守ろうとする心
ショウとハルは、その日とぼとぼと宿に帰った。ザーウィンが連れて行ったのは、彼の工房で親が働いている三人の女の子だけだ。残りの子どもたちはちゃんと残ってくれた。
たった一人でも、薬草採取をしてくれる子どもがいたらいいという、最初の目標はとっくにかなっている。でも、この虚しさは何だろう。
北の町では感じなかった貧富の差、大人の身勝手さ。そんなことは、日本で生きていた時でも身近にはなかったことだ。今は子どもの自分たちが、誰かの雇い方に文句をつけるわけにもいかない。薬草採取をしながらお小遣いを稼ぐというやり方さえ許されないのなら、どうしようもない。
夕食の後、ショウとハルは正直に導師にその無力感を告白した。
「大人が介入してきたか。なんということか」
導師が眉をひそめた。
「その三人の女の子たちが希望するのであれば、薬師の見習いになるというのはどうだろう。今までポーションを作る量がそれほど多くなかったから、少ない見習いでも大丈夫だったが、これからは見習いも増やしたいって言ってたぞ」
エドガーが一つの解決策を提案してくれた。
「見習いでも手当はもらえるんだよね」
「もちろんだよ。薬草採取も、薬師にとっては微々たるお金だが、ちゃんと買い取って清算してたよ。そこらへんはここの薬師ギルドもちゃんとしてる」
エドガーも、ショウたちが来たことをきっかけに思い切って薬師ギルドに溶け込もうと努力した結果、今では普通に働いている。
「教会での治癒についても、少しずつだが成果が出始めている。カナンの町の町長が、町に来たついででいいから大人も試しの儀を受け直すようにと触れを回してくれたおかげで、主に麦を作っている人たちが町に来たついでに教会に寄ってくれるようになってな」
「町の人はどうなんですか」
導師はかすかに微笑むと、首を横に振った。
「怪我をしたら教会に行けばいいと思っているのだろうな。そのうえ、街中ではめったに怪我などしない。スライムの被害も実感がないのだよ。だから町の人はほとんど来ないな」
最近あきらめの境地に達している導師のほほえみは菩薩のようだった。ここにファルコがいたら、ぎょっとして、
「導師! いったいどうしたんだ! 具合が悪いのか!」
と叫ぶレベルで悟りきっている。
「もっとも、治癒師たちについては、だいぶ効率のいい魔力の使い方が身についてきたところだ。今まで三人しか癒せなかったのに、五人癒せるようになるというレベルだが」
ショウは思わず導師に突っ込んだ。
「五人? 少ない、いえ、何でもありません。ほぼ二倍じゃないですか」
「そうだろう。ハハハ」
「フフフ」
食堂に乾いた笑いが響く。
アンファにいた時と同じくらい成果は上がっていると思う。特に、薬師が、自分で薬草を採取してポーションを作るという仕組みが動き出したのは大きい。治癒師の力も、それがほんのわずかなものでも、人数が多いので馬鹿にならないのだ。
それでも深森一行にはあまり充実感がなかった。あまりにも違い過ぎる町のあり方、そして影響の少なさ。頼まれてきたはずなのに、砂に水を注いているような徒労感。
「それにしても、子どもが小遣いももらわずに働いているというのは気になるな。これは私が確認してみよう。ショウ、ハル、二人はいつものようにやってくれ」
「あと、もしその子たちに会ったら、今からでも薬師見習いにならないかって言ってみてくれ」
導師とエドガーの言葉に、二人は頷いた。問題を大人に預けて、ほんの少しだけ心が軽くなった。
次の日、ショウとハルが草原でリクと子どもたちを待っていると、いつも来る男の子たちがリクより先にやってきた。
「あれ、リクはどうしたの?」
「今日は来られないかもって、伝言預かってきた。今日は君たちに見てもらえって」
リクが来ないのは珍しい。それに、女の子たちもいない。
「いいけど……、いつも来てる女の子たちはやっぱり?」
「うん。学校が終わったら、すぐ帰っちゃった」
「そっか。仕方ないね。そういえばさ」
ショウは子どもたちに、薬師が見習いを募集していることを伝えた。
「ああ、俺たちは今の仕事が気に入ってるから、それはいいや」
すぐに断られた。午前中のお手伝いの時に、少ないけど小遣いはもらっているのだという。ただ、やっぱり親が貧しいから、稼げるなら余分なお金はほしいのだと。
「ほら、俺たちもあの女の子たちも、他の町から流れてきた家だからさ」
「ほかの町から……狩人だと当たり前のことだけど」
「そうなのか?」
「うん。どういう狩りをしたいかで、あっちこっち行くのが当たり前だもん」
少年たちは驚いたようだった。むしろ自分が驚いたよとショウは思う。
「ここらでは流れ者にはいい仕事はないからなあ。まあ、俺たちはここに根付いて、成人したらちゃんと稼ぐんだよ」
「そうなんだ」
ここらあたりも深森と違いすぎて難しい。
少年たちにはもう教えることなどほとんどないので、並んで薬草を採る。これはこれで楽しいのだが、なぜそれを深森でなくて、平原でやらなければいけないのかと思うと、やっぱり虚しい。
しかし、その日、少しだけだが事態は動いた。
「え? もう少し様子を見てほしいって言われた?」
「そう。導師に」
その日の夕食、サイラスとリクが宿に訪ねてきたのだ。
大人は大人で話があるようで、一緒に夕食を食べた後、ショウとハルの宿の部屋に、リクが一人でやってきた。
「セイン様には、昨日の出来事は伝えてあるから、大人のほうから何か働きかけてくれたのかと思ってたんだけど。様子を見てほしいって言ったの、本当にセイン様なの?」
「そうだよ」
リクは頷いた。
ショウはハルと目を見合わせて、後で導師に聞いてみようと合図しあった。
「ガーシュの父さんって、つまり町長なんだよ」
リクが口の端を片方だけ上げて半笑いになった。
「けど、町長って別に世襲制じゃない。それでも、ガーシュは自分も子どもたちのリーダーみたいなつもりだったんだろうな。俺はそういうの面倒くさいから、特にかかわろうとは思わなかったけど。子どもっぽいし」
ガーシュが町長の息子と言うのは、想像通りで笑えそうなほどだった。でも、ハルはショウとは別のとらえ方をしていたようだ。
「だからガーシュは、町の子どもたちを守ろうとしてたの?」
ショウは驚いてハルのほうを見た。
「守ろうとしてた?」
「うん」
ハルは素直にこくりと首を縦に振った。
「え? ただのお坊ちゃまじゃなくて?」
「うん」
今度は苦笑している。
「あのね、やってることは子どもっぽいわがままだし、リクに対する対抗心もあるのかとは思うんだけどね。でも、その根っこに、よそ者に町の子どもをいじめさせないぞ、っていう気持ちがあるような気がするんだ」
「全然しなかった」
ショウの返事に、ハルは今度は声を出して笑った。
「だって、スライムは危険だし、昨日の大人の話じゃないけど、子どもを働かせようとしてるわけでしょ。お金に困ったことのない彼は、あの子たちを遊ばせてやりたかったんじゃないのかな」
そうは言うが、昨日のことを思い返してみると、親が貧乏なのが悪いとか、子どもは無給で働かせてもいいとか言っていたような気がする。
「ショウの考えてることはわかるよ。でも、それ売り言葉に買い言葉だったのかも」
仕方がないよねと笑うハルはまるで大人みたいだった。
「ハルの言う通りかもしれないんだ」
リクがちょっとしょんぼりしている。
「もともとあいつは俺を自分のグループに入れようとしてて、でも俺はそれは嫌で、そしたら農場の子どもなのにすかしてるとかなんとか言いがかりをつけてきて、面倒な奴だったんだよ。何かと対抗してくるし。まあ、たいてい俺が難なく勝つから、あいつの勝てるところと言えば町に住んでることと、あいつの取り巻きが多いってことくらいでさ」
元が大人なら、群れるのが嫌いなのも仕方がないとショウは思う。
「でも、そういう関係だからさ。昨日、あいつが思ってもいないことを言わせちゃったのかなとも思うんだ」
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