43 おそばみいつけた?!
カレン神官長が、柿のバターサンドを思う存分堪能した後、『炊き込みご飯を食べてみたい!』とおねだりしてきたので、夕ご飯を御馳走することになった。
王宮での試食会は軍に関わる貴族達が主だったのだけど、どうやらカレン神官長のお兄様のウィルド侯爵様が試食会に参加していたらしい。
『お兄様が炊き込みご飯が絶品だったと絶賛していたので、それが食べたいのです! お願いします!!』と気持ちいい位ストレートにお願いしてきたのだ。
クリスフィア公爵が『炊き込みご飯なら私もご馳走になりたい』とのことだったので、今日の夕飯は賑やかになりそうだ。
さきほどローズ母様が料理の仕込みの為に台所に行き、料理が出来るまで、ローディン叔父様とクリスフィア公爵が今後の遠征の話をすることになったので、リンクさんとカレン神官長も一緒に話を聞くことになった。
私はというと、ローディン叔父様の膝の上だ。
ローズ母様と一緒に炊き込みご飯の仕込みをしに行こうとしたら、『アーシェはここにいなさい』と、ローディン叔父様が膝に乗せたのだ。
―――あう。恥ずかしいけど嬉しい。
ローディン叔父様がウルド国に出発するのは、来月、本格的に寒くなりはじめる頃だ。
さらに2カ月もすると、日中でも氷点下になる日が1カ月以上続く。
半年間の従軍期間の後半は、寒さが和らぎ春が訪れるだろうが、前半から中盤の約4カ月は寒い。
戦争が始まってから5年、これまで寒さと雪の為に冬季は暗黙の了解のように休戦となっていた。
アースクリス国が決断した冬期の進軍は、冬の間は戦争はしないという相手の意識の裏をつくこと。
そして、早急に決着をつけて、ウルド国の無辜の民を早く飢えから救うために、あえて厳しい時期に一気に叩くつもりなのだと聞いた。
ウルド国を含めての三国は、この冬多くの民が食糧難で命を落とすだろうと予測されていた。
兵糧が蓄えられた秋に交戦となるのがこれまで多かったが、今年もアースクリス国以外の国は穀物が不作だったと聞く。
また、三国は自国の王族や政府に対して民の反乱が起こっているため、アースクリス国に攻め入る余力がなかったため、今年に入ってからの戦闘はなかった。
しかし、今でも王族や軍部に間諜や暗殺者が執拗に放たれている。
種火は消えていない証拠だ。
アースクリス国は、5年前に決めた大陸統一を実行する開始時期として今冬を選び、ダリル公爵からの要請を受けて、ウルド国侵攻を決断した。
アースクリス国はウルド国との戦争を最初の短期間で終結させて、半年の期間の残りで戦後処理とウルド国の民の救済の基礎を作り上げるつもりなのだ。
冬の進軍はきつい。
寒さと雪が容赦なく身体にダメージを与えるだろう。
食事はどんなものかは分からないけれど、干し柿みたいな甘い物は貴重だし、戦争に行く人も喜ぶと思う。
そこでふと、ローディン叔父様のこれからの半年間の食事が気になった。
「ごはん、だいじょぶ?」
先行していく部隊の後、補給部隊も追っていくらしいけど、途中で襲われたりしたら食糧が危ういのではないだろうか。そう聞いたら。
「補給部隊も精鋭部隊が付くから大丈夫だ。それに、先行部隊だけで王都を落とすつもりだから、後発隊である補給部隊はウルドの民の食糧支援も兼ねることになるな」
ということは、食料はどんなにあっても足りないということだ。
「先行部隊の食事には、麦のほかに米も用意した。米は腹持ちもいいしな。肉や魚もあるが、後半は干し肉や干し魚などの保存食が主流になるな。あと秋採れのキノコや野菜もな。しっかりと量は確保してある。今回は干したキクやコンブも持って行けるからいいが……」
ん? なんか言葉が詰まったよ。どうしたんだろう?
「どうなさったのですか?」
カレン神官長が問いかけると、クリスフィア公爵がああ、と言った。
「悪い。一瞬別ごとを考えていた。実は先行部隊でも、ダリル公爵の領地で食糧支援物資をおろす予定なんだが、それだけでいいかずっと考えているんだが……」
そうだ。デイン伯爵領に難民が流れ着いているのと同じように、陸路でアースクリス国に逃れてきている者もいる。
「一気に王都まで行くつもりだが、道中は長い。王都への間に少しでも餓死者がでるのを阻止してやりたいとも思っているんだがな」
ウルドの王都までは戦闘をしつつの進軍になる。
ダリル公爵率いる反乱軍は、要所の半数以上を掌握していて、王都近辺まではさほどの障害がないとの報告だったが、どうなるかは行ってみなければわからない。予測が付かないものなのだ。
道中でウルド国の兵と交戦になるのは避けられない。
今回ウルドの王都まで、1か月位はかかるだろうと思われている。
本来は、馬車で2週間位で行ける距離なのだそうだ。
「……そうですわね。アースクリス国以外はここ数年不作続きの上、政府が食料を民から搾り取っているといいます。民には罪はないのですから、出来ることなら道中で支援はしたいですけれど、ここは最短でダリル公爵と合流した方がその後の支援が早く進むのではないでしょうか」
寄り道をすればその分危険が増す。それにウルドの民が直接渡された敵国からの食料を信用するかどうかはわからない。
毒が混入されていると誤解される可能性もあるのだ。
「そうだな。その方がウルドの民にとっていいだろうな。だが……ダリル公爵の領地におろす支援物資もとうてい足りぬだろう。せめて来春までは保たせてやりたいのだがな」
ウルド国は今年の冷害で穀物が3割程度しか収穫できなかったそうだ。
国民が一年間食べていくには到底足りないのだが、それを根こそぎ国に搾り取られていると聞いている。
皆で結託してわずかな穀物を隠し、なんとか生き延びているという話を、アースクリス国が放った間者の報告や、ダリル公爵から聞いているということだ。
「自分たちの作った穀物を、国から隠さなければ生きていけないとはな。―――民を護る義務を持つ国王のすることか。国王失格だ」
「人としても失格でしょう。王は民の親。守るべき子である民を虐げていること自体、王としても親としても、人としても失格です」
ローディン叔父様の言葉が冷たい響きを放つ。
「先行部隊と補給部隊からの支援で、冬を越せるといいがな……」
リンクさんが呟くと、カレン神官長も難しそうな顔で頷いた。
アースクリス国一国で、ウルド国の民全員の食を賄いきれるとは思えないし、難しいだろうと思う。
この世界の1年と四季は日本と大体同じで、1か月は30日で12ヶ月。一年は360日だ。
12月に出兵し、5月までの6ヶ月間が叔父様の従軍期間となる。
そして、前世日本の北国と気候が似ているので本格的な春がくるのは4月頃になる。
春になればいろんな自然の恵みがもたらされる。これからの約4カ月が食糧難にあえぐ他の三国にとって正念場になるだろう。
アースクリス国の麦は豊作だったので、ウルド王都への進軍の途中で、ダリル公爵とその友軍へ支援物資として渡されることが決まっている。
ダリル公爵はそれを配分して各領へと渡すことになっているのだ。
「餓死するまで民を苦しめる生国と、敵国でありながら食糧支援という手を差し伸べる国。民の心が向くのはどちらでしょうね」
カレン神官長が言う。
アンベール国王に唆されて、ウルド国王と王弟そして王族におもねる貴族が引き起こした戦争。
その時期を境に各国は食糧が不作になった。
人の心は難しい。傍若無人な生国。家族を殺した敵国。
私なら家族を殺した敵国を赦せないし、禍根は一生残るだろう。
けれど、飢え続けた民にとっては、民を虐げた生国よりも、救いの手を差し伸べたものに傾くのか―――
―――本当に本当に難しい問題だ。
「―――まあそういうわけで、今の出兵の際は食料が大量に必要になる。なにしろ罪のないウルドの民をこれ以上死なせるわけにはいかないからな」
クリスフィア公爵がいうと、カレン神官長が。
「ですが、この食糧難になんとか耐えているところもあります。反乱軍を率いているダリル公爵やアウルス子爵、ランテッド男爵の領地は今年もなんとか通常通り収穫になっているとか」
「? どうちて?」
ウルド国の大半が不作なのに?
「ダリル公爵の領地は、ウルドの王都に近いながら、もともと夏はとても暑い土地なのです。冬は寒いのですが温泉が至る所に湧き出ているそうで。冷害による不作で他の領の収穫量が激減している中で、冷害の影響をほとんど受けず通常通りの収穫量だったそうです」
王都に近い地である、ダリル公爵の領地はアースクリス国軍の拠点となる場所となる。
夏が暑く、冬寒いという土地の条件は、たぶん盆地なのだろう。
寒いと聞いて心配したけれど、王族が先祖にいるというダリル公爵の領地には、広大な城や屋敷がいくつもあり、アースクリス国軍に提供すると申し出てくれているのはありがたい。
「アウルス子爵領とランテッド男爵領はどうなのでしょう?」
ローディン叔父様が聞くと、カレン神官長が答えた。
「アウルス子爵領は山岳地帯でウルドで寒冷な気候の地ですが、ソバという穀物を育てています。寒さに強く約2・3カ月という短期間で収穫できる作物らしいです」
「しょば!」
思わず大きな声が出た。
蕎麦! ウルド国に蕎麦があったとは!!
お読みいただきありがとうございます。




