81 アンベールの森 1
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アーシェラの父アーシュさん視点 その1です。
私はアーシュ・クリステーア。
アースクリス国、クリステーア公爵家の嫡男だ。
―――アンベール国のこの森で過ごすのはもうそろそろ5年近くになる。
私は約5年前、外交官として訪れたアンベール王宮で突然捕縛され、有無を言わさずこの森に連れてこられた。
10年ほど前、この森がアンベール国王により処刑場にされる前まで狩猟小屋として使われていた場所に私はいる。
「おー。アーシュさんよ、獲ってきたぞ」
無遠慮に狩猟小屋の扉が開かれ、がっしりとしたメルド隊長が食料となる獣を狩って帰ってきた。
「ああ。すまない、いつも」
「いいってことよ。お互い殺されかけた同士だからな!」
赤紫の髪に紫色の瞳。アンベール国王の縁戚というメルドは、王直属の軍を率いていたが、アースクリス国侵略に真っ先に異議を唱えたため私より半年以上前に、ここで処刑されかけた。
崖の頂上に魔術陣で転移させられ、有無を言わせず突き落とされたのだ。
だが、彼は優れた軍人であり、王族の末席だったこともあり、軍の機密を知る一人だった。
崖から突き落とされたメルドは、持ち前の身体能力で崖の頂上から見えない位置の崖の中腹に大きなケガもなく降り立った。
そもそも10年前まで、ここは軍事演習場でもあったとのことなのだ。
司令官であり、教官でもあった彼が訓練メニューを考える為に、この森も崖のことも調べつくしていたとのことだ。
だから誰よりもここの地形のことを知っていた。
私も彼に救われてここにいる。
崖の中腹で彼に助けられたおかげで、崖下での転落死を免れたのだ。
「まさか。こんなとこに闇の魔術師を引き込んでいたとはな。サマールのやつ何考えてやがる」
サマールとはアンベール国王のファーストネームだ。
闇の魔術師は厄介だ。
もともと能力の高い魔術師が闇に傾くと、人の命を糧にする魔術に傾倒する。
自らの力では叶えることの出来ない強力な魔術を、『人の命を使うこと』でいとも簡単に行うことが出来るからだ。
だから、闇の魔術師は自分の望み通りに、禁術を使える場所を与えてくれる者のもとにすり寄る。
今のアンベール国王のような、命を軽く見る男に。
代わりに闇の魔術師は、アンベール国王に力を貸し、戦場で多くのアースクリス国の人間を殺戮してきた。
「メルド、アーシュ殿。夕餉の支度を手伝ってくれんか」
再び狩猟小屋の扉が開いて、私の父より少し年上の銀髪に紫色の瞳のカリマー公爵が入ってきた。
「カリマー公爵、すいません。手伝います」
カリマー公爵は森に自生しているイモを掘ってきたらしい。
季節は秋。木の実や果実のおかげでこの季節は比較的楽に食料が調達できるのがありがたい。
「今日は魔術師はいないようだ」
カリマー公爵は結界の外のすぐ近くにある闇の魔術師が住んでいる建物近くを通ったようだ。
禁術を使う魔術師がそこに存在するだけで周辺の気配が禍々しくなる。
たとえ魔力を使うことが出来なくても、視ることはできるゆえにカリマー公爵も魔術師がそこにいるかいないかが分かるのだ。
「どこぞの内乱で嬉々として人を屠ってるんだろうよ」
吐き捨てるようにメルドが言う。
「まったく。サマール陛下は何をしているのか。国王であれば民を守るのが役目であろう。何度も思いとどまって欲しいと進言したが聞き入れてくれなんだ」
苦しげにカリマー公爵がため息をついた。
カリマー公爵は私の数か月後に崖から突き落とされた。
私の時と同じように、メルドが崖の中腹で助けたのだ。
ここは崖から離れた森の中の狩猟小屋。
助かったのなら逃げればいいのだが、そうもいかない。
この場所はアンベール国の北の端。
急峻な山と崖が後ろにそびえたつ。この山は急峻すぎて登山などできようもない。
たとえ、山続きに西にいけば我が祖国アースクリス国に行けるとしても、無理な地形なのだ。自殺行為である。
そして逃げたくとも、そうできない理由―――この森の周りには結界が張られているのだ。
魔術師がかけた、二重の結界。
森から出ようとしたところに仕掛けられた、『命を狩る』結界。
そして、森全体に張り巡らされた、『魔力を封じる』結界。
広大な森に仕掛けるには魔力が必要だ。
だが、ここは処刑場。
すでに何百人もの命を吸ってきたこの場所は、命を糧にした禁術による結界が常に強力に張られている。
崖から落とされたところをメルドに救われ、せっかく助かった命だというのに、私たちの制止を振り払って森から出ようとして結界に触れ、命を狩られた者を何人も見てきた。
時には、いつ終わるとも知れないこの生活を悲観して、自ら結界に触れて命を絶つ者もいた。
浅黒い肌の闇の魔術師は、それを微笑しながら見ているのだ。
私がここに来た時以上に、魔術師は明らかに若返っている。
私が初めて見た時は50代くらいだったものが、今は30代のように見える。
それが異様に気持ち悪い。
いくら肉体が若返っていても、その後ろには本来の年齢の姿が私には視えるのだ。
『命』を使う禁術は常習性の高い危険な薬のようだという。
使えば使うほど、その強力な効果に酔いしれ、もっともっとと増長していく。
『見ろ! この私を!! 戦場の数多の命が私を最強にした!!』
高笑いをして禁術によって若返った姿を私たちに見せつける魔術師。
アンベール国に巣くうこの男は、はるか南の大陸からアンベール国王が引き込んだ男だ。
浅黒い肌はこのアースクリス大陸にはいないのだ。
『あの男の誘いに乗って正解だったな。かつてない程、魔力がみなぎっているぞ!!』
闇の魔術師は、戦場で奪ったたくさんの命で禁術を行使し、己の肉体を若返らせていたのだった。
◇◇◇
―――数百年前、かつてのアンベール国があった大陸が海に沈んだ。
アンベールの民の少数は船で脱出し、何十日もかけてこのアースクリス大陸にたどり着き、当時のアースクリス国王に建国を許されて、この地を分け与えられたのだ。
だが、この国はアースクリス国に牙を剥いた。
そして建国時の、アースクリス国とのたった一つの約束事―――
『この大陸を創った女神に仇なす行為をするべからず』
この誓約によって、女神様を信仰する者への迫害や、神殿や教会の破壊はされなかったが、朽ちていくのに任せ、改修もされずに放置されていた。
この森のほとりには、崩れかけた女神様の神殿があった。
ほとんど崩れ去った神殿の一角には、かつて神官が住んでいた住居が残されていた。
そこに魔術師は居を構え、時折きまぐれに私たちに一方的に話をし、去っていく。
『ここは何の思い入れもない国だ。思う存分私の魔術の材料になってもらうぞ』
彼はその魔術の傾倒分野から、祖国から追放された『闇』の魔術師。
つまり、禁術を使ったために祖国から指名手配、見つかり次第に処刑されるはずの魔術師だった。
それを、アンベール国王がアースクリス国をおとす戦力にする為に引き入れたのだった。
闇の魔術師は、存在するだけで異端の空気を漂わせる。
アンベール国王は王都に住まわせることはせずに、この森を与えた。
魔術陣を使えばいつでも会うことは可能だからだ。
闇の魔術師が祖国から抹殺されようとしたのは、国民の命を魔術に使ったからだ。
無辜の民を犠牲にした魔術師は、すぐに国の魔術師によって特定され、抹殺の指令のもとに攻撃された。
傷を負って逃げ回っていた闇の魔術師を見つけ出し、アンベール国王はこの大陸に誘った。
『我が国に来れば、思う存分、闇の魔術を使う場所を提供する』―――と。
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