複雑な事情
初日に見かけたガーシュと子どもたちがまず目に入った。
この間は、ショウに突き飛ばされた挙句、捨て台詞を残して去る小物みたいな退場の仕方だったが、今日は大人がいるせいか、少し大きな態度のような気がする。
そして、子どもたちを引き連れて歩いてきたのは、日本で言うと五〇歳くらい、つまり、この世界で言うと一二〇歳から一五〇歳くらいの、働き盛りだろうと思われる男性二人だ。
体にぴったり合ったジャケットに、おしゃれなベストがのぞいている。北の町ではアウラのお父さんくらいしかしない格好だ。さすが大きな町では大人もおしゃれだな、と、ショウが思ったのはそのくらいだった。
「君、リクと言ったか」
その人はまずリクに話しかけた。
「君も拾われっ子と言えど、カナンの町の子どもだろう。なぜ、カナンの子どもを労働に従事させる手伝いをさせるんだね」
「え?」
リクは何を言っているかわからないというように聞き返した。
労働に従事させる?
私たちは、導師に、ひいては町の治癒師に頼まれたことをしているだけなのに、何を言っているんだろうとショウは唖然とした。
「本来子どもは、未成年の間は見習いとして仕事を学ぶことはあっても、労働して稼ぐべきではない。その子たちも、見習いとしての仕事はどうなっているのかね」
ショウが薬草取りをしていた子たちを振り返ると、女の子たちが下を向いている。
ショウはその大人の人の言うことがよくわからなかった。
「さ、こんなところで時間をつぶしていないで帰りなさい」
町の大人にそう言われたら動くしかない。子どもたちはしぶしぶ帰ろうとした。
「待ってください」
ショウが混乱している間に、リクが立ち直っていた。
「そもそもあなたは誰なんですか。俺、知りませんけど」
「私を知らない? なんということだ。サイラスはいったいどういうしつけをしているのか」
その大人は大仰に驚いた様子を見せた。
「少なくとも、俺はあなたと話すどころか挨拶をした記憶さえありません。サイラスは、少なくとも、挨拶さえしたことのない人にはまず自己紹介をしろと教えてくれています。俺はリク。あなたは誰ですか」
痛烈な反撃である。その大人は今度はたじろいだ。ガーシュがその後ろでぽかんと口を開けている。
「生意気な。まあいい。町に住んでいないのなら知らないのも仕方ないだろう。私は町一番の衣料品店のザーウィンだ」
「ああ、あの大きなお店の」
リクは理解したという顔をした。
「では、ザーウィンさん。子どもたちを労働に従事させるなと言いましたが、だったら今の時間、町の子どもたちは遊ぶ時間ですよね。そこで暇そうにしているガーシュたちのように」
「あ、ああ。そうだな。子どもたちは遊ぶ時間を取るべきだろう」
「じゃあ、今の時間、この薬草採取の仕事はしなくてもいいとしましょう。だとしても、代わりに見習いの仕事をするのはおかしくないですか。遊んでいることにならないですから」
「み、見習いの仕事はこの子たちの将来のためになる。うちの職場で、親と一緒に服を縫ったり、店番したりする手伝いをしているんだ。こんなことに時間を使っている余裕はないんだ」
つまり、自分の店で手伝いさせたいから、薬草採取なんてしている場合ではないということだ。
「それ、どのくらいお小遣い出るんですか」
リクは冷静に聞いた。
「お小遣い? 見習いだぞ。仕事を学ばせてやってるのに、小遣いなんて出すわけないだろう」
「ああ、そういうことか」
リクはちょっとうんざりしたように肩をすくめた。
「おい、ガーシュ」
「な、なんだ?」
いきなり声をかけられたガーシュは、ちょっとびくっとした。
「ザーウィンさんの言ってたこと、わかったか」
「ああ。こんなとこにいないで、いつものように仕事場に行けってことだろ」
「いつものように? ガーシュお前、それ知ってたのか」
「知ってたさ。お前いつもさっさと家に帰るから、町のことあんまり知らないだろ。偉そうにするなよ」
ガーシュはちょっとそっくり返った。
リクはあきらめたようにそのままガーシュを無視した。
「見習いだからと言って、仕事をして成果を上げた場合は手当てを出すのが通例です。つまり、手伝いでも小遣いは出すのが普通ってことだよ、おじさん」
「はっ。生意気な」
「少なくとも、ここで薬草を採れば、町の人のためのポーションの材料確保に役に立つし、少しだけどお金がもらえる。そもそも俺たちは見習いの仕事は午前中に済ませてるはずだ。あんたのやってることは、子どもの搾取だぞ」
リクはザーウィンにそう言いながらもガーシュのほうを見ている。
「とにかく、うちの従業員の子どもが勝手なことをすると困るんだ。お前たち、親の仕事が大切なら、今すぐ工房まで戻ってこい」
そう脅されてしまっては仕方がない。薬草採取をしていた女の子のグループがうつむいたまま戻っていった。
「ごめんね」
と小さな声で言いながら。
それを見てザーウィンたち大人も満足そうに帰っていった。続いて帰ろうとしたガーシュたちを、リクが引き留めた。
「待てよ、ガーシュ」
「なんだよ。負けて悔しいのか」
「負ける? 悔しい?」
リクがぽかんとした。
「しょせんお前のところに町の子どもは集まらないってことだよ。いつも通り、農場へ帰れ」
こうなってくると、ショウもハルもどう間に入っていいかわからなかった。最初から、大人の振る舞いが深森と違いすぎて、どう行動していいのか戸惑っていたのだ。
「何の話をしてるんだ。お前が子どもとして遊んでるのに、同じ年の子どもが働かされてることを何とも思わないのかって話だろ!」
「仕方ないだろ。あいつらの親は貧しいし」
「だからあの子たちは、同じ働くにしても、少しでも自分で稼げるこっちの薬草採取に来てたんだろ! 今戻って働いても、あの子たちはただ働きなんだぞ! 俺たちの勝ち負けなんてなんにも関係ないんだよ」
リクの言葉に、ガーシュよりも周りの子どもたちが反応している。取り巻きと言えど、みんな裕福な家の子だというわけでもないようだ。
「子どもを稼がせるような親が悪いんだろ」
「悪いとしてもだ」
リクの声が低くなった。
「服が破れても買えなくて、つぎを当てなきゃならない、おやつだって、勉強の道具だって、買わずに我慢している子が、今お金を稼ぐ手段があったら、そりゃ稼ぎたいだろ。それにお前ら、午前中の見習いで、ちゃんと小遣いもらってるだろ」
親の跡を継ぐ子ばかりではない。他人のところに見習いに言っている子もいる。しかし、どちらの立場の子も、リクの言葉にうなずいている。
「今聞いてたろ。あの子たちは、見習いの仕事をしても、お小遣いさえもらってないんだぞ。親が貧しい、見習いとしても小遣いがもらえない、そんな子たちが唯一稼げるチャンスを、お前はつぶしたんだ」
「は? 何を言ってるんだ」
「もういい。お前は遊んで、おやつでも食ってろ。お前にはがっかりした。さあ、薬草取りに戻ろうぜ」
リクはもうガーシュのほうは見もせず、残った子どもたちと薬草採取を始めた。
「ちぇ、つまんない奴ら」
ガーシュはそう言うと、取り巻きを連れて本当につまらなそうに帰っていった。
リクは薬草を採りながら、悔しそうにつぶやいた。
「これが、俺がこの世界に来て、周りに無関心に、適当に生きてきたことの報いなんだな」
そんなことはないとショウは言いたかったが、何も言えなかった。夕方の風が冷たく子どもたちの服のすそを揺らした。
このところ、少し話が重めですが、何話かで終わります。
2月5日、「異世界でのんびり癒し手はじめます」コミックス一巻好評発売中です!




