55話 井上と子守1
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[井上視点]
僕たちの家に帰ると二人並んでソファーに座るが、何も言われないからどうしたらいいのか。仕方ないから僕は1度立ち上がりいつも出している紅茶を入れて出す。何か言いにくいことがある時に出そうと二人で話し合ったものだからちゃんと出すよ。これを出す時の意味は『言えるまでいつまでも待っている』となっている。僕らが勝手に作ったルールだからあれだけど。
君の恩人は僕の恩人でもあるわけだし、話したくないとかもあるのを分かっているから話せるようになるまで待っているよ。お互いに紅茶を飲みながら言ってくれるのを待つこと……4時間が経った。相当言いづらいことなんだろうから仕方ないだろうけど、流石にお腹が空いてきちゃったからご飯作るとかしたらダメかな? お昼は過ぎちゃっているし。
「秋冬、私と結婚わぁ、できる……か?」
「ここここ子守さん」
「家では輪花で呼べよ」
「ごめんなさい。輪花さん、結婚ですか?」
「うん。主君の秘密を共有するのであれば……け、結婚しないといけなくてな」
なるほど、言えない事情はもちろんあるけどもそれよりも結婚と言い出すのを恥ずかしかっているってことだったんですね。はぁぁ藤咲さんはこの破壊力を知っているんでしょうか? ヤバ過ぎるんですよね。僕が意気地なしで良かったと思えるほどですよ。一旦落ち着かないとダメですよね。深呼吸を何度か繰り返しした。
とりあえずは結婚しないといけないのは主君の秘密を共有できるのは血縁者か結婚する相手じゃないと話せないとのことだ。僕がここで断れば藤咲さんのことを話してくれないのか。輪花さんと一緒に住み始めて3年近くになるけど、どんどん彼女に引き込まれている僕がいるけど……結婚は出来ない。僕はおそらく退学になるから輪花さんに迷惑を掛けれない。
「輪花さんとは結婚は…………出来ない」
「えっ」
「だから藤咲さんの秘密を言わなくていい」
「私は、」
顔が一切見れない。見れないのは輪花さんが泣きそうな声だったからじゃ無くて僕が怖いからだ。どこにも居場所の無かった僕に帰る家をくれた君を失ったということに対する恐怖だ。佐藤くんに腰抜け野郎って言っておきながら一番、腰抜けじゃないか。ちゃんと面と向かって話さないといけない。
僕へのプロポーズが藤咲さんへの忠誠心によるものだとしても僕はここでしっかりと輪花さんと話しておかないと後で絶対に後悔する。結婚については……好きな人が出来たとか言って誤魔化せばなんとかなると思うし、それでどうにかしておこう。輪花さんなら引いてくれると思う。
「輪花さん、僕は学校を退学になると思います」
「なら私も退学する」
「・・・僕には好きな人がいるんです」
「私だろう。もし、」
「・・・」
「他の奴であれば……殺す」
雲行きがものすごく怪しいものになってしまっているのはどうしてでしょうか? 退学になるかもしれないと言うことを伝えてもダメ。好きな人は実は輪花さんじゃないです作戦もダメ。これに関しては適当な人の名前を出すと本気で殺して来そうで怖すぎます。落ち着いてもらわないと……いけないんだけど、眠く……なって、きた。
あれ? 寝ていたのか? 輪花さんとの話し合いの途中で寝てしまうだなんて僕は一体何していたんだよ。速く起きて輪花さんと話しないと余計な人まで巻き込んでしま う? 起き上がろうとして手を見ると手錠と鎖が着いていた。足にも同じ種類だと思われるのが着いていた。首にも違和感があるので触ってみると首輪が着けらえていた。これって普通に考えたら監禁されたってことになるよね。
「秋冬、起きた? 気分は悪くない?」
「それは大丈夫ですが、これは?」
「私の家はね、人の誘拐や拷問を元々していた」
「僕のことを拷問するんですか?」
「しないけど、既成事実を作って私の夫にする」
良かった拷問はされないで済んで……とは言えない。僕は輪花さんに喰われてしまうみたいなので大丈夫だとは言えない。輪花さんの目は完璧に捕食者だった。ここから抜け出す方法を考えないと婿にされるのは全然いいんですが、まだ稼げていないし子供も産めるような年齢じゃないでしょう。最速で結婚するにも後2年はあるので少し待ってもらうようにお願いしないと。
僕は輪花さんに落ち着くように言ってみたが、「落ち着けだと? 私は落ち着いている」と言われた。目がギラついている人が落ち着いているって言ってもすごく説得力がないとこの時は思ってしまったがそんなことを言っている暇ではない。この部屋は空き部屋で防音室だから大声を出しても外までは聞こえないだろう。輪花さんに言われて全部に防音対策はしているからアレですけど。
まぁ家の防音対策はしっかりとしているせいで助けを呼べないってことは想定していなかったのは僕の失敗ですね。だって一緒に住んでいる人に監禁されるだなんて思ってもいなかったんですから。どうすれば僕のことを離してくれますかね? 正直に好きな人は輪花さんですと言ったとして「そうか。両想いだし合意だな」と言われておしまい。・・・時々思うんですが藤咲さんはこの人をどうやって制御していたんですか?
「なぁ私に魅力はないのか?」
「あります!!」
「即答するのは予想外だぞ」
即答もしたくなりますよ? 好きな子に迫られて魅力があるかないかを問われてしまったら……ほとんどの男は即答をします。藤咲さんはどうかは分からないのでそれは置いておくとしても大抵は即答するのだと思います。などと考えていたが僕は間違いに気が着いていなかった。輪花さんが「両想いなんだな」と綺麗に笑った。選択肢を間違えてしまったのだと僕は輪花さんを見て気が付いた。
このままでは本当に喰われてしまうからどうにか逃げないといけないんけど無理。昔より筋肉はついたけど今でも普通に負けるからどうしよう。スマホで誰かに連絡をしたいけど取り上げられているから無理だし、今から助けを呼んでも事後だろうから頼むから誰か電話をして来てください。僕の祈りが通じたのか輪花さんの電話が鳴った。着信音からするに藤咲さんだろう。輪花さんは僕と藤咲さんだけは着信音を変えているって本人が言っていたし。
「もしもし咲人様」
『取り込み中だったか?』
「違いますよ!!」
「秋冬は黙る。それで?」
『あ~聞きにくいことだがこっちに来る予定は?』
「ある。結婚の挨拶」
僕は輪花さんに口を防がれているので何も言えないけど、心の中で違いますと言っておこう。藤咲さんもビックリして電話の向こうでむせているし。輪花さんに至っては首を傾げて「結婚するのだから当たり前だろ」とか言っている。輪花さんには悪いけどいきなり結婚の挨拶とか言い始めたら誰でも驚くしむせるよ。僕から説明したいけど喋れないからどうしようもない。
藤咲さんは『その件は後で聞く。メガネくんに変わってくれ』と言ったので僕の口から説明できると思ったが輪花さんはムッとして「メガネじゃない」と言って変わる気は一切ないみたいだ。呼び名は僕は気にしてないから別にいいのにと思うけど輪花さんからしたら普通に嫌なことなんだろうな。藤咲さんは『すまない。井上くんに変わってくれ』と言ってくれた。今度こそ変われると思ったのに。
「違う。井上は私もいる」
『お前は子守だろ!!』
「私と秋冬は両想い。だから私も井上」
『・・・いいから変われ。命令を使いたくないんだ』
「分かった」
輪花さんは渋々僕の口を塞いでいた手を退けてくれた。藤咲さんは『秋冬くん、輪花がすまない』としっかりと呼んでくれた。輪花さんは「咲人様っ!」と大喜びしていたが藤咲さんに『うるさい』と言われてシュンっとした。それからは僕と輪花さんの結婚には触れずに今回、佐藤くんを殴ったことについて聞かれた。僕は事情を説明してそれを何も言わずに聞いていた藤咲さんは『ありがとう。君のおかげで被害は少なくてすんだ』と言った。
輪花さんが何かを言いたそうにしていたが『君は退学させるとのことだ』と何故か藤咲さんが言ってきたから僕はびっくりした。輪花さんが藤咲さんへ色々と言っているのは分かるけど、内容までは聞き取れない。僕は憧れの人から退学という言葉を聞いたことにショックを受けているみたいだった。そこまからは輪花さんに揺らされるまで気が付かなかった。
「秋冬、大丈夫?」
「・・・輪花さん、もう一緒に居られません」
「秋冬……私がいつまでも守るから大丈夫だ」
「輪花さん」
『おーいイチャついているところすまんが』
「藤咲さん!?」
『秋冬くんと輪花は離れなくていいぞ』
どうゆうこと? あと、イチャついてません!!




