そのころのファルコとレオン2
教会に入ると、昼の時間だというのに、黄帯をかけた若い治癒師たちがあちこち忙しそうに動いていた。
「レオン! ファルコ」
大きな声が響くと、その中の一人が二人に走り寄ってきた。
「よう、アルフィか。俺はてっきりリックあたりが派遣されてるかと思ってたが」
「当たりです、レオン。今回、事前に派遣されたのは俺とリック。ほら」
アルフィが指さしたほうに目をやると、リックが真剣な顔で何かほかの治癒師と話をしている。
「まあ、リックとアルフィなら、このノールダムの町も文句はないだろうよ」
レオンが納得したように頷くと、アルフィは嬉しそうににっこりと笑った。
「雑貨支援担当として、アウラとその商会も来てるんです」
正確に言うと、アウラの父親の商会なのだが、アウラが広告塔みたいなものなので、それも間違いではない。
「アウラもか。そんなに物資が足りねえのか」
アウラが少し苦手なファルコは、微妙な顔をしたものの、気になったのはそこだった。アウラにしろアルフィにしろ、北の町の子どもたちが仕事ができるのは疑いようがないからだ。
「なにしろ、本来の夏の狩りまでまだ二か月近くあるのに、魔物が多いですからね。北の町だけでなく、近場からもかなり狩人を集めているようですが、物より人のほうがまだ集めやすいみたいで」
「生活必需品をおいそれと他の町に流したら、足りなくなって困るのは渡したほうの町だからなあ」
「ほんとに。アウラは衣類だけでなく、深森から食料やせっけん、布類などを持ってきたようで、今引っ張りだこだと思います。ところで」
アルフィはファルコの後ろを気にしている。
「ショウとハルか?」
「はい」
「あいつらはカナンに置いてきた」
アルフィは大丈夫なのかというように眉を上げたが、それがショウやハルの心配ではなく、ファルコの心配なのはファルコ自身にも伝わった。
「とりあえず、依頼は月単位で時間がかかりそうだ。それなら俺たちは、狩人として役に立ちそうなこっちに来るべきかと思ってな」
「よく来られましたね」
主にファルコが、とはあえて言わないアルフィに、かえって気まずい思いをするファルコである。
「平原でも、ハネオオトカゲの大発生があったんだ」
「まさか。いたとしてもせいぜいトカゲでしょうに」
「国境から入ってすぐのとこだ。下手するとアンファの町に流れかねなかったが、俺たちでそらした」
「さすがですね。そうか、魔術師のハルとショウがいればむしろなんとかなるかな」
「小さい魔物の移動には俺たち狩人はほとんど役にたたねえからなあ」
一体一体倒していく狩人では、とてもその数に追いつけないのである。
「かといって、普通の魔術師だって無理だろ。ハルとショウが特別なんだよ」
「ところが、そうでもないんですよ」
アルフィがにやりとした。
「今回、湖沼から最強魔術師が参戦しているんですよ。それも二人。ライラと一緒ですけどね」
「ライラと? ああ、爆炎か」
ドレッドが来ているのだ。ファルコとレオンはおかしいなと言うように顔を見合わせた。
「クロイワトカゲ狩りは、ある意味単調だから、ドレッドもライラもあまり興味がなかったと思うが」
「なんでも、新しい戦法を開発したらしいですよ。ぜひ狩人と組みたいということで、深森一行と組んで大暴れしてますよ」
そんなことになっていたとは知らなかった。
「まあ、ハルとショウの魔法を熱心に学んでたからな。おんなじことができるんだろうよ。それに狩人ともうまくタイミングを合わせられる魔術師だしな」
ファルコはドレッドのことは特に苦手ではない。
「なあアルフィ、魔術師二人って言ってなかったか」
「はい。まあ、でも見てきたほうが早いと思いますし、できればすぐ前線に出てほしいんです。見ての通り人手不足で」
アルフィは、疲れて休んでいる狩人を手で示した。
「来てすぐにで本当に申し訳ないんですが、北の町から来た狩人は七人だけなんで、結構大変そうなんです」
レオンは頷き、もう何も言わず教会を後にした。もちろんファルコもだ。
「さて、このまま行くかあ」
「ああ」
深森に入ってからは、道中すなわち狩場だった二人は、すでに狩りに出る装備になっている。急いで岩場に向かった。
「おお、いるいる。待て! あれは!」
まるでハルの炎の魔法のように、魔術師が狩人の両側から炎の壁を作っている。
常時発動するのではなく、まるで牧羊犬が羊を追い集めるかのように、炎の壁でクロイワトカゲの行く先をコントロールしているのだ。
一人はドレッド、そしてもう一人は。
「あいつ! 遠くからちょっとだけ見たことあるけど、確かハルを苦しめた元凶の!」
「というと、魔術院、院長か……。こんなところで何をしているんだ」
白髪まじりの深緑色の長髪を、額のサークレットで抑え、ローブをはためかせている姿は、まるで導師の色違いのようによく似ている。もう一五〇歳ほどの伝説の魔術師と言ったら、魔術院院長しかいないだろう。元、が付くがとファルコは思い出した。確か院長はやめたはずだ。
「とにかく落ち着け、レオン。もうハルとは何のかかわりもない男だ」
「くっ。そうだな。戦闘が落ち着くのを待つか」
クロイワトカゲが、この時期に多量にいるのは珍しいが、それでもよく見ると、狩りのピークの時ほどの数ではない。全体の狩人の数も少なめだ。だからこそ現状、何とかなっているともいえる。
二人は事情を知りたくてじりじりした。
やがて狩人側の合図とともに、魔物を追い込んでいた魔術師たちも炎を出すのを止め、そのまま後方に下がってきた。その面々はどれも見知ったものだが、うち二人は冬の北の森の狩りでよく一緒になる奴らだ。
「ジェネ! ビバル!」
レオンの大きい掛け声に、岩山から降りてくる二人は顔をほころばせた。
「よーう、レオン、ファルコ。よく来てくれた!」
二人だけでなく、北の町の他のみんなの顔も明るい。来ているのはすべて優秀な狩人だが、とにかくもっと人手が欲しかったし、その人手がレオンとファルコなら言うことはない。誰もが安堵の表情だった。
「ちょっと、ファルコ、まず私に挨拶じゃないの」
「ああ、ライラ。久しぶりだな」
ファルコが今気が付いたというように挨拶した。実際、目に入っていなかったのだが。今はライラより、現状と、魔術院院長らしき人に興味がある。
「ショウとハルはどうしたの?」
ファルコはちょっとうんざりした顔をした。自分に挨拶しろという割に、旧交を温めるでもなく、自分の聞きたいことを聞く。それがライラらしいと言えばライラらしい。
「ライラさ、あんたそれはないだろ。まずファルコとレオンにどう過ごしてたか聞くのが筋ってもんだ」
ジェネが笑いに紛らせながらもチクリと注意してくれる。
「だってファルコ、元気そうじゃない」
その通りだし、ファルコもいつものことなので、そこまでは気にしていない。
「それより、見ない顔がいるが」
「ああ、このお人だな。ドレッドとライラが連れてきてくれたんだが、まあ、狩りがはかどるはかどる」
「そうじゃなくて」
ジェネのおしゃべりにレオンが苛立って口を挟む。
北の町の狩りに参加している割には、人ごとのような顔をして何やら話しているドレッドともう一人は、気がつくとファルコとレオンのほうを見ていた。
「オーフ、黒髪のほうがファルコ、ショウの養い親、そしてこっちがレオン、ハルの養い親だ」
ドレッドがそう説明している。つまり、やはり、ショウとハルと言う存在を知っている人と言うことになる。
「ファルコ、そしてレオン。こちらが元魔術院院長、オーフだ。例の、ハルの面倒をちゃんと見なかった男だ」




