27 かえれない?
◇◇◇
王妃様とお会いして歓談していると、部屋に食事が配膳されてきた。
といっても、今は午後のお茶の時間。
陛下に献上する物を王妃様にも、と。
お弁当形式にして食事を作っていたのだ。
お茶の時間のお茶請けにはどうかと思ったけれど、王妃様のたっての希望だったため用意してもらった。
「嬉しいわ! これをいただくために、お昼はフルーツだけにしておいたの!」
メニューは先日デイン伯爵家の夕食で出したモノとほとんど同じ。
小さなおにぎりを5種
塩おにぎり
ガーリックバターライス
炊き込みご飯
エビ塩おにぎり
コンブ塩おにぎり
おかずは、きんぴらごぼう、コンブの柔らか煮、お漬物、そして菊の花の酢の物だ。
すべてご飯に合うおかずを用意した。
きれいな絵柄が描かれたお皿にきれいに盛り付けられていた。
そして汁物は、菊の花とインゲン、ジャガイモの味噌汁とアサリの味噌汁の二種類。
菊の花の味噌汁は、ジャガイモの白、インゲンの緑、それに菊の花の黄色が鮮やかで、見た目にもとても綺麗で美味しそうだ。
実は、昨晩の夕食に菊の花を使った料理を作ったら、クラン料理長や厨房の料理人たちが目を丸くしていた。
デイン伯爵家に戻った時は、だいぶ夕食の準備が進んでいたので、味噌汁と酢の物だけを新たに作らせてもらったのだ。
教会でのお昼はスープに菊の花をたっぷり入れたけど、味噌汁に入れたものが好きなので、前世でよく作ったものにした。
ジャガイモとインゲンに菊の花を入れた味噌汁。
菊の花で鮮やかな味噌汁になるのはもちろんのこと、味噌汁にジャガイモが少し溶けると美味しさ倍増になるのだ。
『ジャガイモの味噌汁美味しいですね! 昨日のアサリとは違って、野菜の旨味を感じます!!』
『キクの花……初めて見ましたが、鮮やかな黄色の大輪なんですね。……まさか花が食べられるとは思いませんでした』
夕食用に用意されていた生野菜とベーコンのサラダに菊の花の花びらをパラパラとかけたら、すごく鮮やかになった。
『いつものサラダが大変身ですね! くせがなくて、シャキシャキの食感がすごくいいです!』
前世で刺身についてきていた小菊は少し苦みがあったけど、女神様の菊の花はまったく癖がなくて美味しい。
料理人さんたちは、花を食べることに少し抵抗があったみたいだけど、くせのない食材だと知ると、すぐに価値を分かってくれたようだ。
菊の花の酢の物は作り方を教えたら、料理人さんたちでさっくりと作っていた。
今回は菊の花の美味しさを知ってもらうために酢の物を菊の花だけで作ったけど、キュウリとか他の食材と合わせても美味しいよ、と言ったら。『明日試します』とのこと。
しっかり食材として受け入れられたようだ。
そして、菊の花がデイン商会で扱われることを知ってとても喜んでいた。
そして、今日。
昨夜の食事も好評だったので、急遽菊の花を使ったレシピを取り入れた料理になった。
ちなみに、今王妃様に出されている料理は、デイン伯爵家のクラン料理長が王宮の厨房で作ったものだ。
さすがにデイン伯爵家で作って王宮に持ち込むことは憚られる。
王宮の試食会に参加される人たちに配膳されるまでに毒が混入されては、デイン伯爵家が取り潰しになってしまう。
なので、以前からクラン料理長が王宮の料理人とともに作ることになっていたのだ。
クランさんは王宮の厨房に自分の兄弟子がいたので、気が楽ですと言って今朝早くデイン伯爵様と一緒に王宮入りして試食会用のお弁当を作っていたのだ。
なぜ試食会かというと、献上するつもりだった米をバーティアのひいおじい様の提案で、軍用の食事として提案することになったからだ。
弁当方式にしたのは、おにぎりは冷めても美味しいということを示したかったから。
クランさんは実際に厨房で王宮の料理人と軍部の料理人と一緒に作ったそうだ。
監視というか、注目された中で作って、その都度説明と味見をしつつ作業していたので、毒見も当然クリアしたとのこと。
王妃様に料理の説明をするために入室した女性の料理人が、頬を紅潮させて、厨房での様子と共に、ひとつひとつ料理の説明をしていた。
配膳は王妃様がクリスウィン公爵家から輿入れした際についてきたという女官と、国王夫妻付きの執事が行った。
その執事から、お昼に合わせた試食会は大成功だったと教えてもらった。
よかった!!
「お米って、甘くておいしいのね! どれもこれも美味しいわ!」
王妃様には四角い箱に入れた冷めた弁当ではなく、温かいものをきれいな皿にワンプレートとしてもらった。
温かいとさらに美味しいのだ。
「はい! はじめて作るお米料理でしたが、全部美味しくて、料理人みんな驚いていたのです」
「この炊き込みご飯は絶品よね! もっと食べたいわ!」
王妃様のリクエストにこたえて、炊き込みご飯がもう一度サーブされた。
「試食会でもこれが一番好評でした。陛下は大陸の調味料を急遽輸入するとのお言葉で、料理人みんなで喜びました」
こげ茶色の髪と瞳の女性の料理人が、興奮して話す。
その言葉に私も目をキラキラさせた。
戦争中は民間レベルでは大陸との行き来が制限されている。
でも、国交レベルでの貿易はある。
戦争がいつ終わるか分からなかったので、醤油や味噌を節約しながら使おうと思っていたので、輸入は嬉しい。
できれば職人さんを誘致してくれないだろうか。
その方が確実に安定供給できるはずだ。
「お米の料理……おにぎりですが、調理にさほど手間がかかりません。戦地に精米した米を持っていくことに決まりました」
昼の試食会の際に国王の傍に控えていた執事が言った。
「まあ! でもバーティア領のお米は今年初めての収穫でそんなに量はないのではないの?」
「今回の兵糧にあてる分は大陸から輸入して、バーティア領の米は来年の作付けの種として、供出可能な分を国で買い上げるとのことでした」
ほっとした。
種もみ分だけなら、だいぶ領民の皆さんが食べれる分は残るはずだ。
一生懸命作ったんだもの。
農家の皆さんにもちゃんと食べさせてあげたい。
その後、塩コンブのアイスクリームを3度もおかわりをした王妃フィーネ様はとっても満足そうだった。
◇◇◇
食事が終わり、再び3人だけになった。
食後の紅茶を飲みながら王妃様がほう、と息をついた。
「キクの花の効能はすごいわね。目の疲れが少しラクになったわ」
王妃様はたくさんの書類に目を通すので、少し疲れ目のようだった。
菊の花には疲れ目を改善する効能もあるのだ。
しかも女神様の花なので効果はすぐに現れている。
そして、紅茶の脇におかれた蜂蜜の入った瓶を手に取って満足げに眺めていた。
ローディン叔父様が名付けた『天使のはちみつ』だ。
さすがにたっぷり食事をとった後はお腹いっぱいだと思うのだけど、紅茶と一緒に出されたパンケーキにたっぷりと蜂蜜をかけて食べていた。
これも試食会に出されたので、王妃様にも出されたのだ。
「ほんとうに……どこに入るの? そんなに」
私も母様もお腹がいっぱいで、パンケーキまでは食べることができなかった。
そしたら、王妃様が『食べないならちょうだい』と、ぺろりと食べてしまったのだ。
さきほど男性と同じ量の料理を食べきり、何品かおかわりをしていたのだ。
私と母様の分は子供用と女性用の量に調整されていたけど、王妃様の分は男性と同じ量だったのだ。
「前からよく食べるとは思っていたけど」
「クリスウィン公爵家はみんなこんな感じよ。家族みんな食べることが大好きだから、この米も来年絶対作付けするわね! お父様とお兄様、試食会場でローディン殿をつかまえて揺さぶっていたはずよ!!」
目に浮かぶようだわ、と王妃様が笑った。
王妃様と同じならかなりの甘党だろう。
パンケーキにかけた蜂蜜の量を見たら、養蜂箱ももれなくお買い上げとなりそうだ。
パンケーキを食べ終わって満足した王妃様が、『さて、今後の話をしましょう』と言った。
「でも嬉しいわ。今後どんな形であなた達に会う口実を作ろうかと思案していたの。アーシェラに教えるって形ならきっと陛下からお許しが出るわ!」
「あまり周りを刺激したくないのだけど」
母様は頻繁に王宮に出入りすることで、私を危険にさらすのではないかと心配している。
私に加護があるというのは、昨夜、ローディン叔父様とリンクさんから、母様、バーティアのひいおじいさまと、デイン伯爵家の皆さんに伝えられた。
レント司祭様から、私も直接教えられていた。
『アーシェラ様の他にも女神様の加護を与えられた人がいるので安心してください』と言われたから、特別なことじゃないんだと、私はあまり気にしていなかったけど。
ひいおじい様と、前デイン伯爵様にぎゅうぎゅうに抱きしめられて、物凄く心配された。
??
加護って、守護霊みたいなものじゃないの?
―――そう気楽に思っていたら、王妃フィーネ様からこわい話をされた。
「陛下や神官長、一部の信頼出来る重臣にはアーシェラのことは昨夜の内に伝えられているわ」
もちろんその場には王妃様もいたようだ。
「!!」
母様は覚悟していたようだったが、実際に聞いて声を無くしていた。
「本当は王宮か神殿に引き取る話が濃厚だったのよ。重臣たちの中から、今日このままアーシェラを帰さないという話が出たわ」
―――その言葉に私も母様も固まった。
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