20 女神様の祝福 1
やっとアーシェラの魔力の片鱗がちょっとだけ出てきます。
「ちょっと先に話しておきたいことがあってな」
リンクさんが少し話しづらい感じのまま、礼拝堂の中に入った。
「キクの花を鑑定したらな」
「うん」
「キクは食用になる。薬効もある。解毒・解熱・鎮痛・消炎効果がある。うまくすれば、キクで少し教会もラクになるかもしれんが……」
ああ。こっちの世界でも薬効成分があるんだ!
美味しいし、薬にもなっていいことだらけだ!!
でも、リンクさんは何か大きな気がかりがあるみたいだ。
「いいことばっかりじゃないか。どうした?」
「―――このキクの花は神気のあるところにしか生えない、と出ている」
え? 神気のあるところって、神聖なところってことだよね?
菊の花って、神様の花だってこと??
「レント司祭様。そうなのですか?」
「私は、神官を長くつとめ、すべての文献を読みましたが、そのような記述は神殿の膨大な資料の中でも見たことがございません。――――ですが、この教会はもともとここにあったわけではありません。ここよりもっと上の場所にあったのですが、老朽化で一部が崩れてしまったので、数年ほど前にこの森の一角に急遽教会を建てたのです。――――この花は教会がここに建つ以前から咲いていたのです」
「ここがもとは王家の私有地であったということから、もしかしたら、陛下はご存じだったかも知れませんが……」
なんだか話がどんどん大きくなっていく。
王家の私有地。
神気の満ちた森に咲く菊の花。
もしかしたら、菊の花は王様たちが秘密にしておきたかったものかもしれないということだ。
「―――そんな特別な花を採って流通させてもいいのかってことか」
ローディン叔父様もレント司祭様も難しい顔になった。
なんと! そんな大きいハードルがあったなんて!!
それじゃあ、なんにも出来なくなってしまうじゃない!
誰に言えば許可してくれるの?
領主様?
いやここは教会だ。では管轄するのは神殿?
それとも王都だから王宮なのか?
もとは王家の私有地だったなら王様なの??
もしかしたら、特別な花だからと採取さえ許されなくなってしまうかもしれない。
そんなの駄目だ!
皆が飢えずにすむし、薬にもなって、いいことばっかりなのに。
―――ふと、女神像が目に入った。
女神様。
女神様の神気がこの花に入っているなら、女神様にお願いする!
私は礼拝堂の女神様の像の前に行った。
「アーシェ?」
ふらりと側を離れたのに気がついたローディン叔父様が呼ぶ声が聞こえる。
女神様の像を見つめながら、膝をついて手を組んで祈った。
「めがみしゃま。おねがいしましゅ。みんなのために、きくのはなをわけてくだしゃい!」
みんなが少しでも飢えずに済みますように。
お薬になってみんなが楽になれますように。
「「「――――――え?!」」」
後ろでローディン叔父様達の驚いたような声がして振り向くと。
―――レント司祭様の胸のあたりが金色とプラチナの光を放っていた。
「―――なんと―――……」
レント司祭様が驚愕の表情を浮かべている。
ローディン叔父様やリンクさんも驚いている。
もちろん私もだ。
レント司祭様の胸のあたりに光と共に複雑な魔法陣が浮かんでいる。
びっくりして見入ってしまった。
叔父様が魔法を使っても魔法陣は見たことがなかった。
前世でも今世でも初めて見たのだ。
うわああ。
前世のアニメで見たことのあるような魔法陣……
レント司祭様が魔法陣の中央にあたる胸のあたりに手を当てると、金色とプラチナの光と一緒にすうっと、六角柱状の結晶石の上に丸い水晶が鎮座したものが現れた。
え!? それ胸に入っていたの? どうやって?
レント司祭が手のひらにその水晶を乗せると、水晶がレント司祭の手から離れて、私の方にすーっと滑るように浮かんできて、私の目の前でピタリと止まった。
「にゃに?!」
思わず両手で受け止める形をとったら、すっと、私の両手の中におさまった。
水晶はそれほど大きくはないけれど、すごい力を感じる。
水晶の光が身体の内側に入ってくるような感じで、水晶は私の手の中でキラキラと光ったままだ。
水晶は金色とプラチナの光を放ったままだったが、よく見ると緑や青やオレンジ、赤、紫、白、黄色など様々な色が水晶の中に駆け巡っている。
「きれい」
思わず感嘆の声がでた。
「なんとも……驚きましたな……」
レント司祭様がポツリと呟いた。
「―――これは、大神殿の奥におさめられている水晶石でしてな。神官長となった時に授けられたものです」
大神殿の奥には王冠と、王冠を作りだした水晶の結晶石がある、というのは周知の事実だ。
神官長になる時は、前神官長からの推挙、王の選定、そして、大神殿の奥の女神の水晶により決定される。
不適合者であれば、大神殿の奥の間にも入ることは出来ず、弾かれてしまうのだそうだ。
レント司祭様はそれら全てをクリアーして、女神の水晶から分身である水晶を与えられた方なのだ。
今は引退されてはいるが、その存在は国にとっても重要な方なのだ。
ローディン叔父様、リンクさん、そしてレント司祭様が女神様の像のところにやって来た。
「神官長の水晶石……話には聞いたことがあるけれど、実際に見るのは初めてです」
ローディン叔父様がそう言うと、リンクさんも頷いた。
「私も初めてみました……これは、魔力の鑑定の際に使う水晶とは違うのですか?」
「その力もこれは秘めております。この国の神官長を務める者のみに授けられる特別のものです―――ですので、紋章の中に常にあり、こうやって外に出すことはないのです。けれど、今回は授かった水晶石自身が意思を持って私の中から出てきました」
それがどういうことなのか分かりますか、とレント司祭様が言う。
「神官は神の御心に添い、人を導く。―――けれど神の御心を知ることは容易くはございません」
なので、神官長に授けられるこの女神の水晶は、国や民にとって、真に導きが必要な時になんらかの反応を返します―――とのことだった。
ということは、今までにもこんな現象をレント司祭様は何度も見てきているんだよね。
ああ。びっくりした。
「女神様が、問いに対して、悪しきものとするならば、この水晶は黒く濁ります。逆に良いとのことであれば、光輝くのです。―――先ほど、アーシェラちゃん……いえ、アーシェラ様の願いに、女神様が水晶を通して『良い』とのおこたえを下さったのですよ」
「―――めがみしゃま?」
一瞬、水晶の光が強くなった。
それを見て、レント司祭様が強く頷いた。
「そうですよ。アーシェラ様。女神様がキクの花を使ってよいとのお答えを下さいました」
「いいの?」
ほんとうに?
信じられない。本当にいいのかな。
そう思ったら、さっき摘んだかごの中から、菊の花が一輪ふわりと飛んできた。
そして、菊の花が金色とプラチナの光を纏って、目の前でくるくると回った。
その光景に目がこぼれんばかりに、瞳を見開いたのは私だけではなかった。
ローディン叔父様もリンクさんも驚いて口をあんぐり開けている。
その中でひとり冷静に、レント司祭様が頷いて私の頭を撫でた。
「はい。女神様が大丈夫だとおっしゃっておりますよ。よかったですね」
ぱあっと私の顔が輝いた。
それって、菊の花を採って、食べて、薬にしてもいいってことなんだよね!!
「ありがとうごじゃいましゅ!!」
これで、ここの教会に身を寄せている人たちは飢えることが少なくなる!
そこで、もうひとつ気が付いた。
ここの他にも同じような境遇の人たちが教会に身を寄せている。
ここだけでいいわけじゃない。
―――それなら。
「めがみしゃま。きくのはなを、ほかのきょうかいにもうえたいでしゅ!!」
そうしたら、各地で困っている人たちの為にもなる!!
再び、手の中の水晶が金色とプラチナの光を放った。
さらに、カゴの中の菊の花が一斉に飛んできてキラキラと光って回りはじめた。
これって、いいってことなんだよね?!
「―――なんと―――……」
レント司祭様が呆然としている。
ローディン叔父様やリンクさんも、言葉もなくその光景にただただ見入っていた。
「分かりました。王都の神殿に話を通して、各地の教会にキクの株をお分けすることにしましょう」
やはり、女神様の奇跡に慣れている元神官長のレント司祭様が先に我に返った。
「ですが、ここの教会のキクの株がすべての教会に根付くかは確証は得られませんが、それでよろしいですかな? アーシェラ様」
「あい! おねがいしましゅ」
やった! レント司祭様は元神官長様だ。
ちゃんと教会に行きわたらせてくれるに違いない。
各地にうまく根付いてくれれば、多少なりともみんなの為になってくれるはずだ。
「めがみしゃま! ありがとうごじゃいましゅ! うれちいでしゅ!」
ありがとう!! と何度も何度も言うと。
菊の花たちがこたえるように私の頭上でくるくると回った。
ふと、目を上げると女神様の像が微笑んでいるような気がした。
――――――いいのよ。わたしたちのかわいい子――――――
誰かが何か言ったような気がしたけど、気のせいだよね?
お読みいただきありがとうございます。




