24 薬師のドレンさん
菊の花を使った試食兼昼食を食べ終えた後、サラさんとサラサさんが教会に身を寄せている人たちのお昼ご飯を用意するということだったので、私とローディン叔父様、リンクさんで菊の花の咲いている森が見える庭に出た。
もちろんセルトさんは少し離れてついてきている。
「おにゃかいっぱい」
菊の花で具沢山になったので、満足だ。
それにセルトさんが気をきかせてパンを購入してきてくれたので、今日のお昼はみんなお腹いっぱい食べれるだろう。
「せるとしゃん。ぱん。ありがと」
「いいえ。そのせいでお昼が遅くなって申し訳ありませんでした」
「これからは、サラさん達にも僅かながら自分たちが使える金銭が手に入る。教会にもキクの花の代金が入るから食生活もだいぶ改善されるだろう」
「教会の維持費増額分がいつ来るか分からないからな。でもこれで少しは明るい兆しが見えたと思うぞ」
教会に支給されていた金額は、以前の司祭様がいた時と同じ額。
つまり、前司祭家族と孤児4人分だったのだ。
今では、さらに大人8人と子供8人が増えている。
けれど、3倍以上の人数になっても、支給額が増えなかったのだ。
当然レント司祭様が役所に掛け合ってはいたのだが、何か月経ってもその状況は変わらなかったのだ。
「その役所にテコ入れしなきゃいけないんじゃないか?」
「さすがにサラさん達が来てから1年経ってもこの状況じゃあな」
「レント司祭が神殿に預けている私財を教会に投入しようとしたら、今の神官長に止められたらしい。―――もう少し耐えてくれってな」
「あー…、やっぱりか。不正がどっかであるってことか」
おそらく神殿の方でも調べているのだろう。
それにしても時間がかかりすぎていると思うのだが。
「それでもレント司祭が、月々自分に支給される金品をすべて教会に身を寄せている人たちの為に使っているらしい」
「20人超えだぜ。司祭の給与は神官長の時とは雲泥の差だ。大変だったと思う」
「そうだな。だが、レント司祭が今日のことを報告しに行く際に、教会の現状を報告すると言っていたから事態は早々に動くかもな」
あえて口に出さない。『報告』とは、アースクリス国王にだ。
レント司祭は昨年秋に、神官長を勇退した後は王宮を訪れていない。
もしも訪れることがあるとすれば、それはとても重要な意味を持つ。
そんな約束を、アースクリス国王としていたとのことだ。
「早く動いて状況が改善されればいいな」
「ああ」
サラさん達の子供は、食べさせてもらっているとはいえ、やはり小さい。
役所の怠慢なのか不正なのかは分からないが、このままでいいわけはない。
それと。もうひとつ。
「こどもたち……最後まで俺たちに怯えてたな……」
リンクさんがポツリと言った。
「ああ、アーシェには最後辺りにちょっとだけ笑い顔を見せたが……大人が怖いんだろうな」
毎日飽きもせずに罵倒しにくるという、馬鹿がいる。
「そっちもどうにか出来ればな~…」
本当にね。
◇◇◇
「おーい! 誰かいないか〜!」
礼拝堂の脇から、男性の声が聞こえた。
「あ! 薬師のドレンさんを呼んでたんでした!」
カインさんが居住用の建物から飛び出してきて、速攻で礼拝堂の声の方へ走って行った。
「すいませ~ん! こっちです~」
カインさんが薬師を案内してくる間に、レント司祭も菊の花のところへやってきた。
カインさんが呼んだという薬師さんは、リンクさんより少し年上くらいの、長い黒髪を無造作に結んで肩にかけた、明るいブルーの瞳をしたイケメンさんだった。
「王都で大きな薬屋を営んでいる、ドレンさんです。キクの花が薬に出来るということでしたので、来ていただきました」
カインさんが紹介する。
レント司祭様と挨拶を交わしたドレンさんは、少し離れたところにいた私たちの方を向いた。
「あれ? リンクじゃないか。ローディンも。久しぶりだな!」
ドレンさんが笑って軽く手をあげた。
「「お久しぶりです」」
ローディン叔父様とリンクさんも笑顔だ。
悪い人ではなさそうだ。
「おや、知り合いかね?」
「ええ。ドレンさんは魔法学院での先輩です」
「おお。この子がローズさんの子か。初めまして」
「あーしぇらでしゅ」
「かっわいいなあ! うちの子もこんなふうに可愛く生まれてくるといいなあ! でも、俺と奥さんの子だから可愛いに決まってるけどね!!」
ブルーの瞳がキラキラしてる。
子供が生まれるのが楽しみで仕方ないようだ。
「テルルさん、おめでたなんですね」
「そう! 初めての子供だよ! 楽しみで仕方ない!!」
奥さんのテルルさんも薬師なんだそうだ。
テルルさんも魔法学院出身で、大きな薬屋の一人娘。
テルルさんは綺麗で勉強も運動も出来て、また性格が男前なかっこいい女性で、テルルさんの方が年上だけど、ドレンさんが一目ぼれして、在学中に一生懸命アプローチ。
卒業後も一生懸命口説いて、やっとのことで恋人になり。
大きな薬屋の一人娘であったため、ドレンさんが婿入りしたそうだ。
「で? どれ? 食用にも薬にも出来るってのは」
「目の前のキクの花です」
「って。すごいな。何万本あるんだ、この花」
森の奥まで一面に咲く菊の花。
さらに摘んでも刈り取っても数日でまた咲くことを聞いて、ドレンさんが驚いている。
「―――すごいな。薬草は全部取り切らないように調整して摘んでるのに」
まずは鑑定しますね。とドレンさんが告げて、数歩森の中に入った。
「どれどれ? 『鑑定』―――へえ。解毒・解熱・鎮痛・消炎か。優秀だな」
白い鑑定の光がドレンさんの周りに見える。
あ。少しブルーの光が混じった。
どうやらじっくり鑑定しようとすると光が変わるみたい。
「粉末にするか。―――お茶にしても効能がある。へえ……。単体でもこんなに薬効があるなら、いろいろ組み合わせて試してみたいな」
どうやら採用らしい。
菊の花畑から出てきたドレンさん。
「司祭様。こちらのキクをうちの薬屋に仕入れさせてください。きちんとお支払しますんで」
「承知しました。―――できれば鑑定の中にあった『特別な内容』については伏せておいていただければ」
後半は小声だった。
離れて控えていたカインさんとセルトさんには聞こえないように、らしい。
その言葉にドレンさんはしっかりと頷いた。
どうやら女神様の神気が入っている花だとしっかりみえたらしい。
「とりあえず、毎日100輪。花弁は解さずそのままで」
今後増えるかもしれませんが。とのことだ。
「ああ。うちの薬屋は遠いんで、花は取りに来させます。今から摘んでもいいですか?」
レント司祭様が了承したので、ドレンさんは大きな布袋を広げて、文字通り、あっという間に摘んだ。
風魔法を使ったのだ。
「ふああ……すごいですね~」
風で運ばれて袋に入っていく菊の花。
カインさんと同じく、まだ魔法が使えない私も目がキラキラして見入ってしまった。
「今日は持って帰ってすぐ薬づくりしたいからさ。―――司祭様。明日からは摘んでおいてもらいたいです。その手間賃は支払うので」
「わかりました」
「じゃあ、うちの馬車で運びましょうか」
ドレンさんが馬で来たということだったので、カインさんが。
「大丈夫だよ。教会の前で伸びてる奴らに運ばせるから」
「伸びてる??」
「うん。ここに着いたらさ。難癖つけてきたからのしちゃった」
「おいおい……」
リンクさんが呆れてる。
「手加減はしたんだよな?」
ローディン叔父様が確認する。
手加減って。
ドレンさん相当強いの?
「当然。丸腰の相手だよ? 軽く2・3発入れただけ」
「だってさ。急に『また何か持ってきたのか!! あいつらにやるくらいなら俺たちに寄こせ!!』って問答無用で突っかかってきたんだよ。5人がかりで」
「「5人がかり……」」
ローディン叔父様とリンクさんが驚いている。
言いがかりをつける人がいるとは聞いてたけど、徒党を組んで来ているとは思わなかった。
カインさんが頷いている。
どうやら例の困った難癖をつける人たちのようだ。
それじゃあ、子供たちが大人の男の人を見て怯えるはずだ。
なんて大人げないんだ。許せない!!
ドレンさんにのされて当然だ!!
「で、この袋を勝手に掴んだからさ。こう、ね」
と軽くジャブのジェスチャーをした。
「あれって、完全に強盗だよね。いくら生活が苦しいからってやっていいことと悪いことがある」
ドレンさんの表情が厳しくなった。
うん。もっともだ。
人から奪おうと実力行使するなんて許せない!
「で。そいつらに運ばせるってのは?」
リンクさんが聞くと、ドレンさんがニヤリと笑った。
「アイツらは引き取って行くからさ。いつもここに来ている奴らだろう?」
「「「引き取る??」」」
ローディン叔父様やリンクさん、カインさんの声が重なった。
司祭様もセルトさんも目を丸くしている。
ほら、これ。とドレンさんが菊の花を指さした。
「今は戦地での薬をたくさん用意しなければならないんだ。これから忙しくなるよ。こんなに優れている薬なら絶対に必要になる」
だからさ。とドレンさんが繋げる。
「あの馬鹿達を、働き手として引き取って行く」
「―――その前に『しつけ』が必要だよね」
―――と、不敵に笑うドレンさんの顔に黒いものが漂っていたように見えたのは見間違いではないだろう。
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