18 配信の向こう側
スマホが震えた。
画面に表示された通知を見て、花歌さんぽは一瞬だけ動きを止める。
(いきなり配信始まった...!)
ダンジョン省が最近になって広報していた、“深層の情報提供に協力する探索者のチャンネル”。
正直、いくらダンジョン省が公式に発信しているとはいえ半信半疑だった。それに本当だったとしても「あの人」かどうかもわからない。
だがそれでも、もしかしたらという思いで登録はしていた。
まさか何の告知もなく配信が始まるとは。
緊張しながらも、急いで画面をタップする。
配信を開くと、画面に転移石が映し出されたところだった。そこに刻まれた数字を見て思わず息をのむ。
(...80!?)
驚いているのは自分だけでない。突然始まった配信にも関わらず、視聴者は数十人、そしてすぐに百人を超え、その全員がコメント欄で驚いている。
:はははははちじゅう!?
:噂だと70階層探索者って話じゃなかったか?
:フェイクにしても盛りすぎ。ソロだろ?
みんなが混乱している中、画面の向こう側で声が聞こえる。
「80階層」
その言葉が聞こえた少し後に転移石は起動し、画面は光に包まれた。
そして光が収まったあとに映し出された画面を見て驚く。
そこに広がるのは岩盤の大地だった。地面は赤黒く、所々に巨大な亀裂が走っている。その裂け目の奥からは、淡く青白い光が脈打つように漏れていた。
遠くには、崩れかけた石造りの建造物が点在している。城壁のようにも、砦の残骸のようにも見えるそれらは、明らかに自然物ではない。
見ているだけで空気が重いのが伝わる。まるでこの場所そのものが、侵入者を拒絶しているかのようだった。
:マジで転移したぞ
:これ、海外で見た70階層台の地形と似てる
:ダンジョン省がフェイク出すわけがない...とは言っても、まだ信じられないんだけど
:建造物?ダンジョンに文明があるの?
思わず呼吸を忘れるほど画面に集中していたさんぽは、一度深く息を吸う。
(...本物だ。)
本当にあの人だ。あの人は、画面越しに見ただけで緊張してしまうような、そんな恐ろしい場所を一人で探索しているんだ。
だが画面の向こうの人物はさして緊張した様子もなく、どこか懐かしむように周りを見渡した後、一直線に進んでいった。
:迷わず進んでいくな。慣れてるのか?
:解説とかないの?無言?
:コメント見てる感じもしないよな。垂れ流し配信か?
:見たことない階層は、地形とか見るだけでダンジョン考察進むからそれだけでありがたい
移動中どんどんコメントが流れていくが、配信主は一つもコメントを拾わずに歩いていく。
コメントの言う通り、そもそもコメントを見てすらいないかもしれない。
(あ、魔物出た)
そしてしばらく歩いていくと、画面には魔物が映し出された。大きさは2メートルほどで、頭には角を生やしている。体色は赤く、棘のついた金棒をもち、まさに「鬼」と言った風貌の魔物だ。
:魔物きたぞ!
:マジで80階層だな。海外のトップの配信でも鬼の魔物出てきてるし。
:ほんとに一人で勝てるの?
戦いは静かに始まった。鬼は金棒を振り回し、時には体術のように拳や足技も繰り出してくる。
(雰囲気はボスオークと似ていたけど、戦いは全然違う...)
画面を見ながら冷静に分析をしていたさんぽは、魔物の動きの次は配信主の動きに注目する。
冷静に剣を使い、盾を使い、時には体全体を動かし回避する。そして一通り攻撃を受けた後に反撃で剣を振るっていく。
その姿は...なんというか...
:普通だな
:堅実
:もっと派手かと思った
そう、一見すると普通だ。だがさんぽは見ていてなんとなくこうも思った。
(腕慣らし、というか、調子を確かめている?)
さんぽ自身、潜って一戦目は調子を確かめるためにゆっくり戦うこともある。だからこそわかった。
だがそういった腕慣らしは、配信者なら配信の前に済ませることが多い。だから視聴者はそれに気づけないのだろう。
特に危なげもなく戦いを終え、画面の向こうでは再び歩いていく光景が映し出される。
:剣使ってるんだな。杖かと思ってた
:魔法で中ボス倒してたもんな
:なんてことないように勝ったけど、普通にハイレベルな戦いだったよな?
:相手の動きも相当早いし攻撃パターンも多かったな
(魔法で倒した中ボス...)
一瞬56階層のことが脳裏に浮かぶが、慌てて頭を切り替える。今はこの80階層を見るのに集中しなければ。
2回目の鬼の魔物との戦闘。
鬼の金棒を盾で弾き返し、鬼がよろめいた。と思ったら、その後鬼の首が落ちた。
画面には、いつの間にか剣を振りぬいた配信主の姿が映っていた。
:は?
:まて、何が起こった?
:いつの間にか首落ちてたぞ
:技だろうけど、何を使った?
(えっと...多分盾で弾く技と、高速で斬る技、かな?)
さんぽも驚きながら、しかし何が起きたかは考える。
相手を弾く技がついた盾...だと思う。
そして剣の技については、瞬斬のようにも見えたけど...
:今の瞬斬?
:瞬斬にしても早すぎるし威力も高すぎないか?
:盾でよろめかせたのも技だよな。
:当然のように強い技付きの装備持ってるな
そう、瞬斬にしては強すぎる。もしかしたら瞬斬の上位のような技か、『武器技を強化するスキル』なんてものを持っているのかもしれない。
その後何度か戦闘があったが最初の堅実な動きはやはり腕慣らしだったようで、接敵してもあっという間に戦闘は終了した。
後半になると鬼が複数匹同時に出てくることもあったが、その場合は立ち位置を細かく変えたり、相手を蹴り飛ばしたりしてできる限り一対一の状態に持って行き、瞬斬らしき技で処理をしていく。
:つえーー
:一瞬で処理できるから、複数出てきても問題ないな
:いや立ち回り相当うまいぞ。ちゃんと一体ずつ倒せるように動いてる
(...この人、多分もっと深層まで行ってるよね)
圧倒的な強さで敵を倒しているが、それが適正階層なはずがない。80階層を圧倒できるならば、本来の適正階層はもっと奥のはずだ。
80階層でも適正ではない...一体どこまで行ってるんだろうと少し恐ろしくなったところで、配信主の動きが止まった。
:ボスの間きたあああああ
:あれが80階層主!!!
:大きさはまあまあだな。50階層のボスゴーレムの方が大きい。
配信主は少し休憩するようで、ボスの間の前で水分補給をしている。その間にボスの姿がドローンに映し出された。
ボスの間の奥、赤黒い岩盤の上に佇む一つの影。
身の丈は三メートル近く。全身を覆う皮膚は青く、その体色からしてこれまでの鬼とは違う。
青い皮膚は岩のように硬そうで、筋肉の一つ一つが盛り上がっている。
頭部には二本の角。燃えるような赤い眼が、探索者を捉えて離さない。
腕は四本。
右上の腕には巨大な剣、刃こぼれ一つない分厚い刃。
左上の腕には同じく巨大な盾。表面には幾重にも刻まれた傷跡が残っている。
そして下の二本の腕。
両腕には金属製のナックルが装着され、だが今はその腕を組んだまま動かない。
:こっわ
:4本腕か。手数多そう
:剣もでかいな。リーチがある。
:これ相手に一人はさすがに...
コメント欄は興奮と同時に、恐怖しているようなものも見られる。画面超しでも伝わる威圧感、というより、もはや恐怖。
実際に目の前にしたならば、動けなくなるかもしれない。そう感じるほどの存在だった。
だがやはり、それでも配信主は一人でボスの間へと入っていった。何の躊躇もなく、慣れているような動きで歩いていく。
ボスも組んでいた腕をほどき、剣を構えて近づいてくる。
そしてお互いの剣の距離に入ったところで、剣がぶつかりあう。
大きな金属音がし、剣を押し付け合う
:始まるぞおおお
:え、互角?
:押し負けないってどういうことだよ。怪力のスキルでも持ってるのか?
互角の押し合い。ボスは剣を引き別角度から斬りつけると同時、下の腕のナックルでも殴りつけてくる。
配信主はそれを剣で、盾で、体を使って対応する。
:やっぱ手数が違うよ
:これ2人くらいで攻撃防いで、もう2人くらいで攻撃する想定の敵だろ
:早すぎてわからんけど、ボスの攻撃が当たってないのはわかる
:一人で攻撃防いでるだけですごい
(コメントの通り、この攻撃を凌いでるだけですごい。でもここから反撃なんてできるの?)
攻撃をくらっていないだけでも驚愕に値する。しかしここからどうやって攻撃をしかけるのか...
:動画で見る分にはかっこいいボスだな
:どうやって戦うのが定石なのか
:お、弾いたぞ
配信主は道中でも使った盾で弾く技を使い、すぐさま懐に潜り込みボスを殴りつける。
(...いつの間に装備変えたの?)
気づけば剣ではなくナックルをつけて殴り、次の瞬間には杖を持ち魔法を放っていた。
そして雷が走りボスの動きが止まったと思ったら、配信主はこれまたいつの間にか剣を持ち構えに入っていた。
:4本腕っていうのが、これまでの敵と違った造形で戸惑いそうよな
:まてまて、一気に動いたって
:何がどうなった!?!?
まだボスについて感想を言っているコメント欄が、状況の早さに混乱し始めたところで。
配信主は構えた剣を振りぬきボスの首を斬りにかかった。
ボスは寸前で盾を構えたが、攻撃はその盾をするりと抜けて、ボスに直撃する。
その攻撃は驚くほどあっさりとボスの首を斬り落とし、遅れて鈍い音とともに首が地面に転がった。
そして体が倒れて、粒子化がはじまる。
:えええええええええ!?終わり!?
:は?終わり?
:80階層だよな?瞬殺じゃん
:俺らがボスに興奮して感想言い合ってる間に終わってたんだが
:解説!解説してくれ!
:コメント見ないの?見てくれよ!!
「はは...」
思わず笑ってしまった。強すぎる。
一見すると強い技をたくさん使って倒したように見える。
だがその技を当てることができる基礎能力、攻撃をくらわない技術、あらゆるものがずば抜けている。
(雷のは拘束魔法?雷封っていう技は見たことあるけど、それかな?攻撃は鋭刃?盾をすり抜けたのも技?スキル?)
見どころが、わからないことが多すぎる。
未知の力。自分たちはこれに追い付こうとしているのか。
(...目標は、高い方がいいよね)
だがこれまでの漠然としたものではなく、“実在する目標”をこの目で見た。その事実は大きい。
目指すべき場所が見れたことで嬉しくなり、さんぽは笑顔になりながらこれからの行動を考え始めた。
画面には、見たことのない視聴者数とコメントの嵐が流れていた。
:俺の理解がおいついてないだけか?
:誰か解説お願いします
:大丈夫、誰も理解できてないよ
:殴って痺れて剣を振れば倒せるんだよ
:What happened?
:海外ニキも混乱しております
次回は1月26日更新です
おかげさまで日間ローファンタジー20~30位に何度かランクインしました。
モチベ上がりました。ありがとうございます。




