309 心は身体に引っ張られるもの 2(アーシュ視点)
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その王妃様の成長過程は、私の娘アーシェラがこれから辿る成長の目安となるだろう。
かつて私は同じ女神様の愛し子である王妃様に聞いたことがある。
アーシェラは、女神様の愛し子ゆえに魂の経験値が高い。
さらに過去世の記憶の一部を持って生まれてきている。
だから、幼い身体に過去世の大人であった記憶が残っているということは、どんな感じなのかと。
その問いに、王妃様は『そうね……。確かに過去世の記憶に引っ張られることはあったけれど、でも基本的にお子様だったわよ』と言った。
その言葉には少なからず驚いた。どちらかといえば大人の記憶が大部分を占めてしまうのではないかと思っていたのだ。
『だって生まれ変わったのですもの。今はクリスウィン家に生まれたフィーネなの。両親とお兄様のことが大好きな子供で、思い通りにならないと駄々をこねるお子様だったわ』
幼かった頃の王妃様の中には、過去世の記憶故に冷静な判断ができる自分がいたという。けれどそれはほんの一部分であって、本質的には『今の自分』が大きく自分の中を占めていたらしい。
『でもやっぱり過去世の記憶があるゆえの寂しさがあったわ。だって……過去世にも家族がいた。大事な人がいた。それなのにもう二度と会えないのだもの』
と声を落とす。
『会えることなら会いたい……。でもそれは無理なことだと分かっているけれど……どうしようもなく悲しくなって涙したこともあったわ。……でもそんな時にレント前神官長が教えてくれたの。「姿形が変わっても、そうだと分からなくても、女神様は巡り合わせてくださっているのです」って』
私たちは皆、輪廻転生を繰り返している。
転生するたびに記憶はまっさらとなり、新しい人生を送り――魂を磨き上げていくのだ。
私たちの中に前世の記憶は残ってはいないが、王妃様やアーシェラのように魂の年齢が高い者には記憶の一端が残されている。
神々は、輪廻を繰り返す数多の魂が『生まれ変わっても何度でもめぐりあいたい』『側にいたい』と強く強く願う魂の元へ導いてくださるという。
『だから、フィーネ様も同じなのだ』
と、レント前神官長は幼い頃の王妃様にそう言ったという。
『同じ魂なら、たとえ記憶はなくともお互いに強くひかれあうのだそうですよ。さて、フィーネ様の周りにはそのような方がいらっしゃるでしょうか?』と。
王妃様はレント前神官長の言葉を私に教えつつ、陛下と兄君のリュディガー様を見た。
おそらくは、王妃様にとって彼らが『そう』なのだろう。
『確かに大人だった記憶はある。でも過去世の自分の名前も、大事な人の名前も憶えていないの。姿の記憶も薄れてしまっている。ただ過去世の思い出だけがこの胸に詰まっている感じなの。でもね、どっちが大事かなんて比べるまでもないわ。一番大事なのは「今」なの』
王妃様はかつての人生において、とても大事な人たちに今生でもめぐり逢った。
たとえ彼らにその記憶がなくとも。それだけで、いい。
それを感じ取った彼女は、この人たちと……そして今生で新しくめぐりあった人たちと共に新しい人生を送ろうと、過去世は過去世だと切り替えることができたという。
『で、問いの答えはね。私はお子様でした! 大人な記憶があった分、理解が早かっただけ』
『幼い頃の精神年齢ということだろう? フィーネは小さい頃よく地団駄を踏んでいたぞ。しかも幼児の時期が長かったから、かなりの期間地団駄を踏んでいたな』
私と王妃様との会話を聞いていた国王陛下が『地団駄を踏むお子様が大人か?』と、そう言って笑った。彼は王太子殿下だった十歳の頃、『自分の伴侶が生まれた』と気づいた人だ。王家の者は己の伴侶が分かるという特性があるのだ。そして伴侶である彼女を見つけた王太子殿下は、足しげくクリスウィン公爵家に通ってその成長を見守ったのである。
陛下の言葉に王妃様の兄であるリュディガー様も笑う。
『確かにそうでした。心が大人だったというなら普通地団駄はしなかったと思う。あの当時のフィーネから大人だと感じはしなかったな』
『もう! 陛下もお兄様も~! だ・か・ら! 記憶は記憶で別物なのよ! 心は年相応のお子様だったの!』
二人に子供の頃の恥ずかしい話を晒されて、ぷん、と頬を膨らませた王妃様。
王妃様ご本人と、身近でその成長を見守ってきた陛下やリュディガー様がそう言うのなら、そうなのだろう。
ああ、そういえば。真実を見抜く『クリステーアの瞳』を持つ私と父は、かつて闇の魔術師の身体と魂のズレを見通していた。
人は生まれてから死ぬまで身体と魂の形は同じだ。赤ん坊の魂は赤ん坊で、年を重ねて肉体が成長すると魂も同じ形となっていく。
だが闇の魔術師は人の命を魔術の糧に使い、その力で自らの肉体を若返らせていたが、魂の形は元のまま。そのズレが私には視えたのだ。
そのズレがアーシェラには視えない。心と身体がピッタリと合わさっている。
ああ、なるほど。アーシェラは私とローズの子供としてこの世界で生まれ、新たな人生を送っているのだ……と理解できた。
王妃様の言う通り、過去世の大人だった記憶があろうと、アーシェラの心と身体はまだ五歳の子供なのだ。
『フィーネは成長が遅かったから、よちよち歩きも、言葉が拙い期間も長くて、すごく可愛かったなあ』
そう懐かしそうにリュディガー様が言うと、陛下がふふ、と笑む。
『ああ、上手く話せなくて頬を膨らませた姿もな』
『陛下はそのフィーネの頬をつつくのがお好きでしたよね。それで余計にフィーネを怒らせたものですよね』
『アーシェラが乳飲み子だった時も、しつこく頬をつつくものだから嫌がられたものよ。しまいには陛下が抱っこすると、抱き方で「いたずらする人だ」と気づいて逃げようとしていたもの』
『そうだったな』
懐かしそうにお二人が微笑む。
アーシェラは、生まれてから七か月の間、王宮の隠し部屋で秘かに育てられていた。
私の両親と王妃様がアーシェラを育て、陛下は時折アーシェラを見にいっていたらしい。そのたびに頬をつつくのでアーシェラに嫌がられたそうだ。
本当は私もアーシェラが生まれた瞬間から見守りたかった。……それはもう決して敵わないことだが。
だからこそこれからの成長は見逃したくないのだ。
やっと三歳に足をかけたくらいのアーシェラ。
今ではアーシェラの成長が遅いのが何となく嬉しい。
ここから先、ゆっくりと成長していく姿は絶対に側で見る。
私はそう決めていた。
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