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56話 井上と子守2

 二人と電話を終えた後、僕は病院の待合所でため息を吐いた。左足は捻挫、筋肉の硬直で運動をしないようにとかかりつけ医に言われた。無茶はしたつもりはないけど相当無理をしていたらしく、遅ければ左足は動かなくなっていたと言われた。これは帰ったらコッテリと怒られるだろうな。それは仕方のないことだとして考えておくか。


 佐藤との勝負は引き分けということに落ち着いた。新井先生は「利用するようで悪い」と言っていたが流石に上を黙らせる為に生徒を囮にするなよってことで左足で蹴ったらそれがトドメになったみたいだった。自業自得なので誰かを責める気は一切起きない。左足が動かなくなれば普通に当主争いから逃れたのに。まぁ動かなくなったら困るからいいんだけどな。


 井上秋冬(いのうえしゅうと)子守輪花(こもりりんか)のことをどうしたものか。とりあえず来れるのであれば守友家にある僕の部屋に来てくれと言っているからそこで話せばいいが……退学させるほどの怪我ではないだろう。高校中退となるとほとんどの所では雇ってもらえないだろうな。理由が暴力沙汰を起こしてしまったからとかはシャレにならん。秋冬くんの実家から脱出させたのは僕だし責任は持たないといけないとは思うけど、輪花に関してはどうしたものか。


「お兄様、どうしたのでしょう?」

「いや……バカ護衛のことをどうしようかと思ってな」

「彼女は旦那様がいると言ってましたが? 何か問題でも?」

「あるよ。二人で住んでいるとか聞いていないしな」


 1つ目の問題は一緒に暮らしていたことだ。マンションを借りて隣にしたにも関わらず僕の知らないところで解約と同棲していやがったんだ。お互いの部屋を行き来するくらいだと僕は思っていたがまさか同室で寝泊まりをしていたんだ。子守家には重たい人間しかいなく秋冬くんに気があると言っていた輪花を落ち着かせるための名目で同じ所にしたのにさぁ、何やってんの?


 子守家は元々は誘拐や拷問を生業にしていた一族だからなのかは知らんが……主と認めた人に忠実で、自分の伴侶として迎えたいと思った奴に関してはあらゆる手を使う。ただ昔に子守家の奴が連れて来た伴侶に対して守友家の奴が反対したことがあったらしいが……主君として忠誠を誓った者を拷問した後、殺したそうだ。暴走しないようにと思っていたのに、監視下に置かないと秋冬くんが監禁されてしまう。ちなみにソイツの連れてきた伴侶は監禁されて生涯を終えたらしい。


「秋冬くんの退学は確定らしい」

「・・・ヤバイですね。子供をこさえる気でしょう」

「電話をしてすぐに向かわせているから大丈夫だと信じたい」

「大丈夫でしょうか。心配ですね」


 2つ目はすぐに行動できようにあらゆる物を準備できる能力が一族にあることだ。子守家の族長に話を通したとして……ダメだ。あの人も頭のネジがぶっ飛んでいる側の人間だわ。とりあえずは向かって話を聞いてからじゃないと判断しずらいな。今のところは反対だから殺されないようにしないといけないのか。まぁ秋冬くんの覚悟と輪花の行動次第だな。





 病院から移動して守友家の僕の部屋にやって来たのはいいが……秋冬くんや輪花が居るのは当たり前だがなんで夜夢と月美さんが同席しているのかな? 暑そうな格好をしている秋冬くんが緊張しすぎて吐きそうになっているじゃないか。席を外してくれと言っても外してくれないだろうから別に居てくれていいけど何か口出しをしないかだけが心配なんだよ。頼むから何も言ってこないでくれよ。


「二人ともまずは確認だが、両想いなのか?」

「当然」

「そうなりますね……」

「次に秋冬くんは何故そんなに暑そうな格好なんだ」


 まずは両想いということは分かったが、本当になんで暑そうな格好をしているのかが気になった。まだ季節的には暑いだろうに。エアコンは付けてあるとはいえそんな厚着じゃ熱中症になると思うんだがな。秋冬くんは「あ、そ、えっと」と輪花をチラチラと見ながらどう答えようかを悩んでいるみたいだが、反対に輪花は物凄く満足そうにしている。


 コイツが僕に秋冬くんのことを認められただけでこんなにも喜ぶ筈もないからもしかして、すでに手を出したとかはないよな。子守家の人間でなければそんな疑いは持たなくていいのに輪花は子守家だから疑うしか出来ないんだよな。手を出すのは百歩譲っていいとしても僕の話を聞いてからにしてくれないかな? いやね、事情があるかもしれないけど下手なことをさせたら責任取るのは僕なんだよなぁ。


「お見苦しいものをお見せするかもしれないのですが」

「堅苦しくなくていいから」

「分かりました」

「咲人様は変態なのか?」


 誰が変態じゃボケ。とりあえずは秋冬くんに暑そうな服を脱がせるのには成功したのだが、下に着ていたシャツが汗で濡れていた。それは仕方ないので着替えを用意するが……問題は厚着をしていた理由だった。首には噛み後があり手首には手錠をされていたのか痣があった。夜夢と月美さんに視線を動かして二人には退室してもらった。


 次に悪いけども秋冬くんに「少しの間、すまないが出ていてくれないか」と言って外に行ってもらった。あとは先に出た二人が待機できる場所まで連れて行ってくれるだろう。僕は輪花と部屋に二人っきりになり、「アレはなんだ?」と輪花に聞いた。今回の怪我は僕が良かれと思ってしたことが招いた結果なので輪花を叱らないといけないし責任はとる。


「秋冬が悪い。私のことを好きなのに突き放すから」

「お前なぁ、それでもダメだろ」

「でも……両想いと分かったからいいだろ?」

「それでもオレ(・・)はお前らの結婚はダメと言うしかない」


 それを聞いた瞬間、輪花は隠していたナイフを投げてきた。本当に命を狙いにきたから驚きはしたがナイフくらいならキャッチは出来る。ナイフをキャッチされるくらいは予想していたのだろうな。次はナイフを持ちながらこっちへ向かってくる。僕はケガ人だから勝てると思っているのかもしれないけど簡単には命は取らせないよ。


 輪花を取り押さえて首元にナイフを付ける。もちろんいつでも殺せるようにするのと……「大きな音がしましたが大丈__輪花さんから離れてください」と言ってきた秋冬くんの覚悟を確認するためだが、僕に立ち向かいには来ないのか。残念だが輪花が人質みたいになっているから仕方ないのかな。それでも僕は退くつもりがないから力づくで退かすしかないね。さぁどうするかな?


「このぉバカ息子ぉ!!」

「イテェ!! か、母さん???」

「夜夢ちゃんから連絡もらって急いで来てみたらこれはどういうこと?」

「そんなことよりも僕は怪我人ぞ?」

「それでも女の子に乱暴はダメでしょう!!」


 やってきた母さんの不意打ちで渾身の蹴りを喰らい僕は輪花から離れるしか無かった。夜夢め……しっかりと母さんに怪我の連絡と居場所を伝えていたな。はぁ母さんの怒りは収まらないと思うので、僕は仕方なく説明した。そしたら母さんは「そこまで考えていたの」と驚愕された。おい、そこは感動するところだろうが。


 母さんの乱入により僕の目的がバレてしまったので二人を試すことにした。これに関しては単に二人の覚悟…………想いがどれくらいなのかを知りたいからだ。僕は「二人にはコレを飲んでもらうことにした」と言ってただの水を用意した。そして怪しげな瓶に入っている透明な液体を2つに平等に分けて入れたがこれはただの水だ。入れたところで何も変わらない。


「これは毒だ。番の猛毒と言って二人同時に飲まないといけない」

「飲んだら助かる?」

「いや、両方死ぬ。どちらか片方が飲み干しても死ぬ」

「サキ!!」

「母さん黙って居て」


 いや全くの無害な水なんですけど、僕の理想は二人同時に飲むことだけど「私が先に飲む」と輪花が言った。まぁそうなるよなぁ。毒に少しだけ耐性がある輪花が先に飲んですれば死ぬのは輪花だけになって秋冬くんは生き残る。さぁて秋冬くんは黙っているけど怖気ついてしまったのかな? 仕方ないよね必ず死ぬ毒を飲めなんて一般人からしたら__へ?


 「藤咲さん、飲み干しました」と秋冬くんは空になったコップを渡してきた。僕は思ったね馬鹿じゃねぇの? と。呆れていると急に秋冬くんが苦しみ始めたから少しびっくりした。だってさ、ただの水なのに苦しみ始めたんだよ。びっくりするじゃん。僕以外はこのことを知らないので物凄く冷たい目で見てくるし騒ぎ始めるし、踏んだり蹴ったりだよ。


「輪花さん……」

「一人じゃ逝かせない」

「あっ」


 輪花はもう1つのコップを取りそれを勢いよく飲み干した。輪花は「・・・騙したな咲人様」と言って恨めしそうな目で見てきた。なので僕は「人の思い込みは面白いね」と返したらコップを投げられた後にしっかりと、母さんや夜夢、月美さんと何故か分からないがみかんさんに説教されました。しかも正座で3時間みっちりと。再度言うけど僕は一応怪我人で足をやっているのに?


「サキ、誰が悪いの?」

「僕です。二人とも申し訳ございません」

「許さない」

「無事だったので大丈夫です」


 二人の件は僕が責任をもってやらせていただきますので母さん、そろそろ正座じゃなくてもいい? 母さんの顔を見るとまだ怒りは収まっていなかったので続行しないと……医者にも怒られるじゃん。

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