60話 夜夢の過去2
〜回想〈族長視点〉〜
一通り周りにある物を投げ終わった竜二は肩で息をしておりました。それに比べて咲人様は一切息切れはなかったのですが左腕の傷口が開いてしまったのか血が流れていました。本来であれば私が守らないといけない方に守られ不甲斐ないと自責しておりましたが「アイツをすぐに退けるから」と咲人様は竜二の所まで走って行きました。よく見ると足の傷も開いていました。
「それを持ってくるってことはお前は死神か何かか!?」
「・・・」
竜二がいる所はこの部屋の唯一の出入口だから咲人様はクワを持って退けようとされているのですね。夜夢様は痛みを我慢しているのでしょうか私の服をギュッとしています。速く治療したいですがアイツが本気で邪魔ですね。咲人様と協力すれば早く退かすことができるとは思いますが夜夢様にこうされていると動けなくなってしまいます。
他の使用人や待機していた護衛も集まって来ましたね。咲人様が竜二に攻撃していますが簡単に避けますね。流石に訓練している奴と何もしていない咲人様ではどうしても埋められない壁があるのですから私が加勢しないと「大丈夫、僕にはこれがあるから」と咲人様はクワを投げ私の方へ振り返り爆竹とライターを見せて来ました。そんなことよりも咲人様が敵に背中を見せていることに驚き夜夢様を抱えたまま走りだそうと私はしました。
「何か作戦があるだな」
「・・・爆竹」
「は?」
「火をつけて投げる」
咲人様は竜二の質問に正直に答え爆竹を投げました。顔をめがけて投げたものですから竜二は重心が右に傾いてしまいましたが右足は咲人様が付けた傷があるため痛みでバランスを保てなかった彼は慌てて体制を立て直そうとしますがそれを見逃すことは咲人様はしませんでした。思いっきり助走をつけてからの飛び蹴りを喰らわせました。
勢いよく飛んだ竜二は庭まで行きました。咲人様は受け身など取れず鈍い音を立て落ちましたがすぐに立ち上がり私に向かって「まずはその子、優先」と連れて行くように指示されました。私はその時に次期当主は咲人様しか居ないと思いました。それはさておき私は急いで夜夢様を連れて行きました。夜夢様は咲人様がご自身の父を蹴り飛ばす姿を見て興奮されていました。
私が夜夢様を抱えて病院まで行った後のことは、他の人から聞いただけなのですが、竜二は私達が部屋……屋敷を出た後にふらふらしながら立ち上がり咲人様へ殴りかかったそうですが、普通に左で顎を殴られてノックアウトしたそうです。意外と出血が多かったらしく輸血が必要とのことだったので厳重に包囲してから治療を行ったらしいです。咲人様は最後に一発殴ったのがトドメになって気絶して、怪我を悪化させる事態になりました。
「竜二がすまなかった。ワシの教育不足じゃった」
「いえ、私も夫のことも子供のことを全く知りませんでした」
「謝り合いになりそうですしやめた方はよろしいかと」
「うむ……みかんの言う通りじゃな」
あれからなんとか色々な手続きを済ませて一息つけたのが明け方でした。病院の待合室で当主様と凛奈様が今回のことについてお互いの責任だと思っているようで謝り合っていました。流石に疲れている体に繰り返されると精神的に来ますので、みかん殿が止めてくださったのはありがたかったですね。私がこのメンツと同じ空間にいる理由としては何故、竜二のことが分かったのかを聞き取りがあったからです。
包み隠さずに正直に白状したのですが全員信じきれてはいない様子です。私だって同じ立場で一緒のことを言われたら普通に「は?」と聞き返したくなるようなことですからね。ともあれ私はこの報告を経て分かったことはあの方は規格外すぎて全員の思考をお止めになられることができるということですね。あの方はまだ4歳というご年齢なのに才能は竜二以上ですからね。
花蓮様は良くて凡人、将狼殿は凡人よりはって感じですけど咲人様は天才以上といっても過言ではありませんね。私たちが血反吐を吐いて泥を食ってやっとスタートラインですのにそれを軽々と飛び越えて来れるのは流石に予想外でしょうね。竜二も当主になるために色々とやってあそこまで来られたのに、絶対を見てしまっては発狂もしたくなるのは仕方ありません。
「爺様……私を鍛えてください」
「何故じゃ?」
「私が当主になるためです」
「まずは休みなさい。まだ痛むじゃろ」
「わかりま___」
「気絶しただけですね」
夜夢様がいつの間にか病室を抜け出してここまでやって来てことにまずは驚きましたが、まさかそれが気合いでどうにかしていたことがもっと驚きですね。当主の言葉に返事をしている途中で気絶してしまうのは少し予想しておりませんでしたが流石はみかん殿です。気絶するであろうことを読んでいたのでしょうね。私も鍛え直さないといけませんね。
夜夢様はソファーに何故か寝かせたみかん殿はドアを開けて「お久しぶりにございます。花蓮様」と言ってお辞儀したので私も慌ててお辞儀をしました。花蓮様は軽く挨拶を返して私を見ると「咲人がいつもお世話になっております」とおっしゃりましたが初対面ではないことをお忘れでしょうか? 私は仮面をいつも被っておりますが柄は変えておりませんのに。
「お父様、凛奈さん、この度も息子がご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」
「今回は100%ワシらが悪い」
「花蓮さん、申し訳ございません」
「・・・すじは通しました。あの男を出しなさい」
花蓮様は相当怒られていることはここに居る全員が気づいています。当主様は何も言いませんのでみかん殿も何も言わず、凛奈様は唇を噛んでいることしか出来ないです。私はただ黙って正座をして皆様が動くまではジッとしていないといけません。花蓮様は夜夢様の存在に気がついておられるみたいで大声ではなく起こさないほどの声量で「なら息子に会わせて」と言いました。
あの事件から咲人様は入院し1ヶ月後に退院して守友家の屋敷で2週間はすごしていましたがその間、1度しかご両親に会えていません。その理由は咲人様が酷く取り乱してしまったからなのですが……治っているとは考えにくいので会わせることには私は反対ですが当主様の意向には従うしかありません。それにお医者様にも「まだ会わない方がいいね。記憶はまだしっかりと戻っていないみたいだし」と言われましたので無理だと思います。
この沈黙の空間から速く抜け出したいのですがここで私だけ退室でもしたら後でみかん殿にしごかれてしまいますね。誰もこの沈黙を破れなかったのに「咲人様のお母さまですね?」と夜夢様の声が響きました。全員に見られているのに堂々と背筋を伸ばして笑顔で「私は咲人様と結婚したいです」と言い放ったことにみかん殿以外は驚きの声を上げました。そして医療関係者の方に怒られてしまいました。




