それぞれができること
町の人たちのやるべきことは、魔物が来たときに決して家から出ないこと。
魔物があふれ、南下してくるという驚きと恐怖の情報の後、聞かされた対策が消極的なことに、町の人はかえって戸惑ったようだった。
「最低でも三日間。できれば一週間。一歩も外に出られない時のことを考えてみてくれ」
農場の人は、町にしょっちゅう買い物に行くわけではないので備蓄はある。だが、それはたいていは物置や倉庫にであって、家から出ないとなると、備蓄を家に移さなければならない。
水は、各自が飲む程度なら魔法で何とかなるが、それ以上使うならやはりたくさんためていたほうがいい。
町の小さい家ならなおさらである。
牛の放牧をしている者が、もし牛を昼も厩舎に入れっぱなしにしておくつもりならば、大量の牧草がいる。しかし、この草が生い茂る季節、備蓄の牧草はまだできていない。
「外に出しっぱなしにするしかない」
「サイラス……」
サイラスとリクのところも、乳を絞るための牛がいる。しかし、絞ってもらう人が外に出られないということは、最悪牛は駄目になってしまうということだ。
魔物にやられる可能性もある。やられなくても、放置したら駄目になってしまう。
もしカナンの町まで魔物がたどり着いたら、どんな場合でも大きな被害が出ることは間違いはない。
町の手前で止まりますように。そうでなければ町に気づかず通り過ぎてくれますようにと、町の人は祈るしかなかった。
「さ、俺たちの本気を見せる時が来たようだな」
ガーシュがそっくり返っている。
「何の本気だよ」
そして友だちに突っ込まれている。
「怖いとか草むらがいやとか言っていられなくなってきたわね。とにかく少しでも多くの薬草が必要なわけでしょ。薬師はポーションの増産に手を取られていて、薬草を採っている暇がない。そこで、私たちの出番なわけよ」
「女子はその新しい服を着たいだけだろ。その、ショウとハルみたいなやつをさ」
「それの何がいけないの?」
「いけなくは、ない」
男の子たちの目が泳いでいる。
それはそうだろう。今まで長いスカートしか履いていなかった女の子たちが、膝が見えそうなほどの短いスカートに変わっているのだから。もっとも、下にはきちんとズボンを履いているのだが。
「まあいい。さあ、みんな、いつ連絡があるかわからないから、お互いに声の届くところで薬草採取だ! では始めるぞ!」
そんな掛け声をかけなくても、始める人はさっさと始めているのだが、なぜかみんな楽しそうに散っていった。
「楽しそう」
ハルが微笑んだ。
「非日常だからね。魔物が来るなんて、子どもにとったら、こんなわくわくすることはないよ。特に男子はさ」
リクは苦笑している。
「さ、ハルとリクは訓練に行ってきて。薬草採取はもうみんな慣れているし、念のために私がついてるから」
「うん。お願いね」
「行ってくる!」
ショウはハルとリクが草原にかけていくのを見送った。
本来なら、リクは魔物が来たときは家に閉じこもっているべきなのだ。治癒の力こそ、出会ってからの訓練でかなり身についたが、魔法についてはそれほど訓練していなかった。もちろん、剣の訓練をしたわけでもない。
それでも、サイラスと共に、アンファの町で、魔物の大発生を体験し、曲がりなりにも魔物を倒して生き残ったのだ。
その胆力は何にも代えがたい。
おそらく、リクの魔法はやっぱり魔物を倒す役には立たないけれど、魔物の気をそらすのには役立つかもしれないし、何より、無理をしがちなショウとハルのサポートに入ってもらえるのが助かるのだ。
草原の向こう側で、ハルよりだいぶ貧弱な炎の壁が立ち上がった。
「すげえ」
「リク、いいなあ」
それでも男子たちが立ち上がって、うらやましそうにリクのいるほうを眺めている。
「まずこのスライムをやっつけてよ」
「そうよ」
女子に怒られるところまでがお約束よねと、ショウは思わずクスッと笑ってしまった。
そして注意深く子どもたちを見ていく。
魔物が来るからとはしゃいで調子に乗る子はいないか。
いやいややっていて、集中力がなくなっている子はいないか。
そう考えている間にも、頭にはファルコとレオンの姿が浮かぶ。
魔物の群れがまっすぐ草原を下るように、そして町に気を散らさないように、群れに狩人たちがついてきているという。
北の町は、群れの最後についている。気を張りながらの、長い旅路だ。疲れているだろう。けがはしていないか。心配は尽きないけれど。
「いけない。私が一番集中力を欠いてるよ。きっと北の町の優秀な治癒師がついてきてる。心配ない。北の町の英雄が二人だもん」
ガイウスもいるから、三人なのだが、それはショウは知らないのだから仕方がない。
「すげえ」
男子の声にリクのほうを見ると、今度は風を足元に打ち込んだようだ。草や砂が舞い散っている。
「クロイワトカゲが来るとしたら、町に来ないようにするには、炎で脅すか、風で押すか、どちらかだもんね。ハル、さすが」
ショウは腕を組んで自慢そうに頷いた。
「ほんとに仲がいいのねえ、ショウとハルは」
そこらへんからぴょこりと顔を上げたのはデリラだ。
「普通だよ、別に」
ショウはちょっと照れて組んでいた手をほどいた。
「仲がいいわよ。照れなくてもいいのに。それにしても、リクの一族って本当に優秀なのね」
リクの一族とくくられると、なんだか不思議な気持ちなのだが、まあ、大雑把に言えば、みんな日本人なんだから一族と言えなくもないのだろう。
「もともとリクが学校に来たとき、ガーシュじゃないけど、なんだか私たちと違いすぎて、近寄りにくかったのよね」
「私は深森ではそんなことなかったけどなあ」
ショウはあっという間に深森の子どもたちに取り囲まれ、仲間に入れられたのだ。何ができるとか、どんな人かは後回しだったような気がする。
「で、いざ授業に参加したら、何でもすぐに理解するし、できるし、怒らないし、女の子にも優しいしね」
「そ、そうだったんだ」
「そりゃ男子は焦ったわね。なんとか対抗しようとして、でも歯牙にもかけられなくって」
デリラは思い出してくすくすと笑った。
「まあ、結局は友だちになりたかったんだと思うの。でも、リクにその気がないんじゃね」
リクは子どもたちは目に入っていなかったのだろう。友達になりたかったのはサイラスで、サイラスと並ぶ大人になることばかり考えていたのだと思う。
「でもあなたたちと一緒にいるリクは、ちゃんと子どもに見えるのよね。年相応に」
それはつまり自分とハルが、子どもっぽいということではないかとショウは一瞬思ったが、だとしても別に問題はないと考え直した。もう一度生き直しているのだから、それでいいではないか。
デリラは、リクからアンファのほうに視線をずらした。
「でも、魔物、来ないといいわね」
「うん」
来ないでほしい。切実にそう思った。
しかし、もたらされた知らせは、予想もしないものであった。
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今度の更新は、ちょっとずれて来週の月曜日です!




