22 菊の花をたべよう 1
少しずつ戦争の足音が聞こえてくる回です
◇◇◇
炊事場には数人の子供と二人の女性とその子供たちがいた。
女性は5人いるのだが、乳飲み子を抱えた人や病弱の人もいるので、食事を作っているのはここにいる二人の女性だということだ。
女性たちはとても若く、だいたい20歳過ぎ位なのだろうか。
明るい茶色と同色の瞳の、とてもそっくりだったので姉妹なのだろう。
どこか怯えたような感じが気になった。
まずはご挨拶。
「あーしぇらでしゅ。あーちぇ……あーしぇとよんでくだしゃい」
ぺこり、と頭を下げると。
女性たちはハッとして挨拶してくれた。
「わ、私はサラよ。よろしくね」
「私はサラサ。サラとは双子なの。よろしくね」
「しゃらしゃんと、しゃらしゃしゃん」
私の発音でふたりとも少し笑った。
あ。笑顔が素敵。
「「ふふ。呼びづらいわよね」」
うむ。本当だ。
表情が柔らかくなったサラさんとサラサさんが二人の後ろに隠れるようにして立っている子供を紹介してくれた。
「子供たちも双子なの。サラサの子供のメイとメイサ。こっちは私の子でランとライラ。ランだけ男の子。この子たちはみんな2歳になったばかりなの」
サラサさんの子供はこげ茶色の髪と瞳、サラさんの子供は黒髪に明るい茶色の瞳だった。
双子だけに見分けがつかない。
でも、ここに来る前にカインさんから聞いていたより服が綺麗だ。
だけど、男の子のランがオレンジ色の女の子の服なので、たぶんどこからかもらったものなのだろう。
「……ああ。気になるわね。近所の奥さんがくれたのよ。子供のお古だけどよかったらって」
「昨年の秋ごろに、ここに受け入れてもらったの。子供たちは1歳になったばかりだったのよ。子供は日々育つから、あっという間に着れる服が無くなってしまって。教会に礼拝に来る近所の奥さんが見かねて娘さんのお古をくれたのよ」
もちろん私たちの服も他の奥さんがくれたのよ、とサラサさんが笑った。
けれど。その笑顔がかなしく見えた。
子どもたちはまだ言葉がうまく話せないらしい。
痩せ気味なところをみると、あまり栄養状態も良くないみたいだ。
笑いかけても、母親の後ろに隠れたままだ。残念。
「私たちはどちらも夫が戦争で亡くなってしまったから……。もう両親も親戚もいないし、サラと話し合って王都まで来たのよ」
「地元には小さい子供を抱えて働ける場所はないし、たちまち食べていけなくなっちゃったのよ」
1歳の子供を連れて住み慣れた土地を離れるには、どんなに勇気がいったことだろう。
夫を亡くして心がつぶれそうなほど辛い中で、頼る親戚も無く、姉妹で寄り添って子供を守ろうとして、ここまでやってきたのだ。
その胸中を思うととても心がつらくなった。
「ここまで来てやっと教会に受け入れてもらえてありがたかったけど、……いろいろ言われてね」
「こんな風に私たちの着るものとか、子供たちの服とかくれる、いい人たちもいるんだけど……」
はー、とため息をついている。
「働きに出たくても、働き口もないし。子供がまだ小さいし。それなのに、連日教会に来て罵る人たちもいるし」
だから子供たちも人に怯えるようになって、あまり言葉を発しなくなっているらしい。
「毎日ですか?!」
私の近くに控えていたセルトさんが驚いて声を出した。
セルトさんは控えているときは基本話さない。
それが思わず声を上げてしまったのだ。
その気持ちはよくわかる。
私も驚いたのだ。
なんてことだ。
人を非難する為だけに連日来るなんて、人間性を疑ってしまう。
それって、サラさん達相手に、自分たちの憂さ晴らししに来ているだけじゃないの?!
自分より弱い立場の人たちを攻撃するなんて許せない!!
怒りに地団駄を踏みたくなった。
いや、無意識にふんふんと踏んでたらしい。
サラさんとサラサさんが私を見て笑っていた。
「ふふふ。ありがとう。アーシェ。―――さて、今日のお昼ごはんよね!」
「うちの子供たちは見学させるわね。ほら、こっちにいらっしゃい」
サラさんが炊事場の壁側の木箱に子供たちを座らせて戻ってきた。
おう。4人並んで座ってるとそっくりだから四つ子みたい。
「今日は、こちらのカゴのキクの花を使って欲しいんです」
とカインさんがかごいっぱいのキクの花を差し出した。
「「花???」」
「これって、ここの教会の森に咲いている花よね?」
サラさんとサラサさんはカゴからひとつずつキクの花をとって、首をかしげている。
見事に仕草がシンクロしている。
「はい。先ほど鑑定していただいたら、食用になるとのことでしたので」
「「ええ?! 本当!?」」
さすが双子。言葉も表情もそっくり同じだ。
「おいちい。おやさいみたいにたべれる」
「「花なのに……」」
正しくはエディブルフラワー。食用に適する花だ。
たしかバラとかパンジーとかも食べられる。
食べられる花はたぶんもっとあるのだろうけど、今確実に食べられるのはこのキクだ。
鮮やかな黄色。さっきつまんだら、大きさは違えど昔食べていた食用菊と同じ味だった。
食用菊の話をしているうちに、炊事場にローディン叔父様とリンクさん、レント司祭様がやってきた。
「「アーシェ。お待たせ」」
「おじしゃま。りんくおじしゃま。おはなちおわった?」
「「ああ」」
ローディン叔父様とリンクさんもサラさん達と同じく息ぴったりだ。
サラさんとサラサさんがローディン叔父様達を見て、目を見開いた。
「「き、貴族様??」」
銀髪碧眼と銀髪と紫の瞳の組み合わせは、一目で貴族と分かる色彩だ。
あれ? とりあえず私も貴族の色を持っているけど、サラさん達は驚いていなかったよね。
子供だから? 高貴さがないのかな…
前世庶民だったからな…それがにじみ出ているのかな。
まあ、いいけど。
「ああ。あなた方が、近ごろやってきた方たちでしたか」
ローディン叔父様もリンクさんも、サラさん達に優しく笑って話しかけていた。
他の貴族の人たちのことは分からないけど、叔父様達の分け隔てなく相手に対する態度はとても素晴らしいと、いつも思う。
「「は、はい!!」」
サラさんとサラサさんは先ほどと同じ自己紹介と家族紹介をしていた。
「旦那さんを亡くして―――1歳になったばかりの子供を二人も抱えて、ここまで来るとは大変でしたね」
誰も頼る人がいなかったサラさん達の境遇に、痛ましい表情でローディン叔父様が言うと、突然サラさんとサラサさんがぽろぽろ涙を流した。
「そうだよな。俺たちアーシェ一人育てるのに三人がかりだったぜ。それも周りからいろいろ助けてもらってた。―――二人で四人の子を連れてよくここまで来れたな。大変だったな」
リンクさんの言葉でさらに号泣した。
サラさんとサラサさんには、今まで共感してくれるのは同じ境遇の人たちしかいなかった。
大変な思いで、やっと教会にたどり着いて受け入れてもらったのに、心無い人たちから日々存在を否定されて苦しかったと思う。
その気持ちを、ローディン叔父様やリンクさんに、思いがけなく慰撫されてたまらなくなってしまったのだろう。
愛する夫を亡くしたこと。
幼い子を育てなければならないこと。
食べていけなくて住み慣れた家を離れなければならなかったこと。
大変な思いをしてやっと受け入れてもらえる教会にたどり着いたこと。
それなのに、日々罵倒されること。
いっぱいいっぱいだった気持ちの糸がプツンと切れたようだった。
「すいません……おかしいな。今までこんなに泣くことなかったのに。急にこんな……」
「涙が止まらないです……」
かなしくてもするべきことが多すぎて泣けなかったのだろう。
「それだけ気を張っていたんでしょう。気が済むまで泣いていいんですよ」
ローディン叔父様がそう言ってリンクさんと共に、二人にハンカチを渡す。
サラさんとサラサさんは涙を拭くと、顔を上げた。
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
そう言った二人の顔は、すっきりした表情になっていた。
よかった。
ため込んだままだと心がつらくていずれ悲鳴を上げてしまう。
涙と共に吐き出せたら、少し楽になるのは私も前世で経験済みだ。
私がサラさん達にしてあげれなかったことをしてくれた、ローディン叔父様とリンクさんに感謝だ。
―――でも、いまは。
まずご飯を食べたい。
「おにゃかすいた」
もうお昼を過ぎた。
私もお腹がすいたし、教会にいるみんなもお腹が空いているはずだ。
お腹を手でさすると、炊事場の壁側に座っているサラさんとサラサさんの双子も一緒にお腹をさすっていた。
4人とも見事なシンクロだ。
「「まあ」」
「かわいい!」
と言ったら。
「アーシェもな!」
リンクさんが爆笑している。
おや、私も含めて、5人同時だったようだ。
炊事場にみんなの笑い声がひびいた。
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