第88話「消える魔法陣」
インベクル島の老婆の家。
ユアたちは広間に通してもらうと、用意してもらったイスに腰掛け、老婆が入れたお茶を飲むのであった。
「突然、お邪魔してすいません」
ティミレッジが代表で謝ると、老婆は「気にせんでいい」と笑みを浮かべた。
だが、その笑顔は優し気ではなく、どこか不気味なものを感じさせていた。
「わしも、自分の封印を破る客に会えたのは数十年ぶりじゃからのう。久しぶりに胸が躍っとるわい」
老婆はディンフルを見ながら笑っていた。
この家に入る際、彼は家の仕掛けに気付いており、真っ先にこの家を隠している魔法を解いたのだ。それが老婆には嬉しかったようだ。
「お前さん、名前は?」
「”戦闘力に長けたディファート”は知っていても、名前まではわからぬか?」
「ふむ。やはり、ガードが堅いと思っていたわい。聞かんでも知っておるぞ、ディンフル・スターディよ」
「フルネームでご存じだったか」
今度はディンフルがニヤリと笑った。
これまで、仲間たちには自身のラストネームは名乗って来なかった。
今日初めて会う老婆はすでに知っていたため、改めて彼女が普通以上の者とわかり、面白くなって来たのだ。
ちなみにユアはとうに知っていた。イマストVの攻略本には、一部を除くキャラクターのフルネームが載っていたからだ。
「もちろん彼だけではない。ティミレッジ・キュアル、オプダット・アードム」
「ぼ、僕たちもですか?!」
「すげぇ! 俺ら、有名人じゃん!」
驚愕するティミレッジと感動するオプダット。
しかし、老婆が二人の名前を知っているのは、彼らが超龍戦で活躍したからだけでは無かった。
「わしはフィーヴェのあらゆることを知っておる。だが、お前さんたちはわしに会わずして、魔王や超龍の元へ急いだ。わしはず~っと、待っておったのだぞ」
ディンフル、ティミレッジ、オプダットは何のことかわからず、首を傾げた。
ティミレッジとオプダットは魔王討伐の旅を振り返るが、老婆と会うイベントは無かった。
「あぁーーーーー!!」突然、ユアが大声を上げた。
「もしかして、“物知りばあさん”?!」
「物知りばあさん……?」
一人、目を輝かせるユア。
他の三人は目を点にして彼女を見つめ、「物知りばあさん」という名称を聞いてもピンと来なかった。
「ティミーとオープンは会ってないの?! 旅の途中に、これまでの冒険の記録を教えてくれるNPCがいるんだよ!」
「エヌ・ピー・シー……?」二人だけでなく、ディンフルもますます頭をひねった。
「えーと……“ノンプレイヤーキャラクター”の略だよ。つまり、村や町に出て来る村人や町人のことを言うんだ」
解説した後でユアはイマストVの攻略本を取り出すと、「物知りばあさん」が出て来るページを出して見せた。
ただ、彼女がいるエリアは「インベクル島」という名前はついておらず、「無人島」と表記されていた。おそらく、ノティザの修業の件も無いのだろう。
「これが“物知りばあさん”! このおばあさんにそっくりでしょ?!」
イラストは載っておらず、ドット絵のグラフィックのみだが、配色が目の前の老婆とまったく一緒だった。
「確かに似ているな……」
「そんな方を見落とすなんて、盲点だったな……。旅はフィットが“早く行こう”って急かすから、ゆっくりと世界を見て回れなかったんだ」
「じゃあ早速だが、何か知っていることを教えてくれ!」
相手が物知りだとわかると、オプダットは急に抽象的な注文をつけた。
「何でもいいのじゃな? なら、お前さんは学習能力のない武闘家じゃ」
「そ、それだけ?! ユアの話だと、冒険のこととか教えてくれるんだろ?」
「“何か教えてくれ”と言ったのはお前さんじゃろう。だから、バカでもわかりやすいことを教えたのじゃ」
「確かにわかりやすかったな!」
老婆が皮肉を言ったにもかかわらず、オプダットは目を輝かせて納得した。
この反応に、本人以外が思わずずっこけた。
「そこは怒るところだろう! そんなことより、何故その物知りばあさんがティミレッジの魔法陣を解けるのだ?」
「そ、それは……、書いてないや」
オプダットへつっこんだ後で、ディンフルがユアへ疑問をぶつけた。
確かに、冒険の記録を教えるだけのNPCが、どうして強力な魔法陣を解く力を持っているのか、ユアも指摘されて初めて気が付き、急いで攻略本で調べてみるが載っていなかった。
そもそも、ティミレッジに魔法陣が埋められたというイベント自体が存在しなかった。
「難しい話は置いておいて、早速じゃが魔法陣を消してやろう。来るんじゃ」
老婆に手招きをされ、ティミレッジは彼女の前に立った。
そして、彼女に言われるままにローブの前を開け、上の服をめくって胸部を出した。
胸部にはサティミダに新たに貼ってもらった高級な魔法札があった。
「おぉ?! わしの元へ来るのに、こんな高いものを買ったのか。もったいないことを……」
老婆は札を見るなり、幻滅した。
「でも、闇魔導士に剥がされないためにはこれが良いって……」
「それは、わしをなかなか見つけられん時の話じゃ。見たところ、貼られてまだ一日しか経っておらんではないか。魔法陣自体は数日前に覚醒したようじゃが、よく昨日までに発動せんかったのう」
「昨日までは別の札を貼っていたんですよ……」
さすがにティミレッジも「父が間違えて一番安い札を貼っていた」など、口が裂けても言えなかった。
「まぁ、いい。今回は特別、効力を封じる力を掛けてやろう」
そう言うと老婆はティミレッジの胸部に貼られた札を簡単に剥がすと、それに魔法を掛けた。
札が白く淡い光に包まれた。
「本来、札は一度使い始めると尽きるまで力を発揮する。この魔法は使っていない間だけそれを止めてくれるのじゃ。次の出番を待つ間に力を発揮されていてはもったいないからの。ましてや、その高級な札では……」
ディンフルの話では、この魔法札はリアリティアで言うと中古車一台分が買える値段だった。
老婆もその価値を知っていたからか、効力を押さえてくれたのだ。
「次に必要な時が来た時にそのまま貼れば、魔法は切れる。それまではケースに入れて保管するのじゃ」
老婆は魔法札用の革のケースをティミレッジの手に握らせると同時に、露わになった彼の魔法陣に手を当てた。
すると、魔法陣を描いていた黒い線は見る見るうちに白色の線へと変わり、金色の光を放ち始めた。
やがて魔法陣の線がすべて白くなり金色の光が出尽くすと、今度は初めに白くなった部分から消え始めた。
最終的に魔法陣は、ティミレッジの胸部からキレイさっぱりと消えてしまった。
「おぉーーー!!」
ユア、オプダット、ディンフルが歓喜の声を漏らした。
「消えた! 消えたよ~!」
「良かったな、ティミー!」
「これで、闇魔導士に目をつけられることは無いのだな」
三人が喜びの声を上げる一方で、ティミレッジはぽかんとしていた。
あれほど苦労させられた魔法陣なのに消える時はあっさりとしていて、今も完全に消えた実感が持てなかったのだ。
「安心せい。これでお前さんは闇墜ちとやらをしなくて済むのじゃ」
「こ、これで、みんなに迷惑を掛けることは無いってことですね……? あ、ありがとうございます!」
ティミレッジはこれでもかと言うほど、老婆へ何度も頭を下げた。
すると彼女は、頭を下げたタイミングの彼の背に手を当てた。今度はティミレッジの全身を白い光が包みこんだ後で、彼の体内へ消えてしまった。
「い、今のは……?」
「見たところ体力が無く、走っていてもすぐにバテるようじゃな。それでは他の仲間の足を引っ張ってしまう」
「はぁ……」心当たりしか無いティミレッジは、そのまま返事をした。
「お前さんも使えるのは白魔法と浄化技ぐらいじゃろう。そこでじゃ、せめて瀕死の仲間を連れて逃げられるだけの体力として、逃避能力を与えることにした。もうお前さんの中に入っておる」
呆気に取られるティミレッジ。
闇の魔法陣を消してもらっただけでも感謝してもしきれないほどなのに、新たな能力まで与えてもらったのだ。すでに老婆には頭が上がらない思いだった。
ところが、ディンフルは今の説明にデジャブを感じていた。
「どこかで聞いたことが……。老婆よ、その力は何という名がついている?」
「おっと、申し遅れたな。わしの名はエプンジークじゃ」老婆は説明の前に、遅くなった自己紹介をした。
「今、白魔導士に与えた能力じゃが……“逃げて走る”の“逃走”と、“闘って争う”の“闘争”と、二つの意味を持った“トウソウ・モード”とでも言っておこう」
「あぁーーーーー!!」
エプンジークの説明に今度はユア、ティミレッジ、オプダットの三人が一斉に声を上げた。
「トウソウって、ユアちゃんの能力と一緒じゃない?!」
「説明までまったく一緒だよ!」
「すげー! ここまで似ることってあるんだな?!」
感激する三人へ、エプンジークが疑問を抱いた。
「ん? もうトウソウをご存じじゃったか? お前さんは誰からもらったのじゃ?」
フィーヴェのあらゆることを知る彼女だが、さすがに外部から来たユアの名前まではわからなかった。
彼女が「イポンダートという老師の人です」と答えると……。
「イポンダートだと?!」
エプンジークが突然目を見開き、怒りで声を荒げた。
「あんたら、イポンダートのとこから来たのかい?!」
「イ、イポンダートさんのとこから来たって言うか……」ユアが説明しようとするも、笑っていた老婆が突然荒々しくなったことに怯え、慎重に言葉を選び出した。
「正確に言うと、ビラーレル村のサティミダという者から教えられたのだ。今回イポンダートは関わっていない」
横からディンフルが代わりに解説をすると、エプンジークの表情と心は収まった。
「そうか、関わっていないか」
「あのじいさんとどういう関係なんすか?」
オプダットが何も考えずに質問したため、ユアたちは身の毛がよだった。
本来こういう時は空気を読んで相手の名前を出さないように気を遣うべきだったが、彼は二人の関係が気になって仕方がなかったのだ。
エプンジークは再び顔を真っ赤にすると、たった一言だけ答えた。
「あたしの旦那だよっ!」
衝撃の事実にユアたち四人は絶句した。
誰からも反応が無かったので、エプンジークが先に口走った。
「信じられないだろ? 今は離れて暮らしているが、一応、籍は入れたままだ!」
聞いていた四人は青ざめた顔で口々に言い始めた。
「旦那って……イポンダートさん、結婚してたの?」
「“してたの”と言うより、出来たのだな……」
「おふざけの老師さんに、真面目なおばあさんって、真逆じゃん」
「すげー! コンソメとか聞きてぇな!」
「それを言うなら“馴れ初め”だ!」
四人とも、エプンジークとイポンダートが夫婦同士と言うことよりも、イポンダートが結婚出来た事実が信じられなかったようだ。
(この子たちが呆れるって、イポンダートの奴、どういう接し方してんだ……?)
彼らの反応を見て、エプンジークも改めて彼との結婚を悔やむのであった。




