小さな癒し手たち
リクは嬉しそうに話してくれた。
「俺たちがあんなに苦労したアカバネザウルスを一閃だ。弱っていたとはいえ、見事なものだったよ」
「それで私は助かったんだね。でも、セイン様は……」
ハルは首を横に振った。
「ショウは治癒を始めてすぐ倒れてしまっていた。でも倒れた時には、様子をうかがっていた治癒師と薬師が待ちきれずもう到着してて、すぐにポーションもありったけ使って治癒が始まった」
「それなら、どうして?」
けがをしてすぐに治癒をしたのなら、なぜ腕と足は戻らなかったのか。
「損傷がひどすぎたんだ。俺たちカナンの町の治癒師にはわからなかったけど」
リクはアルフィを見た。今度はアルフィの番だ。
「導師はもしかしたら、あの瞬間、一度亡くなっていたかもしれないんだ。それほどひどい損傷だった」
体の一部がちぎれ飛んだ衝撃だ。死んでいてもおかしくなかったという。ショウは思わず片手を口に当てた。
「おそらく、ショウの治癒が命をつなぎとめた。そしてその後の町の人の懸命な治癒が、残った命が流れ出るのを食い止めたんだよ。だけど、失われた手足までは戻らなかったんだ」
アルフィの言葉は淡々と事実だけを述べていて、悲しみも苦しみも込められていない。だが、導師のことを、ただただ父親のように慕っているショウよりも、毎日一緒に治癒師として過ごしているアルフィのほうが、よほどつらいに違いない。
「けれど、ショウ」
うつむいていたショウは、アルフィの言葉に顔を上げた。
「今この瞬間に、俺とショウがカナンにいることに、感謝しよう」
アルフィの目は、俺たちにならできるだろうと言っていた。アルフィがショウの手を握った。最近忘れていた、アルフィの治癒の力が流れ込んでくる。ショウの治癒の力とよく響きあう、穏やかで温かい治癒の力だ。
「アウラを治癒したとき、そろっていたものが、ここにもある。同じだけの治癒の力、同じだけの豊富な魔力量、そして、俺たち二人とも導師をよく知り、敬愛していること」
「うん。うん」
ショウはアルフィの手を握り返した。
「ショウの治癒は理論上は四肢の欠損を癒すことができるはずだ。ただし、俺はやったことがない」
「私もやったことはない」
ハルとリクが不安そうに身じろぎしている。
「カナンの人たちは皆、命が助かっただけで十分だなんて話をしてる。それはその通りなんだけど、俺は納得はしていない」
「うん」
「導師なら片手片足でも、治癒の仕事を辞めようとはしないだろう。ならば俺たち弟子にできることはなんだ」
「導師が、治癒の技を存分に発揮できるように、治癒すること」
再会してから初めて、アルフィは晴れ晴れと笑った。
「導師はまだ目を覚ましていないんだ。ショウも休んで、早く体力を取り戻しておいて」
「うん。じゃあ、ハル」
今まで黙って成り行きを見ていたハルが、急に声をかけられて慌てている。
「お茶のお代わりと深森のお菓子、もらってもいい?」
「うん!」
できることがあることは素晴らしいことだ。ハルは座っていたベッドから元気に立ち上がった。
「さて、ドアの向こうでじりじりしている人も呼ぼうか」
「やっぱり?」
ショウはうんざりした顔をしたが、心は弾んでいる。
「俺は導師に付き添うから。また食事の時に」
「ありがとう、アルフィ」
アルフィは口に人差し指を当てると、そーっとドアのところまで移動した。そしてドアをさっと開けた。
どさどさっ。
「もう、ほんとに」
ショウはあきれるしかなかった。折り重なるように倒れていたのは、ファルコとレオンとそして。
「サイラスまで……。俺は何ともないのに」
「レオンもでしょ。私も話に参加してただけなのに」
これが日常である。久しぶりにショウは、息を深く吸えたような気がした。
導師の様子も見に行きたかったが、導師の治癒にちゃんと取り組むなら、まずショウ自身の体調が万全でなければならない。魔力を使い切っただけでなく、三時間近く魔物と戦っていたショウは、自分で思っている以上に疲れ果てていた。
「起きた時明るかったから、ほとんど夕方になってたとは思わなかったよね」
「ほぼ丸一日寝てたんだぞ。皆心配していたんだ」
ファルコはもっともらしいことを言ってショウに付き添っているが、他の人のことなんてたぶん見ていない。自分が心配していただけだろうとショウはおかしくなった。
「ちょっと体を起こしていたい」
「ダメだ。寝てないと」
ショウはさっき食事をしておやつまで詰め込んだ後、何となく具合が悪くてまたベッドに寝転がっていた。が、それはおそらく食べすぎだろう。さすがに寝すぎて背中が痛くなってきた。
「ファルコに寄りかかることにするから」
「それならいい」
ファルコはさっと意見を変えると、いそいそとショウを起き上がらせ、自分もベッドに乗り上げて、ヘッドボードによりかかり、ショウを抱え込んだ。
季節は夏だ。ちょっと暑いんだけどなあと思いながらも、背中から伝わる体温に癒される気持ちがした。
昨日、自分たちが逃がしたアカバネザウルスがショウを襲おうとしているのを見た時、ファルコはどんな気持ちだっただろうと思う。
なんとか倒しても、そこに見たのは導師と一緒に倒れていたショウだ。
大丈夫だ、ただの魔力切れだと言われても、心配でおろおろしていたことだろう。
それでも、そのことについて何も言わず、こうしてただそばにいてくれる。
温かい。
いや、重いな。
背中から、すーすーと規則正しい寝息が聞こえる。
一晩中起きていたんだろうな、と、おもわずふふっと笑ってしまった。
「ん、ショウ」
それでファルコが起きてしまったようだ。
「ファルコ、ちゃんと寝よう」
「ショウ」
そんな不安そうにしなくても大丈夫。
「そばにいるから」
「それならいい」
ずるずるとベッドに伸びたファルコのお腹に、冷えないように肌掛けをかけて、とんとんと叩く。
「夏の狩りの時みたいだ」
ファルコは半分目を閉じている。
「うん」
「ショウがいなくて、寂しかったんだ」
「うん」
とんとんと。自分で起こした優しい響きは、ファルコの目だけでなく、ショウの目も閉じさせた。ショウの手がぱたりと落ちて。
二人で、夕ご飯の時まで眠り続けたのだった。
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