薬師を動かす
「では、ショウ。そしてハル」
「「はい!」」
導師に呼ばれてショウとハルは元気に立ち上がった。
「な、年少の子? しかもカナンの子だろう」
「いや、こんなきれいな子たち、カナンにいたら絶対知ってるって!」
若い薬師からこそこそと声が上がった。ファルコがいたら、絶対一歩前に出てにらみをきかせているよねとショウは内心にやにやした。
「この二人は年少だが、今年から見習いに上がる年でもある。ただし、私が助手として連れてきたいと思うくらいに、治癒師としては優秀であると保証する」
導師がこんなふうにショウとハルのことを紹介するのは初めてだ。二人に責任を持たせすぎないよう、いつもはお手伝いとして目立たないように扱ってくれている。だからこそ、その中で自由に活動させてもらっているのだ。
しかし、この大きな町で、ほんの2、3か月で成果を出そうと思ったらそうも言っていられない。
導師は薬師関係のことはショウとハルとエドガーに任せるつもりだ。そんなことは、ショウたちは事前には何も聞いていなかったが、町の事情をエドガーから聞き、アンファの町の経験を照らし合わせて、それしかないだろうとは思っていた。だからとっくに覚悟はできていたのだ。
「そして深森では、エドガーをはじめとする薬師のための薬草の確保に携わってきた。加えて、岩洞の町の子どもたちに薬草採取とスライム狩りを教えた優秀な指導者でもある」
カナンの町の薬師はまさかという顔をしたが、導師のまじめな顔と、エドガーの誇らしそうな顔を見ればそれが冗談や何かではないということは分かったはずだ。
導師は何か喋れという顔をしてショウを見た。ショウは頷くと、薬師たちをしっかり見つめた。もちろん、隣にはしっかりとハルが並んでいる。
「私はアンファの町で、町の薬師と一緒に薬草を探し、町の子どもに薬草採りを教え、そして薬草採りを危険にしないように、スライムとトカゲを狩ることを教えてきました」
遠くの深森や岩洞でどんなことをしたと言っても、平原の町の人には響かないだろうとショウは思うのだ。だからあえて、同じ平原の町であるアンファについての成果を上げた。まあ、実際にはこれから成果が上がってくるだろうきっかけを作った段階なのだが。
ショウの思った通り、アンファの町でそれをやったというショウの言葉は、薬師の人たちに響いたようだ。
「一週間。それが町の子たちが薬草採りになじんだ時間です」
その時はレオンもファルコも手伝ってくれた。大人がいるということは実は大きかった。
ここにもエドガーがいるが、エドガーは若いし、すでに子どもたちになめられている気配がある。難しいことになるのは目に見えていた。
そして案の定、ショウの言った一週間という言葉に、その場にいた人たちはざわざわとざわめいた。
「ありえないだろう」
「そんなわけがない」
エドガーが先行していても、カナンでは遅々として進まない薬草採取である。一週間で、わずかでも薬草が供給される環境が整うとは信じられなかったのだ。
「深森では当然のことだから年少組は薬草採りはみんなやります。スライムはともかく、トカゲは女の子もみんな狩りますよ」
更に驚きの声が広がった。
「子どもが自分のお小遣いを稼いだり、親にトカゲの肉を持っていくことは悪いことじゃないでしょう。深森のみんなにとっては、それが仕事でもあり、遊びでもあるんです。アンファの町も女の子たちが積極的でした」
ショウはちょっと後ろを振り向いた。
「ね、リク。そうだったよね」
「え? 俺?」
リクは突然話が飛んできたので驚いたようだ。だが、ここでおどおどしていてはみっともないと思ったのだろう。きりっとした顔になると、
「確かにトカゲを取るのは、女の子のほうが積極的でしたよ。俺もアンファの町で、アンファの子どもたちに交じって、ショウとハルに治癒を教わったり、薬草の採取や、スライムを狩るやり方を学んできました。たった一週間でしたが、今度は教える立場に立つことができると思います」
と言い切った。
「リク、ほんとか」
「うん。ほんとだよ。やる気さえあればそう難しいことじゃない。やりたくない子どもに強制したりはしなかったし、子どもたちも喜んでやっていたよ」
リクの知り合いがいるらしく、直接リクに聞いて、それでも納得しがたいという顔をしていた。
「いくら子どもたちにやらせると言っても、薬師自身が薬草の場所を知らなかったり、採取していなかったりしたら効果は薄いです。ですから、薬草の分布を知るためにも、安全性を図るためにも、まずは薬師が薬草採取とスライム狩りを覚えることが必須だと思います」
ショウが重ねて発言すると、薬師たちは渋い顔をした。
「それができないようでは、ポーションの作成が遅れ、いくら治癒師が手を尽くしても治らぬほどの痕が、町の者に残ることになる。時には女性も、子どももだ」
導師が静かな声でそう言った。治癒師のうちの数人が青い顔をして下を向いた。薬師にも視線を逸らすものがいた。つまり、すでにそういう人がいるということだ。そして、怪我をした者についてはあきらめているということでもある。
「私が来たからには、多少の痕が残ったものでも、治癒できる場合もある」
導師の言葉に、うつむいていたものがはっと顔を上げた。
「しかし、いつまでもこの町にいられるわけではない。今、怪我をして痕が残っている者は治るとして、私たちが深森に帰った後はどうするつもりなのだ。嘆いて暮らすだけか」
導師は厳しかった。
「薬師も治癒師の力もどちらも、女神が民のために与えてくれたものだ。その力に甘えるのではなく、その力を民のために尽くす。それが我らの役割であろう」
女神と聞いて思わず口の端がピクリと動いたショウだったが、導師の言うことには頷いた。何より、導師その人がその役割を身をもって果たしているのだから。本当に説得力のある言葉だった。
「アンファの町の一週間に比べれば、カナンでの時間はぜいたくなほどあります。まずは一週間、子どもにやらせる前に、大人が訓練しましょう。交代でいいから、全員参加で訓練し、薬草の分布図を作る。誰か計画を立ててくれませんか」
やらされたという思いをなるべく感じないように、自分たちで計画を立ててもらう。それに全面的に協力するという形がいい。
導師の言葉で燃え上がった薬師たちの心は、ショウが提案した計画作成に容易に傾いた。
「明日から」
ショウの言葉をさえぎったのは若い薬師だった。
「いえ、計画はきっと年長者が立ててくれるでしょうから。僕ら若い薬師は、さっそく今日からあなたたちと一緒に訓練に参加したいです」
「もちろんです」
がっしりとショウと手を握り合う若い薬師を見て、エドガーが俺の時は協力しなかったくせにという顔でぐるりと目を回した。それをうっかり見てしまったリクが思わず吹き出し、咳をしてごまかしたのはご愛敬である。
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