮らしを選ぶ者もいる。魔術院には親に当たる人がいない。街で養い親を探します」
「それは困る。いまや魔物の狩りにはこの子が欠かせないのだ」
「おとりとしてですか」
「そうだ」
「話にならないな」
治癒師はこれ以上物をいう虚しさに口を閉ざした。ただし言っておかなければならないことがある。
「この肩と鎖骨の部分については、今深森で画期的な治療が行われていると聞きます。おそらく夏の狩りも終わった頃でしょう。かの国の導師を招いてこの子を見てもらうつもりです」
「そこまで手間をかけなくても」
「どんな親でも養い親でもする当然のことです。預かっているというのであれば、謝礼のみ用意願います」
「しかし」
もちろん、どんな治療でも無料だ。しかし国をまたいで旅をしてくる治癒師には、移動の費用も含めてきちんと経費を払う必要がある。
この治癒師は若いが、深森で導師に師事をしたことがあり、経験を積むために岩洞にも足を延ばしたことがある。湖沼がどれだけ閉鎖的で変わっているかは他国に行って初めて理解できた。しかし、ここまで腐っているとは思わなかった。
「このことが他の領に公になれば、この国は子どもを大切にしない国として確実に非難されますが、それでもよいのですか」
「そもそもこの子を捨てたのは平原なのにか」
「では平原に返せばよい。優秀な魔術師が手に入って感謝することでしょう」
魔術院長は黙りこんだ。湖沼の子どもなら大切にしている。この子どもだって衣食住は十分に与えた。非難される筋合いはないし、この子どもを残しても平原に返しても、特に自分たちに損はない。もっとも効率的に狩りはできなくなるが。
ならば返せばよい。魔術院にいないのであれば、だれが預かろうとかかわりのないことだ。次はこの子の代わりに誰をおとりにするか……魔力量の多いものは誰だったか。魔術院長はすでにハルに興味を失っていた。
「ではそうするがよい」
「ではそれまではこの子は教会で預かります」
こうして、ハルは教会預かりとなり、やっと平穏な、そして空虚な日々を手に入れるのだった。
治癒師はため息をついた。もともと魔術師が評価される国だった。少しでも外に出れば、その強さも、魔法にのみ頼った狩りの仕方も効率がよいとは言えないとわかる。いや、国内にいても狩人と共に闘っていればわかることなのだ。
閉鎖的でも、病やけがを放置しない国であり、他国に迷惑をかけることがめったにない国だからこそ、魔力の多い若者を受け入れ、訓練する国として四領の一角を築いてきた。しかし、最近の迷走ぶりは目に余る。
急に狩人をたくさん呼んでみたり、かといえば魔術師だけでやろうとしたり。
平原も何やらきな臭い。できれば深森に行って、導師のもとで改めて学び、気が荒くても腹に何もない狩人の間で暮らせたらどれだけよいか。しかしそもそも治癒師のなり手が少ない故郷を見捨てられもしないのだった。
「ちょうどドレッドが来ていたはずだ。彼のパートナーは深森の狩人だった。思い切って頼んでみよう」
ドレッドは深森に行くようになってから、よく治癒師の元を訪れるようになった。そして、
「体の調整を」
と言って、疲労がたまったり怪我がひどくなったりする前に体の調子を整えていく。それは導師のもとで学んだ懐かしい治療で、その時に深森の話をぽつぽつと聞いたのだった。それは彼の美しいパートナーも一緒だった。確かライラと言ったか。
治癒師はすぐに街に使いを出した。放っておいても2、3日後には顔を出すだろうが、導師に来てもらうなら、少しでも早い方がいい。
ドレッドは彼の美しいパートナーを連れてすぐにやってきた。
「孤児と言うことだが、名前はわかるか」
「確かハルと」
ドレッドはライラと顔を見合せた。ハルだと。
「ハルなら顔は知っている」
「それなら話は早い」
治癒師はほっとした。
「会ってみたいわ」
「眠っているだけですが」
「それでもいいの」
ライラはドレッドを連れて、ハルの寝ている部屋に入った。
「ショウ……」
「改めて見てもやはり似ているな。去年からだいぶやせたように思うが」
ライラはハルと言う子どもの髪をそっとなで、ドレッドは眉をしかめてそう言った。生き生きとして走り回っているショウと、見た目は同じなのになぜこんなに疲れ果てた顔をしているのか。去年は元気だったではないか。
そうしてハルをせつなげに眺めているこの人たちにならこの哀れな子を任せられると、治癒師はその時そう思ったのだった。
「その通りです。治癒のために体を見ましたが、治りきっていない怪我や、ポーションが十分でなかったと思われる傷跡も多いです。もちろん、やせ過ぎです。魔術院にいる以上待遇が悪かったとは言いません。しかしこの子には養い親がいない。誰も大切にしてくれる人がいなかったのです」
治癒師は思わずその思いをぶつけた。
「なんとな。孤児でも魔術院に入り衣食住を十分に与えられて、特別扱いをされてあまえていると、そう思っていた」
「特別扱いはされていたでしょう。この子の仕事は狩りのおとりだそうですから」
ドレッドは驚いて振り向いた。
「おとりだと?」




