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142 はっぱもたべれます



「―――さて、キクの花を摘んで帰ろうか」

「あい!」

 素直にホークさんに手を伸ばすと、嬉しそうに抱き上げてくれた。


 ―――ホークさんとデイン伯爵は近ごろとても忙しい。

 デイン伯爵家は、軍部と貿易を担い、辺境伯軍を統率する、もともと役割が多い貴族だ。


 しかも、この頃は新規事業のたちあげや難民の受け入れと救済、さらにはウルド国への援助物資の輸送までと忙しさに拍車がかかっている。


 ウルド国への支援物資の輸送に関しては、王都の役人や他の領からの人も多数同行する。

 色んな人が集まれば意見の食い違いやぶつかり合いも出るわけで。そんな人たちをまとめる役割を担うのはデイン伯爵とホークさんで、相当神経を使って疲れているようだった。

 そんなデイン伯爵とホークさんは『ああ癒される』と言って、二人して私を交互に抱っこしていた。

 小さい子を抱っこすると癒されるのかな?


 ホークさんに抱っこされて、教会の敷地内に出来た菊の花の群生地があるという、海側に面した方へ向かい―――眼前に唐突に広がった、その光景に息を呑んだ。


「―――しゅごい!! しゅごい、きれい!!」

 視界に飛び込んできたのは、輝きを放つ青と黄色。


 この教会は海に近いが少し高台に位置するため、海を眼下に見下ろすことが出来る。


 抜けるような青空と、エメラルドグリーンの海。

 そして、なだらかな斜面に、鮮やかな大輪の菊の花が視界一杯に群生している。

 海と空の色彩の違う美しい青に、鮮やかに輝く黄色が映えて、ものすっごくキレイだった。


「ああ。見事だな。この広い敷地いっぱいに花畑が広がるとは」

「鮮やかで心が洗われる光景だな」

「「本当に綺麗ね」」

 皆が口々にその光景に絶賛した。


「きれい! ここにめがみしゃまがいるみたい!!」

 キラキラと眩しい光を反射する青い海と空を背に、金色に輝く菊の花畑の中に―――艶やかな長い金色の髪をなびかせた女神様がそこにいるような気がしたのだ。

 それくらい美しく、心にしみる光景だった。


「いらっしゃるのかもしれないな。この花は女神様の花だからね。神気がある場所に咲く花だから」

 ローディン叔父様が隣に来て目を細めて言った。

 うん。本当に綺麗だ。


 うっとりと見ていたら、海側からの緩やかな坂道を荷馬車が上がってきた。

 近づいてくる荷馬車から、見知った人が大きく手を振っていた。


「あ! かいんしゃん!!」

「アーシェラ様! お久しぶりです~~!!」

 カインさんはデイン商会の王都支店を任されていて、ホークさん同様に定期的にデイン領と王都との行き来をしている。今日は教会にいる難民の為の支援物資を運んできたそうだ。


「今日は食材の他に調味料を補充しにきたんですよ。ほら王都の教会で食材はあるけど、調味料はなかなかもらえないってサラさんとサラサさんが言っていたので、定期的に補充するようにしたんです」

 なるほど。降ろしているものは小麦粉の他に塩や醤油をはじめとした調味料が多いようだ。


「そろそろお昼になるな。早くキクの花を摘んで屋敷に戻ろう」

 そう言って、手早くリンクさんとローディン叔父様がキクの花を摘んでいく。

 私は、ホークさんに降ろしてもらうと、菊の花の群生しているところにトコトコと近づいて行った。

「まあ、アーシェ。花畑に入ったらアーシェが隠れて見えなくなってしまうわ」

 菊の花の背丈はだいたい1m弱。今の私が群生地に入ってしまったら、すっぽりと隠れてしまうだろう。

 心配するローズ母様に。

「だいじょぶ。はっぱとるだけ」

「キクの葉?」

「きくのはっぱも、てんぷらにしゅるとたべりぇる」

 花が大輪なだけ、葉っぱも大きく厚みがある。これなら食べ応えもあるだろう。

 手慣れたように菊の花の葉を摘んでいくと。

「え?? 花びらだけじゃなく、キクの葉も食べれるんですか!?」

 カインさんが食いついた。

「あい。ちょっとほろにがいけど、おいちい」

「そ、それは食べてみたいです!! というか、キクの花同様に貴重な食材になりますよ! どうか食べ方を教えてください!!」

「はっぱは、てんぷらにしゅる」

 私にとって、菊の葉のレシピは天ぷら一択だ。

 おひたしにするのもアリだけど、一番おいしいのは天ぷらなのだ。

「てんぷら? ってなんですか??」


「オイルで揚げる料理だそうだ」

「そ、それは絶対美味しいですよね! フライドポテトもアメリカンドッグも絶品でしたし!!」

 王都の店の立ち上げにはデイン商会も力になってくれた。

 王都のバーティア商会にはカインさんも何度も来ていて、訪れる度に山盛りのフライドポテトを堪能していた。

 揚げ物=美味しい、という方程式が出来上がっているカインさんの目が期待でキラキラしていた。


「カイン、今日の夕方屋敷にいらっしゃい。天ぷらをご馳走するから。アジフライやエビフライも用意するわよ」

「アジフライ? エビフライ?? 魚もオイルで揚げるのですか?」

「ええ。とっても美味しかったから商品化しようと思っているのよ」

「お、お伺いしたいです、―――が」

 マリアおば様のお誘いの言葉に、カインさんが申し訳なさそうに眉を下げた。


「母上。今日はカインの娘の誕生日なんだよ」

「あら。そうだったのね。久しぶりの家族団らんなのね」

 カインさんもホークさん同様に忙しい。王都に年の半分くらいいるので家族と一緒にいる時間が少ないのだ。


「す、すみません。今日だけはちょっと」

「いいのよ。カインにはずっと無理をさせているから。セナちゃんによろしくね」


 カインさんはほっとしつつも、なんだか天ぷらを諦められないようだ。


 そんなカインさんを見て、ホークさんが苦笑すると。

「そんなに心残りなら、ここの厨房を借りるか?」


 いいけど。今はお昼時に近い。おそらくはお昼の準備中で教会の厨房には入れないのでは?

 同様のことをリンクさんやローディン叔父様も指摘すると。


「あそこに簡易的に作った炊事場があります!」

 とカインさんが教会の敷地内に作られた屋根付きの場所を指差した。

 東屋かと思ったら、屋外に作られた炊事場だったのか。

 

 数年前デイン領が戦場になった時に、炊き出し用に外にもかまどを作ったとのことだった。


 ―――なんと。こんなところにも、デイン領が戦場になった痕跡があったとは。




 デイン領は5年前、三国からの奇襲を受けた。

 その時のことをカインさんが教えてくれた。


 東側国境の河からジェンド国が。西側国境からは陸路でウルド国が侵攻してきた。

 そして南に面している海からはアンベール国と、ウルド国とジェンド国の軍船が奇襲してきたとのことだった。

 海岸線が敵の軍船で埋め尽くされた光景を見た時は震え上がったものだと、こちらの軍船に乗っていたカインさんはそう言った。

 ―――だが、デイン領は海に面した辺境伯軍である。地の利はこちらにある。

 東西の国境は惜しくも越えられてしまったが、南側の海からの奇襲に関しては辺境伯軍の本領を発揮し、敵艦をことごとく沈め、一隻たりともデイン領への着岸を許さなかったそうだ。


 そして、三方向からの奇襲だった為に辺境伯軍を分けて対処したにもかかわらず、圧倒的な武力差をものともせずに敵艦隊を壊滅させたデイン辺境伯に、三国は震え上がったという。


 確かに。クリスフィア公爵率いるアースクリス国軍とデイン辺境伯軍。ふたつの軍を合わせても、三国連合軍の軍勢の半数に満たなかったそうだ。

 しかも、アースクリス国の南の玄関口でもあり、重要な要所であるデイン領を必ず陥落させるために精鋭部隊を送り込んだ。

 三国にとっての二戦目であり、まだまだ余力があったのだ。

 だが三国のその思惑を完全に潰したのがデイン領の戦いだった。


 いくらデイン辺境伯軍が海戦に長けていたとしても、軍船の数は圧倒的に三国の方が多かった。

 普通は数の多い方が勝利するのだという三国の思惑を根底から覆した。

 東側と西側、陸路からの攻撃を防ぐために辺境伯軍の武力を分けた為の、軍事力は完全ではないはずの海戦だった。


 それを、デイン辺境伯軍のみで三国の軍船を壊滅させた。


 そして、陸路からの侵略も、大軍を率いる将軍や上官たちがことごとく討ち取られ、統率力を失った兵たちが敗走を余儀なくされた。


 陸上戦はクリスフィア公爵率いるアースクリス国軍とディークひいおじい様、ホークさんが率いる辺境伯軍が。

 海上戦はロザリオ・デイン伯爵とローランド・デイン前伯爵率いる辺境伯軍が。


 海上戦に関しては、ほとんどディークひいおじい様が手助けしなかったというから、純粋にデイン辺境伯軍の力で撃退したのが分かる。


 すごい。デイン辺境伯が軍部の重鎮として国王や多くの重臣達からの信を置かれている理由が分かったような気がする。


 ローランドおじい様と、ロザリオ・デイン伯爵様はいつも優しいから、そんなにすごい人たちだとは思っていなかった。


「しゅごい! ちゅよい!」

「ええ。旦那様は強くてかっこいいのよ」

 マリアおば様がうっとりと微笑んだ。

 そういえば、マリアおば様とデイン伯爵様は恋愛結婚だと聞いていた。

 なんだかんだと聞きそびれていたのだ。今度ちゃんと聞いてみよう。




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 揚げ物するなら唐揚げ 唐揚げと言えば鳥と豚では?。
[一言] 朝から飯テロw 朝に読んでる私が悪いけど美味しそうな物ばかりで食べたくなるw
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