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23 菊の花をたべよう 2



「「そうよね! 私たちは何をすればいいのかしら?」」

 晴れやかな表情と声で、サラさん達はやる気満々のようだ。


「いちゅもは?」

「あまり贅沢はできないから、お昼はいただいたジャガイモで朝作ったスープを温めるだけよ」

 大人と子供が全員で20人。さらに司祭様や司祭様のお付きの人の分もいれれば毎日の食事の用意は大変だろう。

 昨年までは前司祭様と司祭様の家族が、身寄りのない子供を数人この教会で預かっていたようだが、司祭様の交代をするあたりにサラさん達がやってきたので、子育ての出来る女性が来たとのことでそのままバトンタッチしてしまったようだ。


 そのままサラさん達はずっと増え続ける人たちの世話をしてきたとのこと。

 それって。立派な労働だよね。

 司祭様のお付きの人のようにお給料出してもらえばいいのでは? と思ったけど。

 サラさん達親子も教会にお世話になっているので、そういうわけにはいかないのだそうだ。

 うーん。

 うまくいかないものだ。



 スープ鍋の中には野菜くずとジャガイモが少しだけ入った、ほとんど具なしのスープだった。

 こういうのが毎日なら、食事からの栄養はあまり取れていないはずだ。


「夜はデイン商会さんからいただいたお魚の料理を作るのよ」

「お肉屋さんからも鶏ガラとか貰えるからスープも美味しく出来るし」

 カインさんが顔を曇らせる。

 デイン商会からの寄付の数は流動的だし、近所からの寄付も毎日ではないだろう。

 

 教会に渡される維持費だけでは足りないので、レント司祭様が自分の私財も出しているが、このご時世、やりすぎてはいけないし、他の教会も苦しいのだ。

 ただでさえ施しを敵視している輩に、司祭様が教会に身を寄せる人にやりすぎればさらに反発が広がる。


「親子離れずに寝泊まりできて、三食食べられるのよ。ありがたいわ」

 そう言ってサラさん達が小さく笑った。


 なんだか切ない気持ちになった。

 夫を亡くしたのはサラさん達のせいじゃないのに。

 家を出なくちゃいけなかったのも、教会に身を寄せなければならなくなったのも。

 ぜんぶ。サラさん達のせいじゃない。

 ―――戦争のせいなのに。

 それでもサラさん達は子供たちのために一生懸命だ。


 私にはなにも出来ないけど。

 せめて、ご飯だけはちゃんと食べてもらいたい。


 

「先ほど昼食を作るということでしたので、調味料とパンをお持ちしました」

 セルトさんが持ってきてくれた箱を開けると、お砂糖や塩、乾燥した小魚とかいろいろ入っていた。

「まあ! ありがたいわ!! ありがとうございます!!」

 子供が多いとはいえ、大人数だ。

 いただいた食材は野菜や魚、たまにお肉ももらうことがあるが、なかなか調味料はもらえないとのことだった。


「……なんかすいません。盲点でした」

 カインさんが項垂れていた。

「いえ! 何をおっしゃいますか!! ほとんど毎日お魚とか持ってきてくれて、ありがたいんです!!」

「そうです! いつも子供たちのことまで考えてくれて! ここの生活で私たちを気にかけてくれるカインさんにはとても感謝しているんです!!」


「まあ。みなさん、それくらいにしないと、お昼がどんどんおそくなりますよ」

 レント司祭の言葉でみんながはっと気が付いた。


「「「は、はい!!」」」

 サラさんとサラサさん。カインさんの声が重なった。


 やっと、料理にかかることになった。

 それでも、菊の料理は簡単なのだ。

「このきくのはなをほぐす」

 ひとつ大輪のキクを持ってボウルのなかに花びらをほぐしていく。

 まんなかは少し苦いので使わない。

 さすがは神気があるところでしか咲かない花。

 前世でキクについていた細かい虫が一切ついていないのはありがたい。

 昔、キクをほぐす手伝いをした時、小っちゃい虫が出てきて騒いだものだ。


 虫を気にすることが不要なのはとってもありがたい。

 これなら安心して食べられる!


「みんにゃでやる」

 ひとつほぐして見せると、あとはみんなでやる。

 大輪なのでひとつほぐすだけでも結構な量だ。でも湯がくので嵩が減る。

 全部で50輪程の花をほぐし終えるとボウル三つ分できた。


 埃取りのためにさっと洗って、沸騰させたスープに洗ったキクの花弁をボウル一つ分どっさり入れた。


「お、多くないでしょうか」

「おやさいいっぱいにしゅると、おいちい」

 再度沸騰すると完成。

 生でサラダにしても食べられるからさっと煮るだけでいいのだ。


「お湯わきました~!」

「そのふたつのぼうるのきくぜんぶいれる」

「はい!」

 サラさんがキクの花を鍋に入れてサラサさんがかき混ぜる。

 そして私が酢をほんの少し鍋に入れると。

「あれ? 黄色が濃くなった?」

「ほんとだ」

「じゃむ、ちゅくるとき、れもんいれる。しょれとおなじ」

「「! 色を鮮やかにするのね!!」」

「しょれ」

 すぐにざるにあげて冷ましてから。

 ボウルに砂糖と塩を入れて酢を適量いれて、湯がいて冷水でしめたキクの水気を絞ってボウルに投入。


 よく混ぜ合わせたらキクの酢の物ができた。


「できた! みんなでたべよう!」

「「「はい!!」」」


 試食を兼ねて隣の部屋でみんなでテーブルを囲んだ。

 ジャガイモと野菜のスープに菊の鮮やかな黄色が映えて、とっても美味しそうだ。

 みんなで初めてのキクの花の料理だけど、食欲を誘う色に、躊躇わずにスプーンを口に運んだ。

「へえ~。キクの花ってまったく癖がない」

「美味しいですな」

 リンクさんも司祭様も満足そうだ。

 ローディン叔父様も頷いている。

「じゃがいもだけのスープが具沢山になったわ!」

「黄色が鮮やかよね!」

「「キクってくせが無くて美味しいのね!!」」

 サラさんとサラサさんの子供たちも夢中で食べている。

 ちょっとだけ笑顔がみれたのでうれしい。

 やっぱり美味しいものは人を笑顔にするのだ。


「キクで作った酢の物とやらも美味い!」

「「ほんとに!!」」

 この穀物酢を見つけることが出来て本当に良かった。

 これからも色んな食事に活躍してくれるだろう。


 食事が終わると、レント司祭様がサラさんとサラサさんに話した。

「このキクの花は、今後食材として採取することが許可されます」

 

「「よかった!!」」

 声を揃えて喜ぶサラさんとサラサさんに、カインさんが声をかけた。

「あの。サラさん、サラサさん。今後このキクの花をこのように加工してもらえませんか?」

「「え?」」

「キクは一年中咲きます。食材として認識されれば需要が出ます。その先駆けとしてキクを野菜として認識させることが必要なんです。今のように食べられるように知らせるために、花びらをほぐして袋に入れて販売したい! あと、こうやってこの酢の物を作って瓶に入れてもらえませんか。試食に使いたいんです!」

「まあ、確かに。定着するまでは試食も一つの手だな」

「ええ」


「でも、このキクは教会のものです」

「女神様はお許しくださっています。責任者の私も承認しておりますので、大丈夫ですよ」

 サラさん達の当然の疑問に、レント司祭様が答える。


「このキクは食材として買い取ります。その代金は教会へお支払いしますので、その代金でうちの魚を購入するんです。そうですね。魚の箱一つにつき同様の箱二つ分のキクを用意してください」


「手間賃はサラさん達に直接お支払します」

 カインさんの言葉にサラさん達が目を見開いた。

「女神様の教会に咲くキクです。皆が誰でも食べられるように価格設定はできるだけ抑えます」



「そのほうがいいな」

 リンクさんが頷いた。

「ですので、キクを加工する人たちを雇うんです!」

「なるほど」

「でも、摘むだけならそんなに人員は必要ないのではないでしょうか」

 セルトさんが口を挟んだ。

「その通りだな……」

 リンクさんがうなり、ローディン叔父様も難しそうな顔をした。


 菊の花といえば、あの方法がある。

「きくのはなをむして、かんしょうしゃせる。んーと。ほじょんしょく?」


「かんしょう?」

 カインさんが繰り返して聞くので、言葉を変えよう。

「えーと。ほしゅ」

「ほしゅ?」

 あう。発音が。伝わらない~!


 カインさんが首をかしげていると。


「蒸して、乾燥させる。保存食と言いたいんだな」

 ローディン叔父様が私の言いたいことを拾ってくれた。

「『ほしゅ』は干す、だろう?」

 リンクさんも分かってくれた。

「あい!!」

「でも年中咲いているのであれば保存食の需要はないのではないですか?」

 サラサさんが疑問を口にすると、リンクさんが答えた。

「教会より多少離れた場所であれば需要は出る。―――それに、兵糧にもできる」

 次いでローディン叔父様が。

「乾燥させると保存性もあがる。確実に採用されるだろう」


「―――そうですよね!! そうしたら、たくさん加工しなきゃ!!」

 カインさんの声がはずんだ。

「しばらくの間は需要が出るな」

 リンクさんが言うと、ローディン叔父様が提案した。

「花を摘むだけなら、この教会にいる他の女性たちにもできるのではないか?」

「軽作業なので、男性たちにもできます!」

 戦地から戻ってきた男性たちは身体が弱っているらしい。

「では、花を摘んで、ほぐして袋に入れる。暫くの間は試食用のこの酢の物を作る。後は保存食用に蒸して乾燥させたものを作る。とりあえずはこれをお願いします」

「「はい!!」」

「これでランに男の子の服を買ってあげれるわ!!」

「そうよね!」

 やっぱり女の子の服を着させていたのは母親として辛かったのだろう。

 サラさん達が明るい顔になったのがうれしい。


「レント司祭様。先ほど言った、保存食用―――略して干しキクですね。これを作るためにはおそらくここにいる人たちでは手が回らないと思いますので、教会の外から手伝ってくれる人を探すことはできますか?」

「できれば、彼女たちとやっていけそうな女性がいいですね」

 それはとても重要なことだ。

 ローディン叔父様がそう言うと、リンクさんが思いついたように続けた。

「この近くにも困っている家庭があるだろう。仕事がなくて困っている服飾職人がいるとかなんとか」

「そうですね。では。商会の店や市場の方たちにお願いしてその人たちに声掛けしてみましょうか」


 レント司祭様は一気にことが進んで、少し戸惑っているようだ。


「レント司祭様。駆け足でいろいろと決めてしまいましたが、よろしいでしょうか?」

 カインさんが一瞬沈黙してしまったレント司祭の様子に申し訳なさそうに言うと、レント司祭様は気を取り直して、にっこりと笑って言った。


「承知しました。人選はお任せください」

 その言葉にリンクさんも頷いた。

「そのほうがいいですね。司祭様のおめがねにかなった者なら安心でしょう」



 レント司祭がふふっと笑った。

「おもしろいですな。アーシェラ様の一言でいろんなことが回っていきます」


 キクの花が食材となり、民のお腹を満たしていく。

 女神の気が入ったキクには薬効もある。

 それを、戦争に赴いた兵たちが食すれば、体調も整うことだろう。


 今まさにこの場で職を作ることにつながって、たずさわる者の心まで癒していく。

 これまでどうしようもなかった事が一気に良い方向へと動いていく。



天使(アンジュ)ですか……」

 ポツリとレント司祭様が言って。


「ええ。そうですよ。私の大事な天使(アンジュ)です」

 ローディン叔父様がしっかりと頷いていた。


 え。

 なんでレント司祭様まで。

 恥ずかしいから天使(アンジュ)呼びは勘弁して!!

 




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 清々しいお話ですね。王都に行った辺りから涙がとまりません。
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