第26話「魔王誕生の経緯」
敵から逃げるために戦う能力を授けてもらった上、「逃走」と「闘争」を意味する「トウソウ・モード」と名付けてもらい、ユアは満足げだった。
もらったばかりの戦闘服についての説明も始まった。
「その赤いケープは体温調節が可能で、どんな気候にも対応できる」
イポンダートから説明があると、ティミレッジがあることに気が付いた。
「体温調節と言えば、ディンフルさんのマントも色々と万能ですよね?」
「そうそう。こやつのマントはわしが作った」
イポンダートの告白にディンフル以外が驚きの声を上げた。
「あれ、じいさんの手作りだったのか?!」オプダットが素っ頓狂な声で聞いた。
「手作りと言っても、わしが繕ったのではない。素材に魔法を掛けてこの形にしたのじゃ」
「どんな素材が使われているんですか? 普通の布ではないですよね?」
「ただの布切れでは魔王は務まらん! これは魔草で出来ておる」
「それって、山のてっぺん付近にしか生えないレアな草じゃないですか! ディンフルさんの身長からして大きいマントですが、大量に使ったんじゃ……?」
「魔草」と聞き、特に魔法に詳しいティミレッジの顔が青ざめていた。
それだけ魔草という素材は、フィーヴェでは貴重なものらしい。
「うむ、今までで一番使ったかもしれん。だが、素材集めは本人に行かせた。これも修行の一環じゃ」
「修行? ディンフルもじいさんの元で修行してたのか?」
気になったフィトラグスが尋ねた。
ディンフル本人が何も言わなかったので、代わりにイポンダートが答えた。
「そうじゃ。魔王を勧めたのも、わしじゃ!」
マントと魔草で驚愕した一同だが、今度は絶句した。
驚きと同時に、それを上回る疑問が真っ先に浮かんだのだ。
「ディンフルに“魔王になれ”って言ったのか……? 何でだよ?!」
フィトラグスが問い詰めた。
ディンフルが魔王になったことで、フィーヴェは一部の地域を異次元へ送られるなどで苦しめられて来たからだ。
「それはの……」
「いいだろう、その話は! 過去より今の方が大事だ!」
言い出そうとするイポンダートをディンフルが遮った。
「ごまかすな! “魔王になる”ってどういうことかわかっているのか?! あんたが魔王になったせいで、ユアとサーヴラス以外のみんなが苦しんだんだぞ! いくら、じいさんに勧められたからって抵抗なかったのか?!」
「あの時はそうするしかなかったのだ」
「ウィムーダが悲しむことは考えなかったのか?!」
淡々と返すディンフルに、フィトラグスが再び怒りをむき出しにした。
再び二人の言い争いが始まりそうで、ユアたちは路頭に迷った。
「仕方無かったのじゃ。あの時のディンフルは家も恋人も失い、大の人間嫌いになっておった。出会ったばかりのわしにいきなり牙を剥いて来たぐらいじゃ」
横からイポンダートが説明し始めた。
ディンフルは支えである恋人・ウィムーダを人間たちによる暴行で亡くした後、住んでいた家まで放火されてしまった。
そのため、人間不信になるのも無理は無かった。
ここまでは五人でフィーヴェへ戻った際、ディンフル本人が彼女の墓前で話してくれた。
イポンダートと出会い頭、敵意を向けた話は全員初耳だった。
「“人間は嫌いだ”とわしを睨みつけ、今にも飛び掛からんとしておった」
「やめろ」
ディンフルが止めるのもお構いなしにイポンダートは話し続けた。
「それで言ったのじゃ。“わしを襲って気が済むなら、襲えば良い。今なら、わしら二人きり。誰も見ておらん”と。そしたら、いきなり殴りかかって来たのじゃ」
話を聞いた一同が息をのみ、ディンフルのみ明後日の方へ向いた。
「この話に関わりたくない」とでも言いたげに。
特に、ユアはショックを受けていた。
ディンフルは冷静に人間を嫌う傾向が強く、これまでに戦闘以外で手を出すことが無かった。
ましてや、彼が誰かを殴る光景は想像出来ないし、したくも無かった。
「結果はわしの圧勝じゃ」
イポンダートがあっけらかんと言うと、ユアたちは思わずずっこけた。
「じいさんが勝ったのか?! ディンフルは戦闘力に長けたディファートだぞ! 修行する前から強かったんじゃないのか?」フィトラグスも仰天した。
「もちろん強かった。これまでの修行前の奴らに比べると最強じゃった。しかし、わしは老師。魔法だけでなく物理の攻撃も極めておる。いくら戦闘力が優れておっても、わしには敵わんかった」
「ディンフルが負けるなんて……」
「やっぱり、イポンダートさんはすごい……」
オプダットとティミレッジも開いた口が塞がらなかった。
「もういいだろう! あの時は飲まず食わずで体力を消耗していたゆえに、そちらに負けたのだ。今は昔話をしている場合ではない!」
視線を背けていたディンフルが再び老師へ向いた。
本人としては、これ以上は聞いてもらいたくなかったのだ。
「心身共に疲弊しており、わしに敵意を向けたのも無理はない。負けた後で泣き出したこともな」
一同は再び驚きの声を上げ、ディンフルは今度は掛け布団を頭からかぶり、ベッドに潜ってしまった。
「泣いた? ディンフルが?!」
「そうじゃ! 負けた悔しさか、腹が減っていたのかわからんが急に泣き出した。それほど疲れ切っておったのじゃ」
おそらくディンフルは、泣いた件を知られたくなかったがために遮っていたのだ。
人の痛みを理解出来るユアは必死に彼を庇った。
「いいじゃないですか、泣いたって! 恋人を殺されて家まで失ったんですよ! そんな状態だと誰だって泣きたくなりますよ!」
「そ、それと魔王を勧めるのと関係あるんですか?」
ティミレッジが改めて聞いた。
「あの時のディンフルは大切なものを失い、これからどう生きれば良いかもわかっていなかった。それで“魔王になって人間どもに復讐するのはどうじゃ”と勧めたのじゃ」
「悪の道に行かせるアドバイスはどうなんだ……?」
フィトラグスは呆れ果てた。
正義感の強い彼からすると、いくら辛くても悪事を勧めるのは納得がいかないのだ。
「ディンフルだから勧めたのじゃ! ヴィヘイトルには絶対に言わん!」
思いがけない言葉に、今度は部屋中が緊迫した空気に包まれた。
ベッドに潜っていたディンフルも思わず顔を出した。
「私だからだと……?」
イポンダートもディンフルへ向かい合った。
「わかっておった。お主は人間を嫌ってはいるが、殺せぬことは。こやつが魔王になることで、人間とディファートの大きな問題が解決すると感じたのじゃ。わしのこういう勘は当たるからのう」
ユアは一瞬「三つのコップに隠されたコインを当てられなかったのに?」と思ったが、よく考えたら事前にチアーズ・ワンドを持たせてくれたこと等を考えると、イポンダートの勘も当てに出来ると思い直した。
そして、彼が今言った「人間とディファートの大きな問題」もディンフルが魔王になることで解決したのだった。
「ヴィヘイトルなら確実に滅ぼす。平気で殺す奴じゃからのう」
イポンダートは真面目な顔で言った。
全員もその意見に納得するしかなかった。
「それよりもだな……」話にヴィヘイトルが出て来たからか、ディンフルは起き上がるとユアを見つめて話題を変えた。
「本当に戦うのか?」
話を振られたユアは一気に緊張し始めた。
先日の「チアーズ・ワンドを返して、リアリティアへ帰れ」という重い言葉も思い出していた。
「もう決まったことだから……」
参戦する決意は固めていたが、どうしても彼の前ではおどおどとしてしまう。
「まだ始まっていない。今からでも引き返せる」やはり、反対の意志を見せるディンフル。
「クルエグムがミラーレに来たの。弁当屋のみんなをこれ以上、巻き込みたくないから」
ここでイポンダートが「チアーズ・ワンドはユアを選んだ」と言い掛けるが、ディンフルは遮って言い続けた。
「何故、ミラーレにいた? リアリティアなら、奴らも来れぬ筈だ」
「リアリティアで色々あったみたいなんです」ティミレッジが代わりに答えた。
ディンフルは不満そうにため息をついた。
「また逃げて来たのか」
彼の言葉が再びユアの胸に重く響いた。
先日言われた「学校で己の身一つ守れず、異世界まで逃げ込んだくせに」の悪夢がよみがえる。
「もうリマネスもいないし、女子寮も弁当屋も上手くやっているのだろう? 今のフィーヴェは逃げ場所にはふさわしくないし、リアリティアの方がよほど平和だ。前に四人で行った時、改めて感じたぞ。ほんの少しの挫折で、異世界へ逃げ込むな!!」
「“ほんの少し”とか言わないで!!」
ディンフルと同じ声量でユアが反発し、初めて彼を睨みつけた。
その目は怒りと悲しみに満ちており、グーに閉じられた手も震えていた。
「ユア……?」相手の目つきに驚愕するディンフル。
「何で決めつけるの? 向こうで何があったか話してないのに……。私だって、リアリティアで暮らしたいよ。ようやく屋敷からも解放されたし住み慣れた向こうで暮らしたいし、大学にも行きたい。でも屋敷を出られても、リマネスの呪縛はまだ続いてるんだよ」
「どういう意味だ?」
いつの間にかユアの目からは涙が溢れていた。
それを見たディンフルは、頭ごなしに言ったことを後悔した。
「すまぬ……。ゆっくりでいいから、話してくれ」
ユアは打ち明けた。
リマネスに上げられた動画がきっかけで居場所が特定され、今度は別の者に追われていること、そのせいで弁当屋と寮を辞めなければいけなくなったことを。
さらにユアは、ミラーレに来たクルエグムが「俺と付き合え」と誘って来たことも話した。
ディンフルも、サーヴラスからヴィヘイトル一味の動きを聞いていた。
しかし、クルエグムがユアへ「付き合え」と言ったことは初耳だった。誘いを断れば弁当屋は襲われ、ディンフルの城も奪われたまま、フィーヴェの邪龍ももっと増えてしまう。
「卑怯な奴め……! だが、あいつならやりかねん」
「だから、みんなと戦いたいの」
ユアは流れていた涙を自ら拭くと、決意に満ちた目で言った。
「私、クルエグムと付き合いたくない。弁当屋を守るにはあの人と戦わなきゃいけないの。それに、今フィーヴェは滅ぼされる危機にあるんだよ。私、フィーヴェが大好きだから助けたいの。世界全体だけじゃなくて、ディン様もフィットもティミーもオープンも、みんなを……。リアリティアでは寮も弁当屋も辞めたから、誰かに干渉されることは今は無いし、私がいなくなっても世界の危機になることはないよ」
ディンフルは困惑した顔で尋ねた。
「本当にいいのか? 最悪、あちらへは戻れぬぞ?」
「いいよ。イポンダートさんからもらった力を信じるから。あと、フィーヴェでの戦いが娯楽やスポーツじゃないってすでにわかってるから。明日から魔物退治の修業をして、強くなるから!」
ユアの意志の強さに根負けし、ディンフルは視線を反らし「好きにしろ」とだけ言った。
ぶっきらぼうな返答だったが、ユアは「これで参戦出来る」と心の中で喜ぶのであった。




