54話 佐藤裕太との勝負?4
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[井上視点]
僕は今、奇跡とも言える光景を観ている。藤咲さんは僕らの心を簡単に折った人を……赤子のように遊んでいる。希望を見せてから地獄に落とすのは、死神のようで一つ一つの動きに無駄が無く美しかった。今回のことは僕らの弱さが招いた結果だということをしっかりと心に刻んでおかないとまた藤咲さんに迷惑をかける。佐藤くんは転んでしまってもう立ち上がれないのかうずくまっている。
佐藤くんの心が折れて5分くらい経った後、藤咲さんの友人が両方の応援し始めた。まぁ藤咲さんのことは少しだけ応援ではなかったけど、佐藤くんのことはしっかりと立ち上がれるように応援していた。すると観客席から佐藤くんへの励ましなどが送られてきた。そんなことを言ったところで普通なら立ち直る訳がないと僕は思っていた。
「サキ、まだ勝負は続けてくれるよな?」
と言いながら立ち上がった。物語の主人公が仲間に背中を押されて、覚醒するみたいな感じで真っ直ぐ藤咲さんのことを見ていた。彼は心底つまらないと言った表情で「ユウ、オレに本気で勝てるとでも思ってんのか?」と返していた。普通ならここで口角が上がるような気がするけど、彼は違った。
チームメイトは「熱い展開だ」と言っている。確かに普通なら胸踊る展開ではあるけどさ……身勝手過ぎると僕は感じてしまう。佐藤くんが藤咲さんを信じていればこんなことにはならずに二人は親友のままだったのにそれに亀裂を入れているのは彼自身だとどうしてみんな気が付かないの?
「流石は咲人様だな」
「マネージャーその呼び方はまた嫌がられますよ。今までどこにいたんですか?」
「挨拶していただけだ」
「そうですか……本当に護衛とか続けなくて良かったんですか?」
「いらんだろ。あの方の場合は逆に邪魔になる」
サッカー部のマネージャーで何故か僕を追いかけて来た変な人だ。藤咲さんの護衛をしていたはずなのにそれをやめてまで転校した僕を付けてきた。一昔前なら殺されているがなと笑いながら言っていたけど普通にヤバイことをしているって思った。いじめられていた頃からの付き合いだし、この人の思い切りの良さは知っているけど、ヒヤヒヤすることがあるからやめてほしい時もあるかな。
マネージャーと話していると再度始まったらしくホイッスルが鳴り僕らはコートの方を見る。佐藤くんからスタートするみたいだけど、藤咲さんを抜いたとしても追いつかれる可能性があるから抜けたと同時にシュートしないと普通にとられる。僕ならロングシュートを一か八かで狙うけど、それすら阻止される可能性もありえるから難しいところだ。
「あれはマズいな」
「ですね佐藤くんは攻めにくいでしょうから」
「違う。咲人様の方だ」
「藤咲さんの方が優勢なのにですか?」
「観客席からは気付かなかった。止めるべきだ」
マネージャーは何故か悔しそうにしているけど、藤咲くんは別に顔色などは普通に見える。息切れしているみたいだけどアレだけ速く走れば息が切れるのは当たり前だから続行は出来るはずなのに。何をどう止めるべきだと判断したのかを聞きたいけど、藤咲さんのことに関してはしっかりと教えてくれないから僕は協力出来ない。
にらみ合いは長くは続かず佐藤くんが仕掛けた。綺麗で手本として完璧なドリブルで藤咲さんを一瞬抜いたが即座に反応されてボールを獲られた。そのまま攻めるかと思ったがドリブルをミスしてしまい佐藤くんの下に帰ってしまった。もしかして子守さんがさっきのが起きるのを分かっていたからそれで止めないといけないと思ったのか。
「マネージャー、止めましょう」
「井上……いいのか?」
「はい、その代わりに話してくださいね」
「分かった。お前には話そう」
止めましょうとは言ったものの、止める手段が思い付かない。とりあえずは顧問に話を通さないで無理やり止めに入ると色々と言われてしまう。それはあくまで最終手段でまずは説得して今すぐにやめさせないと。顧問に二人で止めてもらうように説得しようと試みますが「無理だ。ちゃんとした説明が無ければな」と言われてしまった。
おそらくコレに関しては血縁者以外に漏らしてしまうと暗殺されるようなことかもしれません。それに触れないようにどうやって__(新井に言って休憩はとらさせる。それまでは少し待て)と小声で言ってくれたがマネージャーはそれじゃダメらしい。先生も何らかの事情があるみたいだけど、どうしたものかな。
「顧問、お願いだ。咲人様が倒れる前に」
「・・・決まったみたいだ。行け」
顧問がそう言うとホイッスルが鳴り即座に子守さんは藤咲さんの所まで走った。僕も後を追いかけて藤咲さんの所までやって来た。近くで見てもただ体力を使い切っているようにしか見えないが、子守さんの慌てようからするとそうじゃなさそうだ。顧問が休憩を取らせるようにここの先生に言っているみたいだから僕は藤咲さんに肩を貸してとりあえずは日陰のある場所に行かせる。ベンチがあったのでそこで休ませる。
「二人ともありがとうな」
「咲人様、相当無理したな?」
「むりなんてして__痛いわ」
「左足の関節が外れかけてるし、筋肉も千切れてるだろ」
その状態であそこまで動けていたの? 僕も一度筋肉が千切れたことがあるけど激痛だったにの、それで動けているってことは何度も経験しているってことになる。藤咲さんを見ると息を吐いてベンチに持たれかかると顔色が急に悪くなった。子守さんは「本当に体を大事にしろよ……」と辛そうに言った。藤咲さんは苦笑いして「これでもしているんだがな」と力なく笑った。
そんな二人のやりとりを見て僕はどうにかして引き分けに持ち込めないかを考えた。今回の練習試合は藤咲さんと佐藤くんの勝負を平等にさせるためのものだろうし、別に勝敗は決めなくても問題はないだろう。それなら顧問とあの新井と呼ばれていた先生に話をつけに行こう。子守さんだけでも大丈夫だろうから藤咲さんのことは任せて向かおう。
「顧問、新井先生……お話が……」
「なんだ?」
僕は二人の下に来て状況を話すが二人ともよくない顔をした。今回は喧嘩を収める為に必要なことで僕らの勉強にもなるからって話だったが……真相は違うといわれた。顧問は「上からどちらかを辞めさろってはなしがきてな」と言い始めてこの人は何を言っているのかと僕は思ってしまった。やめさせる気は毛頭ないとか言っているが本当かは分からない。二人とも分かってやっていることだとか新井先生とかいう人に言われた。
僕をいじめていた人達と同じじゃないか。しかも二人が同意の上でそんなことをしているとは思えないし思いたくもない。そんなこと知っていたら藤咲さんならバレずに……負けることを選ぶ筈__「佐藤に伝えるように言ったから問題はないだろう」と言ったのを聞こえてしまった。佐藤くん、君はそのことを藤咲さんに伝えていないのか? 僕は完全に頭に血が上ったんだろう。佐藤くんがいる相手チームの所まで行って思いっきり殴った。
「・・・満足か?」
「まだですよ。何故黙っていたんですか?」
「」
「だんまりですか。腰抜け野郎」
「井上、お前なにやってんだ」
最後に1発殴ってから顧問に僕は引き剝がされてしまいました。佐藤くんには心配してくれる人が多くいますが……藤咲さんには君みたいに多くないんですよ。誰一人としていなかった僕とは違うのに何を怖がっているんですかね? 全く分からないです。彼の過去を僕は教えてもらっていませんから知りませんけど、君のことは本当に嫌いです。
「お前は今日は帰れ」
「分かりました」
顧問に頭を下げてから準備して帰る。一人で帰路についたからなのか我ながらバカなことをしてしまったと思ってため息を吐くと「惚れ直したぞ」と後ろから声が聞こえてきた。振り返ると子守さんに抱き着かれた。引き剥がしながら藤咲さんの所に居なくていいのかを聞くと「夜夢様にお願いした」と言って僕に抱きついてくる。
子守さんが真剣そうな声で「家に帰ったら咲人様のことで話がある」と言ってきたので僕は頷く。




