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62 もちつきをしよう!



 もち米と杵と臼を使って餅つきをしてみようということになり、みんなで厨房と厨房隣の従業員用食堂に移動した。

 厨房は主人たちとデイン伯爵家が揃って入って来たので一気に騒然とした。

 従業員用の食堂はシンプルな作りで、煌びやかなマリアおば様やデイン伯爵様たちは少し場違いなかんじがする。


「大陸の食材で料理をする。手伝ってくれ」

 ディークひいおじい様の一声に厨房の料理人が一斉に『分かりました!』と答えていた。


 バーティア家の使用人はすべてディークひいおじい様が選んで雇用した人たちだという。

 そして、バーティア家に雇用された人は長く勤めることが多く、自ら辞めたいと申し出る人はいないのだと、今朝ローディン叔父様と一緒に執事のビトーさんのお見舞いに行った時に、ビトーさんが教えてくれた。

 『ディーク様は寡黙で口数が少ないですが、素晴らしい方ですよ。この本邸にいる者も別邸にいる者も、絶対にディーク様やローディン様、ローズ様を裏切りません。もちろんローズマリー様もです』

 んん? ダリウス前子爵の名前が出てこなかったよ?


 ディークひいおじい様は従業員を大切にしているそうだ。


 バーティア家に勤める者には、教育を惜しまず受けさせる。これが基本だ。

 『生きていくうえで教育は重要なことだ。身につけた知識は自らのものになり、誰にも奪われないものとなる。いつかバーティア家を離れて他で生きていくためにも必要だろう』

 と言って、基礎教育だけでなく希望する者にはその上の教育も受けさせてくれるのだそうだ。

 その他にも、病気の家族がいれば適切な治療を受けさせてくれる。

 ひとりひとりに個別の配慮をしているらしい。

 偉ぶって暴力をふるうことも暴言を吐くこともなく、間違ったことをすればアドバイスもくれる。

 住むところも、食事もきちんと与えてくれる。


 教師であったディークひいおじい様は、教育の大切さ、人間としての尊厳、最低限の衣食住の確保が、誰にとっても大切であることを分かっている。


 建国以来から続く由緒正しき子爵家の当主が、平民である自分たちを蔑むことなく心を砕いてくれる。

 そんなディークひいおじい様に心酔し、働けなくなるまでずっと、バーティア家に仕えることを望む古参の従業員が多い。

 そういう積み重ねの結果、執事やメイド、庭師や料理人さんや他の従業員達も、ディークひいおじい様の言葉は絶対なのだそうだ。

 おかげでダリウス前子爵が何かしでかそうとしても、自然と、ダリウス前子爵付きの執事やまわりの従業員から、ディークひいおじい様に事前に連絡がくるようになったのだそうだ。


 『私たちは何があっても絶対にディーク様の味方です。ディーク様の大事なアーシェラ様。私は絶対にアーシェラ様の味方ですよ』

 そう言って、ビトーさんは私の手をきゅうっと握った。


 ひいおじい様。すごい人だ。

 他の人から聞くと、すごい人だということがわかる。

 『もちろん。ローディン様、ローズ様。そしてローズマリー様も私たちの大切な主人です』

 『そこに馬鹿親父が絶対入って来ないのは笑えるな』

 『はい。嘘はつけませんので』

 ビトーさんがやわらかく微笑んだ。


 ああ。バーティア家のみんなは、まるでひとつの大きな家族のようだ。

 そんな家を作った、ディークひいおじい様のことが、もっともっと大好きになった。



 ◇◇◇



 私の前世の家はもち米も作付けしていた。

 だからある程度特徴も知っている。

 まずはもち米を洗米して浸水する。

 前世では洗ったもち米を何時間も浸水させないとぬか臭くなったけれど、説明書には一時間と書いてあるので、その通りにする。

 植生が似ていても違うところもあるのだ。こちらの世界のやり方で行く。

 それに時間がかからず調理にかかれるから好都合だ。


 その間に料理人さんたちに炊き込みごはんの用意をしてもらう。

 米の炊き込みごはんと、もち米のおこわにして食べ比べをしてもらおうと思う。

 それと前世でよくやっていた、米にもち米をブレンドするやり方。

 だいたい米9に対してもち米を1から2を加える。これが我が家の美味しい炊き込みごはんの比率だった。

 もち米を入れるとお米がモチモチっとして美味しくなるのだ。

 もち米は吸水性がいいので、古米と一緒に炊くと美味しくなるので米農家だった昔はもち米をよく古い米に入れて食べていたのだ。

 

 米ともち米、二つの米のブレンド、この三種類で炊き込みご飯を用意して、同じ味付けで食感を試してもらおう。

 『食べ比べをしたい』とお願いすると、料理人さんたちは『おもしろそうですね!』と、昨日完成したレシピを見ながら材料と調味料を用意しはじめた。


 炊き込みご飯の調理をお願いした後、餅つきの用意に戻る。


 浸水したもち米をザルにあげて水を切った後、蒸し上げる。


 その間に臼を食堂にセットして杵とともに熱湯消毒。

 魔法でサクッとやっていたのはスゴイ。


「モチゴメ、ウスに入れますね!」

 レイド副料理長が蒸したもち米を臼に開けると、トマス料理長がそこから小皿に蒸したもち米を取り分けて一人ずつに渡した。

「こちら蒸したモチゴメです。一口ずつどうぞお召し上がりください」

「ん。モチゴメはコメに比べるとかたいような」

「たしかに噛みごたえがある」

「「ほんとだ」」

 うん。もち米の食感がする。みんなも違いがわかったようだ。

 もちろん、違いを覚えてもらう為に料理人さんたちにも試食をしてもらった。

 


「で、このモチゴメをこの木でできたキネでつく、か」

 ホークさんが説明書どおりに丹念に米を潰すようにしたあと、餅米をつきはじめた。

 うむ。なかなか筋がいい。

 合いの手はリンクさんが。さすが双子のようにそっくりな二人だ。息がピッタリだ。

「疲れた! どこまでやればいいんだ!」

 杵自体が重いのだ。3kgから4kgある。それに初めてでもあるし、使い慣れない重い杵を振り上げておろすという動作はコントロールも難しい。

 慣れない作業にすぐにホークさんがヘタると、デイン伯爵が。

「どれ。交替しよう」

 そう言い、その後みんなで交替でわいわいと餅つきした。楽しい。

 デイン家のみんなも、ローズ母様、ローディン叔父様、ディークひいおじい様も笑顔だ。

 こんなに楽しいなら、またやりたいよね。


「む。これはなかなか体力を使うな」

「私の手をキネでたたかないようにお願いします! 大旦那様!!」

 料理人さん達も参加して和やかに餅つき。しばらくするといい感じに餅がつき上がった。


「うわっ! まだ熱いし! ぐにゃぐにゃして持てないぞ!!」

 リンクさんがなんとか餅をまとめて、あらかじめ片栗粉をふるっておいた台にまだまだ熱い餅をおいた。

「で。これからどうするんだ?」

 リンクさんの問いに、ホークさんが説明書を読み上げる。

「つきたてを一口サイズにとって、お好みの味で食べる―――って、『お好みの味』ってなんだ!?」

 またしても、説明書には穴がある。

 外国向けの説明書には食べ方も載せておくべきだよね。


 とりあえず、美味しい食べ方はひとつ確保してある。

「あい。おしょうゆとおしゃとう、どうじょ」

 料理人のハリーさんが手を水で濡らして、個人別に皿に一口サイズに取り分けていったものに、あらかじめ作っておいた砂糖醤油をスプーンでかけて渡した。

 ホークさんが一番乗りで、フォークで伸びる餅を恐る恐る食べる。

「―――うまい!!」

 ホークさんが叫んだ。

「食べたことのない食感だけど、これイイな! それに、砂糖と醤油の相性抜群だな!」

「おもちってどこまでも伸びるわね。面白いわ!」

 つきたてのおもちは伸びるのだ。マリアおば様がどこまで伸びるか楽しんでいる。


「これ、砂糖と醤油よね。おコメにはやっぱり醤油が合うのね」

 母様が的を射た言葉を言った。

 そうなのだ。醤油はお米に合う。

 お餅に砂糖醤油は前世の我が家の定番だ。

 甘いごまだれやきな粉、それにあんこも好きだけど、どれもここにはないので砂糖醤油味にしたけど、大正解だ。


「コメがこんなに柔らかくなるとはな。これがモチという料理で、モチゴメで作るのだな。モチゴメもうまいのだな」

 デイン伯爵の言葉に、みんなで頷いている。


 説明書にはモチゴメを使わなければモチにはならない、と注意書きしてある。

 それは必要な表記だけど、食べ方はなぜ載せなかった、と突っ込みたい。


「まあ! 本当に食べたことのない食感ね。それに甘じょっぱくて美味しいわ!」

 どこまでも伸びるのを堪能した後、口にしたマリアおば様が、パクパク食べはじめた。


 みんなに高評価なので。次は。


「ほーくおじしゃま。これちゅかっていい?」

 さっきもち米の蒸しあがりを待っている間に残りのお土産の箱を確認したら、木箱一箱に海苔がぎっしりと入っていた。

 お土産はどうやら全部箱買いしてきているようだ。豪快だ。

「ノリだな! いいぞ。ただこれは食べ方がわからないんだ。磯の香りがするからとりあえず買ってみたんだが」


 四角いノリを半分に折りたたんで折り目をつけると簡単に切れるので、餅を包むサイズに切って渡した。

 さっき欠片をかじったら、ちゃんと美味しい海苔だったのだ。

「あい。のりにおもちをはちゃんでどうじょ」

「これも海のもので作られたものなんだよな。どれ食べてみよう」

 まずは買ってきてくれたホークさんに海苔を渡す。

 そして私も、砂糖醤油をつけた餅を海苔でくるんで一口。

 パリッっと海苔が噛み切られる音がいい。

 海苔のいいかおりがふわりと広がった。

「おいちい」

 転生して初めての海苔だ。懐かしくて、美味しい。


「うん! ノリつけたやつも美味いな! 香りも食感もいい!」

 ホークさんの感想を受けて、リンクさんも海苔をつけて頬張った。

「へえ。ノリって旨味があるんだな。それにノリをつけるとさらにモチがうまくなる!」

「ほのかな磯の香りがいいな。モチに合って美味しいな」

 ローランド・デイン前伯爵の言葉に、ディークひいおじい様もローディン叔父様も同意していた。


 そうなのだ。海苔と米は最強タッグなのだ。餅にも米にもお煎餅にも合う。


「噛んだ時はぱりっと裂けて、口の中で溶けていくのね。食感もいいし。ノリ自体にうまみがあって美味しいわね」

「本当だな。ノリとは風味とうまみがあるのだな」

 マリアおば様とデイン伯爵は、四角い海苔を手に頷きあっていた。


 もち米にあうのだから、もちろん炊いたお米にも合う。

「のりおいちい。しおおにぎりにまくとしゅごくおいちい」


 聞くなり、ホークさんがトマス料理長を呼んだ。 

「トマス料理長! おにぎりを用意してくれ!」


「はい。先ほどアーシェラ様より承りましてご用意しております」

 タイミングよくトマス料理長が塩にぎりを持ってきてくれたので、皆で海苔を巻いて食べ始めた。


「うわ! 本当だ! ノリを巻いたら塩にぎりがランクアップした! すっごくうまい!!」

「口にいい香りが広がる。ほんとにうまい!!」

「「本当だな!」」

「ノリを巻いたおにぎり、本当に美味しいわね」

 いつか海苔を作れるように職人をいれようと、デイン家の皆さんは一気に盛り上がっていた。


 料理人さん達も海苔のついた塩にぎりを堪能して、ディークひいおじい様に在庫が無くならないようにしたい! と懇願していた。


 うん。アースクリス国で海苔が出来たらいいよね。



 おもちは結構な量できた。

 

 厨房の料理人にも同じくらいの量を食べさせたが、かなりの量がまだ目の前に残っている。

 何しろ海苔を巻いたおにぎりもみんなに好評だったので、残ってしまったのだ。


 だけどおもちはすぐに固くなってしまう。

 苦労して作っていたのに、ここで食べきってしまうのは無理なようだ。

 固くしてしまうのはなんとなくもったいない。

 切り餅にすればいいけど、せっかくみんなで作ったのだから、固まってしまう前にみんなに食べてもらいたい。



 まだお餅を柔らかいままにするには。


 ―――そうだ! あれを作ろう。




お読みいただきありがとうございます。

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メシばっかで話の進展が遅すぎる…
[良い点] アースクリス国の日本化が止まらない
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