第73話「大魔王の怒り」
ユアが風邪から復帰した頃の古城。
クルエグムたち三人衆はヴィへイトルに呼び出され、王の間で跪いていた。玉座に座る彼の隣には紅一点のネガロンスが澄ました顔で立っていた。
この五人が集まるのは久方ぶりだった。
「お前たちを呼び出したのは他でもない」
ヴィへイトルの低い声が、王の間に重く響いた。
「洞窟に置いた水晶玉が破壊されたと言うのに、報告に来なかったのは何故だ?」
三人は体を硬直させた。
邪龍を遠隔で召喚出来る水晶玉を壊されて一週間、誰一人報告へ行かなかったのだ。
「エグ、報告してなかったの……?」レジメルスが呆れながら聞いた。
「俺はリーダーとして、他にやることがあったんだ。お前らこそ、報告してなかったのかよ?」
クルエグムが噛み付くように言い返すと、レジメルスとアジュシーラが同時に問い詰めた。
「だって、最後まで水晶玉のそばにいたのはエグでしょ? だったらエグが報告した方がよかったんじゃない?」
「三人衆のリーダーなら、なおさら……」
「はぁ?! お前ら汚ぇぞ! リーダーが忙しかったら、他の奴が報告するべきだろ! あと、あの戦いの時にお前ら、先に帰ったじゃねぇか!」
「静まれ!!」
ヴィへイトルが怒号を上げると、三人は同時に体を震わせた。
あの戦闘力に長けたディンフルよりも強いヴィへイトルを怒らせると、何をされるかわからない。そうでなくても、残酷な人物だと言うのに。
「クルエグム」
「はっ……」
再びヴィへイトルの低い声が響くと、クルエグムは小さく返事をした。もう嫌な予感がしていた。
「先日、インベクル近くのリトゥレという町を襲ったらしいな? あれは何故だ?」
クルエグムは「リトゥレ」という小さな町を邪龍と共に襲い、ディンフルたちと戦った。
ところが、これはヴィへイトルからの指示では無かったようだ。
「“小さい村や町から襲って支配していけば”、と思った次第です……」
「俺には俺のやり方がある。勝手なことはするな!」
「も、申し訳ございません!」
即座にヴィへイトルへ土下座をするクルエグムを見ながら、レジメルスとアジュシーラは感づいていた。彼が上からの指示以外で動くのは、ユアに会うためだと。
しかし、クルエグムの名誉のために黙っておくことにした。ばらすと、仕返しが来るからだ。
二人が黙っていると、次にヴィへイトルは彼らへ目を向けた。「何故止めなかった?」と言わんばかりに。
親玉の機嫌は明らかに良くなかった。
過去に、彼の指示外で動いた部下が殺されたことをネガロンスから聞いていた。そのため、三人そろって死を覚悟した。
そこへ、ヴィへイトルの横からネガロンスが口を開いた。
「ヴィへイトル様。お言葉ですが、エグ君の行為は間違っていなかったと思います。ヴィへイトル様にもやり方はおありかと思いますが、エグ君の意見も一理あると、わたくしは思います」
「……確かに、町村を一つずつ支配する手もある。だが、どうせ狙うならば大きな場所から狙え。例えば、インベクル王国だ。あそこが滅べば、フィーヴェ民はうろたえるだろう。この世界の今の首都なのだから。でなければ、ディンフルと同等になってしまう。あいつも、小さい村から異次元へ送ったのだからな」
ディンフルは魔王だった頃、フィーヴェのあらゆる地域を異次元へ送っていた。
最初に送った小さな村とは最後に住んでいたところで、彼はそこで恋人のウィムーダを殺され、家を放火されるなど人間たちから虐げられていた。初めに狙ったのは、その報復だったのだ。
「だが、今回は大目に見よう」
ヴィへイトルからの言葉に、三人衆は一斉に顔を上げた。
「お前たちは功績を残してくれている。特にクルエグム。お前が先日拾った石、順調に育っているぞ」
クルエグムは先日、ビラーレル村という魔導士を育てる村で、トゲトゲの歪な形の石を拾い古城へ持ち帰った。
闇魔法による滅びの力を強く感じたため、ヴィへイトルを喜ばせていた。
「今回は見逃すが、もしまた同じようなことがあれば覚悟しておけ」
「はっ!」
許してもらえた安堵から、三人衆は声を大きく返事をした。
◇
王の間の前の廊下。
今回はお咎め無しの三人は、胸を撫で下ろしていた。
「よかった……殺されなくて」
「ヴィへイトル様は怒ると何をするかわからないお人だからね」
アジュシーラとレジメルスが一安心していると、クルエグムが口を挟んだ。
「お前ら、俺に感謝しろよな」
「は?」
「“は?”じゃねぇ。俺が例の石を拾ったから、ヴィへイトル様は機嫌を直して下さった。お前らは何の結果も出せてないが、リーダーの俺が成功したから許してもらえたんだぞ」
突然、相手が恩着せがましく言うので二人は思わず固まった。
アジュシーラとレジメルスが渋っていると王の間の扉が開き、中からネガロンスが出て来た。
「エグ君も良いけれど、私のおかげってことも忘れないでね」
扉が開く前からの会話を聞かれていたようだ。
三人衆がヴィへイトルに睨まれた時、ネガロンスが庇うように彼へ口を挟んでくれたのだ。
「はいはい。どーも、ありがとーございます」彼女を好きではないクルエグムは腑に落ちず、棒読みで感謝した。
「本当に、ネガロンスさんのおかげです。ありがとうございました」
その次に、レジメルスが丁寧に頭を下げて、心からお礼を言った。
彼の態度にクルエグムはカチンと来た。
「おい! 俺には何も言わねぇくせに、おばさんには感謝すんのかよ?!」
「“おばさん”じゃなくて、“ネガロンスさん”でしょ?」
レジメルスは冷たい目で相手を睨みながら訂正した。
「いいわよ、レジー君。実際、エグ君からすると、おばさんで間違ってないもの。言わせてあげなさい」
再び庇われたクルエグムは気に入らず、舌打ちをして先に城を後にするのであった。
◇
その前日。
ユアたちは、以前ディンフルらがクルエグムから救ったリトゥレという町を訪れていた。
町民たちが改めてお礼をしたいのと、ユアもそこを訪ねてみたかったからだ。
町民たちからのお礼は食事の無料提供。
今から邪龍退治に出るユアたちはお腹いっぱいごちそうになった。
彼らのディンフルを見る目も変わっていた。
以前来た時はそろって警戒していたが、率先してクルエグムと戦い町を救ったことから、彼を魔王ではなく英雄として見るようになったのだ。
昼食をごちそうになった後、一行が町内を歩いているとユアが菓子屋の前で立ち止まった。
菓子屋はリアリティアのケーキ屋のように、様々なスイーツがガラス張りのケースに入っていた。その中に、ユアは見覚えのあるものを見つけた。
「あのプリン……」
「どうした? プリンはこの間、買ったばかりだろう?」
ディンフルがため息をつきながら指摘した。
ユアは風邪で高熱を出した時にクルエグムから渡されたプリンを躊躇なく食べてしまった。
あまりの警戒心のなさから、ディンフルや仲間たちは思わず呆れたのであった。
「あのプリン、見たことある! この間、クルエグムが持って来たやつに似てる!」
「何……?」
一行が店の前で話していると、店内から一人の若い男性店員が出て来た。
「いらっしゃいませ! 何か要り様でしたら、無償で提供させていただきます!」
「クブリート?!」
店員を見たフィトラグスは息をのみながら、相手の名を叫んだ。
「あっ、フィトラグス様……」
店員は、まるで気後れするように返事をした。
それにもかかわらず、フィトラグスは目を輝かせて相手へ近づいて行った。
「久しぶりだな! ここで働いていたのか?」
「た、ただのアルバイトで、今週から入ってます。まさか、勇者様御一行がフィトラグス様たちだったとは……」
クブリートと呼ばれた男性がフィトラグスに謙遜した口調で話していると、パーティの後方にいるディンフルを見つけ、言葉を失った。
それに気づいたフィトラグスが優しく声を掛けた。
「大丈夫だ。ディンフルはもう悪いことはしない。俺が保証する」
二人のやり取りを見ていたユアたちは目を丸くして見つめるしかなかった。
察したフィトラグスが皆へ店員を紹介し始めた。
「悪い、勝手に盛り上がって。こちらはクブリートと言って、一年間インベクル兵団に勤めてくれたんだ」
「元兵士さん?」ユアが聞くと、フィトラグスが頷いた。
「ビックリしたぞ。まさか、急に辞めるなんて。入った時はやる気満々で、俺にも憧れてるって言ってくれたじゃないか」
「も、申し訳ありませんでした! 何も言わずに出て行ってしまって……!」クブリートは深く頭を下げ、心から謝罪した。
「そ、そんな、大袈裟だぞ。別に俺、怒ってないし何か事情があったんだろう? 我が国の訓練は厳しいって有名だからな」
「いえ、訓練は耐えられました。ですが私は、インベクルという正義の国にふさわしくない者なので……」
頭を上げながらクブリートはまた申し訳なさそうに言った。
「どういう意味だ?」
フィトラグスが聞いたところで、店内から客が「すいませーん」と声を掛けた。
「失礼します」と会釈し、クブリートは客の対応へ向かった。
◇
ユアたちの対応は他の店員が行い、五人は無料でたくさんのお菓子を手に入れ、移動する馬車の中で食べた。
ユアはプリンは週一と決めていたため、今日はシュークリームを食べていた。
「おいし~い」
「本当だ。アゴが落ちるぜ~」
「それを言うなら“ほっぺた”。前もおじさんが同じように間違えてたよね……」
ユア、オプダット、ティミレッジ、ディンフルがお菓子を堪能する中、フィトラグスだけがお菓子に手を付けないでいた。
「食べないの?」心配したユアが声を掛けた。
「……いや、食べるよ」
気が付いたフィトラグスが笑顔を作り、取った菓子を口に入れた。
しかし、食べたのは……。
「フィット! それ、エクレアだよ!」
「チョコ、ダメじゃなかったか?」
ティミレッジとオプダットが指摘するも、すでに遅し。
フィトラグスは苦手なチョコを口にしてしまい、むせ返った。
「大丈夫?!」慌ててティミレッジが水を渡した。
「エクレアにチョコが塗られているなど、常識だろう。食べる前に目に入らなかったのか?」
カップに入ったアイスを食べるディンフルが鋭く指摘した。
嫌な言い方にフィトラグスが睨みつけるが、今のは自身のミスなので言い返せなかった。
明らかに彼の様子がおかしいので、ユアたちが心配し始めた。
「どうしたんだ? さっきから変だぞ」
オプダットが聞いても、フィトラグスはうなるだけだった。
「さっきの人のこと?」
ティミレッジがクブリートについて尋ねると、フィトラグスは渋々目線を向け、「まぁな……」と苦笑いした。
「ずっと気になってるんだ。あの子は学校へ通いながらも兵団の訓練を受けて来たし、誰よりも頑張り屋で正義感も強かった。それなのに、急に辞めたからさ……」
クブリートは去年の春、フィトラグスに憧れ、「王子の下で働きたい」とインベクルにやって来た。
この一年間頑張って来たが、ディンフルに送られた異次元から戻ったすぐ後に辞めていた。
「あんなに頑張ってたのに、何で“インベクルにふさわしくない”なんて言ったんだろう……?」
フィトラグスはクブリートが気掛かりで、お菓子が手につかなかったのだ。
悩んでも答えは出ないので、彼は辞めてしまった元兵士の幸せを祈るしか出来なかった。




